42. 閻魔庁の新人
視察の翌々日
「菅原さん、三途の川の視察、お疲れさまでした。報告書読みましたよ。変遷、現状、奪衣婆さんの休日願い等、良く書けています。船頭など、ほかの官吏の意見は聞けなかったのですか」
梅子は、小野からもっともな質問を受けた。
「それが、時間が足りなくなりまして」
「始業と同時に出立しましたし、移動は転移で一瞬なのに、なぜでしょう。奪衣婆さんの口が重かったのですか」
「いえ、あの、実は、閻魔様が、各種乗り物をすべて試して川を何往復もしたものですから、・・・」
ぴくり、と小野の方眉が跳ねた。
「・・・、それは、閻魔様の分身が、依り代である菅原さんから外に出て、閻魔様のお姿で、ということですか?」
ゆっくり区切ってしゃべる小野の声が、少し剣呑だ。
「はい、新たな乗り物の話を聞きつけて、転移してきた、と奪衣婆さんは思ってくれたようです」
「なるほど」
「すみません、私単体だけでも、官吏の方から話を聞けば良かったですね」
「いえ、本来、閻魔様ご自身で見聞きすることが主眼でしたから、そこは気にしなくていいです。
だがしかし、いささか羽目を外し過ぎではないのか」
「でも、本体の閻魔様は法廷で働いているわけですし、両方が完璧に仕事をしたら、それこそ過重労働になりませんか」
「確かに。そうですね、働き方改革の逆をいく発想でした」
おとがめは無し、ということになった。
次の視察は未定ということで、梅子は、またしばらく通常業務に戻った。
ある日の朝、梅子が職場に着いた途端、
ジャーーーン
銅鑼の音が鳴り響いた。
ガタガタと、皆が椅子を鳴らして殺気立った。
久々のフリーダイヤルの呼び出し音だ。
梅子が電話に出ると、皆、音の正体を思い出して、椅子に座りなおした。
電話は、いつぞやのいたずら電話が増えた原因が、Xだと教えてくれた青年だった。
「そちらでは、まだ人材を募集していますか」
「はい、随時受け付けておりますが、私は採用担当ではありませんので、後ほど担当からお電話差し上げるということで、よろしいでしょうか」
梅子はすぐに小野に連絡し、しかるべき対応をお願いした。
人ひとり、死後の世界に招くと考えると怖い。梅子自身がここにいて、生前の意識の延長線上で暮らしているというのに、やはり他人の生死の責任は負えない。小野に任せてしまったが、本当に来るのだろうか。
梅子は、青年に対して、意図せずこちらの世界への道があることを示唆してしまったことを、後ろめたく思っていた。それで救われるなら、それもアリだと思うものの、不安は消えない。
そんな梅子のグダグダな心境を吹き飛ばすように、大伴武は元気に閻魔庁に入庁してきた。
「菅原さんですね。俺、いえ、私は、大伴武といいます。コールセンターに電話した者です。今回、縁あって、閻魔庁に就職がかないました。配属先は、第三王の宋帝様のところに決まりました。これから何かとお世話になると思いますが、よろしくご指導ください」
紺色のスーツ姿の大伴は、喫茶室で緑茶を飲んでいた梅子のところにやってきて、ペコリと九十度近く頭を下げて挨拶してくれた。威勢の良さに気圧されつつも、梅子は、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と、丁寧に頭を下げた。贖罪の気持ちを少しだけ込めて。
「それから、私と話すときは、俺でいいですよ。電話でも、俺でしたよね」
「ありがとうございます。そうします」
せっかく喫茶室にいるのだからと、お茶を一緒にすることにした。
「こちらで緑茶が飲めるとは思いませんでした」
「ね、びっくりですよね。ところで、大伴さんは、職場見学をしましたか。ずいぶん早く決まったみたいですけど」
「いえ、リクルーターの藤原さんと都内で待ち合わせて、その足で井戸を通りました」
「え? 即日? ためらいとか、そういうのを感じない派?」
「なんですか、その派閥」
と、大伴は笑った。
「藤原さんの軽いノリに乗せられて、とかじゃないですよね」
「いえ、迷いに迷って、逡巡して、思い直して、また迷って、っていうのを、ここに電話する前に散々繰り返してきたので、電話して、もしそんな世界が本当にあるのなら、行こうと決めていました」
ここで梅子は、今まで気にも留めなかったことが気になりだした。
「大伴さんは、どこの井戸を通ってこちらに来ましたか?」
「どこ、と言うと?」
「都内で待ち合わせてその足で、っていうから、京都まで来たわけじゃないのかなと思いまして」
「ええ、東京からです。藤原さんに連れられて、東京の台東区にある小野照崎神社まで行って、お詣りして、建物の裏に回ったと思ったら、地面に井戸が映っていて、腕を引かれて一緒に落ちてきました」
「え、その間、何か説明は?」
「何も」
「何もって、いやせめて、井戸が映るしくみとか、ここから冥土に直通だとか、入ったら死ぬから最後に覚悟を確認するとか、・・・」
「全く何もありませんでしたね。はい、行くよ、くらいは言われたと思います」
「えええ、私、リクルーターが小野さんで良かったわ」
「何か違いますか」
「たぶん、全部」
「それはそうと、小野さんに連れてこられる場合、閻魔庁の端っこに小野家の部屋があるので、まずはそこに着いたいたんですけど、大伴さんは井戸を通って、どこに着きました?」
「閻魔庁の入口らしきところですね。それからどこかの部屋に連れられて、閻魔様と面会して、入庁特典の能力を何にするか考えておくよう言われました」
「それ、いつの話ですか」
「つい、さっきです。その後、藤原さんから配属先を教えられて、しばらくこの喫茶室で待つように言われたんです。電話対応してくれた菅原さんがお茶しにくるだろうから、挨拶しておくといいよとも言われました。東京で藤原さんに会ったのが、今朝の十時でしたから、展開速いですよね」
「今まだ、午後の三時を回ったところですよ」
「効率を重んじるやり方、俺は好きです」
「だから私が報告した小野さんじゃなくて、藤原さんに行ってもらったんですね。納得しました」
「菅原さんは、京都の井戸から来たんですか」
「ええ、小野さんの祖先の小野篁公が冥土通いをしていたという伝説の井戸が、京都の六道珍皇寺というお寺にあって、その近くからですね」
「へえ、俺の行った小野照崎神社も小野篁公を祀った神社らしいから、そういう繋がりなんですね。そこはずいぶんたくさんの神様が祀られていて、菅原道真公もいましたよ」
「私は子孫ではないですけどね」
「俺も大伴だけど、かつて隆盛を誇った一族とは関係なさそうです。本来の大伴氏は伴氏に改称しているみたいですから」
「やあ、話がはずんでいるようだね」
「こんにちは、藤原さん。さっそく対応してくださって、ありがとうございます」
「うん、俺としても優秀な人材は大歓迎だから」
これから藤原と大伴は、宋帝王のところに挨拶に行くというので、梅子は別れを告げて職場に戻った。
「それにしても、宋帝様のところかあ、大蛇だの、化け猫だの、平気なのかなあ。まあ、倶生神様がついている藤原さんの見立てだから、心配することはないんだろうけど。なんの仕事をしていた人なんだろう。もらう能力も気になるな」
次に会った時に聞いてみよう、と梅子は思った。
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