後編
八月十五日。
いよいよ、今日が最後の戦だ。
そして烈風の初陣でもある。
俺達は零戦の初出撃のような伝説的な戦果を携えて戻って来なければいけない。
だが、そのプレッシャーが逆に心地好い。
俺は朝飯を食って軽く体操した後、格納庫へ向かった。
格納庫では整備兵達が泥のように眠っている。
きっと徹夜で整備してくれたのだろう。
既に滑走路に並んでいる三機の烈風は、ジュラルミンむき出しの肌を朝日に輝かせている。
帰ったら彼らに差し入れを持っていかなきゃな。
「よォ、周防。調子はどうだ?」
俺が滑走路に向かおうとすると、難波中尉が俺の肩を叩いて話しかけてきた。
いつもは冷静沈着な中尉にしては珍しく、興奮したような声だ。
「完璧ですよ、これまでにないくらい」
俺はそれにニヤリと笑い返す。
ここ数年あるかないかというほど、俺の調子は良い。
これなら悔いなく暴れまわれそうだ。
「そうか……いよいよこれが最後だな」
中尉は眼を閉じて、感慨深そうにそう言った。
俺もそれに倣って眼を閉じる。
すると、これまで散った上官や戦友、部下の顔が走馬灯のように思い浮かぶ。
「ええ、今まで散った奴らのためにも……!?」
とその時、警戒警報が鳴った。
俺たちには即時邀撃の命令が出ているため、すぐさま機体に向かわなければならない。
「行くぞッ!」
中尉はそう言い終わらない内に、烈風に向かって走り出す。
俺も負けじと中尉の後に続いた。
烈風を見ると、ちょうど暖機運転のためにエンジンを回し始めたところだ。
「飛曹長、頑張って下さい!」
「大戦果を期待してます!」
エンジンを回していた整備兵たちが、口々にエールを送ってくれる。
その一言一言が何よりも嬉しい。
「任せとけ!」
俺はそう応えて機体に乗り込む。
俺は席に座るなり、計器のチェックをする。
油温、筒温、燃料、計器、全て問題なし。
一番心配していたエンジンも、今日は好調なようだ。
「飛曹長!」
その声のする方向を見ると、機付長がいつの間にか機体によじ登ってきていた。
俺は閉めていた風防を開ける。
「いいか、必ず帰って来い!!」
機付長はそう言って俺の肩をバシバシと叩いた。
俺はそれにサムアップで答えて、風防を閉める。
機付長はニヤッと笑うと、急いで機体から離れた。
今まで世話になってきた機付長に軽く敬礼をして、エンジンを吹かして機体を滑走させる。
試作機としては珍しく、機体各部の具合は完璧だ。
『こちら難波一番、感度良好。機体の調子は問題ない』
機体を移動させていると、中尉から無線が入って来た。
どうやら中尉の機も調子が良いようだ。
帰ったら機付長や整備兵達に感謝しなければいけないな。
「こちら難波二番、感度良好。幸いなことにこっちも大丈夫です」
俺はそう言うと、無線電話のスイッチを「送」から「受」に切り替える。
今年になってようやく……本当にようやくマトモな無線電話が実用化されたのはいいが、こういうところが面倒極まりない。
『こちら管制塔。敵は基地より南南東五十キロの海上、高度は五千くらいだ。
最後の戦、頑張ってくれよ!』
普段は落ち着いて管制を行う上等兵曹も、興奮して声が上擦っている。
この出撃がこの基地において最後になり、この烈風の初お目見えでもある。
基地の皆はその事に興奮しているのだ。
『こちら難波一番。任せてくれ、祝賀会の用意は頼んだぞ!』
そうこうするうちに、二機は滑走路の端にたどり着いた。
指揮所の辺りには見送りの兵たちが、盛んに手を振っている。
俺はそこに向かって軽く敬礼すると、発着士官が持つ旗に注目する。
いま、旗が振られた。
その瞬間、俺は車輪のブレーキを解除するとともに、スロットルを赤ブースト直前まで引く。
身体が座席に押し付けられるような感覚を味わいながら、機体は加速していく。
