My dear friend
勇者が魔王を倒してから五年の歳月が流れたある日。王城の地下で一人の騎士が苛々とした様子で一つの壊れかけた機械と向き合っていた。
これは勇者が残した機械の一つで、電気を作るものである。もしこの機械が壊れてしまえば、勇者の残した便利な道具のほとんどが役立たずのガラクタとなってしまうのだ。
しかし王城でこのことを知っている者はほとんどおらず、知っている者であっても直す技術は持っていなかった。
いや、そもそも「勇者の作ったモノを直す」という発想を持っている者がほとんどいないと言ってもいいだろう。
ほとんどの人は勇者の技術というのは、人ならざる神より与えられた奇跡であると思っている。奇跡である以上、それは人の手でどうこう出来るようなものではなく壊れてしまえばそれは神意であると、そう思っているのだ。
「ああ、クソッ。まったく……」
勇者の使っていた工具で機械を弄りながら騎士はブツブツと意味のない独り言を呟く。
この騎士は勇者と共に魔王を討伐した人物だった。勇者と共に旅をする内に、彼が能力こそあっても普通の人であり、彼の作った機械も特別なものではなくただの技術の延長であると理解していた。
だがその事実は騎士のプライドを大きく刺激した。
若くして大陸最強の騎士と謳われるようになっていた彼は、たとえ勇者であろうとも自分には敵わないだろうと考えていた。
だが実際は勇者は彼の想像を大きく超えた人物であり、まさに神に愛されたとしか言えないような能力の持ち主であった。
そんな勇者に追い付こうとして、騎士は勇者の技術を貪欲に盗んでいった。最後の最後に上回れればそれで良いと、勇者に頭を下げて教えを請うことすら厭わなかった。
そうして勇者から習う内に、騎士は勇者がそれまでしてきた努力を知り、少なからぬ敬意を抱くようになった。
だからこそ勇者の技術を奇跡としか見ない他の人達に対して苛立ちを覚えるのだ。
「あいつの努力も知らないのに神意だの奇跡だの……ああもう、このポンコツが!」
なかなか故障箇所が直らず、騎士は苛々しながら機械を軽く叩く。すると頭の上に紙が一枚落ちてきた。どうやら機械の内側、いままで気が付かなった箇所に軽く貼り付けてあったものらしい。
なんだよと文句を言いながら騎士はその紙を見る。
それは、勇者からの手紙だった。
五年ぶりに見る勇者の書いた文字を見た騎士は不覚にも懐かしさを覚えながらその紙を一目見た騎士は呆れとも笑いともつかない表情を浮かべる。
一番上に「My dear friend」と勇者の世界の言葉で書かれたその手紙を読み終えた騎士は、仕方ねえなと呟く。
そこには、勇者である自分のもたらした「奇跡」の技術を解体して人に広めるようにと頼む内容が書かれていた。
自発的にこの機械の修理を請け負うであろう、自分と対等に接してくれた騎士にしか頼めないのだ、と。
騎士はもう一度仕方ねえなと呟く。その表情は、先ほどよりもやる気に満ちたものに変わっていた。
後世においてこの騎士は、科学技術を広めた立役者としてその名が知られている。
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