24. 閻魔代理 二日目
代理二日目の今日は、朝の手習いを免除されたので、梅子は小野の部屋に寄らず、直接法廷に来た。
先に来ていた小野が、梅子の様子がおかしいことに気づいた。
「菅原さん、どうしました」
「なんだ? 緊張してるのか。昨日は堂々としていただろう」
「一晩たって畏れ多くなったか」
司命と司録もやってきた。
「違うんです。あの、ここって、傍聴できますか?」
「獄卒は事前申請の上、許可を得ないとできませんが、普通の官吏は、後ろの部屋から自由に傍聴できますよ」
「できるんですね」
梅子は項垂れた。
「どなたか来るのですか」
「先輩の鬼塚さんと橘さんが、父兄参観したいと」
「面白がっていますね」
「鬼塚さんは、地獄以外で働く獄卒を見たいと言って、橘さんは閻魔様がいない裁判がどのように行われるのか参考にしたいそうです。参考になんてなりませんよね! 絶対よそでは採用されない方法だと思います」
「そうですね。しかし、橘さんが見学してくれるなら、今後閻魔様に休みを取っていただく時に、どうすべきか意見を聞かせてもらえるかもしれません。大歓迎ですよ」
前向きな小野に、梅子も考えを改めることにした。
「笑われるんじゃなければいいです」
梅子は閻魔様の椅子によじ登って、姿勢を正し、精いっぱいの憤怒の表情を作った。
そして本日最初の亡者が法廷に入ってきた。
見るからにふてぶてしい顔でゆっくり辺りを見渡した。虚勢なのは分かる。握りこぶしが震えているし、眼球は左右にせわしなく揺れているからだ。
小野に名前を確認されると、
「閻魔サマよ、オレはあんたに言いたいことがあって来た」
と、だしぬけに閻魔様(代理)に語りかけた。
『閻魔サマ』という言い方にあからさまな侮蔑が込められている。しかも、あんた呼ばわりである。
憤怒の表情を三割増しにした司命が、
「貴様は、七日前の五官様のところまで、一切口を利かなかったそうだな」
と、問いただした。
男はいざ口を開くと調子が出てきたようで、
「雑魚に言っても仕方がないからな。あいつら何なんだよ、死んでから歩き詰めで、やっと三途の川にたどり着いたと思ったら、変なババアに着物を剥ぎ取られるわ、その着物をジジイが高い木に放り投げるわ、イジメかよ。枝がよくしなるとか言ってたけどな、そんなんで罪の重さが分かってたまるか。挙句に、わざと厄介な方法で渡るように指図しやがって。
それから筆持った奴らのところに次々回されて、根掘り葉掘り聞かれるのがうっとうしいんだよ。最後のとこでは、おかしな秤に乗せやがって、いったい何がしたいんだ、え? 話す価値がねえと思ったから黙ってただけだ。あれこれ言ったところで、閻魔サマがすべて決めるんだろ? 無駄じゃねえか」
と、一気にまくし立てた。
「それらの意味を貴様に説明してやる義理はない。しかし、よく回る口だな。その口で詐欺師として生きてきたか」
司命は閻魔帳を繰りながら問うた。
「騙したりはしてねえよ、ちょっとばかし話を盛れば、親切な奴らが金を差し出してくれたんだ。向こうだって騙されたとは思ってねえ、良いことをしたと思って幸せな気分でいるんだぜ。win-win の関係だろ」
閻魔様パネルの後ろで、梅子はいつもと違う亡者と司命のやり取りを聞いていた。
(ババアっていうのが奪衣婆さんで、ジジイっていうのが懸衣翁さん、うん、覚えた。二人だけでやってるの大変だよね。交替する人いないのかな。個人名じゃなくて、役職の名前だったらいるのかも。着物剥ぐのも、高い木にぶん投げるのも、数が多ければ、そうとう体力要るよね)
すっかり傍聴者気分である。憤怒の表情も解けている。
「そういう判断のできなくなった老人ばかり騙していたのだろう」
司命の言葉とともに、浄玻璃鏡でスクリーンに男の人生が映しだされた。
ありふれた幼少期だった。
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下卑た笑いを浮かべて住宅街を歩く男の後ろを、一人の老女が付いていく。布の手提げバックを左手に持ち、遅れまいと必死に足を動かしている。男が電話に出るために立ち止まった。老女のスピードは落ちない。バッグから取り出した出刃包丁を右手で持ち、そのまま男の首の高さで薙ぎ払った。
男の最期だった。
「な、な、・・・」
男は言葉をなくしていた。
「これが貴様の言う win-win の相手なのか」
「嘘だ、オレのこと、昔死んだ息子みたいだって言ってた・・・」
