第六十九話 雪熱の暴風 (完全版+α)
異様なほど静かな海。波の音すら聞こえないそこには、そよ風が吹いていた。それは、彼女の終わりを告げるように、穏やかで、どこか寂しさを孕んでいる。
残された者は、その風の本質を知ることも無く、ただ、揺らいだ己の進む道が風に濯がれただけであった。
もう、彼女はどこにもいない。分かっているはずなのに、どうしても記憶から消せない。あの日から、心の奥底に眠る時計が止まったままだった。
神風の風の字を担っていた彼女を失ったことは、あまりにも大きな損害だった。それが意味するのは、肉体的な意味でもあり、精神的な意味でもある。
何よりも、彼女の忘れ形見である者達は、彼女の訃報を受け、続々と膝から崩れ落ちた。内一人は、彼女が死んだことに耐えきれず、精神的な病を患ってしまった。
そして、間接的に言えば、彼女が死ぬ原因を作ってしまった艦隊に所属していた内の一人は、彼女が何よりも気にかけていた妹であり、今は意識不明の重体に陥っている。
やがて、この事実は鎮守府に全体に広がり、少しずつ、鎮守府に浸透していった。そして、鎮守府の上空に、暗雲を呼び寄せるだけだった―――
彼女の死から、一ヶ月が経過した。この一ヶ月の間、様々なことが立て続けに起こったが、彼女の忘れ形見達は、憎悪の炎を隠そうとしなかった。それは、様々な行動となって現れている。
朝早くから夜遅くまで、自らの体を極限まで追い込み、その仇を討とうとする者。
あの日から立ち直れず、現実逃避をする者。また、心的外傷後ストレス障害を患ってしまった者。
そして、憎悪の炎が火炎へと規模を変え、今にも暴走しそうな者。
そんな中、鎮守府第二兵舎の廊下では、黒く濁った憎悪の炎が、火炎へと変貌していた。
「上は何をしているのですか!!」
廊下に響いた怒声。それは、風龍姉妹の三女である火龍のものだ。彼女の声は、いつもの穏やかな声ではなく、怒りを孕んだ声だ。
その矛先が向けられていたのは、Brad5-1の捜索を担当している紀龍だ。その表情は芳しいものではなく、歯を食いしばり、拳を強く握り、言った。
「提督が……会議でずっと掛け合っている。私達も情報収集をしてるけど、やつに関する情報は……無い……」
紀龍の手には、血が滲んでいた。怒りと悔しさ、そして、彼女の忘れ形見達の怒りを考えると、腹を斬って謝罪したいとも思うほどだ。
だが、紀龍の言葉の裏を、火龍は理解できなかった。
「いい加減にしてください!! 一ヶ月間、何の進捗もなく、雪龍も目を覚ましていません……それならば、私達が奴やつを殺したほうが早いです!!」
「っ……!!」
紀龍は言葉を飲んだ。火龍の放った言葉は、自ら死にに行かんとするほどの覚悟で、命の尊さを忘れている。そして、姉妹の死は、死んだ彼女が望むものではないだろう。
気がつけば、紀龍は涙を流していた。心の中の気持ちが混ざり合い、涙となって現れ出た。
「お願い。もう、これ以上死なないで……私たちの前から、いなくならないで……」
紀龍は火龍を抱きしめ、そう言った。
本当は、分かっているのだ。火龍だけでない。嵐龍も、水龍も、秋龍も、忘れ形見だけではない。残された者は誰だってそうだ。同じ怒りの感情を孕んでいるのだ。
そして、一番怒りを感じている者に対する、わがままな言葉。無理だと分かっても、かつての仲間の家族がそうだったように、大切な者に死んでほしくないという思い。それがは変わることは、決して無いだろう―――
―――いつもと変わらぬ暗い部屋。路地裏の先よりもずっと先。普通に見ていれば気にならないこの建物は、西南の方向以外からは、一切の日の光を遮断している。
その建物は裏の金融機関であり、その社長室では、何かが割れる音が響き渡った。その部屋にいるのは、二人の女だ。
一方の女は明確な怒りを孕み、彼岸花のように赤い瞳で、対に立つ銀髪の女を睨みつけている。そして、銀髪の女の隣には、割れた花瓶が転がっていた。
