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少女なる兵器 Act.1〈旧版〉  作者: 深瀬凪波
第三次龍鬼戦争
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第七十一話 海に潜みし怪物 ③

 ほんの一瞬、瞬きをしただけだった。刹那の間に、存在は視界から消えた。代わりに視界に映るのは、妹達が放った魚雷が交差する光景だ。

 だが、それと同時に覚えたのは、喉の奥から何かが逆流してくる感覚だ。胃液とは違う何かは、そのまま口から溢れ出し、周囲に溶け込んでいく。

 清龍は目を丸くした。この匂いは、先ほどから嗅覚を刺激するものだ。限りなく市に近い匂いは、自らに訪れた痛みを自覚させた。その腹は、サーベルによって貫かれていた。


 存在を包囲する清龍の妹達は、目の前の現実を受け入れるのに時間が掛かった。背骨を斬られ、動けなくなったはずの存在は、どういうわけかを姉の腹を貫いている。

 この一瞬で、目の前で何が起こったのか、全くと言っていいほど理解することができなかった。


 そう、呆然としていたのがいけなかった。存在は、清龍の腹を貫いていたサーベルを引き抜いた。清龍は激しく吐血し、腹と口を押さえ、前のめりの体勢になる。

 その無防備な背中へ、存在は容赦なくサーベルを振り下ろす。途端、周囲には血が滲み広がり、清龍は力なく水底へと沈んでいく。

 その光景を見て、妹達はやっと、目の前の現実を受け入れた。それと同時に、姉を殺された黒く煮えたぎる怒りが、彼女達の心の中に宿った。

 最初に動いたのは北龍だった。レッグポーチから、魚雷を二本取り出すと、それらのエンジンを強制的に起動させ、存在に向けて放った。

 それと同時に、東龍が双剣を構え、存在の首を断ち切るべく、何の躊躇もなく突撃した。―――

 二人の怒りは絶頂を迎えていた。良き姉である清龍と、常に共にいた南龍を殺され、目の前の存在への殺意が溢れ出ていた。

 だが、二人は気づけなかった。清龍が警戒した存在の強さが、どれほど恐ろしいものかを―――


 ―――気がついた時には、両手が消えていた。構えた双剣が、自らの手ごと、水底へと消えていく。そして、眼前でこちらを見下すのは、黒塗りの鎧に身を包んだ、怪物ともいえる存在だ。

