私が私に助けられたお話
「何故!何故娘まで巻き込むのですか!」
父が叫ぶ。しかし、助けは来ない。私たちは殺される。今からギロチンにかけられるのだ。
私はエレオノール。侯爵家の一人娘“だった”。しかし、我が侯爵家はお取り潰しになった。何故なら父が王太子殿下に追い落とされ、あげく最終的には濡れ衣を着せられ罪人にされたから。結果親子もろともギロチンにかけられることになった。
でも原因は私にある。私が婚約者である王太子殿下に嫌われ、平民風情に寝取られ、婚約を破棄されてしまったから。父は母の忘れ形見であった私を深く愛している。私が婚約を破棄されたことで、平民風情にうつつを抜かした王太子殿下に見切りをつけ第二王子派に寝返った。しかし王太子殿下は父の予想より強かだったようだ。
「私の可愛いエレナを裏切り命まで奪ったこと、必ず後悔させてやる!呪われよ王太子!呪われよ!呪われよ!」
最期の最期まで、父は私の味方だった。私を責めなかった。それどころか私を想って呪いの言葉まで吐いた。
ああ、私が王太子を慕わなければ。私が王太子を望まなければ。私があの平民の女のように王太子に上手く取り入っていれば。私かあの女のように純真無垢な少女のように振舞っていれば。私が王太子を繋ぎとめられていれば。
そうすれば、父を守れたのだろうか。
そんなことを考えている間に、ギロチンが私と父の命を奪った。
目が覚めた。ここはどこだろうか。何故目覚めたのだろうか。私は死んだはずなのに。
「よかった、目を覚ましたのね!」
そこにいたのは幼い日の自分。どういうことかと混乱してしまう。
「……!」
周りを見渡せば、幼い頃の私室。まさかと思うが、過去に戻ってきたとでも言うのだろうか。
さらに驚いたのは今の私の姿。美しい銀の髪は黒髪に変わり、身体は痣だらけの痛々しい大人の女性。身につけているものもボロボロだった。
「貴女、そこの通りで今にも死にそうになっていたから…でも治癒魔術である程度は回復したわ!でも私、治癒魔術が得意じゃなくてあんまり変わらないかもだけど…」
幼い私は、申し訳なさそうに目を伏せる。
「いえ…ありがとうございます、助かりました」
私が慌ててそういうと、幼い私は嬉しそうに笑う。この頃の私は、たしかに純粋無垢だった。王太子に理由も告げられず冷たくされて、段々と歪んでいったけれど。
「あのね!たくさんたくさんお父様にお願いして、貴女を保護してもらえることになったの!元気になったら、私の専属の侍女にしてあげる!」
そう言って優しく笑う幼い私。けれど私は、一体何が起こっているのかまだ理解できない。本当に過去に戻ってきたのか、それならば今の私の姿はなんなのか。
「もしよかったら、貴女の名前を聞かせてくれる?」
「…エレンです」
…咄嗟にそんな偽名が口を突いて出た。
「そう!エレンね!ふふ、これから私がエレンを守ってあげる!」
そして幼い頃の私の許可のもと風呂に入れさせてもらい、服をもらい、ご飯をもらった。
そして、その頃には意思が固まった。過去に戻ってこられたのなら、今度こそ失敗しない。幼い私をコントロールして、父を、家を守ってみせる。
「これから私は、エレンとしてこの家のために尽くそう」
もう、二度と何も失わないように。
「ねえ、エレン。これになんの意味があるの?」
「お嬢様。孤児院への寄付は王太子殿下の気を引くのにもっとも有効な方法です。王太子殿下は下々の者に慈悲をかけることを好みます」
「そうなのね!それなら私、慈悲深い女の子になるわ!」
「ええ、それがよろしいでしょう」
「でもシエル様は王太子殿下なのに、本当に普通に接してもいいの?」
「…もちろんです」
おそらく王太子は、多少無礼なくらいの女の方が好みだ。
「もし今度の王妃殿下主催のパーティーで王太子殿下に話しかけられましたら、今日の孤児院と養老院への寄付と慰問、スラム街の皆への炊き出しなどのお話をすると良いでしょう」
「うん!そうするね」
「そして、しつこく付きまとったりせず、お話するときは王太子殿下を立てつつ、さりげなく自分の慈善活動をアピールしましょう」
「…できるかなぁ、なんか難しそう」
「大丈夫。お嬢様なら出来ます。私とも練習してみましょうか」
「エレン!今日はシエル様とデートの日ね!」
「楽しみですね。お供致します」
努力の結果、過去は変わった。お嬢様と王太子は上手くいっている。お嬢様は純粋無垢なまま育ったため王太子に嫌われることもなく、あの平民の女が現れても王太子を繋ぎ止めることに成功した。
あの平民の女は王太子に見向きもされないのにしつこく言い寄り、それを重く見た王太子によって不敬罪で処罰されたらしい。
けれど、幸せになったもう一人の私を見届けたこの身体はもう長くはもたないだろう。自分の身体のことは、なんとなくわかるものだ。
父も家も、私自身も守れた。
それで十分だ。
「ああ、今日という日を無事迎えられてよかった…」
「エレン?」
「いえ…お気になさらないでください、独り言です」
今日は、私が処刑された日。今は、私が処刑される頃。…ああ、本当に私は、もう一人の私の破滅を回避できたんだ。
そう認識した途端、微睡むように瞼が閉じる。立っていられない。
「…エレン?どうしたの?」
「お嬢様。どうやら私はここまでのようです。幸せな夢をありがとうございました…どうか、お幸せに」
「エレン!?」
私は今度こそ死を迎えることができた。
エレンが居なくなって、悲しくて。
エレンの葬儀を終えた後、夢を見た。
それは、もう一人の私の人生の全て。
エレンの記憶。
エレンは、もう一人の私だったのだ。
「エレン…ありがとう」
エレンのお墓に手を合わせてお礼を言う。
エレンが居なければ、私も同じ目に遭っていたのだ。
もう一人の私が、私を守ってくれたのだ。
「ねえ、今…貴女は幸せ?」
もう一人の私の魂はどこへ還ったのだろう?
今、幸せだろうか。
ふと、そよ風が吹いた。
暖かな日差しの中、花が舞い散り幻想的とも言える光景を生み出す。
なんとなく、それが答えな気がした。
「そっか。幸せになってくれてよかった。私もね、エレンのおかげで今…幸せだよ」
私は、もう一人の私のくれた幸せを大切に守っていこうと心に誓った。
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