「廷羅、どういうつもり? らしくないじゃない」
「らしくないのは去音、貴様じゃ。この阿呆が」
二人間にある空気は途切れないまま、言葉だけが交わされた。それは、あまりにも重いものだった。
その次の瞬間、突如として、廷羅の背後に、複数の赤い霧な出現した。去音はそれを見た瞬間、自身の前に炎の壁を出現させた。
次の刹那、去音が出現させた炎の壁に、赤い閃光が散った。それは、廷羅が放った攻撃術式によるもの。炎の壁には風穴が空いており、絶対的な違和感を生み出した。
廷羅は溜息をつき、背後に出現した霧を消す。それと同時に、去音も炎の壁を消した。
そして、廷羅は去音を軽蔑の目で見た。それと同時に発した殺気は、片手に持っていた煙管をへし折ったことで現れ出た。
「去音よ、忘れたとは言わせんぞ。貴様が実の親を殺した事実を」
廷羅の言葉に、去音は目を見開いた。それは、心の奥底に押し込んでいた、永遠に聞きたくない言葉。手に握っていた錫杖は震え、鈴の音を響かせる。
それと同時に、去音の脳裏に浮かんだのは、忘れてしまいたい、幼いがから首脳に就任した頃の記憶。
父親に刃物を刺され、死の間際まで追い詰められた恐怖。
母が料理に毒を盛り、物置で放置されて死にかけた絶望。
弟ですら、両親に協力し、殺そうとしてきた喪失感。
何も信じれない中、唯一信じることができたのは、政治の手伝いをしてくれた重臣だけだった。彼らだけが、去音に向き合い、助けてくれた。
だからだろうか。いつしか、去音はその記憶を拒絶するようになった。思い出さないよう、心の内側に鍵をして。
二人が睨み合っていたその時、部屋の扉が叩かれる音がした。気配からして、部屋の外に立つ者は七人だろう。そして、時刻を照らし合わせることにより、これから始まることを理解させる。
「ここは矛を収めましょう。今から会議が始まる」
「そうであるな。貴様をぶちのめすのは後で良い」
二人は依然として殺気を放ち合うも、これから始まる会議のため、共に矛を収めることにした。
それと同時に、本日、この部屋に呼ばれた者達が入出してきた。一人の男と六人の女は、全員が龍族であり、それぞれに役職が与えられている。
そして、これから始まる会議は、アライアンス連合国鎮守府元帥件軍備管理部門である男、暁翠の言葉により始まったものだ。その議題は、一ヶ月前に死んだ、神風の風の字の二つ名を持った駆逐艦についてだった―――
―――話が進むにつれ、鎮守府に住まう戦士達の捜索や、京華が担当していた諜報活動によって得られた情報により、詳細なことが上層部に伝わった。
当時、暁翠に手を貸した廷羅はこのことを知っているが、つい最近まで日本にいなかった二人の女と、神社に籠もり、吸血鬼の動向を探っていた暁翠の孫娘は、この事実を知らないため、何が起こったのかをすぐに理解できた。
一方で、この件を把握していた去音は、手足を組んだまま、社長用の椅子に座っていた。暁翠の話を聞くその瞳は、この事態に対し、何も関心を抱いていないようだ。
その瞳を、廷羅は壁に持たれながら、じっとその奥を覗き見ていた。
やがて話は終わり、暁翠は用意された席に腰を掛けた。そして、これから始まるのが、本題であった。吸血鬼側に強力な戦力が存在することを確認した以上、被害が増えつつある鎮守府を黙ってみているわけにはいかなかった。
そして、その進行役を務めたのは、廷羅の次に、この事態を把握している京華だ。
「では、これより、今後の鎮守府の活動について議論します。何か意見のある方は、即座に申し出てください」
京華は意見を求める言葉を放つと、どこからかメモ帳と鉛筆を取り出した。
それと同時に手を挙げたのは、つい最近まで日本にいなかった白波だった。
「少なくとも、前線は後退させるべきね。しばらくは、鎮守府全体のメンタルケアに努めるべきよ」
「そうね、霜龍が心的外傷後ストレス障害を発病したことを考えると、他の者も精神的苦痛が大きいと考えられるわ」