 東龍は恐る恐る上を見る。そこに見えるのは、グレートヘルムから紅い光が漏れ出た、姉と妹の敵だ。それが、彼女の見た最期の光景だった。

 ―――突如として、目の前で妹が殺された。何が起こったのか分からず、目によく分からない力が入る。気づいた時、妹は両手を切断され、その直後、首を跳ねられた。

 その光景が脳内で再生された北龍に宿るのは、妹の死という油を注がれた、黒く燃え滾る怨嗟の炎だ。

 北龍は、怒りに任せて存在に斬り掛かる。だが、存在はそれをサーベルで、軽々と受け止めた。それどころか、サーベルの向きを少し傾け、北龍の体勢を崩す。

 そこへ、存在は容赦を排除した一撃を下す。その一撃は無情に、正確に、的確に、北龍の心臓を貫いた。


 瞬時に二人を仕留めた存在は、血を纏うサーベルを振り払った。払われた血は海中に滲み溶け、二人の生きた痕跡を消した。

 だが、そのような光景を目の当たりにしてもなお、存在に立ち向かう者はいた。存在の背後を、いつの間にか淀龍が侵略していた。

 存在は淀龍の気配に気づき、振り返り、理解した。この距離の攻撃は躱せず、受け流すこともできないと。だからこそ、傷を最小限に抑えるべく、存在は全力の回避を行う。

 直後、淀龍の斬撃が存在に襲い掛かる。その斬撃は、存在の腹を抉った。その傷は、深かった。

 だが、存在はこの瞬間を狙っていた。カウンターで斬撃を繰り出し、淀龍を両断しようとする。

 しかし、淀龍はそれを軽々と躱すと同時に、四本の魚雷を撃ち込んだ。放たれた魚雷は存在に命中し、周囲を水泡で覆った。

 ここで生まれたわずか僅かな時間。淀龍は振り向き、背後にいた姉と妹に、蛍光灯を用いた信号を送った。


 『濠龍姉さん、灣龍、ここは私が引き受けます。この間に、宝珠を破壊してください』

 『そんなことできない』

 『淀龍の姉貴と共にと戦います』


 濠龍と灣龍は反論した。淀龍をここに置いていくことは、淀龍を見殺しにすると同義だった。

 しかし、直後、存在がいるであろう方向から、爆発の衝撃が伝わってきた。見ると、死んだと思っていた清龍が、存在と戦っていた。だが、その体は明らかに重傷を負っており、失血死してもおかしくはなかった。

 それを見た淀龍は、時間が残されていないことを理解し、改めて二人を説得しようとする。


 『お願いします。ここで宝珠を破壊しなければ、海上部隊に深刻な損害が出ます。だからどうか……どうか……』


 淀龍の言葉に、二人は歯を食いしばる。本来、分かりきっていたことだ。この選択は、淀龍を見殺しにしてしてしまう。だが、ここに留まるということは、部隊の全滅を意味する。選択肢は、元より無かった。


 『分かった。必ず、生きて帰ってきてね』

 『淀龍の姉貴のこと、信じてますから』


 二人は海軍の敬礼を取り、宝珠を破壊するべく、浮上を始めた。これが、淀龍との最後の会話になると、分かっていた。本当なら、共に生きて帰りたかった。

 だが、それは永遠に叶わぬ願いだ。ここが戦場である以上、いつ、どこで、誰が死ぬかは分からない。だからこそ、死に逝く者の想いを、魂を引き継ぎ、進むことが、今の自分達にできることなのだ―――


 ―――大切な姉妹を置いて行く二人の心には、深い後悔が影をした。自分の為すべきことを為さなければならないとはいえ、やはり、姉妹を見殺しにしなければならないことは、手足を胸を引き裂かれるような痛みを感じさせる。

 この浮上する時間すら、永遠と感じられた。元よりエンジン出力が弱まりつつあるのも原因だが、何よりも、体感がそう感じさせた。

 しかし、それは、紅く光る宝珠が目に入ったことにより、感じることはなくなった。やっと、全てが終わるのだと、二人は安堵した。そして、宝珠を破壊するべく、魚雷発射管の照準を合わせる。


