第二話 その1 ボク達は逆転の可能性を持ったド社畜
もうここまで来たら、逃げるわけには行かないよねぇ……。
会社の敷地内で一番広い、西側の倉庫。
その中で、ボク、青森、水島君に次ちゃんが横に並び、眼前に広がった光景を眺めていた。
ボク達のずっと先では、巨大なホームベースの形をした、プラチナシルバーなお乗り物がある。
それは真上から見たらペンタゴンの形に少し似ていて、やや無骨なビジュアルと言える。
大きさは野球場の約半分といったところか。
まさか、ボク達がコイツに乗る日が来るなんてねぇ……。
宇宙飛行艇、ホーク二号機。
うん。二号機なんだよねぇ……。
この飛行艇の初号機は、見事に大空の中で大破した。
原因はエンジントラブル。
バルブに極小の異物がへばり付いたとか。
何、下町ロケットやってんだろ、と思ってたら、次に出てきた初号機改は墜落。
この墜落原因は分からずじまいだったらしい。
で、仕方ないので原因究明を一旦打切って、次に開発したのがこの二号機だ。
これまでに、三度の離陸と発射実験を行った。
その内でまともに飛べたのが、たった一度。
そんなものにこれから乗り込まなきゃいけない。
ボクの体中の細胞達は『行くな!』と告げている。
鳴らす警鐘の代わりにさっきから、腹痛、吐き気、めまい、倦怠感といった、風邪薬の箱に記してある症状が出ている。
警鐘じゃなかったら、本当に風邪のひき始めかもしれない。
もういいや。今は風邪って思うようにしよう。
まぁ、体調の方はそんな先延ばしの精神で、(刹那的に)なんとか対処できてもだけど……。
目に映る光景が、いかんともしがたいよねぇ……。
ワラワラと死骸に群がるネズミがごとく、ホークにたかっている人達へ、何かの指示を与えている大南さんがいる。
その人達の様子をさっきから見ていると、性急調整なの? と、疑いたくなるほどポロポロと結構重要そうなパーツを落下させていたりする。
そのおかげで、飛行艇が僕たちを乗せる”飛ぶ棺桶”に見えてしまうわけで……。
これはやっぱり報酬が三百万でも安かったかな。
「おい、西条。なんか、アレも連れて行く気みたいやぞ?」
隣にいる青森が、アンニュイなボクの肩をつついて、視線の先を指で示した。
青森が言っているアレとは、ボク達とホークの間にいる二人。
いや、違うな。一人と一体か。
一人の方は村井部長。
隣にいる一体、黒い人型の腕を掴んでいる。
そんな監視を受けているのはもちろんクロノスだ。
がっちり監視されている割に、何故かさっきからずっと、首を縦にウンウンと振って頷いている。
何かに対していたく関心、納得を示しているようだけど、一つだけ腑に落ちない点がある。
それは村井部長はおろか、クロノスに向かって誰も話しかけていない事だ。
アイツ……何に対して頷いているんだろう。
やっぱり欠陥品なのか、または誰かとこっしょりと、ネット回線を繋げて内通でもしているのかな?