白波に続き、翔和もそう言った。その言葉に、白蓮も黙って頷いた。
だが、廷羅は黙ったままだった。何も言わず、へし折った煙管を修復しようと、何かしらの能力を使っている。それは去音も同じで、黙ったまま、沈黙の空気が支配する空間を見つめていた。
すると、京華と対の位置に立っていた京花が手を挙げた。
「申し訳ありませんが、私は一部反対です。前線を後退させることには賛成ですが、活動可能な者には前線の守備に回ってもらうべきかと」
京花の放った言葉は、最低限、今までの努力が潰れないようにするための案だった。その意見に、廷羅も頷いていた。
すると、突如として、去音が口を開いた、
「霊花、壁にもたれてないで何か言ったらどう?」
それは、誰も気づいていなかっただけで、壁にもたれたまま、沈黙を続けてきた霊花に向けての言葉だった。しかし、その瞳は、しっかりと会議の様子を捉えていた。
「妾は、叔父上の意見に従う。今回の件、最終的な判断を下すのは叔父上じゃからな」
霊花は手に持っていた錫杖を壁に立て掛けると、叔父である暁翠の背中を見た。いつもは明るく頼もしい背中は、暗く分厚く見える。
事実、暁翠は最初の議題提示の内容を話してから、一言も喋っていない。その口は、固く閉ざされている。
去音は、暁翠が最終的な鎮守府の判断を握っていることを理解していた。しかし、それとは別に、自身が持つものを理解していた。
そして、去音はそれを行使する言葉を放った。
「皆の意見は分かったわ。だけど、私は現指導者としての判断を下す。暁翠、前線を上げ、吸血鬼を早期壊滅させよ」
その言葉は、現指導者としての司令。その言葉は、その場に集まった全員の目を色を変えた。この場に集まった者からすれば、これは職権乱用に等しいものだった。
その場は沈黙に包まれた。そして、この場に集った者達の視線は、去音に向けられていた。
「皆、どうかし……」
去音が言いかけた時、突如として、破壊音が鳴り響いた。それは、合金鋼で造られた事務机が粉砕され、天井へ向けて舞いあがる音。それを蹴り技で成すことができるのは、白波だけだった。
目の前に立つのは、一切の感情を排除した、能面のような顔の白波。だが、その表情とは裏腹に、空気が歪むほどの殺気が放たれていた。
「皆、行くわよ」
白波はただ一言、そう言った。その言葉と同時に、翔和と白蓮が立ち上がり、出口へ向かって歩き出した。白波もそれを確認し、部屋を去るために歩き出した。
去音は三人を呼び止めるべく、言葉を発しようとした。だが、まばたきをした次の瞬間には、三人は部屋から去っていた。慌てて京花の方に目を向けるも、京花は黙ったまま去音から目を逸らし、黒い霧を纏って転移した。
この僅かな間で、部屋に残った者は、四人だけとなった。暁翠は椅子に座ったまま、何も言わず、去音の瞳の奥を見ている。
去音はようやく理解した。自身の発言が、過去の過ちを繰り返す、無責任極まりないものであったことを。
「暁翠、その……」
「霊花、京華、帰るぞ」
暁翠は、霊花と京華を連れ、社長室の扉から外へ出ていった。去音が何か言おうとしたが、専ら聞く気はどこにもない。本当なら、今すぐにでも首を絞めてやりたいほどの怒りが、手を震わせるまできていた。
京華には、前を歩く暁翠の背中が、とても大きく見えていた。仲間のために最善の行動を取るその姿は、昔から変わらない。だからこそ、今も変わらない安心感が、そこには存在していた。
三人は、第二の我が家とも言える場所へ帰るため、暗い廊下を歩いていく。そこに沈黙の空気はあれど、それは、単なる沈黙ではない。温もりのある、優しい沈黙。
緊張状態を解消するそれは、ブラインドカーテンから差し込む、僅かな日光の温もりだったのかもしれない―――
二人以外、誰もいなくなった社長室は、沈黙に包まれていた。それは、白黒以外の色彩を断絶した世界。
