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暴走電化エデン!(改稿中)  作者: 友利色良
第一章 暴走勃発
9/29

第一話 やがてお掃除ロボットでさえ俺達を殺しに来るのか? 8


「すぐに来いとか言う前に少しぐらい説明せぇっちゅうねん……ほんま……アイツだけは……」


 そう青森さんは気持ちを落ち着けようとしているものの、西条さんから与えられた苛立ちのダメージが事のほか大きいよう。

 アクセルとブレーキの踏み方が荒くなり、前に後ろにGがかかる。ヤバい酔いそうだ……。

 まぁ開発部に行った時も、この二人はいつもこの調子だから、本気で喧嘩する事にはならないだろうけども。

 

『特派は通用門から近くて便利だ。そこだけは転属のメリットと言えるかな……』


 このエデンの本社は、上空から見ると”E”の文字に見えるように、わざわざ建築したと、俺の直属の上司(だった人)の鏡部長が言っていた。

 横の三本線が主な社屋で、それぞれを海側から南館、中央館、北館と呼称している。


 縦の長い線の社屋は、主に開発実験室や食堂などが入っていて、特派はこの”E”の文字の先端部分になっている。

 そんな会社の前方の空の上に、似つかわしいのか似つかわしくないのか、一匹のドラゴンゆるやかに飛翔している。


 アジアのいわゆる”竜”と違い、西洋のちょっぴりメタボな白いドラゴンだ。

 そんなドラゴンが、空から雪を吐いている。

 

『わざわざドラゴンを人工降雪機にする必要があったのか……?』


 などという疑問を持ってはいけない。青森さんや西条さんに言えば「ここはそういう会社だからいいんだよ」などとリベラルな回答が寄越されるのがオチだ。

 現にハッチバックに積んでいる、こんなワケの分からないリュウグウノツカイを取り押さえたんだ。

 リュウグウノツカイ……。

 そういえば。


「あの、青森さん。さっきの警官ってもしかして通報などでですね、俺達がリュウグウノツカイで騒動を起こした会社員と分かって聴取しようとしたんでしょうか?」

 

 俺が言うと、青森さんは「おぉ……」と驚いたように俺を二度見して。


「そうか、すっかり忘れてたわ。せやけども、それやったら何か言うと思うけどな。それとも今、この現場が混乱して忙しいから後で聴取しようと思ってるか……。すでに村井部長が手を打ったか……。わからんな。とりあえず、警官来たら俺らは逃げよか」


 と言って、舌をペロッと出す。

 よかった。青森さん、少し機嫌が良くなったよう……。


『ん?』


 青森さんの表情を見ようとしたその俺の視界の端で、揺らいだ人影が見えた。

 

「なんだ?」


 俺の視界が捉えたのは、バックミラーに映った人影だ。それで振り返るが。


「ん? どないした?」


 この社内にしては場違いな姿をした、少し派手な女の子がいて真後ろにいてこの車を見ていた。

 オフホワイトのパーカーに、下がスウェットで黒いキャップを被った女の子が確かにいた……はず……。


「おかしい……」


「何? どうした?」


「今、バックミラー越しに女の子がいたんですが……」


「女の子って、女性社員ってことか? 別に不思議やないやろ?」


「それが、ちょっと派手な感じの女の子だったんですよ。白いパーカーに下はスウェット、それに黒のキャップといった姿でしたが。どうにもこの会社にいる雰囲気の人じゃないようで……」


「へぇ……そうやったんか」


「はい?」


 青森さんは目を細め、ニタァと笑みを向ける。

 まるで他人の意外なコンプレックスを、初めて知ったような顔だ。


「いやぁ、やっぱり次秀も人の子やっちゅう事やなぁ」


「なんですか。どういう意味です?」


「いやなぁ? 砂漠を歩いてる旅人は、あんまり日照りが続くとオアシスの幻を見るっちゅう……」

 

