40. 特典いろいろ
五官王と喫茶室でお茶をした夜、寮の夕食を食べていると、その五官王の話になった。
橘が笑いながら、
「菅原さんたら、うちの五官様にセンブリ茶を飲ませたのよ」
と暴露した。
「ひええ、スガちゃん、相手は仮にも十王様のお一人だよ。よくもそんな恐ろしげなことできるね」
と鬼塚が言うので、梅子は、
「無理に勧めたわけではないんですよ。五官様が流行りには乗りたいというもんだから、止めるのも野暮かなって」
と、正直に答えた。
「で、どうだった、五官様」
「きれーに真上に吹いてました」
「あはははは、漫画みたいじゃないか。スケッチしたかったわ」
「だけど、ありがたいことに、喫茶室をうちの庁舎にも作ることにgoサインが出たの。菅原さんのおかげだわ」
「お役に立てたなら、センブリ茶を飲ませた甲斐があったというものです」
「そこは違うと思う」
「五官様と偶然廊下で会ったと思っていたんですけど、もしかしたら、橘さんが何か言いました?」
「ええ、そうね。冥界の官吏たちが、お茶のあれこれを説明できると思わなかったから、スーツ姿の女の子が、いちばん詳しいですよ、と言っておいたの」
「ああ、それで。これまで一度も私の行動範囲の中でお見かけしたことがなかったから、どうしてだろうって思ってました。丸顔のせいか、気の好いおじいちゃんの雰囲気がありますね」
「普段の顔はそうね。それでも審理となると別人よ。憤怒の表情。閻魔様と違って赤ら顔ではないけどね」
「橘さんは、ほかの十王様とも仕事で話をすることもあるんでしょう?」
「ええ、特に前後の宋帝様と閻魔様には会う機会も多いわね」
「宋帝様は、どんなお方ですか?」
「宋帝様と言えば、ご本人よりも、その庁舎に行くのに勇気がいるわね」
「なんでですか」
「庁舎が三途の川の岸にあるからか、大蛇がうじゃうじゃいるのよ」
「いやあああ、無理無理無理!」
「大丈夫よ、近づかなければいいんだから。行く用事なんてないでしょう?」
梅子はいつか視察に行く予定があるのだが、まだ情報解禁になっていないので、曖昧に頷いた。
「大蛇だけじゃなくて、化け猫も群がってるわね」
橘は淡々という。
「怖くないんですか?」
「官吏の私たちに向かってくるわけではないもの、遠目に見るだけよ」
「橘さん、肝が据わってますね」
梅子は視察が一気に憂鬱になった。たぶん恐ろしいのは、宋帝様のところだけではないはずだ。いざとなったら、分身の閻魔様に外に出てもらって、自分は着ぐるみの中に避難しようと考える梅子だった。
「そう言えば、お二人とも、就職した時に、どんな能力をもらったんですか? 私は、仕事に即必要だと思って、関係する言語とその古語と各種書体まで読み書きできる能力ですけど」
「あら、素敵ね」
「私は千里眼ならぬ、十里眼だよ。四十km先まで見える」
「鬼塚さん、それはひょっとして、間に遮蔽物があっても見通せますか」
「そうだよ。地獄は広いからね。獄卒の監視をするにぴったりだよ。ただし、見えるのは物理的なものだけ。つまり、人の心だとか、未来だとかは見えない」
「それは見えなくて正解ですよ」
「私は、遠くの地獄の様子までしっかり見えて、スケッチする場面には事欠かないことが嬉しいんだ。これで本当に仕事してるって言っていいのかなって、時々思う。上司に相談したら、私がスケッチしていることで、獄卒たちが真面目に、張り切って仕事をこなすからそれで良いんだって」
「ほんとに、天職ですよね」
「橘さんは、どんなのですか」
「私も書類仕事が多いから、菅原さんと似てるかな」
「漢文の世界へようこそ、ですもんね」
「幸い私は小学生の頃からお習字を習っていて、大学の書道サークルまで続けていたから、ある程度書けるし読めるのよ。さすがに裁判や地獄に関する専門用語は、新たに覚える必要があったけど、専門用語こそ、覚えてしまえば微妙な機微は考えなくていいから楽だったわ」
「橘さん、優秀過ぎます」
「ふふ、ありがとう。だから、コピー能力をお願いしたの」
「コピー?」
梅子の頭の中に、橘が横に開いた口から、ガーーッと音を立てて、コピー紙を吐き出している絵が浮かんだ。
「何想像してるか分からないけど、たぶんハズレよ。
例えば、よその部署に送った書類のコピーが手元にあれば、何か連絡を受けた時に話が速いし、参考にしたい書類をいちいち書き写すより、コピー能力でパッとできたら便利でしょう?」
「確かに、すごい使えそう。私はまだ手習いの段階で、橘さんの小学生レベルですね」
「で、どうやってコピーするの? 私も書いたスケッチをコピーできたら楽しそうだなあ」
「私の体の中で何が起こってそうなるのか分からないけど、コピーしたい書類と白紙を並べて、それぞれに右手、左手の掌を当てて、コピーって念ずるだけ」
「すごい、閻魔様すごいですね。でも橘さんの体の中に、墨汁かトナーを仕込んであるんでしょうか」
「うん、それね、考えないようにしてる」
皆それぞれにスゴイ能力で、それを付与できる閻魔様は、いったいどうなってるんだと思う梅子であった。
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