第一話 やがてお掃除ロボットでさえ俺達を殺しに来るのか? 6
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「なんや今日は分からん事だらけや……。こんな厄日も珍しい」
会社へと急いで戻る車の中で、青森さんが心の底から疲れを吐き出した。
運転をしてもらっている俺は、助手席でなんだか心苦しく。
「やっぱり運転代わりますよ、青森さん」
わずかでも労う事ができればと思い言ったが。
「何言うてんねん。今日の功労者にそんな真似できるかい。一番疲れたんは次秀やろ、初日でまだ昼前やっちゅうのに」
「ありがとうございます。で、あの……青森さん。それ……やっぱり気になりません?」
疲れよりも、どうしても気になる……。
青森さんの懐に入った封筒の中身が。
「……やんな。やっぱり会社まで保たれへんな。気になって」
「開けてみませんか?」
「……開けるか。せやな」
左手でハンドルを握って、右手で懐に入れてある封筒を青森さんが取り出すと。
「頼む次秀、開けてくれ」
「え! 俺ですか?」
「”俺ですか”ってお前、今この状態の俺に開けさせるつもりか?」
「……ですよね」
言った手前、やっぱりやめましょうなんて言えないよな。青森さんから受け取ると、件の白い封筒を透かしてみる。が、二重封筒なのか中身は見えず。
「開けます」
「おう」
糊付けされたベロをピリピリと開いていく。
そして、開くと。
「……カードと鍵?」
出てきたのはどこかのロッカーの鍵と、ITと書かれたカードが一枚。
カードの裏に”Security”と書かれており、国府台店舗と記入されている。
「セキュリティカードみたいですね……。で、あと裏に国府台って店舗名が書いてありますよ?」
「セキュリティカードと鍵か……。となると、レンタルルームの鍵か? いずれにしても、また余計に気になるもん出てきよったな……。国府台。まぁ、千葉やけど会社からは近いな」
右折レーンに入り、信号待ちとなった青森さんは鍵を見て顔を顰めた。
「ちょっと待って下さいね……」
カードの表面をスマホで写真に撮り、そのまま検索をかけた。
「えぇ。青森さんのおっしゃる通り、トランクルームの鍵みたいですね……」
ヒットしたのは千葉県国府台にある屋内のトランクルームだ。
「まさか、そこに墓場倉庫のロボットが全部入っとるとかやないやろな」
「流石にそこまで広くないようですよ」
落としていた視線をスマホから青森さんに移すと、遠くから近づいてくるパトカーのサイレンの音が窓を微かに揺らす。
どこかで交通事故でもあったのか?
「冗談や。しっかしホンマに墓場にあったあれだけのロボットはどこに消えたんや」
「あの、青森さん」
「ん?」
「その墓場にあったロボットはヤバい機能があったりします? このリュウグウノツカイよりも、もっと……」
「ん〜……せやなぁ……」
そう言って少し考える素振りをした後に青森さんは。
「次秀。医者がこの世で一番、恐れる病気はなんやと思う?」
「医者が恐れる病気ですか? えーと……癌とかでしょうか? あとクロイツフェルトヤコブ病とか……」
「まぁ、それらももちろん恐い。けどな……」
「はい」
「医者がホンマに恐れるのは、まだ名前も付いてない病気や。治療法がぜんっっぜん分からんからな」
「新しい症例……ですか」
「そう。病原菌なのか、なんなのか……。あの、行方不明になったロボット達の中には、応用したらそんな結果をもたらす機能をもった奴らが結構な数おったんや」
「それ……かなり、マズくないですか?」
「そや。だからこうして焦っとる」
いや、全然そーは見えないけど……。
いつも通り、のほほんとした青森さんに相違ありませんが。心中では焦っているのか。
「あー……」
俺が少し不信な目を向けていると、少し遠い目をした青森さんが溜め息とも独り言にも受け取れる声を漏らした。