いや、これでは語弊が生まれてしまっている。廷羅には世界の色は普通に見えている。そして、去音の瞳からは、光が消えていることが確認できる。
ブラインドカーテンの隙間から差し込む日の光は、とても弱々しかった。時刻が代わり、太陽が上へ昇ったためだろうか。
ふと、去音は近く置いてあった錫杖を手に取る。その先を、破壊された事務宅に向ける。そして、去音は錫杖に、自らの持つ力の一端を注ぎ始める。
「待て」
突如として、廷羅が待ったをかけた。去音はそれに従い、錫杖を下ろした。
纏う空気からして、いつもの去音ではない。明らかに、何かがおかしい。平常時であろうと保ち続けた、厳格な姿はどこにもない。
その状態の去音に、廷羅は迷うことなく問いを投げる。
「去音、今回の失態、何が原因か分かっておるか?」
「……ってるわよ」
「はっきり言わんか、この大馬鹿者が!!」
「そんなこと、分かってるわよ!!」
廷羅の怒声と、去音の叫び声が部屋に響く。しかし、若干、去音の声が上だったのかもしれない。悲痛に満ちたその叫びは、耳の奥を劈いた。
そして、気づいた時、去音の目からは涙が零れ落ちていた。今まで支えていた何かが崩れたように、去音は膝から崩れ落ちる。
「私だって分かってる。肉体よりも、精神の傷の方が治りにくいのを。でも、この未来がどんな結末を生むかなんて、見えないのよ!!」
廷羅は、去音を軽蔑の目で見た。決して、見下しているわけではない。だが、どうしてもそうなってしまうのだろう。眼前に映る去音の姿は、とても小さく見えた。まるで、大きな間違いを犯した子供のように。
だからだろうか。廷羅が発することは、一言だけだった。
「つまり、貴様はその程度のやつじゃ。己のことすら分かってやれん、大馬鹿者じゃ」
過去を乗り切れない指導者に従う意味はない。明確な意思を孕んだ言葉は、去音の胸に突き刺さった。これが事実であれ、嘘であれ、現在の去音に従う者は誰もいないだろう。
床に零れ落ちた涙は、光を反射しない。影が光を遮ってしまったから―――
時間は少し戻り、白波が机を破壊した頃とほぼ同時刻。療養室のベッドで眠っていた少女は、朦朧とする意識の中、目を覚ました。
反射的に体を起こそうとするも、それと同時に体に走ったのは、これまでに感じたことのない痛みだった。その痛みは肋からきており、腹筋が機能していない。
何がどうしてこうなったのか、少女は一切覚えていない。唯一分かることとすれば、自分は療養室で眠っていたことと、胸の奥がざわつく感覚だった。
少女は唯一動かせる左腕を動かし、被せられていた布団を捲った。視線を体に向けると、患者衣を着せられていた。そして、動かせた左腕には、包帯が巻きつけられているのが確認できる。
突然、少女の頭に激痛が走った。頭痛なんて比ではない。それよりも、もっと酷い痛みだ。その激痛により、体を捩ってしまったため、肋からくる痛みが少女を襲った。
少女はしばらく苦しみ、体を覆っていた痛みから解放された。体は汗で濡れ、異常なほど気持ち悪い。
だが、その体を這う汗の感覚が、少女の記憶を蘇らせた。包帯を染めた鮮血と、その下に隠れた傷は、厄災とも言える敵と交戦し、負ったもの。
そして、自分がここにいるのは、姉が命を懸けて戦ってくれたためだった。
その時、療養室の扉が開いた。その音に気づいた少女は、扉の方に目を向ける。そこに立っていたのは、松葉杖をついた、七人いる姉の一人と、鎮守府の医療機関とも言える女だった。
二人は目を覚ました少女を見て、驚愕していた。長い間、生死の間を彷徨っていた彼女が、ようやく目を覚ましたのだ。
特に、少女の姉は、口元を押さえて涙を流した。もう、妹が二度と帰ってこないのではないかと不安で、毎日のようにここに来ては、眠ったままの妹の手を握っていた。その時に込めた祈りが、叶った気がした。
だが、目覚めたばかりの妹が放った言葉が、周囲の空気を変えてしまった。
「風龍姉は……風龍姉はどうなりましたか……」
