33. 新たな提案
「戻りましたー」
元気な声とともに、山ほどの閻魔帳を抱えたケンタが、突然室内に現れた。
「おい、ビックリするからいきなり登場するのは止めろよ」
相田が文句を言うと、
「だって転移なんだから、しかたないっすよ」
と、ケンタは口をとがらせた。
「前の廊下に一度下りてから、歩いて部屋に入れよ」
「はいはい。年寄り脅かしちゃダメですもんね。気をつけるっす」
いつものやりとりの後、ケンタは梅子の机に閻魔帳をどさりと置いた。
「これ、平等様のとこから預かってきたやつ」
「ありがとうございます。今回も多いですね」
積み上げられた高さに、梅子は目を見張った。
ケンタは開いていた閻魔帳をのぞき込んで、
「菅原さん、よくこんなの読めるね。俺、知ってる漢字はあっても、ぜんぜん意味わかんねーわ」
と、しかめ面をした。
「閻魔様から頂いた入庁記念チートですからね、便利ですよ」
「便利かもしれねえけど、俺の転移能力の方が良いだろ?」
「私は、転移装置で十分ですね」
「でもあれは、登録したしたとこしか行けねえし、行ける範囲も狭いじゃん」
「お互い自分の仕事に役立つ能力で、良かったってことですね」
「確かにな」
「そうだ、ケンタ、戻ったらお使い頼みたいから来てくれって小野が言ってた」
梅子の向かいの石田が言うと、
「はーい、じゃあ、行ってくるっす」
ケンタは瞬時に消えていった。
「腰が軽いのはケンタの良いところだよな」
なんだかんだ言いながら、相田もケンタのことを認めているようだった。
突然、
チリーーーン、チリーーーン、
久しぶりのホットラインで、梅子はワンコールで出られなかった。ポケットから端末を取り出し、深く息を吐いて、電話にでた。
「はい、日本閻魔庁、担当の菅原です」
「東岳大帝だ。閻魔羅闍はどうしている」
「ただ今、法廷におります」
「分かった。一時間後に行く」
カチリ、ツーーーー
室内に『またか』の空気が流れたが、次の瞬間には、優秀な官吏たちはそれぞれ動き出した。
出遅れた梅子には、宇多田が、
「菅原さんは、閻魔様のボイスチェンジャーがちゃんと動くか確認しておいて。後は手が足りてるから、いつもの仕事をやってていいよ」
と、指示を出してくれた。
一時間など、あっという間だった。
めったに使わない応接室に、東岳大帝様と閻魔様が向かい合って座っている。
そこになぜか呼ばれた梅子。
お茶はもう出されているから、お茶係というわけでもないらしい。
「なぜ呼ばれたのか分からない、という顔をしておるな」
東岳大帝様の問いに、梅子は素直に、はいと答えた。
「分からなくて当然だ。我もまだ聞かされておらぬからな。面白がっているだけだ」
閻魔様が憤怒顔に仏頂面を載せた。
「先日の外遊の際に、そこの娘に代理を申し付けたであろう? 急場しのぎだとしても、いささかお粗末な仕様であったと思うのよ。なあ、なりきり閻魔ちゃんよ」
東岳大帝様はニヤリと笑ってそう言った。
屈辱である。薄っぺらの板の後ろで閻魔様役として座っていただけだから、言われても仕方がない。仕方がないが、梅子は、『誰のせいだと思ってるんですか』と、心の中で毒づいた。
「もちろん儂のせいだ。だから良い術を授けに来た」
「そこの菅原にか?」
閻魔様は怪訝な顔だ。梅子の顔も同じだろう。
「いや、閻魔にだ」
「話が見えぬ。もったいぶらずにとっとと言え」
「実はな、身外身の法を会得したのでな、おぬしにも授けようと思うて来たのだ」
「何のために。それに我に授けるのなら、なぜ菅原を呼んだのだ」
「だから外遊のためよ。時間の制限なく外遊できたらいいと言っておったであろう?」
梅子はすでに巻き込まれ始めている予感しかしなかったが、逃げ出すわけにもいかず、黙って話の行方を見守った。
