第一話 やがてお掃除ロボットでさえ俺達を殺しにくるのか? 19
おかしいもんだ。
さっきはこのまま体と脳が蕩けたらいいのに、なんて思っておきながら、いざとなれば怖くて仕方がない……。
段々、周りの景色がぼんやりと見えてきた。
空の中を糸の切れた風船のごとく、不安定に漂っている。
『……ん? 空?』
気付かない内に空へと上昇したのか。
でも、どうして空の景色が見えるのか……?
さっきまで、灰色にしか見えなかったはずの景色が、今や蒼穹のパノラマがどこまでも広がっているのが、はっきりと目に映っている。
これって、スピードが下がってきた?
まさかハーネスの故障?
うつ伏せのまま、漂い飛んでいるのは変わってなさそうだが……。
「ん?」
なんだろう。
両肩に何かが触れているのを感じたる。
まるで誰かに後ろから支えられているかのよう……。
背後に誰かいる?
いや、ありえないだろ。
人が追いつけるワケがない。
おそらく高度、数十メートルにいるのだから。
もしかして……ドラゴンが追いついたか!?
「おやおや、次ちゃん。スピードを出しすぎて出血しちゃったか」
くるりと俺の体を反転させて仰向けにした人が、顔を覗きこんで微笑んできた。
「さ……! 西条さん!?」
それは紛れもなく西条さん……だが。
いや、なんで!?
どうやって俺に追いついたんだ?
「次ちゃんに押し付けて、ボクはバックれたと思ったでしょ?」
「い、いえ……! その……どうやって俺に追いつい……」
「あはは。ごめんよ、ちょっと遅れたね。いやね? 戻って”コイツ”を着て出たら、次ちゃんがヤバいスピードでぶっ飛んでる真っ最中だったからね。追いかけて減速をさせてもらったよ。これでも急いだんだけどね?」
「コイツ……?」
見ると西条さんは、ド派手な銀色のジャケットとズボンを着用している。
「このスーツはフライングフルハーネスの試作品、一号を内蔵しているんだよ。次ちゃんが着けているのが二号でね」
「そ、そうなん……ですか」
「うん、それと……これ。おあつらえ向きをちゃんと持って来たよ」
「はい?」
おあつらえ……?
それは西条さんの股の間にあった。
先が潰れて鋭利になった鉄パイプの槍が二本。
どうやら車の足回りのパーツ、スタビライザーのようだ。
「で、どう? 次ちゃん、体のダメージは? まだ動けるかい?」
そう、口の端を曲げて不敵な笑みを浮かべる。
そんな風に訊かれたら解答は決まっている。
「行けます。大丈夫です」
そう答えて顔に垂れていた血を拭う。
「よし。じゃあまず、ハーネスのリミッターを入れよう。次ちゃん解除してたでしょ?」
「え?」
言われてバックル内蔵のリモコンを確認する。
本当だ……。無意識のうちにリミッターが解除になっている。
それであんなスピードが出たのか。
思い出すだけで背筋が凍る……。
言われた通りリミットの推奨ボタンを押す。
「それでOKだね。じゃあ、片方を受け取ってくれるかな。気をつけてね」
そう言った西条さんと共に、上空で静止する。そこで改めて眼下に広がる光景を目の当たりにする。
「え………高…………!」
眼下に広がる約、四千ヘクタール(およそ千二百万坪)ある会社の敷地が、端から端まで見渡せる。
高速移動で全く気づかなかった。
俺の体はかなりの上空に到達していた。
そっか。
真ん前に飛ぶつもりで蹴ったけど、力は前と上に振り分けられて仰角がついたんだ。
それでずっと無意識に、斜め上へと飛んでいたのか。
「いいかい? 渡すよ」
「はい」
西条さんから一メートルほどの槍を受け取ると。
『ええと、ドラゴンは……と』
眼下にいるだろう、ドラゴンの姿を探す。
「いた……!」
手のひら大の大きさに見える、ホワイトドラゴンの後姿を見つけた。
左右の二翼の翼で挟んでいる背ビレが、均等に縦に五枚。
しかし……。
後ろ姿?