「違いますよ。人を欲求不満みたいな言い方しないで下さい。ホントにいたんですから!」


「隠さんでええ! そういう気持ちは俺は理解できるつもりや」


「青森さんのはトラウマが要因でしょう! いや、そうじゃなくて……!」


「すまん! 次秀」


「です……はい?」


「着いたわ」


「クッ……」


 言われてみればそこは目的地の社屋だった。

 特殊派遣課は出入りがしやすいように、勝手口が備え付けられている。

 その真ん前に停車させた青森さんは、ハッチバックの荷を下ろす事もせずさっさと車を降りて。


「まぁ御堂の事も気になってるみたいやし、出会いも無い職場で、そりゃ仕方ない。気にせんでええよ、俺は仲間や!」


「だから! 違いますって! 本当にいたんですから! 本当は青森さんも見たんじゃないですか!?」


「いや俺はホンマに見えんかった……おーい、西条!」


 ドア横のカードリーダーに社員証を照合させると、青森さんは乱暴にドアを開く。


―――――「あ……お……もり……」―――――


「!」

 

 なんだ? 

 今、頭の中で声が響いた。

 なんだか妙に尖った気持ち悪い声だ。

 後ろからか?


 振り返るが……誰もいない。

 なんなんだ……。

 ずっと前に金縛りに遭った時に聞こえた、不気味な声に近いような……。


 青森さんには異変は無かったようで、室内をズンズンと進んで行く。

 後ろ髪を引かれる思いでとりあえず俺も付いて行くと、部屋の中は向かい合わせに並んでいる五つの事務机が、寂しそうに静まり返っている。

 少し離れた部長席も誰も座っておらず、俺達を呼び出した当の西条さんの姿も無い。

 

「アイツ、マジでここにおるんか? おい! 西……」


 青森さんが真横の扉、装備品室の前で呼んだ刹那。

 扉の方から勝手に開いた。

 すると中から勢いよく、ヌッと白い手が這い出てきて。


「もごっ………!!」


 青森さんの口を塞いだ白い手は、そのまま備品室内へと青森さんを華麗に拉致した。

 カメレオンが舌で餌を、取り巻いたごとくの速さで……。

 

『今のが西条さんだよな……?』


 俺はどうすればいいのか。

 ノックしたらマズい空気だし……。

 などと思っていたら。

 ドアが僅かに開いて『早く! 次ちゃんも入って!』と、眼鏡をかけた人……西条さんがその顔を覗かせて、声をひそめて素早く手招きする。


 言われた通りに入室すると。

 左手でドアを開いて俺を招き入れてくれたが、その西条さんのもう片方の右手には「もが! もが!」と、口と鼻を押さえつけられて苦しんでいる青森さんの顔があった。

 四畳ほどのスペースに、黒いスタッフジャンパーのブルゾンが四着分、壁に掛けられている。そして、スチール製の棚には雑多な電化製品……というより、青森さんや西条さんと御堂さんが持ち込んだ、怪しい品々がゴッチャ!と並べられている。今朝、西条さんが使っていた赤や黒のナマコ型低周波治療器が数台見えた。

 コイツを数える単位は”台”でいいのか悩むところだ。


 そんな中で異色な物がある。

 ハンドクリップやゴムチューブといった、筋トレグッズまでが置かれているが……これは間違いなく水島さんのモノだろう。


『えぇ……そうなんだ。水島さんこんなモノも使うんだ……』


 お腹などに貼り付けると筋肉がピクピク動くっていう、アブトロニックまでが置いてある。


「苦しいやろが! アホが!」


 首をくねらせて抜け出すと青森さんが怒鳴る。


「声を出すなって、あれほど言っただろ。まったく……」


 青森さんに怒鳴られるも呆れたように頭を掻きながら、西条さんは目をつぶってつぶやいた。


「なんやねん……説明せーや。どないしたっちゅう……」


「梅子が……」


「なに?」


腓返こむらがえり 梅子うめこが暴走してるんだよ」


「はぁ? 梅子ってお前……セイレーンの梅子か?」


 コムラガエリウメコ?

 セイレーン?

