第一話 やがて.......23 陰謀と全力ずんだ餅
「部長どういう事ですか? 渦中って……このヒューマノイドが……」
青森さんがすかさず訊いた。けれども、村井部長は渦中と名乗ったヒューマノイドから視線を晒さないまま、「悪いが今、その話は後だ」と言って青森さんの質問を遮る。
結構な衝撃を受けている青森さんをさて置いて、腕を組み直した村井部長は。
「それで? 科学のお力で ”全知全能のこの世の神” を創ったという話を詳細に教えてもらえるか?」
そう訊いた。
「「「は??」」」
俺と青森さん、西条さんが同時に口を開いた。
………神?
神……。
推しキャラ? アイドル? やたらとウマ過ぎるラーメンを作る店主? 色んなワードが犇いているが、たぶん……どれも違うよな。
無駄に困惑する脳を持っている事においては秀でていると、そう噂される俺の前で。
「全知全能だとは言っていない。ただ、予言したこの世界の未来を、必ず遂行できるAI。それを我々のチームで作り上げてしまったと言ったまでだ」
村井部長に渦中ヒューマノイドがそう回答した。
「似たようなもんだろうが!」
その回答に村井部長が激昂して、握りしめた拳を振る。
そんな村井部長に。
「すみません部長。俺はとりあえず副社長……大南さんを呼んで来ようと思うのですが」
水島さんが部長に申し開いた。
「……あぁ、すまん水島。頼む」
「はい。では失礼します」
水島さんは一礼をして部屋を後にした。そんなドアの音がやたらと大きく響くと。
「冷静に……お願いする。順を追って話をさせてくれ」
渦中博士は体温すら感じさせる言い方で、村井部長に苦言した。
「フン! 言われずともコッチはずっと冷静だ! いいからさっさと話せ。これから何が起きる!」
ヒューマノイドに落ち着くように言われたのが悔しかったのか、村井部長は子供のような切り返しをした。
「ではお話しする。まず私は渦中 健二郎の記憶や内面をそっくりそのままに仕上げたAIだ。そのAIの容器であるこのヒューマノイドは、クロノスという名を付けた」
右手を前に出したりとジェスチャーをしながら話す、ヒューマノイドの動作は極めて滑らかだ。
本当に人間そのものとしか思えない動作と言葉使いに、嫌な感情が湧き出てくる。
なんだかちょっと、気持ち悪い……。
それほど人間に近づいているヒューマノイドって事か。
だけど……。
AIに一人の人間の記憶や性格を、再現させるなんて事が出来るのか?
色々と訊きたい事があるが、ヒトゲノムクロノスが話を続ける。
「私は……いや、私達のチームはおそらく君達は嫌うであろう開発物を二つ、IRLで作り上げた。まず一つ目が、AIに人間の欲望を理解させるプログラミング、”ドッペル”だ。そしてもう一つが……」
渦中博士はそう言った後、ほんの数瞬ほど間を空けて。
「世界中のAIとロボット、さらにはインターネットを統括……支配できる、”AR”という全く新しい、言わばAIの親玉を開発した」
「AR? そいつが神様ゴッコをするのか?」
「……AR。略さずに言うと、アカシックレコードだ。まぁしかしコイツは地球専用だがね」
「ほぉぉ……それはまた大層な名を付けたもんだな」
アカシックレコード……!?
全宇宙の過去、現在、未来、個人個人の感情や全ての事象が記されている、神の記録層って何かで読んだ事がある……。
それを地球だけのサイズで作った……?
もし本当ならかなり凄い事……どころじゃないけど……。
「……このARは言わば個人用のコックピットだ。これにアクセスしたモノが支配者となれる。これをあなた方に抑えてもらいたい」
うん。
うん………?