そう思っていると。
「アイツ何を頷いてるんやろ?」
ボクと同じタイミングで疑問に感じた青森が、口に手を添えて小声で囁いてきた。
あぁ、ボクもダメだねぇ。
青森と同じタイミングだった事に、少しだけイラッとしちゃった。
されど、冷静沈着。それがボクだ。
なので、青森に。
「もし、さ」
「ん?」
「アイツが実は企業スパイで、この会社の情報を漏洩して叩き売りしてるのなら、相手の依頼人に報酬を乗せてボク達で横取りできるんじゃない?」
「おぉ……いや……けど、指示して送り込んだヒューマノイドが報酬を要求し出したりしたら、スパイ行為がバレた挙句、後ろで人間が傀儡してるっちゅう事が、相手に丸分かりやろ」
「もちろん、その点はちゃんと考慮する」
「ほぉ、どうするつもりや?」
「”もっと情報を取得するのに、性能をグレードアップしたい”なんてメッセージを送って、転売率の高いパーツを対価として要求するんだよ。そうすればバレないだろ」
「……お前こういう事に関してはホンマに知恵が回るなぁ」
こういう事だけじゃなくて、ボクはずっと天才なんだよ。と、言ってやろうかと思ったけれど、反論が面倒なのでやめておくか。
「さっきからずっと聞こえていますよ。私は内通者ではありません。私は確信したから頷いているんです」
急にボク達に向かってクロノスが振り向いた。
なんて感度の良いマイクを内蔵してるんだろう。
これは聞かれたくない話は、しゃべらない方がいいな。
「確信って何をや?」
そう青森が訊くと。
「この人数で行くなら確実に全員死にます」
そうクロノスは言い切った。けれど、そのクロノスに即座に反論する人が一人。
「何を言っている。お前はあの星の事など何も知らんはずだ」
言ったのはクロノス隣で、鬼の刑務官と化している村井部長だ。
人差し指をクロノスの胸のパーツに、グリグリと突きつけている。
そんな人差し指を払う事もなくクロノスは。
「今から向かう星は、あなた方が開発したロボットが、有象無象……一万体以上もいて、人間の数よりも多く、中にはかなり危険で攻撃的なロボットさえいるんでしょう?」
「攻撃的とは聞き捨てならんな。それは入場者とサバイバルゲームをさせて楽しんでもらう為のプロセスだ。しかし……よく知っているなぁ? この短時間でどうやってそれだけの情報を知り得た? さてはやはり貴様……」
「…………いや、先ほど、あなたがPCで確認していた画面に出ていた。それで知っただけだ」
「………そうか」
言われた村井部長は突きつけた人差し指を、ゆっくりとそれはゆっくりと恥ずかしそうに戻した。
村井部長って、たま〜に……ねぇ……その……うん。
こんな残念な人、の時がある。
「それで私はあらゆる可能性を考慮に入れてシュミレーションを行いました。その結果、あなた方を待ち受けているのは……そうですね。例えるなら西洋のゴースト、怪物の類を討伐すると。しかし相手は言葉、まして神道や仏教の概念も通じないヤツらです。そんなヤツらに数珠やお守り、読経で対抗しようとしているようなもので……」
「ワケの分からん例えをするな! とにかく、向こうでSOSを発信した社員達を、連れ戻しに行かなきゃならんのだ。余計な横槍を入れるな」
チッと舌打ちさえして、村井部長はクロノスが言った事を遮断する。
ボクはそんな会話の中で、クロノスが言ったある言葉に興味がわいた。
読経。
読経には自信がある。
そこでボクが言う。
「クロノス。読経を馬鹿にしちゃいけない。素晴らしい文化なんだから」
そうクロノスに呼びかけると、青森と水島君が、ボクの顔を覗き込んできて。
「どないしたんや……。お前……らしからぬ……信心深い事を……」
「体調でも悪いのか? まさか……この状況下で気分を落ち着かせる為に変なクスリでも……」
そんな大層に失礼なことを言う。
「君達……。ボクを何だと思ってるの? 分かったよ、少し誦じてあげる」
二人にボクは咳払いをして。
「仕事迷走、辛酸舐々、一発逆転、必勝祈願、富籤購入、当選発表、我目疑念、否々正当、一等確定、五億当選、本当現実?、困惑困惑、混乱混乱、冷静落着、歓喜怒涛、欲望解放、色欲放出、余裕微笑、左手扇子、食茶寝食茶寝………」
そう、ボクが至高の読経をすると水島君が。
「なんか頭の悪い読経だなぁ……」と、貶すと。
「おい、西条……」今度は青森が強めにボクの肩を掴んだ。
「なんだよ」
「その信仰に………俺も入信していいか?」
なんて聞いて来た。
ボクは黙って手を差し出すと。
「ありがとう! しっかりハッピーになる!」
なんてホザいて、ボクの手をしっかりと握ってきた。
青森の手は汗ばんで、少しヌメッていた。
