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なりきり閻魔ちゃんの冥界ライフ ー私の人生、死んでからが本番ですー   作者: バラモンジン


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32. アットホーム

 閻魔帳の存在は現世の人々にも知られているが、その在り方は正しく知られていない。

 というのも、冥界の裁判は閻魔大王一人でやっていると思われているからだ。


 実際には、まず最初の王である秦広王が、その人の生まれた時から両肩にいる二柱の倶生神くしょうじんの報告に基づいて亡者を調べ、その内容を閻魔帳に記載する。そしてそれを二番目の初江王に渡す。次に宋帝王、五官王と順に閻魔帳は渡され、それぞれの審理の内容が書き加えられていく。


 そして五番目の閻魔様の元に閻魔帳が届けられる。閻魔様の裏方の仕事は、この届けられた閻魔帳の内容を吟味し、司命が読み上げる罪状にまとめることだ。さらに判決後には、浄玻璃鏡でスクリーンに映し出された罪業と、閻魔様の判決の内容を閻魔帳に追記しなくてはならない。これが結構な大仕事だ。

 

 その後、閻魔帳は第六王の変成王へんじょうおうに渡り、さらに次の泰山王のところで、これまでのすべてを吟味して、転生先の最終判断がなされる。だが、稀にここでも決まらず、第八王の平等王、第九王の都市王、第十王の五道転輪王まで決定が持ち越されることもある。



「それにしても、なぜ世間では、閻魔様お一人で死後の行き先を決めていることになっているのでしょうか」

 梅子は、先ほど第七王である泰山様のところから運ばれて来た閻魔帳の仕分けをしながら、向かいの席の石田に聞いてみた。

「そういう風に宣伝したからね」

「え、わざとですか」

「そうだよ。仕組みが複雑過ぎると、人は話を聞かなくなるからね。だから、『悪いことすると閻魔様が閻魔帳に書き付けるよ」、『そして死んだときに地獄に落とされるよ』、『嘘つくと閻魔様に舌を抜かれてしまうよ』ってことだけ教えて、あとは地獄がどんなにつらいところかを強調しまくったんだ。派手でセンセーショナルな方が興味を引くからね」


「だけど、いざ死んでみたら、こんなに何度も調べられて驚くでしょうね」

「まあ、はるか昔はもっと簡単だったらしいよ」

「そうなんですか」

「人口がそれほど多くなかった頃は、当然死者の数も少ないし、昔は寿命も短かったから、一生分の善悪を調べるのも時間が短くて済んだ」

「確かにそうですね」

「だから、閻魔様と数人の王様だけで、手分けして裁きをしていたんだ。そのうち、調べる内容を分担するようになって、死者は順繰りにそれぞれの王の元に向かうことになった。それから人口増加に伴い、更に人手を増やし、より念入りに精査するようになって複雑化したのが今の状態なんだ。閻魔様もさあ、浄玻璃鏡を作るんだったら、自動要約筆記装置とかも作ってほしかったなあ」

 石田は、遠い目をして言った。


「それにしても、閻魔様の判決が最終決定じゃないのが驚きでした。十王様のうち五番目だなんて、中途半端な位置に思えるんですが」

「それについては、ケンタも小野に質問していたなあ」

 

 ケンタというのは、以前梅子が職場見学に来ていた時に、浄玻璃鏡をボロ布で拭いて小野に叱られていた男だ。彼も現世組だから、梅子と同じことを思ったのだろう。


「小野さん、何て説明していました?」

「向こうの司法制度に照らして説明してたよ。閻魔様が地方裁判所で、変成王が高等裁判所、泰山王が最高裁判所だって」

「おお、納得できます。でも、その後も五道転輪様まで続きますよね」

「再審請求らしいぞ」

「へえ、なるほど。そう考えると、ずいぶん制度として整っていますね。閻魔様一人の勝手にはできないわけですね」

「そうだな、閻魔様はご立派だが、決して唯我独尊なお方ではないのだ」

 彼も閻魔様を誇りに思っているようだ。

 さて、仕事するぞ、と石田は書き物を再開した。


 梅子も、閻魔帳の仕分けに戻った。泰山王のところから届いた閻魔帳を、一つ一つ確認し、決着がついたものは書庫へ、第八王のところへ持ち越されるものは、再審が行われる日付(死後百日目)を書いたメモを挟み、書庫内の別の場所に保管する。