いや、だからですねぇ……。
白羽の矢の先が……。
「そこだ。どうして俺達なんだ? そこが分からん……。我々は一介のサラリーマンだぞ」
村井部長が難しい顔で肩をすくめる。
えぇ。
村井部長、よく訊いてくださいました。
などと、思ってると青森さんが。
「すみません……。話が飛んでて分からないんです。もっと俺みたいなアホでも分かるように言ってもらえません?」
申し訳なさそうに少し迷いつつ、胸元で手を上げた。
「えぇ、もちろん。これらを開発した理由と、何故あなた方に託したいか、その理由を話させてもらう……」
渦中博士はそして、静かに語り始めた。
―――今から三年前だ。元はこの地球の温暖化対策としてだ、ある計画が立案された。
その計画を”ゼウス計画” と名付けた。
それはこの地球の気温を、五十年前に戻すという計画だ。
そんな事が出来るワケがない、と思うだろう。
しかしだ。
この計画を立案したのは各国の要人、つまり国家の指導者である首脳陣、または国の代表者だ。
表ではやれ戦争だの、ビジネス競争だの、侵略だのと、いかにもいがみ合っているように見せているが、あの全ては見せかけでね。
裏では話し合いがもたれ、繋がっているんだ。
この地球に例えば……そうだな、定期的に台風などを発生させたり、または世界中の海、その潮の流れを変化させたりと、あらゆる手段をつくして気温を下げる。
そんな事をすれば多くの犠牲者が出る?
あぁ、そうだとも。
犠牲者は計り知れない。
だからこそだ。
その統計を得るために。
実験はとっくに始まっていたんだ。
今や世界中で捲し立てられている異常気象。
不自然だと思わないか?
季節外れの台風や竜巻。または鉄砲水のような豪雨。
これがだ、よくよく見れば。
世界各国の都市部が、大怪我する被災がほとんど無い。
”かすり傷” で済む程度だ。
何が言いたいのか分かってくれただろう。
そうさ。あれは先進国が人為で作っている。
言わば災害兵器さ。
その災害兵器の数を増やそうと言うのさ。
すると当然。
世界中の多くの人々が、死に追いやられるだろう。
その辺りはもちろん、あの支配階級の肩書きを持つ者達は重々、承知の上だ。
こう言えば伝わるかな。
道路工事をするのに蟻の心配をする者などいない。
国を代表する彼らはそんな人間だよ。
それはあなた方も、心のどこかで理解しているはずだ。
もちろん、そんな事が知れたら各国の国民が反乱を起こす。
だがそうならないように、ちゃんと考えがある。
国民の個人個人の所有する携帯やPC、インターネットやロボットを使い、抑止するというのだよ。
ネットではデマを流すか、あるいは全くの違う分野において問題提起をして着眼点を変えさせる。
これは今まで通りだ。
しかし問題はここからだ。
ロボットさ。
あなた方、特殊派遣課なら分かるだろう。
ロボットに人間を抑えさせようというのだ。
どうするのかだって?
その為に別の計画が立案された。
それはロボットに所有者、個人を分析させて、行動を先回りする、という仕組だ。
持ち主が今からやる事、あるいはこうしたいと思う事を、ロボットが認識しており、先に完了してくれるものさ。
もちろん、個人が自身で楽しみたい事は残しておく。
これだけ聞けば、便利なシステムに聞こえるだろう。
面倒な事はロボットが全て、先に解決してくれるというワケだ。
学生は学業、社会人は仕事。また家事や育児など……。最初は懸念してロボットに頼らない事も、やがて任せっきりになる。
その便利さに気づいた時、堕落という贅沢を思う存分に、味わえるだろうさ。
さて、分かってくれたか?
そう。
この”日常の堕落”。
外へいつでも出られそうな柵で囲って、人間をその中で飼うんだよ。
この柵の中。一度、入れば人はまず出ないだろう。
どうしてか。その柵から出る必要性を、ロボット達が失わせるからさ。
こんな事じゃ駄目だ、もっときっちり生きなきゃならない、なんていう思いすら持たせないように、適度な役割や作業を人間に与える。
ぬるま湯生活をする上で、一見はその生活に見合った対価の労働をしているように感じさせるんだ。
そうして人間を、きっちりとパックに収まった卵のように陳列させるのさ。
その仕組の計画、名を”ドッペル計画”と呼んだ。
ロボットに全ての国民をあくまで柔らかく抑圧させ、その枠から出さないようにするんだ。
こうしてロボットやAIが、人間を飼い慣らすのさ。中々にして最悪だろう?
