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第一夜 堕ちる準備はできている

ライブハウスの照明が落ちた瞬間、真依の心臓は跳ね上がった。


「次――Crimson Catクリムゾン・キャット!」


場内の空気が一変する。前のバンド目当ての客が静かに下がり、代わりに“喰われにきた女たち”が最前列に押し寄せた。

真依はその波の中にいた。黒いTシャツ、裂けたタイツ、整えてきた目元の赤。全部、クリキャに喰われるための戦闘服。


静寂の中、ステージにひとりずつ現れる楽器隊。

ギターはケイとショウのツインギター、ベースのタカ、ドラムのヒロ。

どこか中性的で、整いすぎた顔立ち。メイクも衣装も統一された黒と紅。完璧に作り込まれた“美の結界”だった。


でも真依の目は、そこを素通りしていた。

全員が定位置についた、その刹那――空気が裂けるようにして、ボーカルが現れる。


「遅ぇよ、地獄。」


Masakiマサキは、低く、噛むように呟いた。

彼だけは、まるで別の世界の生き物だった。

髪は無造作で、メイクはほとんどしていない。

黒いTシャツ一枚に、飾り気のない指輪。腕にタトゥーはないのに、全身から“ヤバさ”が滲んでいた。


女のために着飾る気なんて、これっぽっちもない。

でも、それがいい。


“見た目だけじゃねぇぞ”と、全身で言っていた。


真依は息を呑む。

スポットライトが走る。イントロが響く。

最初の1音で、わかった。


――「Lazy Emotion」だ。


Masakiが作詞作曲した、クリキャの代表曲。

音源では何百回も聴いた。なのに、今、目の前でその声が鳴った瞬間、真依の全細胞が震えた。


喰われる、と思った。


この声に。

この存在に。

この目線に。


「この声で、私は喰われたい」


真依は、そう思った。何度も思った。

でもこの瞬間、その想いは“祈り”になった。


誰かに抱かれるんじゃない。

この声に噛まれて、跡を残されたい。

この目に見られて、心のどこかを喰い破られたい。

私なんか、全部喰われて消えてしまえばいい。

そう思うくらい、真依は、Masakiという男に焦がれていた。


――“Masakiがまたファンを喰った?”

ライブ後に飛び交うそんな噂も、むしろ羨ましい。


「私だって、喰われたいのに」


その夜、真依はひとりで帰りながら、スマホの中の“推し”を何度も見返した。

カメラ越しのMasakiは、誰よりも遠くて、誰よりもリアルだった。


それが恋なのか、信仰なのか、幻想なのか、もうどうでもよかった。

ただ私は、Masakiに溺れていた。

息ができないほどに、むせ返るほどに、その声に――。


ただひとつだけはっきりしていた。

私の生きる理由は、今日この声を聴くことだった。

そして、いつか私もMasakiに喰われる。

そんな願望か妄想かの狭間で、私は今日も自己欲求を満たしている。


私は祈野真依、17歳、高校二年生。

クリキャ歴、半年。

Masakiに喰われるための“開封待ち”をしている。

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