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少女なる兵器 Act.1〈旧版〉  作者: 深瀬凪波
第三次龍鬼戦争
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第七十話 前線の崩壊 ①

 風龍の死から少し時間が経過した頃、鎮守府では、そこに住む女達が慌ただしく、掃除用具を持って走り回っている。突如として、防衛省の役員が鎮守府を訪れることになったからだ。連日のように続く戦闘により犠牲者や怪我人が続出し、鎮守府の掃除は全くと言っていいほど行われていなかった。

 結果、今になって女達は箒や塵取、雑巾を片手に廊下を隅々まで磨き上げなければならなかった。鎮守府の主の見込みから、傷心している彼女達にとって、これはストレスの要因になると考えていた。

 しかし、結果は予想の斜め上をいくものだった。彼女達はストレスを溜めるどころか、むしろ掃除にむかってこれまでの怒りをぶつけているように見えた。それこそ、廊下が戦場と化すほどにだ。


 「そこの隅、磨きが足りてない!!」

 「了解!!」


 廊下に響くのは、女達の指示と返答の声だ。他者から見れば異常な光景とも受け取れるかもしれないが、彼女達にとってはいつもと変わらないことをしているに過ぎないように感じている。

 しかし、ストレスとは時に悪い方向に進むこともあるのだろうか。鎮守府に住む女達は基本的に軍用の長ズボンの上に軍用のロングスカートが標準装備されているのだが、これが熱を籠もらせ、雑巾掛けなどのしゃがんで行う作業においては邪魔になっている。

 そうしている内に、怒りが邪魔なロングスカートへ向けられ、ついにはズボンを履いているからという理由で、ロングスカートを脱ぐ者が続出した。

 その光景は、膝丈スカートの者や、ズボンが無い者から見れば、恥じらいというものの有無を疑いたくなるものだ。それを言うならば、鎮守府内での正装がチャイナドレスを一部切り取り、一部盛ったような水着の海龍姉妹はどうなのだと言う疑問があるが、その時の彼女達にそこまで考えるだけの思考力は無かった。

 一方で海龍姉妹はと言うと、遠くから見ていたその光景をそこまで気にしているようではなかった。


 「随分と向こうが騒がしいわね。いくら何でも血気盛んが過ぎるじゃないの?」

 「人のことは言えません。私たちだって、既に諌龍や烈龍を失った……今すぐにでも犯人を見つけて八つ裂きに……」


 二人の妹の死を哀しむのは、姉の潤龍だ。末に近い者同士、仲の良かった目に入れても痛くない妹達を失った痛みは、決して消えることはない。


 「そんな事を言ったところで、二人は戻ってこない。それに、提督と水月さんが結婚する前の戦いで……」

 「吹龍、そのあたりにしておきなさい」


 突如として、吹龍の言葉を制止する声が掛けられた。声のする方に振り返ると、そこには二人の姉の姿があった。


 「瀚龍姉さん、ですがこれは事実に過ぎません。感傷に浸るよりも、私達は前に進むしかありません」


 吹龍は、言葉を制止した姉に対して反論する。その言葉は紛れもない事実であり、理の芯を食っている。

 しかし、吹龍の言葉に返答したのは、もう一人の姉だった。


 「それは紛れもない事実で、お前の言っていることは間違いではない。だが、潤龍のように心を閉ざす者もいる。お前は人間界で何を学んだのだ?」


 もう一人の姉から放たれる言葉は、とても厳しいものだった。しかしながは、その言葉もまた、正論であった。

 しかし、隣りに立つ妹はこれを見過ごすことのできなかったようで、姉に対して不満を顕にする。


 「貌龍姉さん、流石に言い過ぎですよ……」


 瀚龍は姉に対して続きを言おうとしたが、妹は首を横に振ってそれを制止する。


 「瀚龍姉さん、大丈夫だから。貌龍姉さんの言ってることは正しい」


 妹にそう言われてしまっては、姉として何も言うことはできない。仕方なく、瀚龍は姉への反論を心の内にしまうことにした。

 それからは黙々とした作業だった。雑巾で床や窓を拭き、いつ防衛省の役員が来ても恥ずかしくないよう、鎮守府内を磨き上げるだけだ。

 だが、それから数分もしない内に、目の前を通りかかった一人の女がモップとバケツを持っていたのを目にした。それを見た四人は、あれを使えば良かったのではないかという意見だけが一致した―――




