13. 職場見学(5) 先輩訪問
午後は、梅子より前に冥界にスカウトされてやってきた女性に、話を聞きに行くことになった。
「二人とも藤原が連れてきた人たちです。まずは獄卒の監視係になった人のところに行きましょう」
小野は部屋を出てまっすぐの廊下を左に外れて、石ころだらけの庭をずんずん進んでいく。
梅子は、はぐれないように小走りになりながら追いかけた。
「いきなりハードな現場じゃないですか。私がそこに配属されることはないんでしょう?」
「菅原さんの希望次第です。見もしないで選択肢から外すのはもったいないです」
「それは本音ですか? いちばんエグいところを見せておけば、ほかの職場に対する許容のハードルがぐっと下がる、とかじゃないですよね」
「イヤイヤ、合う人には本当に合うんですって。騙されたと思って来てくださいよ」
「騙す気満々じゃないですか」
「それより少し急いでいいですか。ここらをゆっくり歩いていると、仕事をサボっている獄卒どもにからかわれたりして面倒です。あいつら働き方改革で余暇時間ができたからって、することがないもんだから、担当区以外を観光みたいに回るのが流行ってるんです。気に入った地獄があれば配置転換の希望を出していいことになりましたからね。労働意欲の向上を目指す取り組みです」
どうせ働くなら好きな職場が良いのは分かる。獄卒たちも生きがいを求めだすとは、冥界の意識改革も進んでいるらしい。そこは共感できる梅子であった。
「万一顔を合わせてしまった時に、うっかり叫んでしまったら失礼ですよね」
「そうですね、彼らも閻魔庁ヒエラルキーの最下層ではありますが、ちゃんとした役人ですからね、むやみに怯えないでもらえると助かります」
どうやら小野は獄卒のことも大切にしているらしい。
そんなこんなでたどりついたのは、昭和の木造校舎のような建物だった。
「応接室で待ってもらっています」
「応接室があるんですね。来客もあるってことですか」
「そう、案外普通でしょう? 地獄も」
「普通って認めたら負けな気がします」
「就職活動なんですから、内定が出たら勝ちですよ。さて、こちらです」
部屋の中には、背の高いモデルのような雰囲気のある女性がソファに座っていた。
「現世からようこそ、鬼塚統子といいます」
「初めまして、菅原梅子と申します」
「鬼塚さんは、半年前に藤原がスカウトしてきました。見学初日で地獄が気に入って、ほかは見学せず、そのまま配属になったという生粋の地獄フリークです」
「そ、そうなんですね」
梅子は言葉に詰まった。彼女の話が参考になるか、はなはだ疑問だが、死にたいと思いつめていた共通の過去を持つ人だ、聞いてみたいことは山ほどあった。
「立ち入った質問もするかと思いますが、許せる範囲で教えてください」
梅子は恐縮して頭を下げた。
「いいよいいよ、気にしないで。聞きづらいだろうから、私から経緯を話すね。」
鬼塚統子は、そのモデルのような容姿からは想像もできないような妖怪画とホラー漫画のオタクだった。その外見に惹かれて声をかけられたが、根が暗いオタクでは軽快な対応もできなかった。描いていた妖怪画や地獄絵を晒され、気味悪がられた。男たちはノリが悪い鬼塚にバカにされたような気がしたし、女たちは鬼塚の容姿に嫉妬した。そしていじめの対象になった。鬼塚はただ放っておいて欲しかっただけなのに。
そのいじめの構図の解説をしてくれたのが藤原だった。鬼塚自身は自分がいじめられるのは、暗いオタクだからだと思っていた。藤原の言葉で初めて、男たちの劣等感と女たちの妬みがいじめの原因だと知った。卑下していた昔の自分からやっと解放された気がした。
「そうして藤原さんに、ぜひ見せてあげたいところがあるんだと連れてこられたのが、この冥界ってわけ。夢のようだったよ。目の前に地獄絵図が広がっているんだもの。藤原さんが事前に『スケッチブック持参でね』と言っていたので、さっそく描きまくったよね。本物は迫力が違う。獄卒の人らもスケッチをする私をチラチラ見ながら、いっそう張り切って仕事をしてくれて。
そしたら藤原さんが、こうやって獄卒たちを見守る仕事があるんだけどどうって聞くもんだから、二つ返事で引き受けたよ。これ以上の職場はないもの。できれば色んな地獄を巡ってみたいかな」
うっとりと語る鬼塚に、梅子は少し引いてしまったが、同時に羨ましいとも思った。
「いくつか質問いいですか」
「いいよ」
「現世に残してきた物とか、人とか、失うことは怖くなかったですか」
「親は私を持て余していたし、高校卒業してニートだったからね、どうにか出て行ってほしいと思っていたんだ。実家だったから、残してきたものは親が勝手に処分すると思う。大事だと思っていた漫画なんかも、こちらに来てみたら子供だましに思えてしまって、未練はないかな」
鬼塚はあっけらかんと言い切った。
「今は等活地獄といういちばん上のライトな階層を担当しているんだけど、そのうち下の方にも行ってみたいんだ。獄卒たちはこんな私に親切だし、描いた絵をあげると喜んでくれる。もうね、私の極楽はここにあったのかって感じ」
「そ、それは何よりです。仕事場以外ではどうですか。衣食住完備って言われてますけど、満足していますか」
鬼塚は、うーん、とうなって、