「そう思っていた相手が詐欺師だと知ったら、自分の息子まで冒涜された気分だろうな」
男はうつむいて、
「あのババア、許せねえ、」
と、目をギラギラさせていた。
静かになった男に目もくれず、司命が長い罪状を読み上げた。
法廷が束の間、静寂に包まれた。
『菅原さん、菅原さん、申し開きはあるか、と問うてください』
小声で小野がせっついた。
梅子は一つ息を吸って、憤怒顔をこしらえた。
「申し開きはあるか」
重々しい閻魔様ボイスである。さすがに男もこれ以上言い訳はすまい。と、梅子は思ったが、詐欺師の口は最後まで諦めることを知らないようだ。
「ところで、閻魔サマ」
と、あまりに普通の声音で話しかけてくるので梅子は驚いた。
「うむ」
閻魔様(代理)が短く答えると、詐欺師の本分を思い出したかのように、軽やかに話し始めた。
「実はオレ、地獄に送られることはないんですよ。閻魔サマの管轄する宗教じゃないんで」
(キター、これだ、小野さんから聞いてたやつ。勘違いヤローの言い訳、面白そう)
梅子のワクワクが止まらない。
(橘さんたち、見てますか? これが稀によくある言い逃れの一つなんですよ。詐欺師だから弁が立つかも。期待大ですね)
『菅原さん、面白がっていてはいけません。厳格な雰囲気、醸し出して』
小野が注意を促した。
「閻魔サマのところでは、六道のいずれかに行くだけなんでしょう? あいにくオレは阿弥陀様信仰してるんで。南無阿弥陀仏唱えて極楽浄土に行くんですよ。こんなくどくどしい裁判やってないで、死んだら終わり、これ以上の苦行なんてご免ですね」
男は得意げに嘯いた。
「貴様の言う極楽浄土とは?」
今度は司録が問うた。
「なんです? 今度は問答で煙に巻こうとしてるんすか。あんたら極楽浄土に縁がないから、見たこともないんでしょうね」
「貴様はあるのか」
「これから行くのでご心配なく」
(すごい、自信満々だ。必ず行けると思ってる。私も就職面接の時に、あんな風に見かけだけでも堂々としていたら印象が違ったのかも)
梅子が見当外れの反省をしている間にも、司録の問いかけが続く。
「そこはどんなところだ」
「そりゃあ、苦しみのない安楽の地ですよ。地獄とは比べ物にならない夢のような世界、まさに理想郷というべきところでしょう」
「はあ、」
呆れたような司録のため息に、男は嘲笑った。
「くやしいっすか? こーんな薄暗い世界で、永遠に働き続けてご苦労なことですね」
「一つ勘違いしているようだが、極楽浄土は確かに安楽の地だろう。美しい音楽が流れていて、一切のストレスも苦悩もない。なぜだか分かるか?」
「なぜ? 阿弥陀様のおもてなしの心でしょう?」
「煩悩から解放され、仏道修行に集中できるできるようにだ」
「は? 死んでまで修行するのかよ。冗談じゃない。理想郷といえば、酒池肉林だろう」
「なら行って確かめてみるがいい」
「じゃあ、そこに送り届けろよ」
「なぜ」
「勝手にここまで連れて来たんだから、お詫びの印だろう」
「勝手にきたのは貴様だろう。お前の言う宗派の者は、三途の川など渡らぬ。亡くなると同時に阿弥陀如来が迎えにきて極楽浄土に導いてくださるそうだ」
「うそだ」
「貴様の両肩にいる倶生神に聞いてみるか? 生まれた時から貴様の行動のすべてを見てきておる。阿弥陀如来を信仰していたか、どれほど信心深かったか、訊ねてみるか?」
「あ、あ、・・・」
「あくまでも阿弥陀如来の迎えを待つというなら、三途の川を泳いで戻れ。戻ったところで体はないがな」
(うわー、司録さん、鬼畜。憤怒の形相がしゃべっても一ミリも崩れないのすごい)
梅子が心の中で騒いでいると、
『菅原さん、判決、いきましょう』
と、小野に促された。
渡されたメモを閻魔様(代理)が厳かに読み上げ、詐欺師男の裁判は終わった。
男は灰のように崩れ落ちて、獄卒に軽々と運ばれていった。
今日は一つ目の裁判こそ盛り上がりがあったが、その後は淡々と事務的に流れていった。
「他人の人生も山あり谷ありですけど、たくさん見続けると麻痺してきますね」
最期の法廷を終えて梅子がぽつりとつぶやくと、几帳を片付けていた司命と司録が、
「それを何億という亡者を相手にして、今なお一人一人誠実に向き合おうとしている閻魔様は、尊敬に値するだろう?」
「毎日溶けた銅を飲むのさえ止めてくださらないしなあ」
と、しみじみ言った。
こうして閻魔様のいない二日間を無事乗り切り、梅子は女子寮に戻った。
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