「どうかしたんですか?」
「いやぁ……恐いって事で、ちょっとしたトラウマを思い出してな……。会社で起きた事なんやけど」
「仕事のトラブルですか?」
「ううん、そうでもない。ただ、おっそろしい目に遭ってな」
「なんです?」
「……開発部におった頃、まぁ三年前ぐらいや。廊下を普通に歩いてたんや」
「はい」
「そしたらやな。向こうから女子社員が一人歩いてくる。ショートカットでキリッとした雰囲気やった。たぶん……人事部か総務部か業務部か……。全く面識がない社員やった。会話はおろか顔も合わせた事がない」
「えぇ」
「で、お互い近づくにつれて彼女の表情が見えてきた。それがなんか……どんよりとした目をしててな? 最初、幽霊かまたは試運転してるアンドロイドかと思ったぐらいや」
「何か考え事でもしてたんでしょうか」
「いやぁ考え事っていうより、ここにいてるのに心ここにあらずを絵に書いたような……。どこかを彷徨ってる、そんな雰囲気やったんやけど、それが近くまで来ていきなりや。俺と目が合った瞬間に……」
「なんです。 キスでもされたんですか?」
「そんなわけない。それやったら是非、望むとこ……違う! いやあのな? おもいっきりや。俺の右の頬をおもいっきり引っ叩たいてきた」
「……その彼女に何したんです? 青森さん」
「何もしてへんよ……。 面識も無かったって言うたやん」
「じゃあ、どうして叩かれたんです……。辻褄が合わない」
「俺も思ったよ。けどな……、まっっったく心当たりがないねんて。せやから恐いって事でやな」
「じゃあ、ホントにその人は今見たばかりの青森さんを引っ叩いたんですか」
「そう。分かってくれてよかった」
俺が納得した事に少し安心したのか、口角をニュッと曲げ、ちょっと気持ち悪い笑顔でウンウンと頷く。
そんな青森さんの向こう。窓の外でまたしてもパトカーが通り過ぎて行った。
結構、大きな事故なのか。
「その後、どうなったんです?」
「それや。俺も何が何やら分からんかったから、唖然としてもうてやな、固まってもうたんや」
「彼女の方は?」
「うん。めっちゃ恐い顔してたよ? 親兄弟か彼氏の仇をここでやっと見つけたみたいな……」
「人違いなんでしょうか……」
「一瞬だけ、俺もその可能性を考えた。しかしやな、開発部の真ん前の廊下で人違いするとは考えにくい。ただでさえ開発部の連中はキャラが濃い。それにこっちは実験の最中で白衣を着とったしな。絶対に人違いするわけないやろ? 仮に百歩譲ってもや。あるとすれば誰かを訪ねて来てやな、人を間違えて後ろから殴りつけるならまだ分かる」
「まぁ……確かに。それで、どうなったんですか? その後は」
「それがやな。突然その彼女が”ハッ!”て、目を見開いてから、真ん前に立ってる俺と目を合わせへんように、右見て左見て……それから……無言で走り去った」
「えぇぇ……」
「それや。俺もその時にそのセリフ言うたよ。『えぇぇ……』って。『いや、ほったらかしかい!』って」
「それは……災難なんてもんじゃ……あれ?」
「どした?」
何気なく会話をしながら、封筒の中はちゃんと空になっているかきっちりと改めてみると、一枚の便箋が入っているのが見えた。
取り出して開いてみれば。
「”その場でラセンカナカと言って下さい”って書いてあります……」
便箋にはたった一行の言葉しか書かれていない。青森さんにその内容を改めてもらうために、縦につまんだ便箋を見せた。
「なんやそれ?」
「なんでしょう……。呪文みたいですけど」
「その場でいうのは、音声でロック解除するんかな。いや違うな、それやとおそらく声紋が合わん……。どういう意味や。まぁ戻って皆に聞いたら何か分かるかもな。もうすぐ着くし」
「ですね」
俺は再び便箋とカード、それに鍵を封筒にしまう。
運転中の青森さんには渡せず、自分の胸ポケットに収めた。