不老不死と人狼 結
「良いのか? オウレン。私達はお前の依頼をこなせなかった訳だけど」
ダフネはニヤリと笑みを浮かべてそう問いかける。その手には、赤い宝石が嵌められたロケットペンダントが握られていた。
「意地の悪いことを言わないでよ、ダフネちゃん。充分だよ。二人が居なかったらきっと、私は悔いを残したまま死んでいただろうからさ」
オウレンが言う死とは、人として生きられるタイムリミット。要するにその身が獣と化してしまうことを指している、人狼族に備わった人としての寿命のことだ。
「本当、何時まで経っても世話のかかる奴だ。私達が来なかったらどうしていたのやら……」
「感謝してるよ。本当ならお礼も兼ねてゆっくり持て成したいところだけど……もう行くんでしょ?」
「そうだな、急ぐ旅でもないと思っていたけど。お前たちを見てそうじゃないと改めて感じたからな」
ダフネは不老不死だ。死ぬこともないし、老いることもない。当然寿命という時間制限に囚われること無い存在だが。俺はそうじゃない。寿命を迎えるのはまだまだ先の話だろうが、ダフネにとってはそう遠くない未来の話。
「だからもう行くよ。次に合う時は……そうだな、私の墓の前でだ」
「いいね、それ! だとすればその頃の私は、完全に狼の姿に成ってるだろね」
去り際に一言。オウレンはダフネに声をかける。
「忘れるところだった。そのペンダント捨てずに持っておいてね。ダフネちゃんが欲しいのはそれに付いてる宝石だけかも知れないけど、私にとっては大事なものだから」
「そんなに大事なものならペンダントだけでも返すぞ。これぐらいなら簡単に外せるだろうし」
「駄目、駄目! それはダフネちゃんに持っていて欲しいんだ。できれば墓の中まで持って行ってよ」
何故そんな事を言ったのか、ダフネは不思議に思いつつもその時は軽く承諾したが。後に、そのペンダントの中身を見て納得することになる。
◆◆◆
「なんだかなあ……」
オウレンから別れて暫く歩いた時であろうか、俺は思わずと言った形で口から言葉がこぼれた。それは先刻の出来事に対してのやるせなさから来ている。
「どうかしたのか?」
「いやさ、なんであの二人の関係はこうも拗れたのかなって。もっと早くに解消出来たろ。五十年だぜ? いくら互いに思う所があるって言っても長すぎじゃねえか」
五十年にも渡る確執が部外者の俺達が来た事で、こうも簡単に解決してしまったのだ。互いにほんの少しの勇気を出して、接触さえしていれば、もっと早くに縒りを戻す事が出来たかもしれない。俺はそう思わずには居られなかった。
「まあお互いに憎まれてると思い合って、それでもなお好意を寄せ合っていたんだ。それは関係の一つや二つ拗れるさ。それに、話をややこしくしてた要因はきっとコレだ」
そう言ってダフネは首に下げてある、オウレンから託されたペンダントを指差す。
「ペンダント? ……いや、賢者の石か。それがどう関係してくるんだよ」
「これは間違いなく賢者の石だ。であればオウレンの望みを何らかの形で叶えていたはずだろ?」
そう賢者の石は、所有者の本人の意思に関係なく所持した時点で、所有者の望みを反映した効果が発現する。ザルドが人を治す力を得たようにだ。
「オウレンの望みね……。仮に本気でアランを恨んでいて殺したいと思っていれば、それ相応の何かが起きてたって事か」
「でも、そうはならなかった。つまりはアランの死はオウレンの本意じゃないってことさ」
「……でも妙だな。俺は確かにオウレンが殺意を抱いているのを感じたんだけどな……」
思い出すのは、オウレンが俺たちにアランの殺害を依頼したあの場面。オウレンがアランの死を望んでいなかったのだとしたら、あの時感じたオウレンの殺意は一体何だったのだろうか。
「殺意ね。殺人鬼のお前が言うなら間違いないだろう。ふむ……だとしたら、それこそがオウレンの望みだよ。あくまで推測だけどね」