一つの問い。その問いが、二人の表情を変える。部屋に満ちる空気が静まり返り、自らの心臓の鼓動すら聞こえてくる。
医師である氷龍は、この事実をどう伝えればよいか分からなかった。この事実を告げることが、最善の選択だとは思えない。下手をすれば、精神的な病を患う可能性もある。
そんな迷っている氷龍を横目に、少女の姉は松葉杖を突き、少女の元へと歩いていく。そして、近場に置かれている折りたたみ椅子を広げ、その上に座った。
「雪龍、あなたには話さなければならない。だから、覚悟して聞いて」
「水龍姉、それって……」
少女の姉は、鋭い眼差しで言った。その言葉は、少女の心に深く突き刺さった。嫌な予感がするも、きっと気の所為だと自らに言い聞かせ、平常心を保とうとした。
だが、姉が言い放った現実は、あまりにも無情だった。
「神風の風の字……いえ、風龍姉さんは―――」
「……っ!!」
姉が言い放った言葉に、少女は絶句しながら胸を押さえる。嫌な予感は的中してしまい、姉の言葉を嘘だと思いたい。だが、姉は嘘をつかない人柄だ。もし、仮に嘘だったとしても、このような嘘は言わないと分かる。紛れもなく、これが現実だった。
少女の目から、涙が流れる。涙は重力に沿って落ち、少女の耳と髪、療養室の枕を濡らした。
知らなくていいことも世の中には存在する。しかし、それを永遠に隠し続けることができるかと言えば、それは至難の業だろう。
大切な者の死は、残された者にに深い影を落とさせる。それが悲しみであり、試練であることに気づくことは少ないだろう。気づかない内に、その試練を乗り越えてしまうからだ。
だが、時には乗り越えられない者がいることも、事実に過ぎなかった。療養室に伸びる二つの黒い影は、知らない間に寝食を続けていた―――
雪龍が目覚め、半月が過ぎた。この間、鎮守府の状況は大きく動いていた。
良かった事と言えば、霊花の助力もあり、雪龍の怪我がほぼ完治したことだ。絶えずリハビリを行った甲斐もあり、重傷を負う前とほぼ同じ動きができるようになった。
また、それよりも前に発生した、敵艦隊による大規模な鎮守府への侵攻で重傷を負った者も同様、霊花の力を借りたことにより、順序、前線に復帰しつつあった。
だが、一方で、新たな重症者が出たことも確かだった。雪龍が目覚めてから数日後、ブラジルで偵察任務を任された霧月が奇襲攻撃を受け、数日前まで生死を彷徨っていた。
また、太平洋で情報収集の任務を与えられた潜水艦の被害も拡大していた。それも、敵駆逐艦からの攻撃ではなく、敵潜水艦の攻撃によるものだった。駆逐艦の爆雷による攻撃ならば、この被害の大きさは容認できる。しかし、敵潜水艦の魚雷による攻撃となれば話が変わってしまう。
この地点で考えられたのが、既に処された裏切り者の藍龍が脱走時、Delta.38誘導魚雷を盗み、敵に譲渡した可能性だった。そして、もう一つ考えられたのが、今もなお意識を失い、生死の狭間を彷徨い続けている諌龍とほぼ同じ、または上回る技術者が存在しているか。その真偽は、吸血鬼のみぞ知る。
そんな中、執務室では普段と変わらない光景が広がっていた。鎮守府の主が書類仕事を行い、片付いた書類を妻が選別する。
第三次龍鬼戦争が始まってから続くこの光景は、鎮守府だと見慣れたものとなった。というのも、第三次龍鬼戦争に突入してから、仕事量が極端に増加している。その大半が、負傷者の医療費や報告書などを占めていることは、誰も口にしない暗黙の了解だ。
しかし、そのような書類ばかり目にしていたからだろうか、鎮守府の主はついに言葉を零した。
「辛いな……仲間を失うのは……」
その言葉に、鎮守府の主の妻が反応した。仕分けていた書類をその場に置き、立ち上がる。そのままゆっくりも後ろに回り込むと、肩の上から優しく夫を抱きしめた。
「私もです。皆、簡単に死なないのは分かっていますが、敵の技量と性能によっては……」
