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不老不死と賢者の石 転

 白色の壁に包まれた聖堂のような建物。その中には、同じような黒い服に身を包み、教壇の上に立つ男を見上げている人々が所狭しと並んでいる。教壇に立つ男――ザルドが口を開く。


「信じる者には救済を」


 その後も何やら長たらしく、どこの宗教にもあるような弁舌を説き続け、それを信者である黒服たちはありがたそうに聞き入れる。中には涙を流すものもいるが、それがここでの日常であった。


「私は選択者である。故に救うものを今日も一人選ばなければならない」

 

 現代の医療や魔術ではどうすることも出来ない、そう断定された人々が最後の拠り所としてここには集まっている。そしてその日のミサの最後に発表される救済者になれる日を皆、心待ちにしているのだ。信者は知らない。救済者優先的に選ばれてるのが、有力な権力者ばかりであることに。その日もいつものようにザルドの言葉が終わり、その日の救済者が選ばれるそんなタイミングであった。

 

 ――バンと音を立てて、勢いよく入り口の大きな扉が開かれる。


「急患だ! 助けてくれ、このままじゃ死んでしまう!」


 駆け込んできた燕尾服を身にまとったの青年は取り乱した様子で、叫び声にも近い声を上げる。そして、その胸の中には豪華な黒字のドレスに身を包んだ美しい女性。しかし、その女性は血に濡れ力なく手足を投げ出しており、生気を宿していなかった。


 突然の出来事にざわめく観衆。それをザルドの両脇に立っていた男たちが諫める中、当のザルドは少し困ったように眉をひそめながら、ゆっくりと渦中の二人に歩み寄る。


「困りますな。助けたいのは山々なのですが、この力は神の恩寵。身勝手に行使するわけにはいかぬのです」

「なっ――そんなことを言ってる場合じゃ!」


 狼狽する男の側にザルドはしゃがみ込み、肩を掴む。そして顔を寄せて告げる。


「そう。そんなことを言ってる場合じゃない。だから、あなた方には誠意を見せてもらいたいんですよ。ほら、見たところ随分高貴な身分であると見て取れることですし」


 人の良さそうな笑みを浮かべたまま、ザルドは燕尾服の男の顔を覗き込む。


「……分かった。彼女を救ってもらえるなら、いくらでも金は払う。だからどうか彼女を……」

「ええ。ええ! 勿論ですとも。神もきっと貴方の誠意を認めてくれることでしょう」


 そう言ってザルドはニヤリと口角を上げてみせた。

 しかし、ザルドは気が付かなかった。その時顔を伏せていた燕尾服の男も同様の笑みをうかべていたことに。


  聖堂の奥に案内される。そこには綺羅びやかなステンドグラスと、地面には何やら大げさな幾何学模様。所謂魔法陣のようなものが描かれていた。そしてその中心には、人一人がすっぽり収まるような寝台が一つ。


「では、彼女をこの台の上へ」

「…………」


 ザルドが指示したとおりに、男は血に塗れた女性を中心へと運ぶ。


「では、救済を始めましょう。ですがその前に……先程のお約束お忘れなきように。神は嘘を嫌いますからな」

「分かっている。金でも、土地でも何だって用意するさ」

「素晴らしい! 良い心がけです」


 そう言ってザルドは軽く身体を震えさせると、改めて寝台に横になっている女を眺める。

 酷い有様だ。腕はちぎれ、腹が裂かれている。辛うじて生きているのが現状だ。大方、この近辺で最近活性化している魔物にやられたのだろう。こういった被害者はここ数日非常に多い。


「生きているのが奇跡ですな。しかし、任せていただきたい。私のこの神から授かった力を使えば、直ぐにでも治してみせましょう!」


 そう言ってザルドは懐から、赤いルビーのような石が付いた指輪のようなものを取り出し、それを右の手にサッと取り付ける。


「ああ……我が神よ!」


 ザルドが大きく天を仰ぎ、そして右の手のひらで彼女に触れようとした――。

 しかし、その手が彼女に届くことはなかった。


「ビンゴだ」


 その声は本来聞こえるはずが無い方向から聞こえてきた。そう、先程まで瀕死の状態だったはずの女。寝台に横になっていた彼女から聞こえてきたのだから。


「なっ――!」


 狼狽えるザルドの腕を、ガバリと寝台から起き上がったダフネが捕まえる。


「なんだ。もう良いのか? 疲れたぁ……。性に合わねえよ、これ」

 

 そう言って、俺は着ていた燕尾服を着崩した。こういったキッチリした格好は、動きにくくて仕方がない。しばらくは、勘弁願いたいものだ。


「なん! 何なんだ貴様ら!?」

「何って……そうだな。こういう者だ」


 ダフネは未だにちぎれたままの片腕を、ズルリと生やして見せる。

 それを見ていた俺は思う。やっぱり、何度見てもトカゲの尻尾だよな。あれ。

 だが、ザルドはそう思わなかったようだ。


「ヒッ! ば、化け物っ」

 

