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前編

基地に敵機襲来を示すサイレンが響き渡る。

畜生、よりにもよって人が用を足している時に来やがって!

沖縄が米軍に上陸されて以来、ここ数ヶ月間ほぼ毎日のように空襲だから嫌になっちまう。

ったく、アメ公もこんなド田舎(三沢基地)までご苦労なことだぜ。


「回せ回せぇー!!」


「コンタァーック!!」


「クソッ、こいつはもう駄目だ!早く掩体壕へ入れろッ!!


このような喧騒が当たり一面に響き渡る中、俺……周防すおう 正則まさのり少尉は列線から少し離れたところにある愛機に向かって猛ダッシュをしていた。

サイレンが鳴り始めた時に丁度用を足していたのが災いして、既に五二乙型や五二丙型といった新品の機体は取られている。

まっ、あんな不良品に乗るなんてこっちからお断りだけどな!

幸か不幸か、残っているのはいつも俺の独占状態にある三二型だけだ。


だが、俺はその愛機に向かうもう一人の人影を見つけた。

どうやらそいつは、先月配属されてきたばかりの新米搭乗員のようだ。

そいつは俺よりも早く愛機にたどり着き、それに乗り込もうとする。


「おい、どきやがれ新米がッ!!」


俺はそいつをあらん限りの声量で脅す。

そいつは一瞬動きを止めて、俺のほうを振り返る。

この僅かな間に、俺はそいつを押しのけて愛機に飛び乗った。

そいつが文句を言っているのが風防越しに見えるが、あいにく俺はそいつより階級も上だし、潜っている修羅場の数も遙かに違う。

そんなヒヨッコに俺の愛機を譲る機は更々ない。


安全帯を締めた俺は、既に機体に取り付いていた整備兵に合図を送る。

彼らといつものやり取りした後でエンジンを始動し、機体を移動させる。

機付長にいつも酒やタバコを差し入れいているお陰か、今日も愛機の調子は完璧だ。

最近は女学生まで工員に動員しているためか、機材の質が下がる一方で、他の機体なんてとてもじゃないが乗れたものじゃない。

そんな劣悪な状態でも、どうにかしてマトモに飛ぶようにしてくれる整備兵たちには、ただただ頭が下がる。

まあそれはともかく、これでクソ忌々しいアメ公をブチ殺す準備が完了だ。

さて、今日は何機落とせるのか…………



「おい、知っているか?」


そう通信科のコレス(同期)に話し掛けられたのは、今日の出撃で見事敵機を撃墜して非常に機嫌の良いときだった。


「なんだ?また『どかれん』(この当時の予科練上がりの新米の蔑称。飛行機不足のために土木作業しかすることがなかった)が配属されるのか?」


俺は軽い皮肉を混ぜた特製ジョークを飛ばす。

だが、普段ならノってくるはずのそいつは、やけに真面目そうな顔をして何も話さない。

流石に様子がおかしいので、俺はそいつを人気のない所に誘う。


「なぁ……聞いて驚くなよ」


普段の奴らしくなく、やけに勿体ぶった言い回しで聞いてくる。

奴の態度に不審感を覚えた俺は、黙ったまま首肯して先を促す。


「明日……日本は降伏するらしい」


俺は最初彼の言っていることが理解できなかった。

降伏?……この帝國が?