妻はそこで言葉を詰まらせた。現実を受け入れようとするのには、抵抗があった。龍桜姉妹すら、近代化して間もなく、敵の性能と物量に押され、その命を落とした。
それからも同じようなことが続いた。敵は高性能の復帰しに物を言わせ、アライアンスを滅ぼしにきている。それも、人間を守りながら戦わなければならない不利な点を突いて。
ふと、鎮守府の主は、妻の手が震えていることに気づいた。隠し通していたつもりだったらしいが、妻の心の内側には恐怖が生まれていようだ。それは、仲間を失う恐怖だ。
鎮守府の主は、妻の手を優しく握った。
「大丈夫だ。これ以上、こんなことには……」
鎮守府の主が、妻を安心させようとした時、突如として、壁に固定された緊急用の電話の着信音が鳴り響いた。この場合、大抵は他国からの救援要請がたるため、鎮守府の主は、素早く受話器を手に取った。
『こちら、アライアンス……』
『こちら緋龍。提督、緊急の連絡です!!』
受話器の先から聞こえてきたのは、緋龍の声だった。その声色からして、事態は深刻らしい。
『何があった? 簡潔に頼む』
『瀬戸内海に敵打撃部隊が侵入、及び、雪龍が単独でそれの殲滅に向かいました!!』
緋龍の報告に、鎮守府の主は、思わず受話器を手放してしまった。その声は水月にも聞こえており、あまりの衝撃に、両手で口を押さえていた。
鎮守府の主が手放してしまった受話器は、コードで本体とつながっていたため、床に衝突する直前で止まった。それは、床まで僅か数ミリの距離だった―――
―――碧く澄んだ海。その周囲に浮かぶのは、数体の吸血鬼の死骸だ。それも、旧吸血共和帝国の駆逐艦の中で最強を誇った、Red12級駆逐艦だ。
それを殺した銀髪の少女、八番目の神風の風の字は、周囲に浮かぶ骸を見て嘲笑していた。その瞳には温度がなく、感情は張りついたもののようだ。
白銀髪の少女は、鎮守府の主の孫娘より授かった龍の力を使い、いとも簡単に性能面を上回り、実力だけではどうにもならない敵を殺すことができた。
龍眼を使い、水面に浮かぶ吸血鬼の生命の灯火が消えたのを確認すると、次なる獲物を求め、索敵範囲を数キロメートル先まで拡大させた。
そして、閉じた目に映るのは、近くを航行する敵艦隊。反応からして、それは戦艦のみで構成された艦隊らしい。それに加え、その反応は、三人の妹を殺した敵と同じ反応だった。
「Red Star級戦艦、相手にとって不足なしね……」
銀髪の少女はそう呟くと、少し伸びた髪を手で上げた。その濁った瞳が見つめる先には、三人の妹を殺し、かつて、隣で看取った大切な艦の目を斬った敵だ。
姉を失った怒りの感情は、その身を危険に晒しながら、諸刃の剣となり、敵へ牙を剥く。当の本人は、その未来が示す先が破滅であると、知る由もない―――
時刻は昼頃。太陽が照らしつける太平洋は、今日も穏やかな波を立てている。その上を航行するのは、日本を砲撃するべく送り出された艦隊だ。
現在最強の戦艦である、Red Star級戦艦のみで構成されたこの艦隊は、運良く発見されることなく、日本近海へ進出することができた。それが指す意味は、アライアンスが弱っている証拠だった。
艦隊の旗艦を務めるのは、つい最近、戦線に復帰したばかりのRed Star10だった。
「9姉、おかしいと思いませんか? ここまで、やつらの攻撃が一切ありません」
「何、心配するとはない。やつらは神風の風を失って傷心中だ。その隙をついて、人間を大量に殺すだけだ」
Red Star9の放つ言葉には、明確な殺意が込められていた。口角を上げ、これでもかと目を開くその容姿は、不気味そのものだった。
それは、Red Star9の後ろに続く姉達もそうだった。殺意を孕んだ瞳と、人間の絶望する表情を思い浮かべ、上がった口角。この艦隊自体が、殺意の塊だった。
しかし、Red Star10が再び前を見た時だった。少し離れた場所で、何かが光った気がした。太陽の光を反射した波かとも考えたが、法則性がそれではない。