「寮生活だけど、不便を感じたことはことはないかな。もう死んでるからかな、美味しいとか、眠いとか、暑いとか寒いとか、そういえば感じなくなってる気がする。そのことも気にならない、というか今まで気づかなかったわ。でも、楽しいや嬉しいがあるのは不思議だね。
ごめん、怖くなった?」
「いえ、とても参考になりました」
「それなら良かった。入寮が決まったら教えて。お祝いするからさ」
鬼塚は少し変わっているが、頼もしい先輩になってくれそうだった。
梅子はお礼を言って辞し、小野と閻魔庁舎に戻った。
廊下を歩きながら梅子は小野に話しかけた。
「鬼塚さん、生き生きとしてましたね」
「死んでますけどね」
「あー、そうでした」
「でも、楽しそうだったでしょう」
「小野さんが、『合う人には合う』と言ったのは本当でした」
「やってみて合わなければ、異動を願い出ればいいんですよ。僕としては、一緒に閻魔様を支えてくれるとありがたいのですが、ほかのところが良いというのならそれを尊重します」
「では次は、十王様の秘書的なことをしている人のところに行きましょう。菅原さん、四番目の審判を受け持つ王を覚えていますか」
「抜き打ちテストですか、ええと、しん・しょ・そう・ご、五官王です」
「正解です。その五官様のところで、秘書という役をもぎ取った人がいます。そもそも閻魔庁の役人に秘書というものはありませんでした。それを彼女は自らの有用性を示してその地位に就きました。
スケジュール管理に始まって、来客の対応、出張手配、備品の管理補充など、それまでなんとなく誰かがやってきたことを、先んじてサポートしまくって五官様に認められたのですから大したものです」
「何年も努力した結果ですか?」
「いや、三か月」
「優秀すぎませんか」
「現世でも優秀過ぎて足元をすくわれたそうです」
「ああ、そういう」
梅子とは正反対のタイプだ。参考になるだろうか。
小野と梅子は、壁のない廊下から続く建物に入り、四つ目の豪華なドアの前に立った。
ノックをしたわけでもないのに内側からドアが開いた。
「ようこそ」
濃紺のパンツスーツを着こなした女性が、柔らかい笑顔を浮かべて部屋に招いてくれた。梅子の頭の中にあるデキる女上司のイメージそのままだ。気後れする。
ソファを勧められて梅子は彼女の正面に座った。
「菅原梅子さんね。私は橘理子です。
さっそくだけど、質問は三つに絞ってもらえるかしら。先ほど、五官様が使う ”業の秤” が壊れているかもしれないという連絡が入って、放っておいたら審理に差し支えるから早めに確認しておきたいの。せっかく来てくださったのにあまり時間が取れなくて申し訳ないのですが」
「バカな!」
小野が驚愕の表情で話に割り込んできた。
「あの天秤秤が壊れるなんてことあるんでしょうか」
「それがね、呆れたことに、善行の多寡を量るための秤なのに、死者を載せる皿に面白半分で下級官吏の一人が載ったみたいなの。それで正常な機能を果たせなくなってるらしくて。ごめんなさいね、こちらの都合なのに」
「いえ、業務の方を優先してくださって構いません」
「気にしないで。それより、ちゃっちゃと答えますから、どうぞ。遠慮なしで」
どうぞと言われても、遠慮なしでと言われても、相手の貴重な時間をつぶすのが申し訳なくて梅子は焦った。
「あの、あの、こちらに来て後悔していませんか。現世の後始末はどうしましたか。冥界でこれから何を目指しますか」
「一気に畳みかけたわね」
橘は笑って、そうねと視線を空に飛ばした。
「まず一つ目、後悔や未練はないわね。聞いているかもしれないけど、私優秀だったの。でも、周りを慮ることができなかったし、結果さえ出せれば良いと思ってた。はたから見れば傲慢で鼻持ちならないヤツだったのね。
仕事上のミスは最後までしなかった。でも、身に覚えのない書類が私の署名入りでいくつも見つかった。完全な冤罪だけど、これで死のうとは思わなかったわ。だって無実は自分がいちばんよく知っているもの。そんな時、結婚詐欺にあって、もうどうでもよくなったの。相手は同僚に紹介された男だったから、多分そいういうことなんでしょう。
二つ目、後始末なんかしないわよ。後は野となれ山となれ、ね。
三つ目、冥界では仕事が正当に評価されるから満足かな。今後の楽しみとしては、あいつらがここに来た時に、裁判を見学に行くことかな。私はこのままの姿で傍聴席から見下ろしてやるつもり。私を謀った罪を暴かれるがいいわ。ヤジ飛ばしてみようかしら」
橘はにっこりと、それは好い笑顔で言った。
「さあ、これで三つ答えたから私は行くわね。まだ何かあったら、訪ねてきて。いなかったら伝言残してくれればいいわ。それじゃあ」
そう言って橘は部屋を出ていった。
「お忙しそうでしたね」
梅子には真似できそうにないが、充実した仕事ぶりは尊敬に値すると思った。
「さて、今日はこのくらいにしましょう。
明日は職場見学の最終日になりますから、少し実務にも取り組んでみましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
そして昨日と同じように小野の部屋から黄泉がえりの井戸を経由して、京都の街に戻った。
座学で頭に詰め込んだ知識と、先輩女性二人の話の内容が濃くて、梅子は自分が思っていた以上に疲れていたらしい。九時には眠りに落ちていた。
読んでくださって、ありがとうございました。




