25. 女子会 in 柊寮食堂
梅子は柊寮に戻り、着替えてから食堂に行った。
「やっほー、スガちゃん、ここ、ここ」
上機嫌な鬼塚がいつもの席で手を振っていた。隣に橘もいる。
梅子は、具だくさん豚汁とおにぎりと漬物という夕食トレーを持って席に着いた。
さっそく鬼塚が語りだした。
「面白かったねえ、休みをもらって傍聴したかいがあったよ。まず、何あれ、現代的過ぎない? トラックボール動かして法廷全体が三百六十度見られるって。おまけに拡大縮小自在って、すご過ぎて笑うわ」
「見たの初めてですか」
「うん、法廷の後方に小高い傍聴席があるのかと思ってた。まさかあんな部屋があるなんて。私、地獄ひと筋だったから、ほかを見て回ろうなんて考えたこともなかった」
「橘さんはどうですか」
「私は仕事を始める前に、閻魔庁全体を把握したかったから、藤原さんに言ってとりあえず地獄の一層目と、十王様のところと、三途の川は見学したわ」
「さすが仕事ができる人は違うね」
「だけどね、ほら、藤原さんてスカウトは上手だけど、その後のフォローはしないじゃない。最初に最適な職場を紹介してくれるんだけど、たとえば閻魔様の法廷だって、ここから見れるからねって中に入れてくれて、あの窓から覗き見ただけ。声も聞こえないし、ましてトラックボールの操作とか、ピンチで拡大とか、夢にも思わなかったわよ。閻魔様の大きな背中で亡者の姿は見えないし、罪状読み上げても聞こえないんだもの、参考にならないと思ってすぐに出たわ。すごく損した気分」
「その点、小野さんは面倒見いいよね。手習いも見てくれるし、今日の法廷でだって、つききりだったよね」
「いえ、今回のは緊急事態で、閻魔様の尊厳と閻魔庁の格式を守らなくては、っていうのが大きいと思います」
「しっかし、閻魔様等身大パネルはベタだよね。正面から見たら几帳の奥にもったいぶって座ってる巨大なお姿だけどさ、裏から見たら、スガちゃんがちんまり座ってるだけだし。横から見たらよそ事考えてるのバレバレだったよ。そのくせ、しゃべれば閻魔様ボイスだし」
「鬼塚さんがあんまり笑うから、司命さんの読み上げる罪状が聞き取りづらくて困ったわよ。ところで、この二日間の法廷の様子は、閻魔様も後から確認できるのかしら」
「音声は記録できるはずですけど、映像はどうでしょうか」
「いやあ、浄玻璃鏡をスクリーンに映せるくらいだから、できるでしょ。永久保存版よ。あたし、もう一回見たいわ。あまりに面白くて、肝心の獄卒の様子を観察するの忘れてたもの」
「楽しんでくれて何よりデス」
梅子は鬼塚のやたら高評価になんとも言えないものを感じて、ひたすら豚汁を味わう振りをした。
「それにしても、最初の詐欺師男のクズっぷりはむかついたわ」
橘にしては珍しく口が悪い。
「あれに関しては因果応報だよね。地獄で責められてるとこスケッチしに行こうかな」
「極楽浄土に行けると信じてたのが、意味分かりませんよね」
「おそらく実家がその宗派だったか、社会の授業で、南無阿弥陀仏を唱えさえすれば極楽浄土に行けるというとこだけ、たまたま聞いていたかでしょうね。実際は唱えてもいないのに、なぜいけると思ったのかしら」
「私がいちばん怖いと思ったのは、騙した相手に害されてショックを受けていたのに、急に人が変わったように薄笑いを浮かべながら、ですます調で極楽浄土の話をしだしたところです。得体が知れなくて薄気味悪かったです」
「思い出すわ、かつての結婚詐欺のあいつ」
「思い出してやる価値もないよ、そんなやつ」
「そうよね、確かに脳のリソースの無駄遣いだわ」
食後はまったりほうじ茶を飲みながら、話を続けた。
「そういえば菅原さん、あなた今日もリクルートスーツじゃなかった?」
橘が新たな話題を振った。
「はい、あれしか持っていないので」
「え、そうなの? 裁判長の役だから真面目な格好してるのかと思ってた。窮屈じゃない? 裏方の仕事のときは、もっとラフなのでいいんじゃないの」
「でも、まわりもちゃんと道服っていうんですか? 中国の昔の官吏みたいな格好なんですよね。それに相応する私の服装としては、やっぱりスーツかなと思いまして」
「そういえば橘さんもスーツだね」
「私は秘書だもの、スーツ一択よ。でも、リクルートスーツはないわ。だいぶ生地もへたれてきてたでしょ」
「壮絶な就活の歴史を物語っております」
「そんな縁起の悪いの替えようよ。衣装部に申請すれば希望を聞いて作ってくれるよ」
「鬼塚さんは、普段着っぽいですよね」
「そりゃあ、獄卒たちは半裸だからね、こっちの布地が多すぎると浮くんだよ」
「そっか、そうですよね。小野さんに確認してから申請してみます」
その後は、鬼塚が見た最近の獄卒の流行りだとか、橘が見てきた三途の川の様子だとかを聞いて、九時頃に解散した。
ひさしぶりに梅子は、女性同士のおしゃべりを存分に楽しんだ。
部屋に戻るとベッドに転がり、秒で眠りについた。
二日間の緊張から解放されて、芯からの安眠であった。
だから夜中に東岳大帝様と閻魔様が帰ってきて、休みを延長したい、させないの言い合いが、庁舎全体に響くほどの騒動になったことに梅子は気づきもせず、朝まで眠り続けた。
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