プロローグ
「え……俺……左遷ですか!?」
五月晴れの月曜日の朝。
出社した途端、鏡部長から呼ばれて突然、告げられた。
部長席の真後ろにある窓から、チラチラと雪が降っているのが見える。
五月だっつーのに。
また、開発部の誰かが試作品を稼働させているらしい。
「左遷じゃない。聞こえの悪い言い方をするなよ」
座っている椅子の背もたれに体重を預けるのをやめて、机の上に乗っている一枚のA4の用紙を、鏡部長は机越しに俺に寄越した。
そこには。
『江戸川電機産業株式会社
代表取締役 江戸川 大介
辞令
品質保証管理部 二階堂 次秀 殿
品質保証管理部の任を解き、営業部特殊派遣課の勤務を命ずる』
と、あった。
発行日が、今日。
さらに転属の日付も今日。
「えと……。部長、なんですかコレ」
俺が訊くと。
「見ての通り人事異動だ。大変に急な話だがな」
そう言って鏡部長は、ハァと軽いため息をつく。
それもそのはず。
営業部特殊派遣課。
通称、特派。
正社員を『壊れ者』に変える、ブラック業務を請け負う課と名高い。
主な業務は『なんらかの不具合』により、暴走を起こしたロボットをその身一つで食い止める。
まるで人身御供を現代で行なっている課だ。
そんなとこに……俺、行くのか?
「部長……これからもっと頑張りますから、見捨てないで……」
部長にお願いしている俺を、遠巻きに見ている他の社員達が、何事かをヒソヒソと言い合っている。
「勘違いしないでくれ。お前の事を向こうが欲しがっているんだ。それで異例の人事だ」
「俺を……欲しがって? 何ででしょう?」
「お前は……特派の面々と顔見知りだ。だからこれまでの社員のように、早々に辞めたりしないだろうと……な」
人の入れ替わりが激しい部署は、ヤバい部署のステータスだ。
サラッとその事を認めてしまった鏡部長は、そっぽを向いて咳払いを一つすると。
「まぁ、とにかく行ってみてくれ。いずれにせよ社命だからな……受けるしかない」
椅子に掛けていたジャケットを取って袖を通す。
窓の外は気がつけば、吹雪となっていた。
品質保証管理部は業務上、開発された新製品に『難癖』を付けるのが仕事でもある。
もしかすると、表で試作品を稼働させている人は、わざとこのオフィスに、恨みつらみの吹雪をぶちかましているかもしれない。
「そうですよね。分かりました、品管には後日改めて挨拶をさせていただきます。とりあえず、行って参ります」
深くお辞儀をして品管のオフィスを後にした。
―――――――――――◇eden◇―――――――――――
気が重い。
だけども来ちゃった……。
最果てのオフィス、特殊派遣課。
漆黒のドア。そのレバーハンドルに手を掛けようとすると。
「水島君はともかく、西条君はどこへ行ったの!?」
室内からが女性の声が漏れてきた。
この声……御堂係長だな。
「分かりません、何回も呼んでるんですけど!」
そう受け答えしているのは、関西出身の青森さんだ。
二人共、元ロボット開発部だった人達が、何やら言い合って……いや……話内容だと、御堂係長が詰め寄っている空気か。
「もう……。コンプライアンスで二人一組じゃないと、派遣先に出向行けないのに……」
どうしようか、すっごく入りづらい……。
そうドアの前で躊躇していると。
「いいわ。西条君が行きそうな場所は分かるから、ちょっと探してくるわ……ね……?」
勢いよくドアが開かれた。
出てきたのは、顔を紅潮させた女性。
御堂係長だ。
さらさらと流れる髪を持つ、いかにも綺麗な上司。
そんな人と。
はったり、と目が合う。
なんだか緊張………。
「あら、二階堂君? 特派に何かご用?」
首を傾げて少し不思議そうな表情で俺に言った。
「あの……今日から俺、この課に転属になったみたいなんです」
「おぉ! 次秀!」
柔らかい表情をした青森さんが、朗らかに出迎えてくれる。
「え? 今日から? ホントに?」
「はい……そのようなんですが……」
「青森君、村井部長から聞いてた?」
振り返って御堂係長が青森さんに訊くと。
「……そう……いえば……そんな事を言ってた……ような?」
並べられた事務机で腕を組み、首を捻る。
「もう……。皆いい加減ねぇ……」
「次秀。今日から勤務でいいんやな?」
「えぇ……はい。今朝、突然の辞令で……」
「よし。じゃあ、御堂係長! 俺、次秀と行ってきますよ!」
「はい?」
えと………なにが?
「えぇ? でも二階堂君、たった今来たばかりよ?」
「西条より次秀の方が信頼できると思いますよ? アイツ、ろくな事しませんよきっと」
「……まぁ、そうかもね」
「あの、すみません……」
「「ん?」」
「俺……どこに行くんですか?」
「あぁ、すまんすまん。会社に緊急の通報があってな。相手は内密にしてくれてるけど」
「通報?」
「そやねん。ちょっと機械生物がややこしい事になってるみたいで、急いで行かなあかん感じでなぁ」
「怪我人が出たんですか?」
「いや、それは大丈夫。どっちかと言えば会社の信用問題に関わりそうって事で」
「そうですか……」
「どや? 一緒に行ってくれるか? 初出動」
「えぇと……。わ、分かりました」
「ごめんなさいね、二階堂君。急な話で」
「いいえ。俺、役に立てばいいんですが……」
「大丈夫、こういうのは場数やから。じゃあよし。行くか!」
「は、はい!」
青森さんが立ち上がって言うと。
「二人共、気をつけて。お願いね」
そう御堂係長が見送ってくれた。
辞令が出てから三十分と経過していない。
ホントに、色々とすげぇ課だ。
少し設定を変えました