第六夜 コンビニ制服とチケット代
ピッ。ピッ。ピッ――。
夕方のコンビニ、レジの音が無機質に響く。
制服の襟はじっとり汗を吸い、マスクの内側は息苦しいほど蒸れている。
「温めますか?」
「……あ、いいです」
この“あ、いいです”に、もう何百回も殺されてる。
いらないなら最初から黙っててくれ。
いるならはっきり言って。
私はMasakiのように、空気を支配できる人間じゃない。
ここではただの“高校生バイト”だ。
時給1,020円。
18時から22時まで、休憩なしの4時間。
週に4回。月に16日。
推し活のために、私がこの世で手にした唯一の武器は、この制服とレジ前の耐久戦。
チケット代、交通費、ドリンク代、Tシャツ、チェキ、物販――。
推し活は、宗教みたいに金がかかる。
“推される側”はスポットライトの下に立つけど、“推す側”はレジの蛍光灯の下で、消耗していく。
でもいい。
それでいい。
だって私はMasakiに喰われたい。
外は夕立。湿った風がレジ横から吹き込む。
制服のまま裏に回って、廃棄の弁当をレジ袋に詰める。
今日の夕飯。食費は削るけど、ライブには行く。
それが私の優先順位だ。
「……私、どっちだろ」
気づけば独り言が漏れてた。
売れる商品、値下げされる商品、誰にも手に取られず廃棄される商品。
レジの前に立ってると、たまに人間まで“商品”に見えてくる。
私は、選ばれる側なのか。売れ残る側なのか。
今月末、クリキャのライブが町田である。
そのチケットの発売が、昨日の0時からだった。
バイトが終わり、そのまま購入手続き。
クレカなんてない。高校生だから。
だから支払い方法は“コンビニ払い”。
レジに立つ側が、レジでチケットを買う。
なんか皮肉で、なんか笑えた。
「またMasakiに会える」
それだけで、ふらついた脚がまっすぐになった。
制服のまま、髪も洗わず、目の下にクマを抱えた自分でも、Masakiに“会える”ということが、生きている唯一の証明だった。
あの人の声に喰われたい。
目線に貫かれたい。
せめて名前を知られなくても、“何かの気配”だけは届けたい。
でも現実は、ファミチキの油が跳ねた制服と、袋詰めで文句を言われる客ばかり。
レジ横の鏡に映る自分は、
“喰われたい女子”じゃなくて、“消耗品”だった。
香織さんの顔がよぎる。
あの人みたいにはなれない。
スッと通った鼻筋も、真っ直ぐな目も、整った言葉も、全部持ってない。
だから私は、“金と時間”を差し出すしかない。
休憩中、裏口の階段に座ってスマホを開く。
SNSには、また“喰われたらしき女”のポストが流れてきた。
「Masaki、優しかった」
「次も誘ってくれるって」
「ホテルのドリンクがこれだった(笑)」
全部見なかったことにした。
でも、スクショはちゃんと保存した。
痛みは、忘れないために取っておく。
私は今日も、時給1,020円で汗をかいてる。
でも、それで買えるものがある。
Masakiという“現実逃避”の入場券。
自分の価値が“開封待ち”だと信じるための小さな希望。
「温めますか?」
「あ、いいです」
また、殺される。
でも、死ねない。
まだ、Masakiに喰われてないから。