Red Star10は手を挙げ、敵襲の合図を出した。それと同時に、後ろに続く五人の姉は艤装を戦闘状態にし、鞘からカンダを引き抜いた。そのまま、旗艦を務める妹の前に立ち、迎撃態勢を整える。
だが、少しして目に映った光景に、艦隊は言葉を失った。こちらに突っ込んでくるのは、一人の駆逐艦。白灰色の服は一部赤に染まり、それが返り血であると、すぐに分かった。そして、敵の来る方角からして、その血の主すら分かった。
「あいつ、Red12級を殺したのか」
「これは、また厄介ですね……」
艦隊に向かって突き進んでくるのは、白銀髪の少女。それは、神風の風の字の忘れ形見の一人、雪龍だ。殺意をむき出しにしたまま突撃する姿は、まさに異様。戦略戦術を重視する風龍型としては、考えられない光景だった。
そして、雪龍が主砲の有効命中射程圏内に入った瞬間、艦隊は一斉に砲撃を行った。大口径砲の放つ砲弾は列を成し、雪龍へ向け、飛翔する。
だが、砲弾が着弾する瞬間、雪龍は全てを予測していたかのように、砲弾と砲弾の間を潜り抜け、被弾せずに突撃を続けた。
主砲の次弾装填が間に合わないと判断した艦隊は、手に持ったカンダを構えた。そして、雪龍を迎え撃つべく、鶴翼の陣へ移行した。
その次の瞬間、雪龍は、右前方にいたRed Star3の懐を侵略するべく飛び込んできた。Red Star3は攻撃の隙を与えさせまいと、横薙ぎを繰り出した。
それと同時に、雪龍は姿勢を低くし、横薙ぎを躱してみせた。それどころか、前のめりになった際の勢いを利用し、絶対命中の距離に踏み込んだ。
Red Star3は攻撃を躱せないと分かっても、致命傷を避けるべく、半歩後ろに引いた。
だが、無常にも、雪龍の繰り出した袈裟斬りは、Red Star3の腹を深く斬ってしまった。それは、命に届くものであり、生還が不可能であることは明白だった。
しかし、Red Star3は笑っていた。雪龍は既に罠にはまったと確信したからだ。鶴翼の陣は、本来は陸戦用の陣形で、大多数の敵を迎え撃つべく存在している。
だが、今回は違う。仮に自身が殺されたとしても、斜め後ろに待機している姉妹が、不意をついて攻撃してくれる。そして、相手は駆逐艦だ。旧吸血共和帝国を象徴する艦隊決戦型量産戦艦が駆逐艦に負けることはないと。
その時を待っていたかのように、背後についていたRed Star7が飛び出し、雪龍に対して袈裟斬りを繰り出す。それは、死角からの攻撃。躱せるはずがない。
しかし、Red Star7の目に映った光景は、予想とは全く違うものだった。眼前にあるのは、自ら振るったカンダが、姉の胸を斬り裂いた光景。標的である雪龍は、その後ろに立っていた。
致命傷を二度も受けたRed Star3は、薄れゆく意識の中、起こったことを的確に分析していた。
(あの短時間で横に飛び、さらには私を盾にするとは……認め……られな……い……)
Red Star3の瞳から光が消えた。それと同時に、Red Star7は、姉が死に逝く光景を見ていることしかできなかった。
しかし、現実は絶望の時間を与えてくれない。雪龍は既に背後に回り込んでおり、袈裟斬りを繰り出そうとしていた。
だが、艦隊が取っているのは、鶴翼の陣だ。Red Star7の後には、まだ、Red Star9がいた。姉を殺されてはたまらないと、その無防備な背中へ、カンダを振り下ろそうとした。
しかし、次の瞬間、雪龍は視界の前から消えていた。代わりに映るのは、雪龍を攻撃するべく、回転しながら横薙ぎを放つ姉の姿。
雪龍は見計らっていた。陣形の長所と短所を理解した上で、この戦略に出ていた。仲間同士で殺し合う攻撃は、想像を絶するものだ。
結果として、Red Star姉妹は同士討ちにより、その生涯に幕を下ろした。
雪龍は海面に伏せるRed Star級戦艦を見ながら、嘲るように笑った。旧吸血共和帝国最強を謳った戦艦が、このような単純な戦術で簡単に死んだのだ。