 なんですかそれ。

 聞き返したいが余計な横槍を入れるような、そんな空気じゃなさそうだ。

 聞いていればなんとなく内容は理解できるだろう……たぶん。

 なので、しばらく黙って聞いておくか。


「そうだよ。その梅子が暴走してるんだよ。誰かが操作しているのか、特派の俺達が狙われているんだ」


「……? 梅子が暴走しても機能はセイレーンぐらいやろ? 別にそんなビビるほどやないやろ」


 青森さんが小首を傾げて聞き返すが。


「梅子だから厄介なんだよ」


 西条さんは”お前は何も分かってない”とでも言いたそうに、ため息混じりに返した。


「だからなんで厄介やねんて! アレは別に大した機能やないやろ」


「大した……機能……じゃないだと?」


 青森さんのひと言が気に入らなかったのか、西条さんは右手で顔を覆うように眼鏡を上げた。

 何だか分からないが、いたくプライドを傷つけられたらしい。


「あの……」


「「ん?」」


 聞いていてもやっぱり二人の会話は、残念なが理解できそうに無い。

 なので訊くことにした。


「俺にも分かる言語でお願いします……。腓返こむらがえり 梅子うめこ、セイレーンってなんです?」


 訊くと西条さんが。


「そうだね。まず、セイレーンっていうのは開発部で言う隠語でね。PCや携帯でいうところのアプリみたいな機能でその通名なんだよ。さっき、次ちゃんは青森とリュウグウノツカイを仕留めて来たんでしょ?」


「えぇ、はい」


「そのリュウグウノツカイには”イカロス”って機能をインストールしてあるんだ。あのイカロスだよ。太陽光を効率良く浴びるってね」


「……イカロスって太陽追っかけた末に最後、海中に落ちて死にましたよね?」


「そうそう! だから落ちても大丈夫なように深海魚にしてあるんだよ。いいところに気が付いてくれた!」


「はぁ………」


 いやそれ意味無くね?

 いくら魚の姿とはいえ、上空から落下したらブッ壊れ……まぁいいか。いちいち突っ込んでたらこの人の場合、キリが無さそうだ。


「そんな事より梅子や。アイツはそもそもお化け屋敷とか、遊戯施設でエフェクト担当するアンドロイドやったやろ。ちょっと脅かすだけの存在のはずや」


 会話がどうにも違う方向へ向かっていると、そうかんじたのだろう青森さんが話を元へ戻した。


「遊戯施設で使われるアンドロイドって、店員さんの代わりですか?」


 訊くと西条さんが釈明をするように。


「いや。梅子は……セイレーンは人の声を本物そっくりそのまま生成できる機能なんだ。レーザーやズームレンズの機能を使ってね」


「レーザーとズームレンズ……?」


「うん。次ちゃんも聞いた事があると思うけど、人間が話してる近くのガラスなんかは常に振動してて、そのガラスに特殊なレーザーを照射すると、そのガラスの微細な振動を感知させる事で、その場にいる人間がどんな内容を話してるかが分かるってやつね」


「えぇ、確かレーザー盗聴とかいう……」


「そう。でもガラスの振動で分かるなら、直接対象者を観察する方が手っ取り早い。だからよりもっと声を生成する精度を上げられるように、顔の表情筋や目の変化、さらに骨格や喉の太さを観察するズームレンズと収束レーザーできっちりとデータ化する。そしてそれらをセイレーンのAI機能に認識させると、本人そっくりな声が出来上がる。声のトーンやイントネーションも」


「じゃあ一部のアンドロイド達はそんな技術が施されてると」


「うん。それと梅子は頭の中に直接、声を聞かせる事が出来る。テレパシーみたいな能力を持っているんだ」


「テ、テレパシー?」


「そう。今言った収束レーザーを波に変えて、微弱な音波を頭蓋骨に当てる。至極、弱いものだから体には悪い影響は出ない。頭と鼓膜をまるで内蔵スピーカーにしてね。それで遠くからでも直接的に声を……」


