最終夜 喰らうデスボイス
一年半後の渋谷。
黒い服を着た人波が、駅前から続くライブハウスの列を埋めていた。
キャパ2000人の会場が、今夜はソールドアウト。
入場待ちの客たちの半分以上が男。
その誰もが殺気立ったような目をしていた。
今夜の主役は、Vanilla Claw。
かつて「Crimson Cat」と呼ばれていたバンドの、再生体だった。
あの淫行スキャンダルから一年後、
残された楽器隊四人が新たなボーカルを迎えて復活した。
方向性は大きく転換された。
耽美なヴィジュアル系ではなく、咆哮するような轟音デスメタル。
それが逆に刺さった。
異例の速さで動員を伸ばし、口コミで話題となり、
“あのクリキャの亡霊が蘇った”とまで言われるようになった。
やがて照明が落ち、轟音が会場を飲み込む。
楽器隊が登場し、演奏が始まる。
ズシリと腹に響くリフ。
フロアが揺れる。
観客の野太い声援が、それに応えるように重なった。
そして、ボーカルが登場する。
身長は高くない。
黒いフードをかぶった、線の細いシルエット。
けれど、その姿を見た瞬間、空気が張り詰めた。
観客が息を呑む。
そして、その声が響く。
「……遅ぇよ、地獄。」
低く、鋭く、何かを裂くような声だった。
会場が爆発する。
「テメェら、まだまだ足りねーよ! 軟弱野郎どもが!」
次の瞬間、
「喰い散らかしてやろうかゴラァ!!」
鋭く、突き刺すように。
女の咆哮が、フロアの空気を切り裂いた。
その直後――
「ヴゥオーーーーーー!!!」
女性とは思えない、
地を這うようなデスボイスが会場の底から響いた。
一気に観客が首を振りはじめる。
フロアの最前列では、ヘドバンで首がもげそうなほどの動き。
身体の芯が揺れる。
暴れたくてたまらない感情だけが、音と熱の中で蠢いていた。
フードの中の瞳は、もう迷ってなどいなかった。
Masaki、見てる?
私の王子様。
神様だった人。
この人生の、すべての中心だった存在。
でも今――
私のステージは、ここだ。
喰われたいと願ったあの日の私に、言ってやりたい。
願いなんて捨てて、“喰う側になれ”って。
Masaki。
あんたの夢、引き継いでやったよ。
あんたに喰われたくてたまらなかったあの頃の私を、
私は、ここで殺した。
そして今、
私は“喰って生きる”側になった。
喰われることにすがっていた私はもういない。
欲しいものは、自分で喰いちぎる。
自分の手で奪い取る。
そう決めた日から、私はもう、誰の祈りでもない。
Masaki――また這い上がってこい。
もしステージに戻ってこれたら、
そのときは私に喰ってくださいと跪け。
“あんたのすべてを、私が喰ってやる。”