これが私達が開発させられた ”ゼウス”と ”ドッペル” だ。
いかがかな? ここまでの話は―――――――。
「……………………………………」
渦中博士の声をした、ヒューマノイドにそう訊かれたが……。
突飛過ぎる陰謀説を聞かされた俺達は、固唾を呑むばかりで返答も出来ない………。
そんな沈黙の中。
「ううん……」と西条さんが、何かを悩んで唸っている。
「どないした? 西……」
青森さんが呼びかけようとした。その刹那。
「あ、そうか! 聖典だ……!」
脳の端に引っかかっていたモノがやっと取れたように、その表情をパァッと晴れさせた。
「な、なんやねん……? クロノスやゼウスの事か……?」
「はぁ? 何言ってんだよ。クロノスやゼウスはギリシャ神話だろ」
「チッ……」と、ちょっぴり舌打ち混じりな返答を、青森さんにした西条さんは「そうじゃなくて……」と、続け。
「この渦中博士? の、ヒューマノイドって全くの黒じゃなくて、エンジ色してるだろ? 深くて艶のある」
「あぁ、まぁ、確かにそんな色してるけど。だからなんやねん」
西条さんの「チッ」にややイラついたのだろう、青森さんがぶっきらぼうに言った。
「それなんだ。顔の輪郭からして小豆に似てるなぁ……ってそう思って」
「お前……今の話聞いてたか……? いや、聞いてないな、そういう奴やお前は」
「何? 人は本来、自由だろ? 特に頭の中で想像する事は」
「……いや、まぁえぇ。で?」
首をグリンと曲げて、抉るような角度で西条さんを見上げた青森さんが訊くと。
「もちろんさ。この小豆……もとい渦中ノイドのカラーは小豆色だ。小豆といえば餡子。餡子と言えば和菓子だ。その和菓子はこし餡が主流。つまり、餡子の経典はこし餡だ……だったら……!」
そこでバッと手を広げた西条さんは。
「庶民が愛する粒餡は? ボクは粒餡の方が好きだ……。そんな粒餡のカリスマ性を表現するに……」
怖い怖い怖い……。
何この人。
こんなヤバそうな話を聞かされている真っ最中に、餡子の事考えてんの?
いや、待てよ……。
聞いた事がある。
西条さんと仕事で関わった、他の部の奴が確か言っていた。
西条さんは興味が湧かない話だと、十五文字もしたら全く無関係な妄想を始める、と。
この人……。下手をすれば、この世がヤバい事になりそうって話にも興味が無いのか……。
いやまぁ、この渦中博士のヒューマノイドが語っている事が事実だとすればだけど……。
俺が西条さんに少し白っぽい視線を向けていると、隣で俺と同じ視線を投げかけていた青森さんが。
「心配してた通りや……」とため息をついた。
そんな視線をもろともせず、西条さんはますます話に熱が入り。
「そうだよ! だったら粒餡は聖典だ。そう気づいたのさ……」
と、拳を握り「どうしてもっと早く気づかなかったのか……」などと、ぶつくさ言っている。
「こし餡が経典……粒餡が聖典やとぉ? お前なぁ……西条、じゃあ訊くぞ?」
「ん?」
青森さんがイライラさせた手で、髪を髪をかき揚げながら。
「ほな、ずんだ餅は? みたらし団子や三色団子! それにわらび餅……。餡子が使われてない和菓子の立場はどうなんねん!?」
人差し指をビシッと西条さんに向けて青森さんは言った……。
あぁそうだった……。
忘れていた。
なんだかんだ言って、青森さんも西条さんと同じ列に並んでる人だと。
この二人の会話はスルーして、俺は渦中博士ヒューマノイドの話を聞こう………。
そう思い、傾ける耳の方向を俺が変えようとすると、西条さんが。
「餡が使われない和菓子? そりゃ ”全力” に決まっているだろう」
腰に両手を当てがい、自信満々に言ってのけた。
「「は???」」
眉間に皺を寄せた青森さんと、思わずハモってしまった。
「全力ってお菓子メーカーがあるんですか?」
俺が思わず訊くと。
「あはは、違うよ。今言った、ずんだ餅や団子は全力で作られてるって事だよ。言えば”全力ずんだ餅”ってことさ」
「へ、へぇぇ………」
とりあえず納得してみたものの……。
うん……? 何が……?
