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不老不死と賢者の石 結

「……何でだろな」


 背後でカインの声がする。それは私に対しての投げかけではなく、つい溢れてしまったかのような口調であった。


「どうした?」

「いや、何でザルドは一日に一回しか人を治せなかったのかなって」


 賢者の石を持っていたにも関わらず、そういう副詞が付いてるのが分かった。まあ、その疑問は理解できる。賢者の石とは謂わば、所持者の望む力を与える万能機。人を救うことを望んだのなら、その様な制限は課せられない。無制限に、無秩序にその人の深層心理を反映して力を授ける、アレはそういうものだ。


「恐らくだが、ザルドは望んでいなかったんだろ」

「望んでいなかった?」

「そうだ。本人も言っていただろ? 私は選ぶものだと。あれがザルドの本心だよ」

「選ぶものねぇ……。随分と傲慢だな」


 カインはその望みを傲慢だと言った。しかしそれは違うと私は思う。選ぶのも、選ばれるのも、どちらも人に認められるというのが前提にある。誰かに認めてほしい、そう言い換えれば多くの人がその願いに共感するのではなかろうか。


「ここに来る前にザルドの経歴を軽く調べた。見るか?」


 そう言って私は羊紙の束をカインへと投げつける。そこに書かれている内容は言ってしまえば、ありふれたものであった。

 この街で生まれ、家族構成は父親と母親。それに兄が一人。特筆すべき点が在るとすれば、この兄についてだろう。兄の名はダグラス。ダグラスは優秀だった、それこそ稀代の天才と言われるレベルでだ。治療の成功率は百パーセンㇳを誇り、ゴッドハンドとか神の御業とも言われたんだとか。


「どっかで聞いた謳い文句だな」

「それだけ兄の事を意識していたんだろ。ブラコンだな」

「いや、俺は兄弟とかいねえけど。普通、自分より優秀な兄がいたら嫌になりそうだけどな」


 カインの言うことも間違いではない。優秀な兄と劣った弟。さぞ比較されて生きてきただろう。人の感情など分かりはしないが、情景や敬う気持ち、劣等感などそれはもう複雑な感情を抱いていたのではなかろうか。


「それでザルドは兄を超える力を望んだのか? いや、だとしたら制限があることの説明がつかないな」

「その通り、続きを読んでみろ。そうすれば分かるさ」

 

 ザルドの兄、ダグラスは既に死んでいる。死因は過労死。多くの人間を救った名医も自分の事は救えなかったようだ。この街で医者をしていたのは、ダグラスとザルドの二人だけだったが、多くの人がダグラスに治療されることを望んだ。まあ、自分が治療される立場であるならば、何処にでもいる凡夫の医者と治療の成功率は百パーセンㇳを誇る名医のどちらを選ぶのか。その答えを聞く必要は無いだろう。


「実質的にダグラスは殺されたのさ、自分が救おうとした患者にね。どうにもダグラスは患者を選ばなかったらしい。救える人間はみな救うってね、私からすればそれこそ傲慢だよ」

「働きすぎて死んじまったら、名医も形なしだな」


 きっとダグラスの治療に当たったのはザルドであろう。だが救えなかった。その時のザルドには賢者の石も、充分な腕前も残念ながら無かった。


「そのことがザルドにどう影響したのかは分からない。でも、もしも彼にもう少し腕が合って、患者も彼に治療されることを良しとしていたら……結果は違っていたかもね」


 一日に一人という制限は、過労で死んだ兄を見た経験が無意識に課した枷。それに、憶測ではあるがザルドは患者に対して良い感情を抱いてなかったのだろう。自身を選ばずに兄を選び続け、その結果兄を殺した患者のことを。


「意趣返しのようなものさ。兄のような人を助ける力を手に入れ、その上で今度は自分が救う人間を選ぶ。そういう思いが石に反映されたんだと私は考えてるよ」

「それでザルドは自身が医者であると、頑なに自称していた訳か」

「そういうこと。医者として患者を選ぶ、その事に意味があったのだろうさ」


 今語ったことが真実かは分からない。だが、自分が石を奪い取った人間がどういった人物か知ることで、考えることで記憶に刻み込むことが出来る。罪悪感はない、だが奪った責任はある。だから私は石を奪った人間の事は忘れないようにしているのだ。


「ところでコレで何個目だっけ?」


 会話に一区切りがついたと見て、カインは徐ろにそう訪ねた。


「さあ? 百を超えてからは数えていないよ。だが見ろ」


 そう言って取り出した、幾何学模様が刻まれた瓶の中には紅に輝く賢者の石が、幾重にも重なり山となっている。


「半分ってところか?」

「そんなものだろうね。つまりまだまだってことさ」

「……そうかよ。それは残念だ。俺はお前を早く殺したいのによ」


 これは冗談なんかじゃなくカインの本心。十年前出会ったあの日から、私の命はカインにずっと狙われ続けている。死にたいのに死ねない不老不死と、殺したいのに殺せない殺人鬼。私達の関係はそんな奇妙な関係だ。