「身外身の法というのはな、簡単に言うと分身の術だ。己の毛を口の中でかみ砕いて呪文を唱えると、自分の体の外に別の体を作り出すことができる」
「孫悟空だ!」
思わず梅子が声を上げた。東岳大帝様はひょいと眉を上げて、
「知っておるのか、西遊記を」
と、意外そうに聞いた。
「日本でも有名なので」
と答えると、東岳大帝様は少し嬉しそうな顔をした。
「それで、その術を我が覚えたとて、どう使うのだ」
「分身を残して外遊に出られるではないか」
え、それなら私、関係ないよね、と梅子は思ったが、閻魔様も同じだったようだ。
「菅原の必要性が分からん」
「分身はな、本体と離れると、案外、脆いのだ。この間のように、近場なら良いのだが、例えば我が国まで来るとなると、だいぶ距離があろう? 意識は繋がっていて同時に思考しているのだが、時差が生じる。または、繋がりが途切れがちになる。分身の方はその実体を維持するために力を使わねばならぬからな」
「そんな不安定な術を、試すわけにはいかぬわ」
「そこで、そこの娘の出番よ」
こっち見ないでもらえますか、祈る思いで梅子は目を反らせた。
「分身を閻魔庁に置いて、実体化が解けぬように、娘を依り代にすれば良い。さすれば、本体のおぬしは自由に外に出られよう」
東岳大帝様は、事もなげに言った。が、待ってほしい。
「あの、畏れながら、よろしいですか。私が依り代だとすると、外見は私になるのではありませんか? いくら中の人が閻魔様だとしても、侮られます」
「何も閻魔が中に入ることもなかろう。娘の上から包み込んでしまえば良いのではないか、着ぐるみのように」
「着ぐるみか」
閻魔様もあごひげを撫でながら、頷いている。
「お二人とも、着ぐるみをご存じなんですか」
「儂はあちこち巡っているからな、諸外国のことにも詳しいぞ。日本人は根っからコスプレとやらが好きなのだろう」
「偏見じゃないですか?せいぜいアニメ文化が栄えてからのことでしょう? 外国だってハロウィンの仮装とかありますし」
「いやいや、江戸時代の浮世絵にもたくさん残っているぞ。タコや魚に扮したり、狐や兎の着ぐるみもある。あれは日本人のDNAだと思うておる」
「話を戻せ」
「だからな、『娘を依り代にして、そこに閻魔が宿る。体の大きい閻魔が依り代からはみ出している』ということにしておけ。実際には、中に小さく入り込むこともできるがな、見えないものは信じてもらえない恐れがある。現にボイスチェンジャーとやらで、声だけ変えることは可能だからな」
「だがなぜ、依り代が菅原なのだ」
そうだ、もっと言ってくれと梅子は思う。
「前任者が引き受けるのが筋だろう? なりきり閻魔ちゃんだしな」
不敬と思いつつ、梅子は東岳大帝様を睨んだ。
「いや、実際これまでも、娘の中に入って京都を散策していただろう? そういう繋がりがある方が、軋みもなく、うまくいく」
「そういうものか」
閻魔様は納得寸前だ。
「あの、中で私は何をすれば?」
「なに、この前と変わらぬ。憤怒の表情を維持して、泰然と座っているだけで良い。発言は意識の繋がっている閻魔本人がするから、娘は黙して語らずだ」
「なら、前より簡単ですね。『申し開きはあるか』の台詞だけでもタイミングとか、緊張していたんです。判決を言い渡す時なんて、棒読みに聞こえないように精いっぱい威厳があるように無理していたんです。姿かたちも三百六十度閻魔様なら、後ろから見て笑われることもありませんね」
梅子も納得の役柄だ。
「悪くないだろう?」
「そうですね」
こうして梅子が、閻魔様の分身の依り代となることが決まった。
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