全力……?
え……?
ずんだ餅……全力?
ずんだ餅に対して、俺は何かを忘れているのか考え直しながらもう一度、自分に問う。
うん…………。
いや……うん……。
分からない。
今さっき経典だの、聖典だの、大事そうな書物を当てがった表し方をしていた。
それが突然………全力………?
どっから来たんだよ……全力。
『ハッ!!』
駄目だ!
違う。そうじゃないだろ!
この会話がそもそも破綻しているはずなのに、西条さんの妄想に振り回され過ぎだ!
そう俺が頭を振り払っていると。
「何がやねん……。ずんだ餅の何がどこがどう全力やねん……。定義を言え……」
青森さんが両肩をぐらんと脱力させて訊く。
そんな問いかけに西条さんは。
「定義? じゃあ訊くけど、青森は全力で何かを行う時、いちいち理屈で考えるのか? 無我夢中で物事を行う時、これを自分がやらなきゃいけない理由を頭の中で探るか? そんな事はいちいち考えないはずだ。だから全力なんだよ」
と、きっぱり言い切った。
お、おぉ……。
そんな声が、俺と青森さんの口から漏れた。
「いや、けどや! 粒餡とこし餡も、菓子職人さんは全力で作ってるはずやろ」
なんとか言葉を絞り出したんだろう、青森さんが切り返す。
だが。
「だから大元が違うんだよ。聖典と経典があれば客観視できるのさ。その点、全力は主観だ。静と動なんだよ」
そう西条さんは諭して来た。
うん……。
まぁ……。
うん………やっぱり……。
まっっったくわからない。
何? 何が言いたいのこの人?
そう俺が西条さんの頭に、ドン引きしていると。
「くくく………。フハハ……ハーハッハッハ!!」
突然、壊れたように村井部長が笑い始めた。
その笑い方は止まる事がなく室内に響いた。
「いや、あの……部長。あまりの内容に理解が追いつかずに、現実逃避をほんのちょっぴりと……」
青森さんと顔を見合わせた西条さんが、笑っている村井部長を心配しているらしく、俺達との会話の言い訳をする。
そんな西条さんに。
「あぁ! 分かるぞ西条。あまりにも馬鹿げた話だ。誰がそんな馬鹿げた話を信じる? 証拠はどこだ!」
と、村井部長は激しい口調で問いただす。
「……残念ながら見せられる証拠は無い。だが、計画は着々と進んでいる」
「じゃあ訊くぞ。もし世界中のネットやAI、ロボットを仮に牛耳る、そのARなんて物があるのなら、一体どこの国に存在すると言うんだ!?」
「あぁ……その事か。地上には無いさ」
「…………何?」
「ARは……宇宙で組み上げたんだ。いろんな国が月面探索や、惑星探索とロケットを飛ばしていただろう。それらのロケットの一部は、極小の人工惑星として組み上がり、今こうしている我々を見下ろしている」
「………………」
目を見開き黙った村井部長に、クロノスはさらに畳みかけるように。
「その人工惑星を計画の名であるゼウスと名付けた。私はそのゼウス、ARとアクセス出来る唯一の”鍵”を隠したんだ。それをだ……」
クロノスは俺達全員に、視線を照射させて。
「あなた方に手に入れて欲しい。金なんかただの数字に成り下がり、この世をどうにでも出来る代物、ARの鍵をだ」
と、今度は温もりの無い声で言った。