「だから、西条。もう一回言うけどな。それのどこが危険で、何でこんなところに隠れてんねん」


「まだ続きがある。ボクは梅子のセイレーンで、とんでもない発見したんだ」


 眼鏡を意味ありげに西条さんは持ち上げた。キランと眼鏡を光らせた……つもりなのだろう。


「……何をや?」


「梅子は、セイレーンの機能はね。人を操る事が出来る」


「なに? ウソつけそんな事が出来るわけないやろ」


 腰に手を当てがい首を傾けた青森さんは、西条さんを斜め下からえぐるように見上げた。


「本当さ。この天才のボクはある実験に成功した。あの収束レーザーを人体のある部分に照射し続けると面白い事が起きた」


「ある部分ってどこや? 何が起きてん」


「眼球だよ」


「眼球?」


「そう。眼球にあのレーザーを当てられた人間は催眠術にかかる。あのレーザーはどうにも眠りにつく脳波と近いものがあるらしい。けど当人は眠らずに夢遊病者のようになる」


「夢遊病……」


「そう。つまり起きたまま、なんだったら目も開いた状態で夢をみている。本人にとっては夢だけど実際には現実だ。催眠にかかったその人はゾンビみたいに動く。さらにだね、レーザーでどんな夢を見せるか操作もできる」


「本当ですかそれ?」


「うん。登録した人の声でだね、例えば次ちゃんにレーザーを当てて催眠状態にする。その状態で『今すぐ殺してやる。死ね! 二階堂!』なんてボクの声を次ちゃんに放つとだね」


「放つと?」


「たちまち次ちゃんは声の持ち主であるボクの事をブン殴ろうと襲いかかってくるんだよ。その時の次ちゃんは悪夢の中で、ボクに殺されそうになっているはずなんだ。だから正当防衛としてボクを倒しに来る」


「それってあの、サブリミナル効果のようなものですか?」


「そう、それ。ただし梅子は映像では無く、音でその効果を起こせるんだよ。夢の中なら人は暴力的にもなれるからね。最初はボクも信じられなかったけど、自分でも他人でも確認の為に実験したら成功した」


「……その腓返 梅子は、他人になりすました声で催眠術をかける事が出来て、その対象者を襲わせる事が可能なんですね? そして人の頭の中に直接話しかける事が出来る、いわばテレパシーの機能で……」


 となれば、さっき見た女の子と俺に聞こえた声は……。


「そうなんだ、分かってくれて嬉しいよ。以前の実験で確証を得た。とある人が面識なんて全く無い人に向かって行った! その時のその人って言ったらそれはもう、親のかたきを討つかのように立ちはだかってね。ついに目の前の男をはたいたんだ。つまりボクは新たな人類の扉をついに開いた……!」


 グッと拳を目の高さまで上げて、力説している西条さんに。


「あの……西条さん。その腓返というアンドロイドって……」


 さっき起きた出来事を聞いてもらおうと思った。

 がしかし。


「おい……西条。その実験した時の事を詳しく話せ。それはいつの話や。誰を実験台にした?」

 

 と、俺より先に青森さんが、額に太いミミズのような血管を浮き立たせて詰め寄る。

 そんな青森さんに「えっ?」と首を傾げた西条さんは、ニッコリと微笑んだ。

 そして「フッ……」と微笑して髪をかき上げて。


「青森……。君は俺の大事な同僚であると同時に良きライバルだ。事細かい研究成果の内容は例え君であろうと教えられ……」


「うるさい、俺に言われへんだけやろ。……俺なぁ、前に全く面識ない女子社員に頬っぺたを引っ叩かれたんや。お前……その実験は俺にやったんやろ? 俺の声で知らん女子社員を操って」

 

