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なりきり閻魔ちゃんの冥界ライフ ー私の人生、死んでからが本番ですー   作者: バラモンジン


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18. 入庁者特典

 冥界の女子寮で梅子は目を覚ました。

 スマホがないのでアラームも鳴らず、自然な目覚めだ。

 悪くない寝心地のベッドで仰向けになり、両手を掲げてみる。

「この体は昨日死んだ。これは遺体?」

 自分で口にして背筋が震えた。

「うわー、なし、今のなし」

 梅子は声に出して思考を追い払い、改めて自分の手のひらから手の甲まで観察した。

「昨日の私と同じに見える。だけど、十年後の私も、二十年後の私もきっと同じ」

 それが幸せなことなのか、梅子には分からなかった。

「あれ、待って、ずっと十九歳の見た目なら、ずっと下っ端ぽくない? 永遠の新入社員とか情けなさ過ぎでは。あ、上司の小野さんもそうだった。六十四歳なのにどう見ても二十代。それなら見た目で追い抜くわけにはいかないよね。うん、仕方ない」

 そうやって梅子は自分を納得させた。


 洗顔と身支度を済ませ食堂に向かう。

 死んでいるので生前のルーティンはかなり省略して構わないらしいが、鬼塚の言うには、身体が覚えている通りにするのが色々悩まなくていいらしい。省略すればそれだけ自分の知っている自分から離れて、自分ではない何者かになってしまいそうだ。


 寮内の地図は鬼塚のガイドブックでしっかり頭に入れたので、迷うことなく食堂についた。

 入口近くのテーブルに鬼塚と橘がいた。

 梅子は挨拶を済ませ、カウンターに食事をとりに行く。渡された食事は簡素なものだったが、ここが冥界であることを思えば上出来だ。

 三人でおにぎりを頬張りながら、冥界ライフについて話をした。梅子はひたすら聞き役だ。なにしろ分からないことだらけだ。些細なことでも知っておいて損はない。おにぎり片手に熱心にメモを取っていると、まじめ過ぎだと鬼塚に笑われた。


 食後は香ばしいほうじ茶をゆっくり飲んで、それぞれの職場に向かった。


 指定された出勤時刻は九時なので、梅子は八時四十五分に小野の部屋に来た。ノックをして入室したが、息を飲んで二歩下がり、無言のままドアを閉めた。


「なぜ、入らぬ」

 中から閻魔様の声がした。意外と穏やかな口調だ。

 梅子は覚悟を決めてドアノブを掴んだところで、

「どうしました?」

 いきなり後ろから肩に手を置かれて、すくみあがった。

「大丈夫ですか、菅原さん」

 小野が心配そうにのぞき込んできた。

「いえ、中にいた閻魔様が、憤怒の形相で睨みつけておいでだったので、とっさに逃げてしまいました」

「ああ、怒っているわけではないですよ。業務上、あれがデフォルトの表情なのです。ほとんどの時間を法廷で費やしているので、あれ以外の顔のバリエーションが少ないのです」


 今度は小野と連れ立って部屋に入った。

「顔のバリエーションが少なくて悪かったな」

 閻魔様の眉が少し下がり気味だ。憤怒の表情なのに。

「失礼しました。なるべく早く慣れるように努力します」

 梅子は慎重に答えた。


 小野の指示で、梅子は閻魔様の正面のソファに座った。

「これから閻魔様に新規入庁者特典の能力付与をしていただきます。梅子さん、確認ですが、『業務で使用する言語及びその古語、各種書体の読み書きをする能力』ということで良いですか」

「はい、あの、業務に使わないであろうラテン語とか、ヒエログリフとか読めるようになったりしませんかね?」

 梅子はダメ元で聞いてみた。

「ならぬ」

「ですよねー」

 そんな文書にお目にかかることもあるまいと納得した。それでも破格のチートであることは間違いない。梅子は古文書がいったいどんな風に目に映るのか、今からわくわくした。


「では閻魔様、お願いします」

 小野がそう言うと、閻魔様の指先が梅子の顔に近づいてきた。とっさに昨日のデコピンの記憶がよみがえり、梅子は思わず上体を引いた。

「なぜ逃げる」

「死んでても痛いですか?」

「いや、デコピンではないから、じっとしておれ」

 

 そうして閻魔様はごつい人差し指を梅子の額に当てた。

 熱い。何かが流れ込んでくる。カクカクしたものやガコガコしたもの、すらりすらすら流れるもの、最後がぴょいと跳ねるもの、絡まった毛糸のようなものたちが、奔流となって押し寄せてきた。圧倒されて息を止めていたが、ふいに止んだ。

「終わったぞ」

 閻魔様は立ち上がって部屋から出がけに、

「ゆるりと励めよ」

と言って去っていった。


「どうですか、菅原さん」

と、小野が心配そうに聞いた。

「はい、賢くなった気がします。実感はありませんが」

そんなことしか言えなかった。


「まず、業務を覚える前に、手習いをしてみましょうか」

「お習字ですか」

「そうです。読み書きができるといっても、筆が体に馴染んでいるわけではありません。実際に筆と墨で文字を書けるようになるには、練習あるのみです。ペンや鉛筆と違って、筆を持った腕を浮かせて書きますから、コツがいります。なに、毎日続けていれば直に上達しますよ」

「普段の書き物はペンを使って良いのでしたよね?」

「ええ、もちろんです。手習いの方は、毎日始業から二十分ほど時間を取りましょう。書記官の司録さんから、少し前の裁判の記録をお借りしてきました。これを書写しながら、罪状や判決の流れ、行き先の地獄名などをなんとなく覚えてもらえれば今後の役に立つでしょう。けれど、目的はあくまでも毛筆に手が慣れることですから、覚えるのは二の次でお願いします」

 

 小野の机の横に小さめな机が置かれ、そこが梅子の席となった。


 硯で墨を磨る。小学校以来だ。途中から墨汁を使って楽をしていた覚えがある。練習用にざらついた質の落ちる紙をもらい、司録の書と並べる。

「読める、すごいです。内容は物騒だけど面白いです」

 梅子はそれから黙って筆を動かした。最初は字の大きさを揃えることに専念した。二十分はあっという間だった。

「いかがでした?」

 自分の机で書類仕事をしていた小野が聞いた。

「カルチャーセンターで写経しているみたいな気分でした。自分がこんな文字を書けるのが不思議です。精神統一するのにもいいですね。冥界で一つ楽しみができました」

「それは何よりです」


こうして閻魔庁の役人菅原梅子の初日は、幸先の良いものとなった。


読んでいただき、ありがとうございました。


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