 『これで終わりね』

 『後は、任せましたよ』


 二人は魚雷を放った。魚雷は一直線に、宝珠へ向かい、突き進んでいった。徐々に小さくなる魚雷は、この物語に終演を告げるように感じられた。

 そして、終演告げる鐘は鳴らされた。宝珠は紅く、眩い光を孕み、海中へ四散した。衝撃波はすぐに二人に伝わり、体勢を崩させた。

 だが、そんなことは気にならない。二人の心にあったのは、死んで逝った姉妹への弔いだったのだから。

 やがて、宝珠の欠片は、二人のいるところまで落ちてきた。濠龍は、反射的にその欠片を掴んだ。力を失った宝珠の欠片は、黒く、色褪せていた。


 『濠龍の姉貴、やっと、終わったんですね……』


 灣龍は、姉に向けて、無線でそう伝えた。無線での通信は可能になっており、通信状況も良好だった。

 だが、濠龍は決して良い顔をしなかった。無表情のまま、じっと、宝珠の欠片を見つめている。

 しかし、濠龍は突如として笑みを浮かべた。そして、灣龍へ返答を送った。


 『ええ、だけど、それは宝珠の破壊のみの話よ。残念ながら、私達にはまだやるべきことがある』


 濠龍はそう言うと、双剣を引き抜き、背後へ振り向いた。まさかと思い、灣龍も双剣を引き抜き、背後を振り向いた。そして、目の前の光景に絶句した。

 絶望は、またもや目の前に現れた。姉妹を殺した存在は、重傷を負いながらも、再び、二人の前に姿を現した。戦うしかない状況下が作り出され、二人は退路を失う。

 だが、灣龍は自然と清々しい笑みを浮かべた。そして、姉に向けて、最後になるであろう無線を送る。


 『濠龍の姉貴、共に死ねること、光栄に思います』

 『ええ、それじゃ、あっちの世界で会いましょうか』


 死を悟った者達の最後の言葉。この世に残したものへ別れを告げ、死に場所を定めた戦士の瞳は、固い決意によって輝いていた。


 二人は存在へ斬り掛かる。最初に繰り出されたのは、シンクロする斬撃だ。その動きは単調なもので、簡単に躱せるものだった。

 案の定、存在は斬撃を回避する。それは、半歩後ろに引いただけの、最小限の動き。存在は、二人のことを侮っていた。それは、存在へ牙を剥き、襲い掛かった。

 次の瞬間、放たれたのは魚雷だった。ほぼ零距離から放たれる魚雷を躱す術は、重傷を負った存在に残されていなかった。

 魚雷は見事、存在に命中し、周囲を水泡で包み込んだ。間髪入れず、濠龍は流れるように斬撃を放つ。それは存在の鎧に亀裂を入れるもので、反動で存在を後方へ吹き飛ばす。

 またもや、魚雷が放たれる。隙の無い連携攻撃は、一瞬にして存在を追い込む。いくら強靭な体を持つ存在とはいえ、これ以上の重撃を受け続けるのは危ないと、亀裂が入った鎧の胸部を守るため、間に腕を入れる。

