2. 生きるか死ぬか
「生きていてもらっては、困るんです」
小野のとんでもない発言に、梅子は固まった。
「つまり、死んでほしいと?」
「はい。話が早くて助かります」
「それは、死ぬ気で頑張れということの比喩?」
「いえ、正真正銘、一度死んでください、という意味です」
小野は、リクルートの成功を確信しての清々しい笑顔だ。
梅子は、心に静かな怒りを灯した。
「小野さん、橋から突き落としていい?」
「ええ、なんでですかっ」
「なんでですかじゃないでしょう! 死にたいほど心折れてる人間に、助けておいて死ねって何?!」
「だから、死ぬなら、あの世で、僕たちと、働きませんかって。話、聞いてください」
「・・・、ちょっと橋まで戻ろうか」
「菅原さん? 梅子さん? あの、目が据わって座ってて怖いです」
「あの世へは、お一人でどうぞ。止めませんから、どうぞ飛び込んで」
「いや、僕は橋の上からではなくてですね、先祖代々井戸からって決まってるんです。京都東山まで行かないといけないんです。隅田川に飛び込んでも、僕は冥界にたどり着けません」
「みんな色んなとこで亡くなっても、あの世に行くじゃない」
「それは普通の死者としての行き方です。三途の川経由の」
「井戸から行くとどうなるのよ」
「直接我が雇用主である閻魔大王のもとにたどり着きます。僕は冥界の閻魔庁で、裁判の補佐をやっているのです」
小野が誇らしげに胸を張るのを、梅子は白けた目で眺めた。
そんな視線などものともせず、ごきげんな笑顔を浮かべ自信満々でいるのが梅子の癪に障る。
「悪い話じゃないと思うんですけどねえ」
「どの辺が? 死んだら終わりじゃない」
「いえ、死んでからが本番です。
菅原さん、あなたさっき死のうとしてましたよね。僕は死ぬまでの束の間の時間をもらっただけです。心置きなく死んでもらって良いのです。そして一緒に働きましょう!」
「意味が分からない。初めての内定があの世とか、ぜんぜん意味が分からない!」
「お仕事内容、詳しく聞きたくないですか?」
梅子の苛立ちに頓着せず、うきうきで話を進めたがる小野に、抗うのも面倒になってきた。辺りを夕暮れが包み始めた。ずいぶんと時間がたっていたようだ。
「もう、今日はいいわ。冥界に行くかどうかはさておいて、そのリクルートごっこに付き合いましょう。
食事でもしながら、冥界の仕事をレクチャーしてください、先輩」
梅子は投げやりに小野を食事に誘った。
小野はおそらく、梅子が再び飛び込もうとするのを止めるために、とっさに嘘をついたのだろう。奇天烈すぎて、どんどん収拾がつかなくなってしまったのだ。とりあえず救われた命だ。お礼の意味も込めて、冥界話をとことん突き詰めて、笑ってお開きにしようと考えた。
「ありがとう、菅原さん。興味を持ってくれたんだね。レクチャーするよ、しますとも。先輩って響きもいいなあ。憧れてたんだよね、そういうの。うちはアットホームだけど、みんなヤンチャだから。そこがおもしろくもあるけどね」
小野のしゃべりが急にフレンドリーになった。話を聞いてもらえるのがよほど嬉しいらしい。
「アットホームかあ、夢がふくらむわあ」
「でしょう?」
「棒読みなの、気づかないの! 気づかないふり?」
「最近はね、地獄もクリーンなんですよ?」
なんだか聞き捨てならない言葉が、聞こえたような気がした。
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