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不老不死と賢者の石 承

カランという、心地の良い鈴の音と共に扉が開かれる。

 

「いらしゃい。何名さんだ?」


 店内には薄っすらとラジオが流れており、無骨な中年の男性がカウンターの向こう側から覗いていた。客は一人もおらず良く言えばシックな、悪く言えば古ぼけた。そんな喫茶店であった。


「今は一人だけど、このあと連れが来るから二人だな。空いてるか?」

「見ての通り閑古鳥が鳴いてる状態だ。好きな席に座ってくれ」


 そう言われると、入ってすぐにあるカウンター席。ちょうど店主の正面に腰を下ろす。


「にしてもお客さん見ない顔だな。その白髪、北の方からか?」


 軽い食事を頼み。出てきたミックスサンドに齧り付いていると、暇を持て余した店主が話しかけてきた。水で口の中の物を流し込み、それに答える。


「うぐっ……確かに、出身は北だけど。今は気ままな根無し草だ」

「へえ、旅人ってことかい。今時珍しいな。こんな田舎街には何しに……ってそれは愚問か」

「ああ、風のうわさで聞いてな。何でも、この街には神の御業でどんな怪我でも触れただけで直しちまうお医者様がいるとか――」


 俺はそこで言葉を遮った。どうやら待ち人が着たようだ。カランと言う音とともに、再び店の扉が開かれる。


「遅かっな、ダフ――」


 そう言って振り返ろうとした瞬間、背後に立つ女の手に握られていた杖が脳天に振り下ろされた。ガツンという鈍い音が響き、俺は思わず叫び声を上げる。

 

「痛ってえ! 何すんだよ」


 そこには悪びれもせずに、自身の肩にかかったセピア色の髪を払いながら。冷えた瞳を俺に向けて、ため息を一つ。


「おい、私は食事できる場所を見つけておけと言ったはずなんだけど……。それをカイン、お前は何故先に入って食事を始めてるんだ」


 確かにいい感じの店を探せと言われた覚えはある。しかしだ、待っておけと言われた覚えはない。そう反論したいところではあるが、そうすると再び自身の頭蓋に衝撃が走るのは目に見えているので、大人しく閉口することを選ぶ。

 俺の事を殴りつけた女――ダフネは何事もなかったように俺の隣に腰を降ろし、これまた当然のように、俺が頼んだはずのサンドをひったくった。傍若無人、俺が浮かんだのはそんな言葉であった。

 

「兄ちゃん、俺が言うのもなんだが。デートするならもっとオシャレな店を選んだ方だ良いぞ」


 そんな俺たちのやり取りを、呆れた様子でカウンター越しに見ていた店主が諭すような口調で俺に語りかけた。その言葉に俺とダフネは同時に虫唾の走ったような表情を浮かべる。確かに容姿だけを見るなら、ダフネと俺は同じくらいの年齢に見えるだろう。しかしだ、俺にも相手を選ぶ権利がある。天地がひっくり返っても、俺とダフネがそういう関係に成ることはあり得ない。


「おいおい、店主。私とコレはそんな関係じゃないよ」

「そうだぜ。誰がこんな年増女――ぐっはっ」


 気がついたときには俺の身体は宙を待っていた。

 ダフネは俺に指一本触っていない。ただ隣で口一杯にミックスサンドを頬張っているだけ。にも関わらず、俺はまるで見えないナニカに殴られたかのように後ろに吹っ飛んだ。


「どうした店主、私の顔をじっと見つめて。何かついているか?」

「……お前さんも神の御業が」

「魔術だよ。奇跡だとか、神だとか……まったくそんな曖昧なものと一緒にしてもらちゃあ困るな」


 ダフネはそんな風に不遜な態度で言い放つと、心底不満げにどかりと椅子に大きく座り直した。


「って言われてもなあ。俺みたいな学のない人間からすると、魔術も奇跡もおなじにしかみえなくてなあ」

「まあ、そんなものか。魔術師も随分数が減ってしまったし、仕方ないと言えば仕方ないが……。魔術ってのはそんなに万能じゃない、それだけ覚えていてくれたら充分だよ」

 

 店主は、分かったような分からないような複雑な表情をしたまま、いつの間にか完食していたダフネの前に在る食器を片付ける。そして、なにか思いついたかのように再び口を開いた。


「ならよ! 無い腕はやしたり、見ただけで病気直しちまうザルド様は本当の神の使いって訳だ。ありゃあ凄いぜ。噂では死んだ人間も蘇らせたとか」


 俺は、痛む側頭部をさすりながら立ち上がり店主の言葉に反応する。


「神の使い、ザルド様ねぇ……。まあ、それを確認するために遠路はるばる来たわけだし」


 そう言うと、店主は憐憫の眼差しを俺たちに向けた。その視線の先はダフネの左半身。濡れ羽色の外套の袖には、本来あるべきはずの左腕が通っていなかった。指摘されたダフネは、視線を下げ表情に影を落とす。