 恐怖のあまりその場で腰を抜かして倒れ込む。


「安心しなよ、化け物だなんて……そんな大層な存在じゃないさ。死ななくて、老い無いだけの、ただの不老不死だよ」


 充分すぎるほどにバケモノだと思うが、それを口にする前にザルドが震える声で叫んだ。


「何が目的だ! か、金か? 地位か?」

「どうやら先程までと立場が逆転してしまったようだね。だが、生憎私はお前と違って金も、地位も。さして興味がないんだ。……私がほしいのは唯一つ、お前が身につけているその指輪。――賢者の石を頂こうか」


 賢者の石。卑金属を黄金に変え、万病を癒やし、そして生者に永遠の命を与えるとされている伝説の品。しかし、ダフネは其の伝説が今まさに目の前にあると指摘し、それを欲している。

 

 ダフネの言葉を聞き、先程まで恐怖の色に染まっていたザルドが急に落ち着きを取り戻し立ち上がる。そして、静かな笑い声を上げながら、下げていた顔をゆっくりとこちらに向けた。


「はっはっは! ……そうだ、私としたことがつい動揺してしまった。ご明察の通り、私の手には賢者の石がある! 何を恐れるというのだ!!」


 呆れたものだ。さっきまで腰を抜かしていた男とは思えないな。

 

「随分な様変わりだな、おい。さっきまで小便チビリそうだったのによ」

「……うるさいぞ小僧。しかし、今一度神の使いとして改めて聞くだけ聞いてやろう。何が望みだ。何を願いこの賢者の石を欲するのだ」

「ほう、答えたら大人しく譲ってくれるのかな?」


 ふむ、とザルドは一度考えるような仕草をとる。そして、俺の方を一瞥した後にダフネのことを舐め回すように見つめる。


「不老不死と言ったかな。それが本当かはさておき、非常に興味深い。それによく見れば……ふむ、容姿も随分整ってるじゃあないか。どうだ、私の女になるなら石を使わせてやっても構わんが――」


 ザルド含みを持たせて、俺に視線をやった。そうして指輪をつけた指でパチンと音を鳴らしてみせた。

 すると、その音に呼応するようにして壁にあったステンドグラスが一斉に音を立てて割れる。しかし、光を受けて色彩を反射するガラスの欠片は、重力に逆らうようにして地面に落ちることなくその場で留まっている。


「――男には死んでもらうおう」


 そしてザルドの言葉を皮切りに、俺に向かって一斉にそれらが襲いかかってくる。

 

「ちょ、マジかよ!?」


 とっさに直ぐ側に居たダフネの背中を掴み引っ張る。そうすることで、俺に当たるはずだったガラスの欠片は全てダフネの身体へと吸い込まれていった。


「ふざけるな! 女を肉壁にするのか!?」

「生憎、俺の身体はこいつと違って特別性じゃなくてな。適材適所ってやつだよ」

「……覚えておけよカイン。そんな事しなくてもお前なら捌けただろ」


 それは買いかぶり過ぎだ。量が量だから、もしかしたら一つや二つ、掠るぐらいはするかもしれない。

 

 憎たらしげに睨みつけるダフネをよそに、俺は次の行動を起こす。黙って相手の行動を待つほど、俺は悠長じゃない。素早く身を翻し、ザルドの背後を呆気なくとった。そして隠し持っていたナイフを首筋に添えて、優しく尋ねる。


「なあ、殺す気で攻撃したんだ。……殺される覚悟はできてるよな」

「ッ――」

「おっと、動くなよ。お前がワンアクションでも起こしたら、俺はうっかりお前の頸動脈を撫でてしまうかもしれないぜ」

「……お前こそ良いのか? 私には石があるんだぞ。アクションを起こさずとも念じるだけで――」


 ザルドの言葉はダフネによって遮られる。

 

「いいや、無理だね。さっきのステンドグラスの攻撃がその証拠だよ。そんな事出来るなら、最初から念じて殺せばいいだけの話さ」

「くっ……」


 おい、もし出来てた場合俺死んでんじゃねえか。まあいい。死んでないんだ、気にするだけ無駄だ。


「どうする? このまま大人しく石を渡すか? それとも……」

「ま、待て! よく考えろ、私は何も悪いことはしていない! むしろ社会に見捨てられた人々に希望を与えている。善人だ。そんな人間から無理矢理奪い取るなんて、心が傷まないのか!?」


 必死につばを飛ばしながら、吠えるザルドをよそに俺とダフネは顔を合わせる。


「傷まないな。勘違いしないでもらいたいが、私達は決して善人なんかじゃない。むしろ目的の為なら悪に堕ちるのも厭わないさ」


 心が折れる。ザルドは観念したのか、指輪を投げ捨てその場で崩れ落ちた。もうひと抵抗ぐらいあると思ったんだが……まあ小悪党極まれリだな。だが、こういう奴が案外長生きするもんだ。


「……死んでしまえ、バケモノ共が……」


 吐き捨てるようなその声に、俺たちは振り返らない。しかし、俺の耳にはしっかりと聞こえた。ダフネがひねり出したような声で、ボソリと呟いたのを。

 

「……言われなくても、死んでやるさ」


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