43. バトル勃発
「ねえ、ねえ、スガちゃん、聞いた?」
「なんですか」
寮の食堂で梅子が夕食を食べていると、鬼塚が食事のトレーを置くのももどかしそうに、さっそく話を振ってきた。鬼塚は、たまに喫茶室に来るぐらいで、ほとんど等活地獄から出ないのだが、暇に任せて各地をうろついている獄卒たちのお陰で、情報通である。
「スガちゃんがリクルートした期待の新人君の話よ」
「いやいや、大伴さん担当のリクルーターは藤原さんだし、その大伴さんが、期待の新人君て呼ばれてるのも知らないんですけど」
「何よう、こっちに呼んでおいて、気にしてあげないなんて薄情じゃない」
「え、私が呼んだことになっているんですか」
「違うの?」
「違うと思いますけど、・・・」
梅子はホットライン室にいた頃のことを思い返してみる。
「私は、ここが冥界であることと、死んでこちらに就職したことを話しただけですよ」
「なんかね、人生がどうしようもなくなった時に、電話してもいいって言ってくれたのが、心の支えだったらしいよ」
「いつかこちらに就職したいと言うので、新しいフリーダイヤル番号も教えたんです。だけど、もう現世では限界だったんですね」
思わずしんみりしかけたが、
「それで、その大伴さん、大伴君? 何歳なんだろ、若そうだよね。その彼が、配属先の宋帝様のとこの大蛇君と、大バトルを繰り広げたらしいよ」
という、鬼塚の言葉に、梅子はやわな感傷を吹き飛ばされた。
「ええっ、なに? 何がどうなると、そんなことになるんですか?」
「ねえ、びっくりでしょう? 今、地獄ではその話でもちきりだよ」
「意味がわかりません。だって、宋帝様の大蛇でしょう? そんなことしたら、不敬でクビにならないですか? どうしよう。ねえ、鬼塚さん、それからどうなったのか知りませんか」
「うーん、獄卒の話はそこまでなんだよね。彼らの興味は、バトルの原因よりも、戦い方とか、技とか、力加減とか、どこが急所だとか、そんなことばっかりでさあ、結局最後がどうなったのか、分からないんだ」
「そうですか。それにしても、そんなに血の気が多そうに見えませんでしたけど。挨拶に来た時も、電話してきた時も、一貫して常識人て感じだったのに、・・・」
梅子がひたすら当惑していると、
「こんばんは、楽しそうな話?」
と、橘が食事トレーを持ってやってきた。
「こんばんは。聞きましたか、橘さん?」
鬼塚がさっそく話し始めた。
「噂の新人君?」
「そう、大伴氏」
「ええ、宋帝様のところからは、毎日閻魔帳が届くから、情報が届くのも早いわよ」
「で、どうなりました? まさかもうクビなんてことは、ないですよね」
梅子は心配で仕方がない。
「それがね、喧嘩とか揉め事ではなかったみたい」
「といいますと?」
「単純に、強さ比べを挑まれたらしいの」
「大蛇に?」
「そうよ」
「大伴さんが?」
「そうなの」
橘は平然とそう言って、明太子おにぎりを頬張った。
「あの、せめてもう少し詳しく」
「菅原さんは、大伴さんがどうして冥界に来たくなったのか、理由を聞いた?」
「いえ、聞いていません」
「だったら、そこのところは省いて話すわね。現世のことは本人から聞いた方が良いと思うから」
「はい」
「大伴さんは、生まれつき背後にすごい力を持っていたらしいの」
「それは任侠の生まれとかいうあれで?」
と、鬼塚が聞いた。梅子も同じことを思った。
「いいえ、いわゆる守護霊というものよ」
また訳の分からないものが出てきた。
「その守護霊というのが相当強いものらしくて、大蛇の中でいちばんの強者が、手合わせを申し出たらしいのよ。生き物の世界では、序列をはっきりさせておく必要があるんですって。テリトリー内の安寧のために」
「質問ですけど、大蛇さんが手合わせを申し込んだ相手というのは、強い守護霊ですか、守護霊を背負った大伴さんですか」
「もちろん大伴さんよ。いくら守護霊が強い気を発していても、実体はないんだもの。だけど、大伴さんに力を貸すことはできるのですって、不思議よね」
「あの、また質問なんですけど、守護霊も一緒に冥界に来られるものなんですか」
「普通に死んだら、遅くとも、三途の川ではお別れしていたでしょうね」
「ああ、井戸経由というイレギュラーな冥界入りをしてしまったから、ですね」
「それで、大伴氏とのバトルの結末は?」
食後のお茶を飲みながら、鬼塚さんが聞いた。
「一応、大蛇の勝ちだったらしいけど、大伴さんの忖度らしいとの声もあるわ。でも、とりあえず、大蛇側の面目は立ったから、事なきを得たわね」
「では、大伴さんはクビにならずにすみますよね」
「クビはない。そこで揉めても、別の部署にいくだけよ」
「よかったあ」
梅子は胸をなで下ろした。
「でね、続きがあるんだけど、大蛇とは和平を結んだけど、あそこには、まだいるじゃない、厄介なのが」
「化け猫さんたち」
「そう、守護霊と化け猫は、ジャンル的には被るところがあるから、戦わずして優劣が分かるらしいのよ。だから、大蛇とほぼ互角の大伴さんには服従するしかなくて、お腹を上に向けて大伴さんに撫でられたみたい」
「ほんとの猫なら、猫カフェみたいで超絶羨ましいけど、化けてるのはなあ」
鬼塚は残念そうだ。
「化け猫たちも、恐怖で固まったようになっていたらしいわよ。大伴さんの方は、ニッコニコに浮かれてて撫でまくって、悪いけどちょっと不気味だったって、教えてくれた官吏が笑ってた」
「大伴さんは猫好きなのかな」
「それが、動物全般なんでも好きだったみたい。爬虫類や昆虫も含めて生き物全般が。なのに、恐ろしい守護霊背負っているもんだから、動物に恐れられて、触らせてもらえなかったらしいのよ。だから化け猫でも、撫でられて嬉しかったんでしょうね」
「それは不憫としか言いようがないですね」
「それにしても、大伴さん、今朝の十時に東京で藤原さんと初顔合わせだったのに、その日のうちに、冥界でこんなに有名になるとは」
「見たかったなあ、スーツ青年と、冥界の大蛇の一戦。知ってたらスケッチブック持って、何としても駆け付けたのに」
初日から大変な目にあった大伴が、心安らかな冥界ライフを送れますように、と梅子は祈った。
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