第一話 やがてお掃除ロボットでさえ俺達を殺しに来るのか? 5
『ってか、青森さん大丈夫か?』
捕獲したリュウグウノツカイが、もしかして大暴れするかも、と考えたがリュウグウノツカイはシャットダウンされ、完全に機能を停止してワイヤーに絡まったまま横たわっていた。
「おぉ、帰ってきたか。ホンマにようやった!」
そう讃えてくれた青森さんに続いて。
「かなり危ない作業だったが、いい物を見せてもらった。ただ、急がせてすまないが、君達はすぐに消えた方がよさそうだ。そろそろ騒ぎが拡大しているかもしれん。警察がもし来たらうまく言っておくから」
梶さんもそう言ってくれた。
「ありがとうございます。申し訳ありません。お言葉に甘えさせていただきます。次秀、フルハーネスの推奨とブレーキを同時に押してくれるか」
「え、はい」
言われて押すと、俺を受け止めたエアバッグが縮こまってぷかぷかと戻ってきた。
縮むと携帯用のカッパより小さなサイズになるんだ。
「では、失礼いたします。ご迷惑おかけしました」
荷物をまとめて青森さんと俺は速やかに屋上から立ち去った。
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地下の駐車場まで降りた俺達は、回収したリュウグウノツカイや、俺が着ていたフルボディハーネス、そしてウインチを社用車であるプロボックスに急いで片付ける。
「早く片付けて、車の中から会社に連絡するか……ら」
青森さんが俺の後方を見て言葉を止めた。
突然、その男は俺の背後に現れた。
名前の入ってない作業服風の紺色のブルゾンを着た、五十歳ぐらいの男だった。
背丈は百七十センチぐらいか。目の縁にはっきりと隈がある、やつれ切った顔をしている。
走ってきたのか、それとも病気なのか、両肩を上下させて息を切らしている。
いつ倒れておかしくない。
ただ、どこにでもいそうなこの男性には、奇妙な存在感を示していた。
それは言わば巨大な岩が道を塞いでいるかのように、そう俺には感じた。
そんな男が青森さんと俺を、何も言わずにただ黙って見つめる。
そして、天井のある一点に視線を移す。
青森さんが俺を柔らかく退かせながら男に近付いた。
その青森さんの所作が男に対して、底の知れない危険を感じ取ったのが分かった。
「あの、何でしょうか?」
青森さんが発したのは営業の口調ではなかった。
この男、何者。
そんな疑心暗鬼が伝わってくる、一音、一音をはっきりとさせた発音で、明らかに警戒していた。
「君たちはエデンの社員、その特殊派遣の方だね」
「はい、そうですけど……」
「今、上で機械生物を取り押さえていたな」
男の言葉に青森さんが、警戒した表情から柔和な表情に一変させて微笑みながら。
「あ、今先ほどの事はデモンストレーションでして、このビルにセキュリティを使用する上で、機械生物を放ちまして……」
事情を理解しているせいもあるが、矢継ぎ早に釈明をするその話し方が、俺には言い訳に聞こえた。
青森さんはこの男をクレーマーか、またはエデンが失脚をすればなんらかのメリットが得られる者か、そう感じているらしい。
ここで会社の弱みを見せてはならないと。
「いや、誤解しないでくれ、決して糾弾などしない」
言いながら男は視線を天井付近へと散らす。
何が気になっているのか?
その視線を追うとその先に。
『監視カメラ……?』
見られたらマズい事でもあるのか、男は俺達の元に来た時から監視カメラを気にしていた。
追われているのか?
だがもしこの男が犯罪者だったら、逆に監視カメラから目を逸らすはず。
見つかると危険と感じる者は、監視カメラから逃れようとして、見ない見えない素振りをすると、以前、犯罪心理を書き記した本で見た。
「時間が無い。申し訳ないが用件だけを済ませてもらう。これをあなた方に預かって欲しい」
そう言って男は、ポケットから何かを取り出した。
それは一通の封筒だった。
「何ですか?」
「危険な物じゃない。気に入らなければ後で捨ててくれればいい」
「はぁ?」
意味が分からない事を言う男に、青森さんが口を開いて呆れた。
そんな青森さんに一歩近づいた男が。
「さっき機械生物が勝手に動いて、意思をもったように何かしゃべったりしなかったか?」
と、口元をほとんど動かさず腹話術のように声を発した。
「!!」
『この人、リュウグウノツカイに起きた事を知ってる。もしかしてこの人が操縦者か?』
「……あんた、お客さんやないな。それにメディア、マスコミでもない。もちろん警察でもない。オッサン、何者や?場合によっては……」
青森さんが男に手を伸ばす。
その手に男が持っていた封筒を無理矢理に握らせた。
「すまない! 君たちにそれを託す。そいつが無ければ君たちエデン……いや、この国は無事では済まなくなる」
「何言うてるかさっぱり……あ! ちょっと!」
言うだけ言って男が逃げた。
「青森さん! 追います!」
事情が分からないなんだか危うい事に、会社と俺達が巻き込まれるなんて冗談じゃない。
そう振り返った俺に。
「待て! 次秀! 追うな!」
「はい?」
青森さんは呼び止めた。
「あのオッサン、監視カメラをずっと気にしとった。つまり姿をさらすのはかなり危険やったみたいや。そんな危ない橋渡ってまで俺達に接触してコレを渡したんや。今、追いかけたらもっとヤバい事に巻き込まれる……気がする。だからほっとけ。これは帰って部長に報告して部長の目の前で開く」
そう封筒を目の高さまで上げた青森さんの胸元で、携帯の着信音が鳴った。
「今度は何や……」
今の一瞬で疲れた青森さんは、項垂れながら携帯を取り出して。
「ちょうどよかった。村井部長からや」
と、含み笑いをした。
「はい、青森です……はい。リュウグウは回収しました。次秀が活躍でです……え……。はい?……なんですかそれ……」
「どうしたんです?」
「分かりました! すぐに戻ります!」
慌てて電話を切った青森さんの表情は暗く青い。
「次秀……今回みたいに回収したロボットや販売ルートに乗せる事が出来へんかった、そんな曰く付きのロボットがどこに行くか知ってるか?」
「いえ……」
「会社の敷地の最南端にある倉庫や。俺達はパンドラの墓場って呼んでるとこやねんけど……」
「……そこがどうかしたんですか?」
「……破られたらしい。中に入れてあった大量のロボット達も、忽然と姿を消したそうや」
「え!?」
驚いてはみた。
しかし、事の重大さにまだピンとこない俺は青森さんの次の言葉を待つ。
「今のあのオッサンがなんか絡んで……いや、分からんな。とりあえず次秀、すぐ会社に戻るぞ」