30. 忠義あるいは推し活
ある日梅子は、司命と司録から相談があると呼び出された。
閻魔様が小野の部屋にお茶を飲みに行ったので、法廷も休憩中らしい。自由だな、閻魔様。
話をするなら喫茶室に行くのかと思えば、法廷の後ろの傍聴部屋に来た。内密な話らしい。
「菅原に、折り入って頼みがあるのだ」
司命がいつもの憤怒顔で、梅子にズイと近づいた。
「仕事の話ではないのですか」
「俺と司録の個人的な願いだ」
何だろう。顔が顔だけに狭い部屋で二人から迫られると、はっきり言って怖い。仕事上のお叱りなら、甘んじて受けるが、何を頼まれるのか予想がつかない。
「実はな、喫茶のことなんだが」
「はい」
「どの茶も、それなりに旨いな?」
「そうですね」
「不味い茶は、ないのか?」
「はい?」
「不味くて二度と飲みたくないと、悶え苦しむような茶を、知らぬか?」
不味い茶が飲みたいのだろうか。
「菅原は茶に詳しいのだろう」
「いえ、小野さんの部屋に種類豊富にあるので、そこで教わっただけです」
「そこに不味い茶はなかったか?」
「どれも美味しいですよ」
しかし、司録は納得できないというように、
「前に閻魔様にとんでもないお茶攻撃をしたと聞いたぞ。滅されるかと思ったと」
と、下がり眉の憤怒顔という器用な表情で、言い募った。
「ああ、あれは違います。私が自分の中に閻魔様が寄生していると知らずに、現世産のドクダミ茶を飲んでしまったんです。そしたら、ドクダミ茶のデトックス効果も相まって、閻魔様が私の体から苦しみながら排出されたんです。お茶に罪はありませんし、もちろん私のせいでもないと思っています」
「寄生・・・」
「排出・・・、菅原よ、言葉の選択が無礼ではないのか?」
二人はショックを受けたようだった。
「あの、なぜ不味いお茶が必要なのでしょう。罰ゲームか何かですか」
「罰ゲームとは何なのだ? まあ、それはいいか。実は、閻魔様が毎日ドロドロに溶けた銅を飲むのを、何とか別の物に替えられないかと思っているのだ」
「亡者を地獄に送る自分に対する罰だといって、止めようとなさらない」
「だいたい十王様全員で裁きをしているのに、なぜ閻魔様お一人だけがその罰を受るのか納得がいかないというのもある」
閻魔様ガチ勢の司命と司録は、溶けた銅で喉を焼かれ臓腑を大火傷して苦しむ閻魔様を見るのが辛いと切々と訴えた。
「地獄もな、あまり大きな声で言えないのだが、責め苦も昔ほどではないのだ」
「かつては教義を知らしめるため、罪を犯させぬため、やたらと過激な責め苦を絵巻にして喧伝してしまったのよ。当時の絵師たちも、ずいぶん張り切って、競うように惨たらしい絵を描いたからな」
「実際は違うのですか」
「ああ、罪の内容と地獄の責め苦の釣り合いが、客観的に見て、とれていないと思わぬか?」
「それは思っていました。だって、殺生の罪ってひどいですよね。蟻を遊びで踏んづけてもだめなのでしょう? それに対する罰として、体を切り刻まれて粉砕されて殺されて、涼風が吹けば生き返って繰り返すなんて、どう考えても行き過ぎな気がします。ほかにも、釜で煮られるとか、巨象に押しつぶされるとか、ミンチにされるとか、想像できないほど残虐な責め苦がありますよね」
「うむ。しかも気の遠くなるほどの長い刑期だ」
「だからな、閻魔様も、少しずつ地獄の責め苦をマイルドにしてきたのだ。刑期もずっと縮めた」
「そしてそれならば、閻魔様が自らに与えている罰も、もう少し軽くしても良いのではないか?」
なるほどもっともだ、と梅子は思った。溶けた銅に代わる不味いもの、提案して差し上げましょう。
現世で不味い系の罰といえば、定番のあれだ。
「小野さんのところにはありませんでしたが、すっごく苦いお茶なら知っています」
「あるのか!」
「センブリ茶です。ものすごく苦いお茶です。食欲不振や消化不良に効きますが、それは関係なさそうですね。あと、お茶ではないのですが、ノニという果実のジュースがめちゃくちゃ不味いことで有名でした」
「そうか。それでいくか」
「小野に取り寄せてもらおう」
司命たちがほっとしたのが分かった。しかしデフォルトの憤怒の表情は崩していない。
ふと梅子は疑問に思った。
「あの、現世の食べ物って、冥界の人の体には毒なんじゃないですか。だから、冥界でも茶の木を栽培しているって聞きました。あれ? でも、考えてみれば、カモミールとかローズヒップとか、種類ありすぎですね。どうしているんですか?」