栄とは違うハ四三の力強い爆音が辺りに響き渡る。
しばらく滑走させると、機体はふわりと宙に浮いた。
それから気速が乗ってくるのを計器で確認すると、手元のスイッチを押して主脚をしまう。
「……これで、最後か」
これまで何千、何万回と繰り返したこの動作もこれが最後だ。
そう思うと、感慨深い何かを感じる。
俺はもう一度基地のほうを振り返り、万感の想いを込めて敬礼をした。
離陸してから十数分くらい経ったであろうか。
烈風はあっという間に高度五千まで駆け上がり、既に機銃の試射も済ませている。
時間からいって、もうそろそろ会敵しそうな頃合である。
『こちら難波一番。敵機発見。一時の方向、距離二万、敵高度五百低い』
中尉から無線電話が入る。
さすがは『魔眼の持ち主』といわれるだけある。
敵機の発見がやたらと早い。
俺が指示された方向を見ると、辛うじて芥子粒大の点が見えるくらいだ。
『敵はヘルキャットの二個中隊だ。いけるな?』
中尉が念押しのように聞いてくる。
言われるまでもない。
やってやるさ。
『もちろんです、中尉!』
互いの距離が五千を切ると、いよいよ敵機が大きくなってきた。
こちらは太陽を背にしているので、敵機に気づかれる心配はない。
中尉がバンクを振った。
突入用意の合図だ。
二機は半横転をして背面飛行に移る。
『よし、三……ニ……一……行くぞッ!』
中尉の合図で俺達は、敵機に向かって背面のまま急降下する。
零戦と違って降下のGが凄い。
速度計を見ると、四二〇ノットを超えていた。
華奢な零戦では到底無理な芸当だ。、
哀れな敵機共は、まだ俺たちには気付かない。
「さあて、これから大暴れしてやるぜ!」
烈風のエンジンがそれに応えるかのように、一段と高く鳴り響いた。
それから数時間後。
通信科のある古参下士官の言うとおり、帝國はラジオを通してポツダム宣言を受諾して無条件降伏したことを国民に説明した。
帝國は占領軍の統治下に置かれ、復員作業が終了するとともに、この戦争を招いた張本人である軍は解体された。
数年後、帝國はサンフランシスコ平和条約によって日本国と改称し、独立を回復。
同時期にかつての軍は、警察予備隊となって再編されることになる。
時が経つにつれて軍は名実ともに変わっていき、現在は防衛省の指揮の下で自衛隊と名を変えてその役割を担っている。
一方、烈風には進駐軍の引渡し命令が出たものの、全てが飛行不可能であるのですぐに撤回された……とされている。
現在、防衛省の戦史部にある公式記録には、烈風の試作機についてこう書かれている。
『試作五号機:八月十五日、米艦載機ニヨル三沢基地空襲ニテ被爆。現地ニ於イテ廃棄処分』
『試作六号機:同上』
ども、霜月龍牙です。
悲運の傑作機である烈風にスポットを当てた今回のお話、楽しんでいただけたでしょうか?
今回、烈風対グラマンの空戦の結果は、本編には書きませんでした。
16対2という無謀に近い戦いでグラマン相手に圧勝するもよし。
はたまた、序盤の優勢にも関わらず、数で押し込まれて二人とも戦死してしまうのもよし。
全ては読者様のご想像にお任せします。
さて、幻想の本編更新していないのに、なぜ短編なぞを書いているのかといえば……ただ書きたかったからです。(ホント、いい加減な理由ですみません……)
この短編は幻想本編に比べて、企画構想5分→執筆・校正2日という信じられないくらいのスピードで書き上げてしまいました。
おそらく、なんらかの電波が流れ込んだせいだと思います。
という訳で、近日中には幻想の本編を更新できればいいなぁと。
もしこの短編のご意見・ご感想があれば、ぜひとも送ってください。
もしかすると作者の執筆速度が上がるかもしれないです。
それでは。