第一話 やがてお掃除ロボットでさえ俺達を殺しに来るのか? 22
「ボクが行きたかったなぁ……」
西条さんが特殊派遣課の事務所で、ポツリと羨む一言を呟いた。
渦中博士から託された物を調べると決めた村井部長は、早急の要件で水島さんを呼び出した。
特派の事務所に戻って来た水島さんは、酷くボロボロの姿だった。
だが本人曰く、「かすり傷程度」との事だったので、村井部長から事情を聞いた水島さんは、颯爽と着替えてすぐにその足でトランクルームへと向かった。
今現在、部長または、水島さんからの連絡を、事務所の机に齧り付いて待っている。
俺の向かいに座っている青森さんが、目の前に置かれたコーヒーカップを手にとって。
「なんか微妙な色やなぁ……」とカップの中身をしげしげと見つめて呟く。
コーヒーは西条さんが淹れてくれたものだ。
俺の机にも置いてくれている。
確かに……中は淡〜い琥珀色をしていて、カップの底がよく見える。
顔を上げると、向かい側の青森さんが目一杯に不審な表情を浮かべていた。
「君達はねぇ、人の好意を警戒し過ぎなんだよ」
軽く首を降った西条さんが、残念そうに言う。
そう言われると……。
青森さんと意を決して頷き、恐る恐る一口すする……。
と。
「ブッ……!! なんやこれ!?」
同時に俺達は吹き出してしまった。
「お湯!!? 色のついた、ただのお湯!」
青森さんと俺が絶叫まがいに声を上げた。
「失敬な。ボクが厳重に管理していたドリップコーヒーを……」
果てしなく沼などんより眼をもった西条さんが、悲しげにフッと息を吐く。
「管理? どう管理したらこんな液体に育つんや!」
「あぁ、それは三度目だからさ」
「「三度目……?」」
西条さんのひとことに俺と青森さんが顔を見合わせる。
「お、お前。つまり、このドリップは使っては乾かして、また使って……って、三回目……」
顔を青ざめさせた青森さんが、イヤな確認を西条さんにとると。
「大丈夫だよ。ボクはなんともなかったから」
と、サラッと言ってのけた。
「アホかあああぁぁぁぁ!! ちょっと飲んでもうたやないか!! めっちゃカビ生えてるやろ!!」
絶叫した青森さんが立ち上がり、ドアの方へ駆け寄ると。向こうからバン!とドアが開き。
「やかましい!! 何を騒いでいる! 廊下中に響いているぞ!」
怒鳴りながら村井部長が入室した。
「あ、部長! すみません、西条が俺と次秀にカビ入りコーヒーを飲ませて……」
若干うろたえながら青森さんが弁解する。
が、村井部長の顔は『今、機嫌が悪い!』と無言でも伝わるほど、その眉間に深いシワをきざんでいる。
青森さんと俺がもし悪いとすれば、話しかけたタイミングだ。
そして当てられたのは、怒りの爆撃だった。
「だったら富山にでも行って薬を取りに行け!」
エサを横取りされそうになったライオンのごとく、村井部長はガルッ!と吠えた。
そんな村井部長に理不尽な返しをされた青森さんが、「え……いや、あの……」と、涙目で狼狽える中。
「あ、部長。水島君から連絡は有りました?」
精神苦痛皆無の西条さんが、何事も無かったように部長に訊いた。
「あぁ……。あったぞ。なんともろくでもない代物が、コンテナから見つかったらしくてなぁ……」
歯を食いしばり「ククク……」と、何故か悪い顔で笑いながら村井部長が答えた。
「何です? そんなにお気に召さなかった物ですか? 中身は一体なんだったんです?」
「……あぁ。まぁ、水島がもうすぐそこまで戻って来ているようだ。実際に俺とお前たちの目で確かめるといい……」
そう言いながら部長席の椅子を引いた村井部長は、ドチャッと椅子を壊さんばかりに全体重を預けて腕を組んだ。
その表情は苦渋の選択を迫られているような、マコトに渋いお顔だ。
そんな部長の様子を見た青森さんが、向かいで座っている俺に「なぁ次秀。部長、なんかガッカリしてるよりかは、むしろ怒ってるよな?」
と、小声で言う。