アイツどこへ向かっているんだ?
よく見ると、ドラゴンが向かう先に、他の社員の一団が見える。
まさか………。
アイツ、俺と西条さんに追いつけないから、他の社員さん達を標的に変えた!?
「西条さん! アイツ……ドラゴンのそのバッテリーはどこにあるんですか?」
訊くと西条さんもドラゴンを見つけていたらしく。
「……マズいな、他の社員達を襲うつもりか。次ちゃんあの、背ビレが見えるかい?」
「はい!」
「あの真ん中の一際、大きい背ビレの中にある。体は瓦みたいな鱗で覆ってあるから、その隙間から刺せば……」
西条さんの説明を聞きながら、ドラゴンの姿を目で追う。
社員さん達は近づくドラゴンに全く気づいていない。
「ダメだ!」
俺はたまらず、ドルフィンキックを繰り出して、ドラゴンの背中を追った。
「ダメだ! 次ちゃん! 一人で行くな!!」
西条さんの制止する声を背中で聞く。
だが安全策を取っていたら、確実に死人が出る。
前触れもなく、あんな氷柱や雹を落とされたら……。
『クソ………! もっと速く!』
気持ちだけが焦って先走りする。
このリミッターが入っている為に、前へ中々進まないのだ。
『仕方ない……』
またこんな事してたら、西条さんに病気だと思われるかもしれない。
だけど、他の社員さん達が、あのドラゴンに不意に襲われるぐらいなら……。
神に祈りを告げて推奨スピードを解除した。
そしてまた、ドルフィンキック。
ようやくスピードが上がる。
ドラゴンの姿がどんどん大きくなる。
大丈夫だ。
さっき地上を直接蹴って加速した時よりも、スピードは遥かにマシだ。
もう、あと十メートル。
九。
八。
七……。
右手に槍を構える。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
馬鹿みたいな気合いの叫び声が、勝手に口から飛び出る。
きっと畏怖する己の心を奮い立たせるためだろう。
そしてついに。
ドラゴンの背中が目の前まできた。
俺は全身を弓状にして、その反動で急ブレーキをかける。
減速の反動で脳がガタガタと揺れる。
ちょっと気持ち悪い……。
が、鱗とヒレの背中に到達。
全身がパールホワイトの屋根瓦みたいな鱗に覆われた背中。その中央にある背ビレの隙間に向かって、目一杯に腕を伸ばす。
「行っけぇぇぇぇぇぇ!!!」
鱗の隙間を縫うようにして、全力で槍を突き刺した。
ゴン、と何か堅いものに当たったような感触の後、貫通した確かな手応え。
だけども。
「これ……だったのか?」
刺さったのはいいとして、これが果たしてバッテリーだったのか……。
疑心暗鬼にかられていると、刺した隙間から黒い噴煙が、スプレー缶のごとく吹き出した。
「うわっっ………」
オイルか?
まさか………俺、間違…………。
その時、真横からドラゴンの尾が俺の首へ襲来。
「うおっっ!?」
なんとか引っ込めてギリギリで躱した……。
つもりだった。
「ちょっ! 待っ………! オゲッ!」
甘かった!
尾っぽの先っちょに存在した小さなヒレが、俺の服の裾に絡み付いて、横っ腹をぶっ叩かれた。
と、同時に。
「次ちゃん!! その場から離れるんだっ!!」
西条さんの叫び声が、微かに聞こえた……。
すると分厚い氷が割れた音がした。
がおん、と重い音がした途端。
目の前が紫色に爆発した。
まるで打ち上げ花火の中に放り込まれたよう。
『どうなった………俺………失敗したの………か……』
全身の力が抜けていく……。
何が起きた……?
意識がドロドロに溶けていく……。




