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なりきり閻魔ちゃんの冥界ライフ ー私の人生、死んでからが本番ですー   作者: バラモンジン


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11. 夢枕に立つ

 ゆるやかな浮遊感とともに辺りが明るくなった。


 行きと同じ狭い通りに、梅子は小野と立っていた。

「戻ってこれた」

 しかし、冥界で過ごした時間の延長線上にいるというのが信じられなかった。

「脳がバグるって、こういうことね」

 梅子はしばらく呆然としていたが、ふと気づいた。

「小野さん、その格好、着替えてないじゃないですか。人に見られたら、とんだコスプレ野郎ですよ」

「ええ? 気に入っているのにひどいなあ。でも、すぐに向こうへ戻るので平気です。仕事を山ほど残してきましたから。

 ところで菅原さん、明日はどうします? 続けて行きますか。それとも一日京都を観光しますか?」

「明日も行きます。決心が鈍るといけないので」

「分かりました。では、明日の十時にここでお待ちしています。紹介したホテルで今日はゆっくり休んでください。支払いは小野家で持ちますので、僕の名刺をフロントで見せてください」

 梅子は礼を言って小野と別れた。


 京都は日暮れがせまっていた。

 

 梅子はホテルに向かう道すがら、適当に選んだ観光客向けの食事処で、にしん蕎麦を食べて夕食とした。

「おいしいなあ」

 冥界では食べる楽しみがあるのだろうか。小野のように何度でも現世と行き来ができればいいのだが、こちらに生活基盤がないことにはどうしようもない。覚悟を決めて行くとして、現世の物をどうすればいいのだろう。失踪扱いになるのだろうか。誰かに迷惑をかけるのは忍びない。

 部屋にある諸々や貯金通帳とか、みんなどうしたんだろう。パソコンを勝手に始末されるのも怖いし、マイナカードを悪用されるのも嫌だ。どうせならきれいに片づけて行きたい。

「就活のはずが終活とは」

 こんな進路は予想してなかったが、とりあえず、あと二日見学して、話はそれからだ。

 梅子は問題を先送りにしてホテルに急いだ。


 寝る前のあれこれをすっかり済ませ、くつろいだ格好でベッドに横たわる。

 八時半、疲れてはいるが寝るにはまだ早い。


「そういえば職場体験だというのに、下調べ何もしなかったなあ」

 いつもの会社訪問なら、梅子はできる限り資料を読み込んで自分の志望動機を練り上げてから行く。しかし、今回は小野から『冥界や閻魔様については先入観なしで見てほしい。時代によって、仏教の宗派によって解釈は異なるから、下手に調べると訳が分からなくなる』と言われたので、素直に従った。

小野篁おののたかむらさんのことは調べてもよかったかな。小野さんもwikiで見てって言ってたし」


 梅子はスマホで”小野篁”を検索し、予想外にボリュームのある検索結果におののいた。


「陸奥国で弓馬にのめり込んでいた十代前半、心を入れ替えて二十歳で文章生試もんじょうしょうしに及第か。甲子園球児が現役で東大理三に合格するより難しいのかな、どうだろう。そしてエリート官僚人生が始まって、数々の要職を歴任した、と。

 刑部大輔ぎょうぶたいふとなって司法全般を管轄していたから、閻魔様の裁判の補佐にうってつけだったわけか。なるほどね」


 最終官位は”参議従三位兼行左大弁”とあるけれど、偉さがピンとこない。読み方さえ分からない。『律令制下では任参議および従三位以上の者を公卿といった』らしいから、まあ、とにかく下々からしたら雲の上の人なのでしょう。

 その上詩歌にすぐれ、書もよくしたので後世の手本となったとか、お金に頓着しないとか親孝行だとか、どれだけ凄いのかと呆れるほどだ。

 出来すぎエリートかと思いきや、道理の通らないことに憤って抗議し、朝廷を風刺するような漢詩を作って隠岐へと流罪に処されるとか、反骨精神もすごい。二年後に赦されて帰京して、また順調に出世していくなんて、才能と人望があればこそだろうなあ。


「あ、小野篁さんの奥さんて藤原家の人だ。あの胡散臭いイケメンさんも確か藤原さんだったから、なにかしら因縁があるのかもね」


 調べるほどに小野篁という人の逸話が出てくる。梅子が出会った篁の子孫だという小野は、リクルートに苦戦していたから、さほど優秀そうに見えなかった。とはいえ、司法書士という立派な肩書があるし、閻魔庁でも重宝される働き手らしいから、受け継いだ何かがあるのだろう。面倒見が良さそうなのは確かだ。


 十時になった。

 照明を消して枕に頭をつけると、梅子はストンと眠りに落ちた。


 夜更け。

 枕元にほのかな明かりがともった。梅子の意識は浮かび上がったが、まぶたが開かない。開かないのに、その人の姿が見えてしまった。昼間見たお姿そのままだ。頭上の『王』の金文字が輝いて見える。

「え、んま、さま」

 震える声がちゃんと音になったかも分からない。

 梅子が畏れかしこまろうとすると、閻魔様は笏を持ったままの手を鷹揚に振って、構わぬと言うように一度深く頷いた。

 梅子は閻魔様が恐ろしくなかった。夢の中のことだと思ったし、法廷で見たような憤怒の赤ら顔ではなかったからだ。むしろ興味深げな顔で見下ろしてくる。

『〇〇〇〇〇〇、〇〇〇〇』

 しゃべっているようだが音が聞こえない。

『〇〇〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇〇』

 楽しげな様子に見えるが、聞こえない。

 閻魔様は、どうだ? というように首をかしげて梅子をうかがった。梅子も同じ向きに首をかしげた。だって分からないもの。

 閻魔様は満足したのか笑って視界から消えた。また暗闇に戻って、梅子は再び眠りに落ちていった。


 梅子はその夜、閻魔様と京都の街を散策する夢を見た。

『そんな格好じゃあ、コスプレさんに見られますよ』などと小野に言ったような忠告をすると、『では、こうするか』と言って姿が見えなくなった。『そなたの中から、そなたの目を通して見よう。念ずればどこへでも飛ぶぞ』その言葉通り、梅子は身体の中の閻魔様と一緒に夜の京都を見て回った。今度はちゃんんと閻魔様の声が聞こえていた。


読んでいただき、ありがとうございました。

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