 廊下が騒がしいと感じる中、執務室の中では、陸海共同軍の者達が大慌てしていた。防衛省の役員が来るからには、今まで面倒がって放置していた山のようなファイルを片付けねばならず、床に敷かれたカーペットも掃除する必要があった。


 「冥月、そっちの書類は纏め終わったかしら?」

 「まだです。というか、この書類を残り一時間で終わらせるのは無理難題では?」

 「そんなこと言っても仕方ないでしょう。元より仕事量とそれに対する整理が追いついていなかったのだから」


 冥月に返す言葉は、姉の水月から掛けられるものだ。その他にも夜桜や紫月、宏月の忘れ形見である姉妹達も執務室の清掃に加わっていた。一室に投入する清掃人員は過剰とも思われるが、書類の整理具合を見ると、この人員数でも足りていない。

 そんな中、執務室の窓を開けて土埃の付着したカーペットを叩きで叩く紫月は、あまりの土埃の多さに咳き込んでいた。


 「……ったく、どうしてこんなにも土埃が立つんですか。これなら直接水をかけて良いと思いますよ」

 「姉さん、弱音を吐かないで作業に集中してください」


 文句を吐く紫月に対し、妹の屠月が正論を言う。だが、紫月の言っていることも一定正しく、屠月自身も咳き込んでいる。

 そんな中、突如として執務室の扉が開かれた。夜桜が扉の方を向くと、そこには重力装置腕改(グラビティアームⅡ型)で複数個の段ボール箱を掴んだ古龍が立っていた。


 「古龍、その段ボール箱はどうしたの?」

 「提督に持ってくるよう言われましたのでお持ちしましたが……提督はご不在のようなのでここに置いておきますね」


 夜桜に言葉を返し、鎮守府の主が不在であることを確認した古龍は、重力装置の電源を切り、掴んでいた段ボール箱をその場に落とす。

 鎮守府の主の頼みを終えた古龍は、そのまま持ち場に戻ろうとする。だが、カーペットを叩いていた紫月がそれを止めた。


 「古龍、手伝ってくれませんか? 思ったよりも土埃が酷くて、カーペットの掃除が終わらなくて」

 「別に構いませんが、具体的に何をすれば?」


 古龍の了承と問いに、紫月は何か悪巧みを考えている時の笑みを浮かべる。姉の表情を隣で見る屠月は、姉が絶対に碌でもないことを考えていると、何となく察した。


 その数分後、鎮守府の広間では異様な光景が広がっていた。古龍が重力装置腕の手首部分の回転機能を使用し、執務室のカーペットを振り回していた。重力装置の無駄使いの代名詞という謎の言葉を生み出すほどの光景に、その場にいる紫月以外の者は顔を引き攣らせる。

 そうこうしている内に、古龍はカーペットの土埃がある程度取れたのを確認した。本来ならば洗浄も必要だろうが、時間短縮のために、そこは割愛することにした。そして、三階の執務室の窓からこちらを見ている紫月に向け、清掃の終了を伝える。


 「紫月さん、掃除が終わりました! そっちに向かって投げ込めば良いですか?」

 「はい、お願いします!」


 紫月の承諾を得た古龍は、カーペットが執務室の窓を通るように丸め、重力操作機構を使ってそれを窓に投げた。それは痛快なほど素直に窓に入り、同じタイミングで入ってきた鎮守府の主の顔に命中した。

