16. 質疑応答
お昼は小野が用意してくれた弁当だった。
「うわぁ、正方形で箱が立派そうだからもしかしたらと思ったら、やっぱり松花堂弁当ですよね、これ! すごい、綺麗、豪華、繊細、食べるのもったいない」
梅子のテンションは爆上がりだ。
「あちらの食べ物を口にするのがこれで最後となります」
小野の冷静な指摘に、梅子の気持ちが急速にしぼんだ。
「もう、小野さん、事実ですけども、食べ終えるまでそれは言ってほしくなかったです」
とはいえ、最後の最後に美味しい食事ができたことに梅子は感謝した。
食後のほうじ茶を飲み終え、午後の質問タイムが始まった。
梅子は箇条書きにしたメモを見ながら一つ目の質問をした。
「いちばん気になっていたことなんですけど、小野さんて生きている人ですか。現世でも生活できるし、冥界でも普通に過ごしていますよね。閻魔様でもあちらの世界では体に負担が大きいと聞きました。どちらの住人なんですか」
「前にも聞かれましたね、生きているのかって」
「はい、藤原さんとかも同じ存在ですか」
「いや、藤原やほかのリクルーターたちは一度死んでいます。冥界の住人なのでリクルート活動する時には、期間限定の特殊パスを発行してもらっています。現世の空気や水や食物に触れても平気なように、みっちりと経文が書き込まれていて、それを肌身離さず持ち歩いているのです」
『耳なし芳一かよ』というツッコミはさすがに控えた。
「パスをなくしたら、現世に取り込まれてしまうんですか」
「冥界に戻れず消滅します」
「こわっ」
「危険信号が届くようになっているので、僕が救助に向かいます」
「良かった、お願いしますよ」
「で、僕の場合は特殊でして、祖先の小野篁と同様に、冥界と現世を行き来して、閻魔様の補佐をしています。冥界と現世のどちらにも生活基盤があって、どちらにも対応した身体なのです」
「理想的ですね」
「そうなったのにも事情がありまして。
小野篁は現世では五十一歳で亡くなっています。閻魔様はその才を惜しんで、冥界で働くように勧めました。向こうでは参内もかなわぬ病身でしたが、こちらでは普通に動けるのです。篁は死んでから二百年ほど閻魔様に仕えました。永遠ともいえる長い人生を約束されましたが、篁はこれを断りました。十分生きたから、この地位は子孫に譲ると言って、六道輪廻に飛び込みました。審判を受けずに自らの決めた道に進んだのです。それがどの道であるかは聞いていません。それにしても、破格の扱いですよね。
それから定期的に小野家にそういう冥界入りできる人間が生まれるのです。生まれるというか、見い出されるのです。僕は子供の頃、突然やってきた遠い親戚のじいちゃんに連れられて閻魔様のところに遊びに来ました。じいちゃんが仕事をしている間、僕は獄卒たちにかまってもらって遊んでいました。当時四歳で、現世では東京オリンピック開催や東海道新幹線開業で沸き立っていましたね」
「はい?」
梅子は思わず聞き返した。ありえない話だ。
「東京オリンピックって、小野さん、何歳ですか」
「昭和三十五年生まれです」
「ピンとこないので、西暦でお願いします」
「一九六〇年生まれの六十四歳です。丸美屋ののりたまと同い年なんですよ」
「いやいやいや、どう見ても小野さん二十代後半にしか見えませんよ」
「なんかね、こちらで働いてる時間は年をとらないようなんです。冥界なので生命体として活動してないということなのでしょうか。向こうに戻ると老化の時計が進みだすような気がします」
「現世の家族や知り合いから不審がられませんか」
「家族は知っています。四歳の時に、両親とじいちゃんの間でどういう話し合いがなされたのか知りませんが、僕はじいちゃんの息子の養子になって、そこが今の僕の家です」
「隣近所の人たちだって、年をとらなければおかしいと思うんじゃないですか」
「本格的にじいちゃんの跡を継いだのは、大学を卒業して司法書士試験に受かってからです。それまではじいちゃんに付いて見習いみたいな感じで、大学生と二足のワラジを履いていました。だからごく普通の成長過程に見えていたと思いますよ。
大人になってからは顔を合わせることもめったにありません。皆さん敷地内のガレージに車で入りますし、だいいち隣の家の門までけっこう離れてますからね」
「あー、豪邸だらけでしたもんね」
「というわけで、冥界では冥界の身体で過ごし、現世では生身の人間として生きているってことで、答えになっていますか」
「納得しました」
「次の質問、どうぞ」
「私たちの見た目って、何年たっても、ずっとこのままですか?」
「そうですね、菅原さんの場合、享年十九歳のまま時が止まってしまいます」
「アンチエイジングの努力の必要なしってことですね」
「顔色は多少悪くなるかもしれません」
「防腐処理とかしませんよね?」
「ええ、大丈夫です。剥製にもしませんから安心してください」
「次の質問は?」
「私も現世に出張とかありますか」
「うっかり里心がついてもいけないので、就職後一年間は冥界から出る仕事はないです」
「私が残してきた荷物とか、アパートの契約とか、どうなりますか」
「日本における年間行方不明者数は約九万人です。最多は二十代です。ですから放っておいても構わないようなものですが、それも落ち着かないでしょう。契約解除と荷物の処分は小野家で行います」
「何も持ち出せませんか」
「死んだらそもそも何一つ、体さえも持って来れないのですから、諦めてください」
「リクルートスーツと着替えとバッグとその中身、スマホや財布などなど、今持っているこれらはどうなりますか」
「着替えとバッグと筆記用具は、こちらでの仕事に役立ちそうですから、そのままで。それ以外は処分します」
「そうですか。そうですよね」
分かっていても、手放す心細さはいかんともしがたいものだ。
小野は梅子が少し気落ちしたのを見てとって、
「お茶でも淹れましょうか」
と言って立ち上がった。
「ありがとうございます」
梅子は小野の気づかいに礼を言った。
「緑茶にしました」
ふわりと鼻をくすぐる香りがなつかしい。
「ああ、日本人はこれですよね、やっぱり。これも飲み納めかぁ」
梅子が湯呑みを両手で持ってしみじみ言うと、
「冥界のお茶もいけますよ」
と、小野が意外なことを言った。
「お茶なんてあるんですか」
「仏壇やお墓の前に供えられますから、香りは届くので皆知っています。冥土にも山や川はありますから、お茶の木の栽培もしているんですよ」
『川って、三途の川だろうか』という疑問に梅子は蓋をした。
「そういう仕事をしている人もいるんですね」
「冥界に住む者は飲食の必要はありませんが、悠久の時間を過ごしているので退屈しないように、色々と現世のものを真似て取り入れているんです。流行もあります」
「そういえば閻魔様、小野さんの真似したスーツを着ていましたね」
「あれは似合っていませんでした! せっかくの閻魔様の威厳あるお姿が台無しです。許しがたい冒涜です。冠まで外してボサボサ頭でした。笏だけ持ってるのがまたちぐはぐで、安っぽい仮装みたいで情けなくなりました」
梅子は『嘆きすぎでは』と思ったが、黙っていることにした。
それから梅子は時間の限り質問し続けた。
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