「……馬鹿な」


俺は思わずその言葉を口に出していた。

いくら九割五分の精度を誇る奴からの情報とはいえ、それだけは容易に納得できない。

そんなこと有り得るはずが……


「……もう一度言う。これは本当だ。

明日の正午、陛下の玉音放送が流れることになっている。

既に大本営には終戦の詔勅が下ったらしい。ほかにも……」


そいつは淡々と知っている事実を述べ始めた。

そいつによると、ミッドウェー以降から帝國は負けに向かって転がり落ちていったらしい。

確かに、ミッドウェーは俺も参加してひどい目にあったし、ソロモンの戦は敵も味方もバタバタ堕ちていた地獄だった。

マリアナは…………思い出したくもない。

さらに彼の話によると、昨年の暮れごろから戦況は特に逼迫しており、開戦の時の余裕はどこにも見当たらないらしい。

帝國がいずれ負けるであろうということは、最前線にいる俺は薄々気づいていた。

だが、心のどこかでそれを認めたくない部分があり、奴の言葉を否定したのであろう。


「……なるほど、それは分かった。

それなら、どうしてその事を俺に言ったんだ?」


俺はどうにかして気持ちを落ち着かせてそう言った。

額には脂汗が滲んでいる。


「まぁ……お前とは海兵団以来の仲だしな。

そんだけ重要な話な訳だから、是非お前に知ってほしくてな。

それに、ここからは個人的なお願いで悪いんだが、お前にはあれを飛ばしてもらいたい訳よ」


そいつが指差したのは、基地で一番端の格納庫だ。

そこに格納されているのは、新型の試作艦戦である『烈風』のみであった。

俺はまた予想の斜め上の答えを返した奴に、もはや何も言えなくなった。

確かに、俺は『烈風』に何回か試乗したことがある。

艦攻並に大きい機体ながら、素直な操縦性、ヘルキャットを上回る高速・運動性、防弾も一流という高性能振りに惚れ惚れしたものだ。

だが、いくら終戦直前とはいえ、軍の大事な試作機を勝手に使っていい筈がない。

ましてや、堕とされでもしたら……


「責任問題については大丈夫だ。小福田少佐や基地司令には許可は貰っている。

どうせ終戦のドサクサに紛れて処分するらしいから、お前になら是非とも飛ばして貰いたいとのことだ。

それに、零戦じゃあもう物足りないだろ?」


どうやら上も説得済みらしいという奴の手回しのよさに、俺は唖然とした。

だが、上公認で烈風に乗れるのなら願ってもない事だ。

零戦も確かにいい飛行機に違いないが、愛機の三二型は旧式機のためにガタがきており、敵と比べて速度が圧倒的に不足している。

他の機体は…………旧式の愛機にすら速度が劣っているのがあった、とだけ言っておこう。

その点、烈風はヘルキャットよりも速く、マスタングやサンダーボルトよりも小回りが利くため、戦闘を有利に進められる筈だ。


「なるほど……そいつはすげぇや」


俺は身体の内側から湧き上がってくる興奮を必死に抑える。

そうでもしないと、そこら辺を飛び跳ねてしまうくらい嬉しいからだ。


「それで、俺はどれに乗るんだ?」


現在、基地には三機の烈風がある。

そのうち、試作五号機と試作六号機は量産機に搭載されている最新鋭の大馬力エンジンである、ハ四三を搭載している。

しかし、試作三号機はハ四三との比較試験の為に誉エンジンを搭載したままであり、性能的にはハ四三を搭載した二機に劣っている。


「お前は試作五号機で、六号機には難波なんば中尉が乗る事になっているらしい。

で、三号機は予備だ」


奴はニヤリとしながらそう言った。

難波中尉といえば日支事変以来の大ベテランで、俺の飛練時代の教官でもある。

中尉の撃墜数は百を超えており、旧式の九六戦を操りながら単機でヘルキャット一個小隊に勝ったことがあるほどの腕利きだ。


「そうか、難波さんか……それなら一個中隊、いや二個中隊相手でも余裕だな」


これからどのような戦いになるのか想像して、俺は思わずほくそえむ。

俺と中尉となら大戦果を挙げることは間違いないだろう。


「だろ?……それじゃあ、明日は頼んだぜ」


奴はそう言って仕事場へ戻っていく。

これから通信機との睨めっこを再開するためだ。


「おう、任せとけ!」


俺はそう答えると、そのまま宿舎へと足を運ぶ。

ああ、明日は烈風に乗ってアメ公を堕としまくるのか。

…………待ちきれないぜ。



ども、霜月龍牙です。

なんか気が向いたので、短編なぞを書いてみました。

幻想本編の更新を期待していた方、申し訳ございません。

言い訳は後編で述べるので、とりあえず世界観について少し。


現実世界の烈風は試作機が8機、量産機が少数機作られたそうです。

烈風は元々誉エンジンを搭載する予定が、当時の品質の低下による性能不足で満足な性能を発揮できませんでした。

そこで、三菱が新型エンジンのハ四三を搭載したところ、良好な性能を発揮したので軍は烈風一一型として採用しました。

しかし、エンジンの製造工場が震災と空襲により壊滅し、供給がストップしてしまいました。

そして、試作機は殆どがハ四三に未改修のまま空襲や事故で失われ、量産一号機は完成直前で終戦を迎えました。


一方この小説の世界では、試作機3機が青森の三沢基地に疎開し、2機がハ四三に改修済み、1機が誉搭載のままという設定になっております。

ちなみに、物語中には出てきませんが、量産機はまだ未完成です。

主人公の周防少尉や彼の師匠である難波中尉はもちろん架空の人物で、二人は日華事変以来の大ベテランでスーパーエースという、ご都合主義全開の設定です。

あと、物語中の零戦についての描写は幾分か誇張はあるものの、事実だったそうです。


それでは、どうぞ後編もお楽しみください。

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