 直後、魚雷は存在の腕に命中し、爆発する。腕、鎧ともに損傷こそ無いものの、装甲の薄い腕に受けた魚雷の一撃は重かった。

 その次の刹那だった。水泡の壁から突如として現れた腕に、存在は右腕を掴まれた。あまりにも突然のことに、存在は反応が遅れた。そして、その代償は、大きなものだった。


 ―――自らの骨が砕ける音が聞こえる。目をやると、右腕があり得ない方向に曲がっている。

 それを引き起こした本人は、水泡の壁の中から、笑って姿を現した。水銀の髪色の悪魔は、こちらを殺すことだけ考えているのだろう。その瞳には、狂気が垣間見えた。

 直後、背後に気配を感じる。僅かに振り返ると、そこにはもう一人の潜水艦が回り込んでいた。左腕を掴まれ、捻じ曲げられた存在に、この攻撃の回避はできなかった。

 次の瞬間、重い逆袈裟斬りが、存在の背から頭部にかけて、広範囲に放たれた。その一撃の重みがあってか、存在のグレートヘルムが吹き飛ばされた。


 だが、そこで二人は絶句した。攻撃の手を止め、存在から即座に距離を取る。目の前の光景を、信じたくなかった。

 グレートヘルムが剥がれたことにより、水中に拡がった長い黒髪。

 縫い目こそ消えかけているが、頬には見たことのある斬り傷がある。

 そして、何よりも確信を加速させるのが、紅い瞳の濃淡と顔の輪郭。

 これらの特徴は、二人にとって見覚えのある、いや、数年前まで、ほぼ毎日のように見ていた顔だった。


 「榛龍姉さん……」

 「榛龍の……姉貴……」


 零れた言葉は、水泡となり、溶け消えていく。そして、彼女たちの目の前に立つのは、過去の戦闘で死んだはずの姉の姿だ。


 「こんなの現実じゃない……だって……」

 「どういう仕掛けかは知りませんが、少なくとも敵ってことですよね……」


 死んだはずの姉を目の前に、二人は動けなかった。姉が吸血鬼側にいる衝撃もそうだったが、自らの手で、姉を傷つけていたという事実が、受け入れられなかった。

 だが、榛龍はかつて妹だった二人に、絶望させる時間を与えなかった。二人が気を緩ませた一瞬を突き、濠龍の懐を侵略する。

 ほんの一瞬だった。その気の緩みはの代償は、サーベルが濠龍の腹を貫くことだった。

 濠龍は吐血した。あまりにも突然のことで、動くことができなかった。だが、それと同時に濠龍は、目の前にいる姉を、敵と認識した。腹を貫かれながらも双剣を構え、姉だった者へ斬り掛かる。

 しかし、その時間さえ、榛龍に取っては十分な時間に過ぎなかった。突き刺したサーベルに力を入れ、かつて妹だった者の体を、刃の向く方へ斬り裂いた。

 濠龍の腹は、斜めに裂かれ、体を半分斬り裂かれた。それは、明らかな致命傷。重要な臓器と血肉、さらには骨盤の一部を持っていかれた濠龍は、即死していた。


 目の前で姉を殺される光景を見た灣龍は、押さえていた怨嗟の炎が燃え上がった。その心に宿ったのは、鬼だ。かつて姉だった者さえ斬り捨てる覚悟が、鬼とともにに宿った。

 次の瞬間、灣龍が見せたのは、目で追えないほど素早い突撃だ。榛龍はそれを認識できず、灣龍の懐への侵入を許してしまう。そのまま、無防備だった榛龍の左足を掴んだ。


 「姉貴いいいい!! 悪く思うなああああああ!!」


 海中に溶け消える怒声の中、榛龍の左足は明後日の方向へ捻じ曲がる。それと同時に、鎧を突き破り、榛龍の右足に双剣が突き刺される。

 榛龍は苦痛の表情を浮かべる。だが、その目は死んでいない。灣龍は両手を使い、動きが鈍くなっている。この隙を、見逃せるはずがなかった。

 次の瞬間、サーベルが振り下ろされる。灣龍は必死の回避を行うも、もう少しのところで小指を斬り落とされてしまう。

 それでもなお、灣龍は止まることは無かった。回避した次の瞬間には、榛龍のサーベルを掴んでいた。そして、刹那にも満たない時間で、それをへし折ってみせた。

 あまりにも突然のことに、榛龍は反応が遅れた。まさか、直接、武器をへし折ってくるなど、考えもしていなかった。

 そして、榛龍はサーベルに気を取られてしまっていた。灣龍はいつの間にか、背後に回り込んでいた。そして、稼働可能だった榛龍の左腕の肩を、軽々と脱臼させた。そして、無防備だったその後頭部を、アイアンクローで掴み上げる。


 「さあ、これで終わりよ。姉貴、お願いだから、安らかに眠ってちょうだい」


 灣龍はそう言い、掴み上げる力を強める。榛龍はその痛みから暴れ、苦痛の表情を浮かる。後頭部からは血が溢れ出し、頭蓋骨を徐々に破壊されているのが伝わる音が鳴る。

 灣龍は、これで終わらせるつもりだった。今は敵になったとはいえ、姉の苦しむ表情を見たくなかった。だからこそ、姉が楽に死ねるよう、その腕の力を最大限引き上げた―――


 「それは駄目だ」


 ―――突如として耳元で聞こえた謎の声。それと同時に首元を支配する生暖かい感覚。それは、自らの血を示すもの。

 灣龍は状況を理解することができなかった。分かったのは、体全体から力が抜け、首元を斬り裂かれた痛みだった。

 血は海面へと昇る煙となり、海面に到達できず、消えていく。海面を示す光は遠く、身は黒洞々とした水底へ向け、墜ちていく。

 最後に見た光景。見知った紅い目をした者が、こちらを見て、笑っている。ただ、それだけだった―――

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