20. コールセンター(2)
梅子が五件目の通話記録をもうすぐ読み終えるという頃、
ジャーーーン
突如銅鑼の音が鳴り響いた。
「な、なん?」
ジャーーーン
「フリーダイヤルの方ですね。スピーカーフォンなので受話器はありません。白いスイッチを手前に倒すと通話が開始します」
ジャーーーン
「やばいと思ったら躊躇せず、閻魔様の声に切り替えてください。口調もそれらしく尊大かつ容赦ない感じで頼みます」
小野の早口の注意事項にうなずいて、梅子は電話に出た。
「お待たせいたしました。冥界閻魔庁コールセンター、担当の菅原と申します。本日はどういったご用件でしょうか」
小野(おいおい、本当にコールセンター名乗るのか?)
「ワンコールで出ろよ、常識だろう」
「大変申し訳ございません。本日はどういったご用件でしょうか」
「ご用件がなけりゃかけちゃいけねえのかよ」
「はい、ご用件がないようでしたら失礼させていただきます」
(真っ当な答えだが、それが通じる相手だといいな、菅原よ)
「ま、待て。少しくらい話を聞くのが礼儀というもんだろう」
「礼儀、あなた様が礼儀を語るのですか?」
(バカ、煽ってどうする)
「どうせ俺は礼儀知らずの薄情者だよ。縁故採用の職場をぶっちして、叔父貴の顔を潰したんだ。それから同じ町に居づらくなって、」
「あの、『ぶっちして』とは、どういった意味でしょうか」
「話の流れから分かるだろうよ!」
「ぶっち殺しての略でしょうか」
(堂々とした誤解がひどい)
「ちげーよ!!! ドタキャンだよ、サボったんだよ、無断でな」
「ああ、それなら分かります。ドタキャンは土壇場キャンセルで、サボるはサボタージュからきているのですよね」
(分かったからって胸の前で両手を合わせてニコニコしてるの可笑しいだろう)
「サボタージュは知らねえよ。サボるで分かるだろう。いいから話を続けさせろよ」
「あの、無断で休んでおきながら、なぜそんなに強気でいられるのでしょう」
(なぜ煽る)
「うるせえよ、強がらねえと立っていられねえ時もあんだろう。あんたには分りもしないだろうけどな」
「私の何を知っているのですか」
「少なくともこうやって仕事をちゃんと持って給料だってもらえてるんだろう? みじめな俺に正論かましていい気になってるんじゃねえよ」
(ああ、それ言っちゃうかあ。菅原、いいか落ち着けよ)
小野は祈る気持ちで菅原を見守った。
「ではお聞きします。あなた様は就職試験四十五社連続不採用の私をどう思いますか。それ以前に書類審査で落とされた会社も多々あります」
「女なら永久就職っていう手段があるだろうよ」
「昭和か戦前の話ですか」
「いざとなったら親の元で食いつなげるだろう」
(トーンダウンしたな)
「私の両親は高校時代に亡くなりましたが」
「・・・」
「まだ何か」
「・・・それでも今は仕事に就いているじゃねえか」
(それが最後の攻撃ポイントだよな。俺より恵まれてるって言いたいんだろう?)
「今日が仕事の初日で、この電話が初対応です。ちなみに給料はありません。その代わり、衣食住完備で終身雇用、福利厚生もそれなりで、アットホームでクリーンな職場だと紹介されてきました」
(あああ、その説明は絶対誤解される)
「お前さん、それ、大丈夫なのか?」
「あなた様に心配される筋合いはございません。自分で選んだ道です。死のうと思っていた時に救われたのです。その出会いが私の人生を変えました。今こうしてあるのはその人のおかげです」
「なんか悪い宗教に引っかかってねえか!」
(絶対、そう思うよな!)
「私だけではありません、ここに来て自分の理想とする自分を見つけ、生き生きと働く先輩方の姿は、私の希望です。もし、万が一、あなた様が頑張ってもどうにもならず、死にたいほど辛くなったら、もう一度お電話ください。お話お聞きします」
(悪徳宗教の勧誘みたいになってるけど、無自覚だよな?)
長い、長い無言の後、
「分かった。悪かったな、怒鳴って。じゃあ」
そう言って電話は切れた。
梅子はくるりと小野を振り返って、
「どうでした、小野さん。大人しく引き下がってくれましたよ。怒鳴ったことも謝ってくれました。それにこの人、いよいよ行き詰ったら電話くれるかもしれませんね。そしたらリクルートしましょうよ。獄卒向きじゃないですか」
「うん、ソウダネ」
「なんで棒読みなんですか、弟子の初仕事成功を喜んでくださいよ」
梅子は小野の虚ろな表情の理由が分からず、首を傾げた。
それから立て続けに三件の電話があった。いずれもフリーダイヤルの方だ。
閻魔に代われと言われることもなく、梅子は相手の悩みに真摯に相槌を打ち、寄り添って、励まして、静かに電話を終えた。
「なんだか電話人生相談が続きますね」
「今度は菅原さん自身のことを語らないんですね」
「最初の人は戦いを挑んできましたから応戦するのは当然です。撃退あるのみです。後の三人は、自分の不幸を聞いてほしいだけの人たちでした。なまじ不幸自慢に応戦したら、すぐに切られてしまいますよ。それでも良いですけど、できれば気持ちが穏やかになってほしいじゃないですか」
それは閻魔庁の仕事だろうかと小野は思ったが、閻魔様が梅子に任せたのだから、揉めない限りそれで良いと思うことにした。
昼休みに、梅子は手前の部屋にいた皆に紹介された。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
意外なことに、朝の不審者を見るまなざしは消えていて、同僚として優しく迎えてあげようという雰囲気が生まれていた。
「電話対応、うまくやってるね」
梅子は褒められたことに驚いた。ホットライン室は防音だと聞いていたからだ。怪訝な顔をしていると、小野が種明かしをしてくれた。
「対話の内容はこの玉にすべて録音されることになっています。一件終わるごとにこちらに転送され、文字起こしされます」
そう言ってうずらの卵くらいのガラス玉と、流れるような筆跡で書かれた紙を見せてくれた。
「やっぱり女性の対応の方がもめ事が少なくていいな」
「おかげで俺たちも本来の仕事に集中できて助かるよ」
口々に褒められて梅子はますます前向きになった。
「まだ閻魔様モードが必要なほどの、難しい相手が来ていないだけかもしれませんので、気を引き締めて頑張ります」
「期待してるよ」
皆の温かい言葉に梅子は、小野が言った『アットホームな職場』というのは、これのことだったのかと思った。
午後の電話対応には、二度ほど閻魔様の声を使った。本当に上司がすぐに出てくるとは予想してなかったらしく、しかも相当凄みのある地獄ボイスだったので、素直におののいて退散してくれた。
「これは便利」
梅子はすっかり閻魔様ボイスが気に入って、電話の合間に色んなセリフを考えて練習した。小野にも聞いてもらったが、練習は梅子の声なので違和感しかないと、アドバイスはもらえなかった。
こうして梅子のコールセンター業務は、順調に続けられた。
閻魔様の威を借りた時は、同僚から『デスボイス梅ちゃん』とか『声だけ閻魔ちゃん』などと呼ばれてからかわれたが、悪意はまったく感じられなかった。むしろ職場に馴染めたことが嬉しかった。
読んでいただき、ありがとうございました。