どう言う事だ。話が矛盾している。現にオウレンはアランを殺さず、賢者の石もそれらしい効果を発揮していない。俺は黙ったままダフネに話の続きを促す。
「オウレンが殺したいと殺意を抱いていた対象はオウレン自身――人として生きた過去の自分だ」
ああ……成る程。俺が感じた違和感の正体はこれだったのか。確かにオウレンから殺意は感じたが、その時に生まれた違和感。それが今払拭された。しかし、それと同時に疑問も生まれる。
「でもそれだと賢者の石の効果でオウレンが今頃死んでないとおかしくないか?」
「そこが今回の肝だ。普通の人間なら死んでいただろうさ。賢者の石を持って自身の死を望めばね。だがオウレンが殺したいと、消してしまいたいと願ったのは、自身の人としての部分だ。そしてオウレンの正体は――」
――人狼。であれば消えるのはオウレンの人としての部分だけで、狼としてのオウレンは残るわけで。。
「それに死ぬというのは、何も肉体的な死だけじゃない。肉体以外の要因で死ぬ事もある。今回はそれが適応されたんだろうさ。カイン、お前はそれを既に体感しただろう?」
回りくどい言い回しだ。俺にとって死ぬとは、殺すとは心臓の鼓動に終止符を打ち、息の根を止める事以外にありはしない。それに体感したとは何の事だ。
「その様子だと分からないみたいだな。仕方ない教えてやろう。思い出して見ろ、お前は二度オウレンに背後を取られただろう。……でもそれは本来あり得ないんだ。カイン、お前はそれをオウレンが人狼であるからだと、考えたようだけどそれは違う」
二回。出会い頭とアランを殺す直前。しかし確かに言われてみれば、半分とはいえ人間であるはずのオウレンに背後を取られても殺人鬼の俺が気が付かないはずがない。だが気が付かない事と、オウレンの死はどう関係しているのだろうか。
「――存在の希釈。それが今回賢者の石が齎した効果だ。人というのは存在を忘れ去られ時に本当の意味で、死んでしまうのさ」
アランは何度も森に行ってもオウレンに会えなかったと言っていた。それも仕方ないだろう。何故ならばそこには賢者の石という、理外の力が働いていたのだから。
「今回私に出会えたのも、アランがオウレンを認識できたのも。オウレンという存在が獣へと近づいていたお陰だろうね」
賢者の石の効果で存在が希釈されているのは、オウレンの人間の部分だ。つまり狼の方へとオウレンの存在が傾けば、賢者の石の効果も必然的に薄れる訳で。
「かあーっ、賢者の石ってのは捻くれてんなあ。もっとストレートに願いを叶えれば良いものを」
「いいや、賢者の石はあくまで人の願いを叶えてるだけだ。捻くれてるとしたら、それはきっと人間のほうさ」
願いを叶えるか。もし俺が賢者の石を持てば、どのような形で効果が表れるのだろうか。想像もしたくはない、が。そうする事で、自分も知らない本当の自分を知れるような気もする。
「まあ今の俺の願いは決まってるか」
「ほう? カインの願いか、何だ言ってみろ」
「決まってるだろ――お前を殺す事だよ」
そう言って俺はダフネの事をその場で押し倒した。さっきアランを殺しそびれた事もあって、俺は今欲求不満だ。賢者の石は手に入ったのだから、遠慮なくダフネでその欲求を解消させてもらおう。
「いいだろ? そう言う約束だ」
「良……。いや、少し待ってくれ。これを血で汚す訳にはいかない」
そう言って思い出したかのように、胸元にあるペンダントを手持ちの鞄へと仕舞い込んだ。その瞬間に見えたのだが、押し倒した衝撃で開いたペンダントの中には一枚の写真があった。その写真にはオウレンと目元に傷がある若い男性が、幸せそうに並んでいるのが確認できる。
「もしこれで死ねたら、ペンダントは墓に入れといてくれるかい?」
「良いぜ。八つ裂きになった死体と一緒に埋葬してやるよ」
血飛沫が大地を染めるそんな中、遠くの山からは獣の甲高い鳴き声が響き渡っていた。