 

「あっ、殺すで思い出した。そう言えばザルドの事殺さなくても良かったの?」


 私はふと思い出した疑問をカインに投げかけた。

 

「殺しちゃ駄目だろ。あそこに居たのはどこにでもいる心優しいお医者様だぜ。殺すなんてとんでもない」


 カインはそう言って首をすくめながらそんな風におどけて見せる。

 実際問題、多少金にがめついところは有るのかもしれないが、ザルドの行いは決して悪行ではない。

 

「カインのことを殺そうとしたのに?」

「俺から言わせれば、ありゃただの口だけだ。アイツに人を殺す覚悟も勇気もありゃしねえよ」


 知っている。ザルドの前では無理だと言ったが、欠片とは言え賢者の石。本気で相手の死を願えば、直接的でなくてももっと殺傷能力の高い力が使えただろう。ただ、そのカインの冷静な判断を聞いて思う。

 

「昔なら問答無用で殺しただろうに……変わったね。まるで普通の人間だ」

「馬鹿なこと言うな。俺はバケモノだよ。抑えるのに慣れただけだ」


 欲求のままに生きて良いのは子供だけ。人は歳を重ねるごとに自分の欲に蓋をしていかなければならない。人間社会に生きるってのはそいうことだ。

 だからこそ、そう生きようとするカインは、私から言わせれば決してバケモノなんかじゃなく、寧ろどうしようもなく人間なんだけど。いくら言っても、カインは聞く耳を持とうとしない。


「だけど本当に良いの? 最近ご無沙汰でしょ。溜まってんじゃない?」

「やめろ、その言い方! 語弊が生まれるだろ」


 茶化しているが、心配はしている。カインの殺しは食事のようなものだ、我慢はできてもいずれは心が餓死してしまうかもしれない。もしくは、抑えが効かなくなって暴走してしまう。そういう事が今までにも何度かあった。


「はぁ、まったく何時まで経っても手間のかかるガキなんだから。ほら、やりなよ」


 私はそう言って、カインに対して腕を広げて正面に立つ。


「子供扱いするなよ。俺もそろそろ成人だぜ」

「はっ、何が成人だ。私からしたらお前なんて、まだまだ尻の青いガキだよ」

「そうかよ……。なら、我慢しなくても良いんだな」

「いいよ。そういう約束だ」


 石を一つ見つけるたびに、一度私を殺しても良い。そうすることで、殺人鬼としての衝動を消化する。その代わり、カインは私の石集めに協力する。そういう約束だった。


 突然視界が振れ。同時に背中には強い衝撃が走る。眼の前に広がるのは、太陽が傾き茜色に染まるそんな空だった。カインの真紅に染まった双眸がこちらを覗く。どうやら私はカインに押し倒されたようだ。


 汚れを受け付けない白い髪を揺らしカインは、私の頬を両の手の平でまるでガラス細工でも扱うかのように包み込んだ。指の一本一本から、体温が伝わってくる。

 その手は、私の顎先、顎裏をゆったりと撫であげ、その流れのまま首へと運ばれた。

 視線が交差する。私の頬に熱を帯びているのは、きっと夕日のせいだ。


「……ごめんな。――死んでくれ」


 カインは、罪悪感と歓喜が混ざったような表情で私にそう言った。そして、返事をするまもなくその両手に惜しみもなく力が込められる。カインの手は私の首に添えられた状況であり、力を込める。そんな事をすれば当然私の首は締まるわけで。


「がっ……ゔっっ! ぐっゔ――!」


 反射的に。生物しての本能が、酸素を取り入れようとして汚い声がもれる。


 ――抵抗する気など、さらさら無いというのに……。


 少しずつ手足の力が抜け、血液が循環を止めて冷えていく身体を感じる。視界がチカチカと弾け、明確に死が近づいてくる。

 頸動脈を正確に捉え、プルプルと身体を震わすカイン。震えているのは、力を込めているからか、それとも感情によるものだろうか。


 ああ、苦しい。たけど、それと同じくらいに嬉しく思っている私はどうしようもない奴なんだろう。カインが人であるために、殺人鬼の本能を私で解消するように。人を殺す鬼であるカインに殺されてる内は、私はまだ人間である気がするから。


 そんな事を考えながらカインの表情を眺めているうちに、私の意識は暗転した。


 願うことなら――このまま死んでしまいたい……。


 しかし、そんな願いなど関係なく徐々に視界に光が戻ってくる。

 空の色は既に、茜色から紫苑色へ変化していた。


「……ああ、やっぱり今回も死ねなかったよ」

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