「えぇ。まるで面倒な物を背負わされたような空気ですね。本当に一体、何が入ってたんでしょうか」
「余計に気になるよなぁ……」
クリクリと眼球だけを動かして、部長と西条さんを交互に見た青森さんは、最後に西条さんに視線をやり。
「お前の大好物な話内容やのに、えらい静かやな……」
頬杖をついた青森さんが、斜め向かいの西条さんにぼぉっと呟いた。
そんな青森さんを横目でチラ見した西条さんは。
「ボクはヌエみたいな話に翻弄されない。実際に見てみなきゃ」
そう言って「ボクはブレない」などと、意外にも現実主義な発言をすると、机の中から一冊の本を取り出して読み始めた。
本のタイトルは ”空想科学読本”だ。
この本って確か……ヌエみたいな科学ネタが満載の一冊じゃなかったか。
「”自己矛盾”って言葉は西条の為に創られたんやろな」
そんな他愛も無い会話をしながら、その場の全員が心落ちつかず三十分も待った後。
ようやく水島さんが通用口から姿を現した。
「すみません。遅くなりました」
顔を覗かせたゴツいゴーレムもとい水島さんは、村井部長に会釈して一言を告げる。
そんな水島さんに青森さんが。
「おぉ、おかえり」と席を立って近づいて行く。
俺と西条さんも青森さんの後に続いて並んだ。
「いや。頼んだのは俺だ、それよりだ……」
俺達の後方で席から立ち上がった村井部長を振り返って見れば、水島さんを通り越してその向こう側へ視線を投げかける。
「はい。やはりレンタルルームにはこの”一体”だけでした。さぁ、入って……下さい」
水島さんが背後の何かに対して促す。
が、言葉尻が奇妙だ。
”一体”はロボットなどに使う単位だが、ロボットに対して言ったとしたら敬語で促す必要があるのか?
青森さんや西条さんも、俺と同じ疑問を持ったらしい。
俺達はその水島さんの言動に、三者三様で訝しい顔になった。
そんな少し珍妙な空気を割いて現れたのは、薄い鎧のような外骨格をまとった漆黒のヒューマノイドだった。
顔は面長で中央が赤く、そして丸く不気味に輝いている。
この顔……子供の頃に見た、田舎の田んぼにある、害鳥避けのバルーンのようだ。
そんなヤツが、カツン、カツン、と冷たい床を刻む音を立てて、俺達のオフィスに入って来た。
「見たこと無い……。どこの製品や。知ってるか? 西条」
青森さんが珍しく西条さんに意見を求めると。
「ボクも今、同じ事を訊こうとした。どこの子だろ?」
そんな首を傾げている二人の背後から、いつの間にかヌッと寄って来ていた村井部長が。
「初めまして ”渦中博士”……。で、いいのか?」
そんな挨拶をした。
「「「は??」」」
その場にいる青森さん西条さんと俺は、同時に聞き返した。
え?
渦中博士?
生きてて?
だって死んだってニュースが……。
ヒューマノイドが渦中博士?
あらゆる疑問が頭の中をよぎっている。
そんな俺の隣で西条さんが。
「うん……。今日いろいろと疲れる事があったからね……。年齢も年齢だから……。前からずっと怪しかったけど……村井部長……とうとう頭がおかしくなっ………」
ゴスッ!!!
「あぐぁっっ!!」
西条さんの台詞は、上司から降り注がれたゲンコツでかき消された。
右肩辺りを強打したらしい西条さんは、その場でうずくまった。
「あぁ。そうだなぁ、疲れと年齢で頭がおかしいのかもしれん。だから部下に対するパワハラだの暴力だの関係ないよなぁ? えぇ? 西条?」
「ボ……ボクはただ……この不可思議な空気感をなんとか……冗談に変えようと……」
うずくまったまま右肩を押さえながら西条さんは、上からの重圧にわずかな抵抗を見せながら弁明する。
そんな二人のやりとりの後。
しん、と一瞬の静謐に包まれた室内で、目の前にいるヒューマノイドの声が響いた。
「初めまして。エデン特殊派遣課の皆さん。渦中です……」
村井部長の挨拶に、そのヒューマノイドは腰から上体を曲げて慇懃に一礼をした。
それは間違いなく、今朝、青森さんと俺が聞いた声だった。