 そう突き詰められた西条さんは声を荒げて。


「そんなわけないだろ! ボクがそんな事するもんか」


 と、自身の胸に手を当てたジェスチャーで、身の潔白を伝えようとした。


「ウソつけ! 今お前が言った事がホンマやったら、その実験結果は俺の事やろが!」


「違う! ボクは面識の無い女子社員で実験なんかしないって言ったんだ! お前を引っ叩いた彼女は計算課にいる森さんっていう子で……! ぐえっ!」


 西条さんが言い終える前に、青森さんの手が西条さんの首へと伸びた。そして片手でその首を、千切らんばかりに締め上げた。


「やっぱりか……いけしゃあしゃあとお前は……! 話の途中でまさか……と思って聞いとったら……。俺なぁ! あの一件以来、廊下の向こうから女の子が来るたびに恐怖心で体がビクッ!ビクッ!て反応するんやぞ! どないしてくれるんじゃこの体!」


「いや……それは、それで……新しい性癖として楽しんだら……おごっ!」


 西条さんの言葉は、さらに青森さんの手に力を注入させるには充分だったようで。

 みるみる内に西条さんの顔から血の気が失せ……。


「待って下さい! 青森さん!」


 俺は青森さんの手にしがみついて引き離そうと試みた。


「邪魔せんといてくれ次秀!」


「後で俺も手伝いますから! 俺の話を聞いて欲しいんです! さっき俺が見たと言っていたのはその、腓返 梅子じゃないでしょうか!?」


「なに……?」


 危なかった。

 本当にもう少しで青森さんは西条さんを”落とす”ところだ。

 やっと解放された西条さんはその場に跪いて「ゲッホ! ブウェッホ!」とむせ返っている。

 とりあえず西条さんは、ほっといて。


「聞こえたんですよ。車から降りた時に”青森さん”って俺の頭の中に直接響く声が。なのでおそらくその梅子じゃないかと……」


「けど、梅子は梅の花をあしらった着物の衣装着てたはずやけどな」

 

「いや間違いない。それは梅子だ」


「なに?」


 酸欠状態から復活した西条さんが、立ち上がりながら言った。


「商品として認めてもらえないと分かった後、倉庫に片付ける前にボクがお色直ししておいたんだ。間違いないそれは梅子だ。それより二人共、俺が言った通りここに来るまでしゃべったり声を出したりしてないよね?」