 その光景を見た、その場の誰もが凍りついた。まさか、このようなことになるなど、誰も予想しなかった。そして、これから何が起こるのかは容易に想像ができることだった。


 「っ……なぜカーペットが窓の外から飛んでくる……」


 鎮守府の主発した言葉に、その場の誰もが紫月を指差した。紫月はよほど焦っているのか、目を泳がせながら明後日の方向に目を向ける。

 だが、それを鎮守府の主が見逃すはずが無い。紫月は無言で肩を掴まれる。その握力は尋常ではなく、肩に痛みを感じさせる。


 「さしずめ、古龍にカーペットの清掃を頼んで、終了したところで、窓から投げ入れてもらったところだろう。なあ、紫月?」

 「な、何のことだかさっぱり……」

 「惚けても無駄だぞ。何なら龍双眼でお前の本心を覗いてやろうか?」


 紫月は声にならない悲鳴を上げ、マナーモードの携帯電話のように震えている。

 それを見かねた司令官の妻は、後ろからそっと司令官の肩を軽く叩いた。


 「元帥、今はこんなことに構ってる暇はありません。紫月の説教は後にして、今は掃除を終わらせてしまいましょう」


 妻の言葉に、夫は一瞬どうするか考え、最終的に紫月の肩から手を離した。


 「すまんな、気を使わせてしまって」

 「いえ、問題ありません。夫を支えるのが妻役目の一つだと、紫桜姉さんもおっしゃっていましたし」


 妻の言葉を聞いた夫は、一瞬口を開け、すぐに顔色を暗くする。いつもよりも暗いその顔には、手に届く何か遠くのものを見つめているようだ。

 水月は夫の抱える心境を理解した。一年ほど同棲したからか、気がつけばある程度夫の心が読めるようになっていた。


 「紫桜姉さんのことですよね。今日帰ってくるとはいえ、やっぱり不安ですか?」

 「ああ、どうしてもな……」


 鎮守府の主が懸念しているのは、日本の国会へ送り出した紫桜の無事の安否と、現日本政府の龍族への見方だ。アライアンスが国際連合から正式に国と認められたとはいえ、国際社会に浸透した差別の垣根が消えたわけではない。その前例として、国会から派遣を要請された月花が帰り道、人の手によって命を奪われた。妻ですら恐れる紫桜だが、やはり前例があるために不安が残った。

 しかし、夫の懸念に反し、妻は姉のことをそこまで心配していなかった。確かに前例はあるものの、姉がその気になれば、日本政府など数時間の内に制圧できると考えていたからだ。それの考えは、姉の夜桜や、妹の冥月も同じだった。

 そこからは、少しの沈黙が続いた。そこに漂うのは、清掃を続けられる空気ではなく、ただ純粋な気まずさだ。

 しかし、それは執務室内の固定電話が鳴いたことにより、打ち破られた。鎮守府の主は固定電話の受話器を手に取り、用件を確かめる。


 『アライアンス連合国だ。用件を請う……分かった。出撃までに五分ほど要する。それまで持ちこたえてくれ』


 用件を聞き終えた司令官は、固定電話に受話器を戻した。司令官の言葉からして、決して良くないことが起こったのは明白だった。


 「チリ、バルパライソの街が吸血鬼により壊滅的な被害を受けた。この件についてチリ政府からの要請を受け、我々は吸血鬼の殲滅を任務とする」


 やはりかと、その場の全員は溜息をつきそうになる。だが、いつ有事が起きても分からない状況下では、仕方ないと言えば仕方ないだろう。そして、司令官の言葉が指すのは出撃する人員の募集だ。


 「では、新装備を渡されている私は戦場に赴きましょう」


 水月は一言だけ言い、固定電話近くの司令官の元へ歩み寄る。最高戦力が一人いるだけでも十分だと思われたが、それ以上に驚かされたのは、水月の出撃が確定した後だ。


 「では、私も戦場に赴きましょう」

 「屠月!? あなた、これが初陣ですよね!?」

 「はい、そうですよ」


 姉の焦りの声に、屠月は平然と言葉を返す。それを聞いた紫月の表情は、顎が外れたのかと疑うほどの驚愕へと変わる。

 だが、出撃する者はそれだけに留まらない。


 「水月が行くなら、私も行くわ。ここ最近、まともに体を動かしてなかったからね」

 「それを言うなら私も行きましょう。やっと新型装備が回ってきたんです。このままだと、宝の持ち腐れになるので」


 夜桜と澪月が声を上げる。彼女達の姉妹はというと、屠月の姉とは違って出撃を止めるようなことはしない。彼女達が出撃を重ねているのも要因の一つだが、この有事の時にそんな悠長なことを言っている暇はない。

 屠月は姉の言葉を無視し、声を上げた二人と共に水月の横に並ぶ。それ以外の者は彼女達とついの場に立ち、鎮守府に残る選択をした。


 「分かった。では、廊下の陸軍に出撃要請を掛け次第、艤装を装着して出撃を行う」


 司令官はそう言い、転移門を開くために手を前に翳す。しかし、どういうわけか夜桜はそれを止めた。掴みどころのない笑みを浮かべ、妙案があると言って―――

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