第三夜 今日も推しは誰かを喰う
「マジで?ついにあの子も喰われたの?」
ファン仲間のアイカが、興奮混じりに声を潜める。
ライブ終わり、駅前のファミレス。
黒服の女子たちが集まり、甘いドリンクと辛口の噂話でテーブルを囲む。
「うん。終演後、出口のとこで待っててさ。そしたらMasakiのほうから“来いよ”って」
別の子が小声で笑いながら、スマホを弄る。
会話の主語はすべて伏せられているけど、誰もが分かってる。
“あの子”とは、最前にいたあの子。
ツイッターでよく見る、マサキの“ファンサ済み”で有名な美人だ。
「そっかー、よかったじゃん。あの子、ずっと狙ってたもんね」
私はストローをくわえたまま、そう言った。
口角を上げるだけで精一杯だった。
よかったじゃん。
よかったじゃん。
ほんとは全然、よくない。
Masakiが他の子に目を向けた瞬間、
その子を喰ったって噂が流れた瞬間、
私の中の何かが、ぶちって音を立てて切れる。
でも、それを表に出したら“負け”だ。
この界隈は、嫉妬を隠してナンボの世界だ。
祝福のふりして地獄を飲み込む、推し活女子のマナー。
「でもMasaki、ホントぶれないよねー。顔面と脚の細さ、しか見てない」
「しかも“飯奢ってくれるなら”って条件、やっぱ健在なんだ?」
「そりゃそうでしょ。あの人マジで金ないから」
みんなが笑う。
わかってる。ネタにしてるだけ。
でも、私は笑えない。
Masakiのそんな部分も含めて、全部好きだから。
喰われた女たちを、どこかで“特別”だと思ってしまう。
誰かが選ばれたのなら、自分にもまだチャンスがあるって思いたい。
「ねえマイは?もしMasakiに“来いよ”って言われたら?」
アイカが唐突に、私に矢を放つ。
笑顔の裏に探りが見える。
ファン同士の友情なんて、共犯者みたいなもんだ。
誰もが、“次に喰われるのは自分でありたい”と思ってる。
「行くよ、もちろん」
私は即答した。
でもその声が震えていたのは、自分でも気づいた。
「だよねー。喰われたいよねー、あの声に」
みんながまた笑った。
乾いた笑い。疲れたまぶた。
その中で、私は自分の席がどんどん沈んでいく感覚に襲われていた。
Masakiは、今日も誰かを喰った。
たぶん明日も、誰かを選ぶ。
選ばれた子が、笑いながら泣くのを私は見送るだけ。
――いつになったら、私の番が来るんだろう。
そう思った瞬間、自分が“列に並んでる”ことに気づいて、胸が冷えた。
私はファンじゃない。
私は、ただの“食材”だ。
「じゃ、また次のライブで」
みんなが店を出て、駅の方向へ散っていく。
私はひとりだけ、反対方向へ歩き出す。
Masakiの歌声が、スマホのイヤホンから流れる。
“Lazy Emotion”の2番。
選ばれなかった者たちが、それでも歩いていくパート。
きっとMasakiは、私のことなんて覚えてない。
目が合ったことがあるかどうかすら、わからない。
それでも、私は願っている。
喰われるのが夢じゃない。
喰われるのが、救いなんだ。
もう誰にも愛される気がしない。
だからせめて、誰かに消費されたい。
Masaki、ねえ、あなたは今日も誰かを喰ったんでしょう?
次は、私の番にしてくれないかな。
残り物でもいい。
賞味期限、切れててもいい。
私はずっと、開封待ちのままでここにいるよ。