 西条さんの言った事に、俺と青森さんは顔を見合わせて。


「女の子が幻覚やとか……」


「色々としゃべってましたね……。車から降りた後も」


 ボソボソとそう弁明する俺達の顔を、西条さんは交互に見て「はぁ……」とため息をつくと、右手を自身の額に当てて「手遅れだ……」と呟いた。


「……っていうか西条。俺と次秀が梅子をなんとか捕まえたらよかったんやないのか? そうしたらこんな隠れたままの状況にならずに済んだんちゃうのか?」


 青森さんのひと言は、備品室にうるさいほどの静寂をもたらした。

 微かに外の物音までが聞こえる。

 鳥が壁をつつくような、トントンとか細い音がする。

 そんな音すら耳に入っていないようで、西条さんはひと言も発しないまま、青森さんに対して目を大きく見開いて固まっている。


「青森……お前……」


 わなわなと震えた指を西条さんは青森さんに向けて。


「なんでそういう事をもっと早く言わないだよ!!」と、言ってのけた。


「いやお前が早く来い言ったからやろが!! なんの情報も寄越さんと!!」


「はぁぁ……。最悪だ……絶好のチャンスだったのに……」


「次秀……。コイツやっぱり今すぐに殺しとこう」


 明らかな殺意を孕んだ目で、にへらぁと顔を歪ませて笑う青森さん。

 しかしそんな状況になっている中で、他のメンバーの事が気になり。


「あの、西条さん。水島さんと御堂さんに部長には連絡されていますか?」と訊いた。


「ん?あぁ、してるけど返事がない。それどころじゃないかもしれないねぇ」


 まるで他人事だと、西条さんはサラッと言う。


「お前ホンマ最悪や……。産まれてきたらアカン奴やったんやお前は……。仕方ない、次秀」


 青森さんにそう呼びかけられて。


「はい。皆さんに合流しましょう」


 と、俺は頷いた。そんな俺達に西条さんは。


「本気かい?すごい勇気だ。本当に尊敬するよ。気をつけて……」


「ふざけんな。何、残ろうとしてんねん。当然お前も行くんや」


「えぇ……。ちょ、ウソだろ?」


「お前な……。お前が振り撒いた厄介事を、解決するの手伝ってやると言うてるんやぞ」


「だって外は俺達を倒そうとしてる人達でいっぱいだよ? ここはもうラクーンシティなんだよ? ゾンビに突っ込んで行くのはごめんだよ」


 頑なに弱腰なセリフを言う西条さんに。情けないと言いたげな青森さんは深いため息をつき。


「そうか……。なら仕方ない、お前は腐っても同僚や。逮捕されるのを黙って見過ごすのも後味が悪いと思ったんやけどな。本人がそう言うのならいいわ」と突き放した。


「なんでだよ。なんで俺が逮捕されるんだよ」


「騒動の元凶はお前が開発したモンや。誰が誰に暴力を振るうかわからんモンを。お前は会社、組織を催眠状態で暴走する暴力装置に変えたんや」


「待てよ。梅子を持ち出して好き勝手にしてる奴が元凶だろ?」


「そんな危なかしい梅子を作って放ったらかしにしたんはお前や、と俺が警察に言う」


「なんで言うんだよ! お前は同僚を陥れるような酷い奴だったのかよ!」


「……俺を実験台に陥れて、女の子の対する心的外傷トラウマの贈り物をア・リ・ガ・ト・ウ。先にやったんはお前や」


 青森さんが今にも刺し殺すような視線を送った。

 それをなんとなく受け止めた西条さんは。


「……わかったよ、行くよ」


 と、全力で肩を落として力無く返答した。


「当たり前や。全くお前は……」


「ただ、どうします?青森さん、西条さん。催眠にかかった社員が大人数で襲いかかってきたら、反撃するわけにもいきませんし」


「大丈夫。行くとなれば考えがある。一回、試してみたかったんだよねぇ……フフフ……」


 気持ちの悪い回答を寄越してくれた西条さんが、棚の中を物色し始める、と。


「よし。これを使う」


 手にした物を見て笑みを浮かべる。

 解決の糸口を見つけたように笑ってるが……。


「何に……どうやって使うねん。そんな物」


「理屈ではコイツが役に立つはずなんだよ……」


 そんな会話のやりとりの中で、トントンとやはり音が鳴り響いているのが聞こえた。

 備品室のドアを一枚隔てているからか、か細い力で誰かが……。


「青森さん、西条さん。誰か外からノックしてませんか?」


 と二人に訊いた。


「もう誰か来たんか?」


 三人で耳をますと。


「あ……もり……ん。青森……。ちょっと……認した……とが……」


 誰かが青森さんを呼んでいるようだ。

 この声。

 聞き覚えがある。

 ゲート前で身分証を確認した柴犬のような目をした警官だ。

 まさか……。


「青森さん……。あの声って……あの警官ですよ? よりによって……」


「そうか。あの警官……あの時にはもう、梅子の催眠術にかかけられてる真っ最中やったんか。それであんな態度を……」


「どうします? 相手が警官となると……」


 厄介な相手が来たもんだ。

 こっちが危険な目に合っても、俺達からは危害は加えられない。

 意識を取り戻した途端に、公務執行妨害なんて事になるだろう。


「どうしたんだい? 二人ともそんな慌てて」


 西条さんが勝気に満ちた顔をして言うが。


「今外にいてるのは、催眠にかかった警官や。状況としては最悪やぞ」


 そう青森さんが頭を掻きむしる。が、そんな青森さんに。


「違うだろ青森」


「あ? 何が違うねん」


「こういう時はこう言うんだよ」


 西条さんはそう言って、胸を張りかえって。


「実験台が来た」と、そう言った。


 今さっきまで行く事を嫌がり、ダダをねていたいた人とは同一人物とは思えないほどに、自信に満ちた笑顔がそこにあった。



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