「治ると良いな……。魔術師の嬢ちゃんの腕」

「あ、ああ。そうだな……」

 

 俺はその店主の言葉に対しどう答えていいか分からず、曖昧に頷くだけ。そして、店内に何処か気まずい空気が流れたのを切っ掛けに、早々と会計を済ませて店を出ることになる。


 街は都心から離れた街にしては、十分すぎるほどに賑わっていた。石畳の大通り沿いには様々な露天が出ており、多くの人が往来している。


 店を出てしばらく間が空いたところで、ダフネは突然勢いよく吹き出した。


「ぶはっ、限界! 治ると良いな……だってさ!」

「何だよいきなり……」

「だって、全くおかしな話じゃないか。自分からぶった切った腕の心配をされるなんて」


 そんな両の腕で腹を抱えて笑っているダフネを見て、俺は呆れた顔をする。

 

「――治ってるぞ、腕」


 そんな指摘を受けてダフネはブンブンと腕を確認するように二・三度振って見せると、少し眉をひそめて口を開いた。


「あっ……しまった。つい勢いで生やしてしまった」


 生やした。そう、これが先程店主からの言葉を受けて俺が微妙な応対しか出来なかった理由。不老不死――その言葉にそれ以上もそれ以下もなく。老いることなく、死ぬこともない。年を経ようが、怪我をしようが、殺されたとしても、変わらぬ姿を維持し続ける。俺の目の前に居る、ダフネ・グリフィスというのはとどのつまり、そういう存在なのだ。

 

「トカゲの尻尾かよ……」


 そんな尋常ならざる存在も、十年以上見ていれば浮かぶ感想はこの程度。


「誰がトカゲだ、誰が。仕方ないだろ、意識してなければ勝手に生えてくるんだから。私だって本意じゃないさ。それに回復を無理やり抑え込んでると、絶妙な不快感を抱くんだ。例えるならそうだな、背中が痒いのにずっと手が届かないときのような」


 難儀なことだ。世の中には不治の病や怪我で苦労する話はきくが、その逆。治らないようにするために苦心するのは、世界広しと言えどもダフネぐらいのものだろう。


「それで、どうだったんだよ。そんな態々慣れないことしてまで、面会を求めた結果は。 神の使いザルド様とか輩には会えたのか?」

「てんで駄目だね。門前払いを食らったよ。人気のザルド某は、片腕一本無くした程度の女。相手にしている時間はないらしい」

 

 ダフネが態々不快感を感じながらも、腕を生やすのを抑えていたのには訳はこれだ。ザザルドが使う神の御業とやらを一目見るために、都合の良い傷を拵える必要があったのだが……。結果は芳しくなかったらしい。


「触れただけで治るんだろ? ちゃちゃっと治せばいいのに、ケチなやつだな」

「残念ながらそうもいかないようだ。なんせ、ザルドがその力を行使できるのは一日に一回だけという制限があるらしいからね」

「一日一回だけ!? そりゃあ、安々と使えないだろうが……。それだと今回もあんまり期待できそうにねえな」


 俺とダフネの旅の目的は、とある物を回収することなのだが。もしザルドがそれを持っているのだとしたら、その様な制限はあり得ない。


「何にせよ、ここまで来てただ帰るだけというのも癪だ。面ぐらいは拝んでおきたいが……」

「会うにしても、その力を使ってるところを見ないことには判断つかねえだろ。それで、その一日一回の力を誰に使うかってのはどう決めるんだ?」

「ああ、それなら」


 ダフネが指差すのは、今より北の方角。そこには一際目立つ大きな建物。建てられて間もないのだろう、傷ひとつ無い白壁は遠くからでもよく目立つ。一見すると協会のようにも見えるが、そこに本来在るはずの十字の象徴が見当たらない。


「あれは?」

「ザルドの城さ。治療はあの中で行われる決まりだ。中に入れるのはザルドの信奉者で、一定以上のお布施を払った者のみ」

「信奉者に、お布施って。まるで宗教だな」

「まるでじゃない、宗教そのものだよ。一応本人は頑なに医者を名乗ってるらしいが。患者を選ぶ医者なんてのは前代未聞だ.。そして過去選ばれてるのは名だたる権力者ばかり」


 どんなに腕がたつ医者だろうが、いつだって選ぶのは患者側。医者が患者を選ぶことなど出来やしない。だがぞれも常識での話だ、神の如き力の前ではそのような常識関係が無いらしい。


「で、どうすんだ? 次は両四肢もいで、だるま状態で行ってみるか。流石のザルドもその姿を見れば同情するかもよ」


 冗談半分にそう言い放つと、ダフネはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。俺は知っている。ダフネがこういう表情をするときは、大抵碌でもないことを考えているときだ。


「それも悪くないが……。私にもっといい考えがある」

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