第七十一話 海に潜みし怪物 ①
陸上部隊が出撃した直後、編成を終えた海上部隊も動き出していた。出撃した艦隊は、チリのバルパライソ沖、四キロメートルほどを航行し、敵空母機動部隊の捜索を行っていた。
しかし、探せど探せど、目視による敵空母機動部隊を発見はできなかった。やがて、事態は龍翔が戦闘機を飛ばし、偵察を行うほどにまで発展した。
だが、十分以上が経過しても、敵空母機動部隊の報告は上がってこなかった。旗艦を務める龍造は、この事態に焦りを感じていた。このままでは、時間と燃料を消費するだけではなく、バルパライソの街で戦闘を繰り広げる仲間の命を、艦砲射撃や空爆の危険に晒すことになる。
龍造は痺れを切らし、後ろを航行する妹に声を掛ける。
「龍翔、まだ敵艦隊は見つからないの?」
姉の言葉に、龍翔は首を横に振る。発艦した戦闘機からの報告も無く、時間だけが過ぎていく中、龍翔も同じ事を考えていた。
だが、突如として龍翔は血相を変えた。艤装の通信機器を何度も触りながら、戦闘機が向かった方角を見つめた。
その光景を目の当たりにした龍造は、艦隊の先頭を外れ、冷静を欠いた妹の横に並ぶ。繰り返し無線機を触る妹の手をそっと止め、落ち着くように深呼吸を促した。
やがて、龍翔は少しながらも冷静を取り戻した。妹が冷静を、取り戻したことを確認し、龍造は本題の問いを投げる。
「龍翔、何があったの?」
「偵察に出ていた戦闘機が……全滅しました……」
妹の口震えるから放たれた報告に、龍造は一瞬だが、思考回路が停止した。だが、すぐに思考を戻し、事態の深刻さを実感した。
まず、龍翔が発艦させた戦闘機は『Ma-583 G5/D2 氷花』であり、旧式化しつつあるものの、未だにアライアンスを支える主力艦載機だ。現段階で最新鋭の一角を担うこの機体が撃墜された可能性は、二択に絞られる。
物量戦で負けたか、これを上回る性能の戦闘機が現れたかだ。
『総員、即座に輪形陣へ移行せよ!!』
龍造は、艦隊全体に無線を送った。だが、なぜか龍造の指示に応じるものはいない。龍造の方を見て、首を傾げるだけだ。
龍造が何が起こったのか理解できずにいると、龍造の無線機に、どこからか無線が送られてきた。
『こちら戦艦龍造。要件を乞う』
『こ……海龍で……逃げ……ださい……』
送られてきた通信は、酷くノイズ音が混ざったものであり、聞き取れたものではなかった。だが、かろうじて、通信相手が海龍であることは聞き取ることができた。
『海龍、再度通信を求む。ノイズ音で言葉に妨げられて言葉が聞き取れない』
『敵……通信……害……存在し……この通信も……途切れ……』
そこで、無線は途切れた。龍造が無線を再送信しようとするも、それは叶わなかった。それどころか、艦隊全体への無線すらも行えないことに気づいた。
事態を深刻と見た龍造は、手招きで円陣の中央に全員を招集する。そして、先の通信から得られた事態から想定されることを、直接話した。
龍造の言葉に、艦隊の誰もが表情を変えた。龍造の言葉が事実だとすれば、この海域に長居するのは危険だと判断せざるを得なかった。
「龍造さん、今すぐにでも撤退しましょう。私達がいては、海龍達の足手まといです」
亰龍が撤退するよう言った。しかし、龍造首を横に振る。
「それはできない。ここで私達が撤退してしまえば、陸上部隊が危険に晒される。それこそ本末転倒よ」
龍造の言葉に、亰龍は何も言い返せなかった。即座にこの場から撤退することは重要だったが、そうなってしまえば陸上部隊に危険が及ぶ可能性あった。
そして、今回は保険として、海龍率いる潜水艦隊がこの近くを航行している。通信が取れなくなった今、撤退することは、海龍達を見捨てるに等しい行為だった。
艦隊は、いつの間にか引けない状況に立たされていた。
その直後、突如として嶄龍が南方を向いた。その眼は、南方の沖を見つめたまま動かない。
龍造は嶄龍に声をかけようとするも、嶄龍と同じように南方の沖に目が釘付けになった。その先には何も見えないが、明らかに違和感を感じる。
龍造は聴覚に集中力を注ぐ。聞こえてくるのは、無数の空気を切り裂く音だ。そして、南方で何が光った時、龍造はその気配の正体を理解した。
「総員、回避!! 急げ!!」
龍造は腹の底から叫んだ。しかし、その時にはもう遅かった。目の前を何かが横切り、それは艦隊の中央へ向けて、刹那の間に突っ込んだ。
次の瞬間、亰龍の右腕が爆発した。爆破したという言葉は語弊があるが、あまりにも突然のことに、艦隊の誰もがそう錯覚してしまったのだ。
亰龍は、自らの腕を見て絶句した。腕には、破壊されたバズソーの歯や鉄棒が突き刺さっていた。腕には力が入らず、血が流れ出した。
その傷が骨まで届いていたことを悟った亰龍は、腕に突き刺さった破片を無理やり引き抜くと、医療キットから包帯を取り出す。それを腕に巻き、出血を遅らせようとした。
すると、龍造が自身の医療キットから止血帯を取り出した。それを亰龍の腕に巻きつけ、
「これで、一時的にはなるけど出血は遅らせられる。海龍達が事を終えるまで耐えるわよ」
「了解しました!!」
亰龍は立ち上がり、左肩に取り付けられた主砲を南方に向けた、左腕に取り付けられた砲身を構える。
それを見た全員が、覚悟を決めた。海龍達が事を終えるまで、時間を稼ぐと―――




