第二夜 家庭という名のジャンクルーム
風呂場のドアが割れかけてる。
私の部屋のドアノブは、去年から外れたままだ。
居間には、義父が吸ったタバコの灰が散らかってる。
誰かが片付けるわけでもない。
ここは、家という名のジャンクルームだ。
私は毎日、ゴミと怒鳴り声の中で暮らしている。
冷蔵庫には調味料しかなくて、食材はない。
インスタント味噌汁をすすりながら、ライブハウスの動画を観る。
Masakiの声が流れた瞬間だけ、何もかもが遠ざかる。
あの人は、叫んでるのに、私を静かにしてくれる。
「テメェの飯はねぇぞ」
義父の怒鳴り声が、部屋の隅に跳ね返る。
寝転がってテレビを見ながら、私のバイト代で買ったビールをあおる。
そんな毎日だ。
母は、見て見ぬふりが上手くなった。
昔は守ってくれた気がする。
でも今は、義父の顔色ばかり見ている。
「余計なこと言わないでね」が、母の口癖になったのはいつからだったろう。
私はいつからか、“ここにいる”って実感がなくなっていた。
自分の部屋は物置みたいに狭くて、布団の横にダンボールが積まれている。
夜になると、いつもスマホを胸に抱いて眠る。
Masakiのインスタ。Masakiのライブ写真。Masakiの声。
「私のこと、見てくれるかな」
「名前、呼んでくれるかな」
ありえないってわかってる。
でも、ありえないことだけが、私を人間らしく保ってくれる。
学校では、クラスの女子に距離を置かれてる。
バイト先のコンビニでは、シフトの多さを笑われてる。
家では、物扱い。
私が私である場所なんて、ライブハウスの中しかない。
音が鳴って、照明が走って、マサキの目が誰かを撃ち抜く瞬間だけ、私の心臓が動く。
この前、義父が言った。
「お前もそのうち、ろくでもねぇ女になるな」
もうなってるよ、って思った。
ライブに行くために、週5で働いてる。
食費は削って、交通費に回してる。
ギリギリのバッテリーで生きてる。
それってもう、“ろくでもない”に片足突っ込んでると思う。
でもさ。
だったらもう、マサキに喰われたほうがマシだって思うわけ。
どうせ価値なんてないなら、せめて好きな人に消費されたい。
使い捨てられるなら、
見向きもされないより、ずっといい。
「Masakiになら、雑に扱われてもいい」
そう思ってる私は、きっとどこかが壊れてる。
でも――
その壊れ方が、やけに居心地よくなってきた。
今日は義父がリビングで寝ている。
母はもう今夜は帰ってこない。
私はイヤホンを差し込んで、音量を少しだけ上げる。
Lazy Emotionのイントロが流れる。
Masakiの声が胸に刺さって、血の代わりに涙が滲む。
ここが地獄でもいい。
ここがゴミの中でもいい。
この音だけは、ゴミじゃない。
私は今夜も、誰にも見られないベッドの中で祈っている。
――Masakiに喰われますように。