だけど人として大きいボクは、あえて言わない。
でもこれはこれで後で、しっかり手を洗わなきゃ……。
そんな事を思われているなど、つゆとも知らない青森に。
「やっぱり青森には分かるんだね。信仰なんて根底は同じ。その人が何だったら信じられるのか、そして安心できるか。それが人であれ自分自身であれ、お金や愛情であれ同じ事だ」
「おぉ、その通りや! 俺は”実”をとる!」
と、目を輝かせながら、熱の入った願望を叫ぶ。これまた分かりやすいリアクションをとった。
そう語った。自分の才能が恐ろしい。
来世では宗教詐欺を働こう。うんうん。
まぁ青森が相手だと、実験台としてはやや信憑性に欠けるけど。
だけど、自分で誦じておきながらだけど、人間、生きてたら一発どころか、何発もの逆転のチャンスは訪れるはずだよねぇ。
生を貪……まっとうしていると、人生で何が起こるか分からない。
そう、生きていられたら。
人の可能性はそれほど無限大だ。
特にボクは。
「おい、お前達! 何をくだらん事を言っている! そろそろ搭乗の準備にかかるぞ!」
ボクと青森が一連托生の儀を行なっていると、村井部長がボク達へと、喝を切りながら歩いてきた。
「ちょ……お前達って……俺と二階堂も入っているのか?」
村井部長に一括りにされた水島君が、何故か少しショックを受けている。
そんな水島君はスルーしてと。
ちょっとさっきの読経で、やっぱり気が変わってしまった。
近づいて来た村井部長に「すみません部長、今回はやっぱりボク、止めさせていただきます」と告げた。
それに続いて。
「すみません、俺もやっぱり……」
と、青森も続いた。そんなボク達に水島君が。
「お前達、ここまで来てかよ……」
そう、ガックリと落胆した。
そんなボク達を次ちゃんは、黙ったまま目を丸くして静観している。
そういやこの子、ここに来て一言もしゃべってないな……。
次ちゃんがしゃべらないからか分からないけど、みんなして沈黙。
まぁ、だいたいはこの後に言い渡される、村井部長からの返答は見えている。
まず「ふざけるな」と、一蹴される。
それから「いいからさっさと来い!」となる。
まぁ、いつものこと。
ところが。
「あぁ………そうか分かった。今回ばかりは無理にとは言わん。俺の方が止めたかったぐらいだ」
そう言って深く首肯して了承してくれた。
え………?
ホントに?
いいの?
「おーい。お前達、そろそろ準備が整いそう………ん? どした? お前達にしちゃやけに空気が重いな」
いつの間にか村井部長の背後から近づいて来ていた大南さんが、この場の全員の顔を見渡す。
そんな大南さんに村井部長が。
「すみません、青森と西条さんが状況が状況なので不参加をーーーーーー」
「おぉ! そうだ! 大事な事を伝え忘れてたぜ!!」
いきなり大南さんが村井部長の報告を遮った。
そして。
「今回だ。解決できたら報酬は三百万。それとまぁ、副賞じゃねぇが、もし、仲間を連れて帰ってこれたら、あの惑星にいるロボット、何でもいい。一人に一体ずつくれてやる! 好きなの持って帰れ」
と、乾坤一擲、鶴の一声を告げた。
うそ…………。
なんだと……?
あの、惑星のロボットを……くれる……? しかも……何でも…いい……………だと?
その一言で、この場にいる全員が固まってしまった。
「どした? 気に入らねぇか?」
大南さんは頭を掻いて、不思議そうに右の眉を吊り上げた。
「大南さん! それ! あの………!」
「ん?」
青森が慌てふためきながらも。
「そのロボットって、本当に、本当に何でもいいんですか!? 高い機体でも!?」
「あぁ、もちろんだ。かまわねぇ」
「ちょっ! 大南さん! いくらなんでもそれは……!三十億以上の値打ちがあるヤツもいるんですよ!!」
村井部長が思い直すように咎める。が、青森がなおも続けて。
「それって無事、持ち帰った後で、高所に設置された段々と狭くなる橋を渡ってからやとか、船の中でジャンケンに買ったらとか、試されるような事は……!」
「するかよ! 何だそりゃ! 余計に面倒じゃねぇか!」
ボク達は顔を見合わせた。
そして、刹那ほどの時間で全員の腹は決まり。
「「「「全力で頑張ります!!!」」」」
ボク、青森、水島君、さらに次ちゃんまでが揃って一斉に返事をした。それに対して。
「あぁ、期待してるぜ」
そう大南さんは破顔した。
さっき人生には一発逆転のチャンスは、何度も訪れると思った。
そう。
それが”今この瞬間”なんだ。
そういう事なら、絶対に高額のヤツを仕留めて攫ってやる。
もう不安は一瞬にして消し飛んだ。
あぁ、欲望解放。
自我覚醒。