 この他に、第九王から回って来た閻魔帳も同様の仕分けをする。

 第十王の判決後に戻されて来た閻魔帳は、すべて書庫に収納する。

 これが目下の梅子の仕事だ。


 実はこの書庫の整理は、梅子がコールセンター卒業後に割り振られた仕事なのだが、引き受けた当初は人手不足がたたって、書庫は乱雑を極めていた。それを配置ルールを決め、根気強く並び替えたことで、作業効率が上がったと同僚たちに喜ばれた。閻魔帳を届ける日を間違えることもなくなったらしい。

 梅子は自分のしたことが、ちゃんと評価され、それを声に出して言ってもらえることが嬉しかった。


 しばらくすると、梅子の斜め向かいの席の相田が、

「菅原さん、ちょっとお茶休憩しない? 石田も」

と誘ってくれた。

「あ、いいですね、私、ちょうど区切りです」

「うん、行くか」

と、石田も同意した。

 

 こうして時々、梅子は同僚から喫茶室に誘われるようになった。皆から仲間と認められたようで、そのたび顔が緩んでしまう。アットホームな職場、万歳である。


 梅子が職場に馴染んだのには、あるきっかけがあった。

 配属された時に、梅子の名前は紹介されたが、同僚の一人一人の名前は教えてもらえなかった。閻魔様ホットライン騒ぎで仕事がごたついて、それどころではなかったのもある。それなら、同僚たちの会話のの中で名前を聞き取って覚えようと思ったのだが、不思議なことに誰も名前を呼ばない。膨大な時を一緒に過ごしている上に、閻魔庁でもエリート揃いの職場らしく、もはや阿吽の呼吸で仕事上のやり取りが成り立っていて、いちいち名前を呼ぶことをしない。

 

 梅子は観念して、皆さんの名前を教えてほしいと頭を下げた。すると、意外なことが判明した。


「え、俺らの名前覚えたいの? 発音難しいよ。似通ってるのも多くてややこしいよ」

 最初梅子は、意地悪で言っているのだと思った。

「えーと、俺はね、・・・」

「どうした?」

「俺、何だっけ?」

「お前、自分の名前を忘れたのかよ」

「だって考えてみれば、千年以上名乗ってないし、呼ばれてもないぞ。じゃあ、お前、俺の名前言えるのか?」

「え?、 当たり前だろう。お前は、・・・」

「ちなみに俺は〇△〇◇だ。言いづらいだろ?」

「まて、それ俺の名前ではないか」

 

 恐ろしいことに、自分の名前に愛着もなく、忘れている者が多かった。その様子に愕然とする梅子に、

「もうさ、正確なところは分からないから、菅原さんが呼びやすい名前付けてよ。現代日本風ので良いから」

と、とんでもない提案をしてくれた。皆、頷いている。


 そんな適当なことで良いのかと思ったが、梅子はその優しさに甘えることにした。


「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えます。名付けた私が忘れるといけないので、ルールを決めました。あいうえお順で、相田さん、石田さん、宇多田さん、江古田さん、小田さん、神田さん・・・、

そんな感じで行きます。最初の音だけは確定で、例えば石田さんじゃなくて池田さんと呼んでも、『い』で始まれば、それは石田さんのことだと思ってもらえればありがたいです」

「いいなそれ、緩くて。最初の音だけ覚えていれば良いんだから」


 そうして、皆の名前を呼べるようになった梅子は、以前より同僚たちとの垣根が低くなったと感じたのだった。

 ちなみに、『け』のつく名前が思いつかずに困っていたら、

「け、は俺のケンタで決まりっしょ」

と、お使いから帰って来たケンタが言ったので、『け』はケンタのものになった。


 後日、私たち同僚の会話を聞いていた橘から、

「菅原さんの職場は、現世組の人が多いのね」

という誤解を受けた。梅子は、彼らがもとから冥界の官吏だということは教えたが、自分の本名を忘れたから付けた仮の名前だというのは、彼らの名誉のために黙っておいた。


読んでいただき、ありがとうございました。


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