27. コールセンター卒業
その電話は、梅子が昼休憩から戻ってすぐのことだった。
ジャーーーン
耳慣れた銅鑼の音に、反射的に白いスイッチを入れる。
「はい、冥界閻魔庁コールセンター、担当の菅原です。本日はどういったご用件でしょうか」
「あの、つかぬことを伺うのだけど、そちらは悩み相談窓口をやってらっしゃるの?」
「いいえ、やっておりません。番号をお間違えではありませんか」
「わたくしの知り合いの方が、この番号を教えてくださったのよ。とても丁寧に話を聞いてもらえるって」
「そうでしたか。実は、間違い電話なのか、日に何件も人生相談のような電話がくるようになってしまいまして。無下にするわけにもいかず、最後までお付き合いで聞いているだけなのですが。ほかにも、いたずら電話や無言電話などがひどくて、頭を悩ませております」
年配の女性のゆっくり穏やかな話しぶりにつられて、梅子も精いっぱい礼儀正しく返した。
「まあ、そうでしたの。この番号はオープンじゃないのかしら」
「はい、私どもと付き合いのある、特定の宗教法人との連絡用の番号なのです。一般の個人様にはお知らせする術もありません。どこから情報が漏れたのか見当もつかず、対応が後手に回っております」
こんな言い回しで良いのかと、梅子は不安になりながらも誠実さを心掛けた。
「あの、こちらのことを隠して聞き出すようなことをして申し訳ありませんでした。申し遅れましたが、わたくしは『あったかホットライン』という電話悩み相談のボランティアグループの代表をしております、楠と申します。
実は先ほどの話で、そちら様にお電話をした知人も、相談ボランティアの仲間なのです。彼女が都内のある公衆トイレに入ったところ、個室に貼ってある『あったかホットライン』のチラシの上に、そちらの電話番号が貼られていたのを見つけたそうです。どの個室もそうでした。
電話番号にしては見慣れない数字の並びでしたし、勇気を出してホットラインに電話をかけた方が詐欺にあったらいけないと思い、知人は電話をしたそうなのです。おかしな詐欺話はなかったものの、その後もショッピングモールなどのトイレでも同様のことが見られましたので、こうしてお電話差し上げた次第です。そちら様の意図しないことであれば、対策を急がれた方が良いかと思います」
なんと、ご親切な注意喚起だった。ありがたい。
「ご連絡、ご忠告、痛み入ります。早急に番号を変えるなどの対処を取りたいと思います。この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いいえ、そちら様の落ち度ではないと存じておりますので、お気になさらず。知人も、わたくしには身近すぎて言えない悩みを相談できて良かったといっておりました。お礼申し上げます」
「恐れ入ります」
「では、これで失礼いたします」
「失礼いたします」
ツー、ツー、ツー
「は~~、 お上品なおば様だったあ。私の付け焼刃の上品さとは違うなあ。緊張したあ」
梅子が全力で突っ伏していると、ホットライン室に小野が入ってきた。
「お疲れのようですね。先ほどの電話の内容を聞きましたよ」
「はやっ」
「誰かがいたずらで番号を広めているようですね。消えていった宗教法人のやつか、内輪で揉めて出ていったやつの腹いせか、どちらにしろこの番号を消して回るのは不可能ですから、手っ取り早く番号を変えようと思います。ついでに、もはや泡沫の新興宗教には知らせないことにしましょう。弊害が大きすぎますから。どいつもこいつも、大人しく閻魔様の裁きを受ければいいんです」
小野が珍しく強い口調で言い切った。梅子はそれを見上げて拍手を送った。
それから番号を変えるまでの間に、意外な事実が発覚した。
以前、国番号ではない459は何なのかと聞いてきた男から連絡があり、少し前から電話が急増した原因を教えてもらった。
「トイレに貼ってあった悩み相談の番号に、面白半分でかけたやつがいたらしくて、冥界だの閻魔庁だのファンタジー満載だったから、ふざけて閻魔様出せって言ったら、本当に地獄のようなヤツが出てきたっていうのを、Xに投稿したらしい。ちょっとだけバズったから、真似したんだろう」
ということだった。
梅子がもうすぐ番号を変えることを告げると、男は、今後同様のことがあったら知らせるから、新しい番号を教えてほしいと頼んできた。小野の許可を得て教えると、いつかそっちで就職したいから繋がりを断ちたくないんだと本音をこぼした。逃げ道があると思えば強くいられるかも、そう言って男は電話を切った。
こうしてホットライン室の仕事はほぼなくなり、梅子は端末を持たされて、ホットラインにかかってきた電話に対応することになった。
次の仕事が決まるまで、梅子は閻魔様の裏方として、官吏の人たちが指示したあれこれをこなすことになった。
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