「安全保障上詳しい方法は言えないが、現世の物にある処理をすると、冥界の者が口にしても問題ない物に変成する」
「なるほど、それで食堂でもいろんな食材が使われているんですね」
「そういうことだ。では、さっそく小野に話をしてみよう。菅原よ、感謝するぞ」
「お役に立てて良かったです。あとは、閻魔様がそれで納得してくれると良いですね」
「「それなんだよなあ」」
司命と司録は、同時にそう答えてため息をついた。
数日後、梅子は再び司命と司録に呼び出された。今度は喫茶室だ。
「センブリ茶とノニジュースが手に入った。閻魔様が小野の部屋に行っている間に、これを試してみたい。作ってみてくれぬか」
司録から差し出されたのは、乾燥させたセンブリを煎じるタイプと、お手軽に湯を注ぐ粉末タイプの二種類だ。
「私も自分で飲んだことはないのですが、書いてある説明通りに作ってみますね」
梅子でも持てるサイズの鉄瓶に、乾燥センブリを入れる。五グラムに対して水一リットルとあるが、秤などないので目分量だ。沸騰してから煎じること十分。
「できました。試してみます?」
梅子が司命たちを振り返ると、二人とも鼻を押さえて苦い顔をしている。
「まだ飲んでもいないのにその顔ですか?」
「お前はこの匂いが平気なのか?」
くぐもった声で司録が聞いた。
「いかにも効きそうな漢方薬って感じの匂いですね。さっそく飲んでみましょう。毒じゃないから平気ですよ、むしろ健康にいいんですから。それに、閻魔様に飲んでもらうのに、試飲もせずに勧めるのですか。溶けた銅よりずっとましですよ」
カップに注いで渡すと、二人はじっと茶を睨みつけた。瞬きもしない。どうした。
「じゃあ、私が毒見しますね」
そう言って梅子は、熱いセンブリ茶をそろそろと啜った。
「んぐうううう、うん」
梅子はやっとのことで飲み込んだ。
「どうだ?」
「苦いです。あくの強い草っぽい味です。それだけです。気のせいか胃腸がすっきりした気がします。たぶん気のせいですけど」
梅子がそれほど苦みを引きずった様子がないので、司命たちも意を決して茶を一気に呷った。
「むごおおおおおお」
「ぐはああああああ」
二人して茶を噴き出した。汚い。
「苦い! なんだこれは! 不味い!」
涙目で司録が文句を言った。
「え? だってそういう要望だったじゃないですか。苦くて不味くて、それが正解なんじゃないですか。それとも溶けた銅を継続しますか?」
梅子がそう言うと、司命たちは顔を見合わせて、
「確かにとんでもなく苦かったが、喉元過ぎればなんとやらだな。もう直ったぞ」
「そうだな、一瞬で済む方がよほどましだな」
「さっそく閻魔様に提案してみるか」
と、意見を一致させた。
そんな話をしていると、喫茶室内にいた官吏たちが興味をひかれて集まって来た。
「その匂いはなんだ」
「新しい茶か」
「試してみてもいいか」
「不味そうな匂いだな」
などと、期待をしてカップを差し出してきた。
「味はそれほど良いものでもないですよ。お注ぎしますけど」
梅子から注いでもらった茶を飲んだ面々は、例外なく噴き出した。汚い。
「なんだよこれ」
「不味い」
「苦い」
「飲むもんじゃねえ」
さんざんに酷評しつつ、ゲラゲラと笑っている。意外と楽しそうだ。
それを見た司命と司録は、
「苦くて笑えるなら、これで良いな」
と、更に自信をもって閻魔様に推薦することにした。
「煎じる時間がない時は、こちらの粉末タイプを使うと良いですよ。カップに粉を入れて、湯を注ぐだけです。濃さも自由にできますし」
「なるほど、楽でいいな」
「さっきみたいに煎じる方が、おそらく匂いもあって強烈な気がします。あと、ノニジュースはどうしますか。私は飲んだことがないので何とも言えませんが」
「そうだな、まずセンブリ茶の方をお勧めして、芳しい反応が得られなければ、そちらも考えよう」
その後、閻魔様は二人の決死の説得をじっくり吟味し、腹心の部下がここまで心を痛めているのなら、自分も考えを改めようと言い、溶けた銅からセンブリ茶へと、罰をランクダウンすることに同意したのだった。
司命と司録は、閻魔様にセンブリ茶を差しだす時に、お相伴いたしますと言って、三人揃って茶を喫することにした。推しと共に飲むセンブリ茶は、苦くても不味くても、まるで甘露のような錯覚を覚えた。
それを見た閻魔様が若干引いていることに、二人は気づくこともなかった。
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