そして、残された姉妹は、眼前の白銀髪の少女を見て、絶句していた。ただが駆逐艦一隻ごときと軽視した油断が、この現実を生んだ。
やがて、白銀髪の少女はゆっくりと振り向いた。殺意に満ちた狂気の目が、眼前の恐怖する敵を凝視し、未来の予想図を構築する。
「さあ、死にましょう。そうすれば、これ以上、大切な者を奪わせなくて済む!!」
雪龍はそう言い、敵艦隊へ向け、短刀を突き出した。血に濡れた短刀は、太陽の光を反射し、不気味なほどに光っている。
艦隊の眼前に映るのは、太陽が照らしているのにも関わらず、影のような暗さを身に纏う、白銀髪の少女。神風の風の字を継ぎし者。
そして白銀髪の少女は、残存する敵を惨殺するべく、その足を踏み出した―――
―――突如として鳴り響いた爆発音。それと同時に抉られる、白銀髪の少女の体。
何が起こったのか、対峙していた艦隊ですら分からない光景が示すのは、どこからか飛翔した砲弾が、少女の脇腹を貫いたことのみだ。
少女は体勢を崩し、海面に伏せる。それと同時に広がるのは、少女の鮮血。海水に溶け込んだそれは、紅く澄んだ色をしていた。
眼前の光景に、艦隊は困惑していた。何が起こったのか分からず、少女の息の根を止めることを忘れていた。
「お前ら、駆逐艦ごときにやられてるんじゃねえよ!!」
突如として響いた怒声。艦隊は声のする方向を向き、そこに立つ存在に驚愕した。そこに立つのは、現在の姉妹序列の中で、最高位に位置する者、Red Star2だった。
Red Star2は、妹達の前に倒れ、苦しんでいる少女を見下ろす。腹の傷は深く、臓器を抉っている。戦闘を継続することは不可能だろう。
しかし、それでもなお、少女は立ち上がろうとする。眼前にいる敵を前にして、何もせずにはいられなかった。
だが、その行動は、この状況下では不正解だった。
Red Star2は指を鳴らし、自身の艤装の砲口前と、少女の脚付近に、黒い霧が出現させた。そして、少女を見ながら憫笑した。
少女の背中に悪寒が走った。出現した霧は色が違うだけで、見覚えのあるものだった。予想が正しければ、この先に待つ未来は―――
―――再び鳴り響いた砲撃音と、脚を貫かれる痛み。その場に響いたのは、少女の苦痛に満ちた叫び声だった。肉を、骨を貫かれた痛みは、想像を絶した。
Red Star2は、苦しむ少女の姿に憫笑した。このような雑魚が、一度に三人の妹を葬ったと考えることはできない。重なり合った現実の格差が、そう思わせた。
少女は、脚を切り落としたくなるほどの痛みの中、突如として現れた新手の敵が、何をしたのかを理解した。
「盗んだな……転移霧の技術を……!!」
少女の言葉に、Red Star2はほくそ笑んだ。どうやら、少女の予想は当たっていたらしい。仲間が使う技術が、まさか、このような形で牙を向くなど、思ってもいなかった。
Red Star2は、海面に倒れ込む少女に近づき、その髪を鷲掴みにした。そして、自らの顔の前まで、少女を掴み上げた。
「お前、雪龍だったな。よくもまあ、大切な妹を血の海に沈めてくれたな。この責任、どう取ってくれるんだい?」
Red Star2は、眼前の少女に強い殺気を浴びせる。既に戦闘能力を失った少女は、何もできない。それでもなお、アライアンスに属する者としての意志は、揺らぐことはなかった。
「責任なんて取りはしない。これが、私の姉を奪った報いの一端だ!!」
少女の放った言葉は、姉を奪われた憎悪を孕み、敵艦隊全員の耳に入った。だが、それは敵も同じだった。つい先ほど、少女の奇襲により、三人の姉妹を失った。
Red Star2は、少女に軽蔑に目を向ける。そして、少女を海面に投げ捨てた。
少女は海面わ転がり、体中を海水に濡らした。立つ力は残されておらず、ただ、死を待つのみとなってしまった。
そんな少女に、Red Star2は合計八門の砲を向けた。
「お前はその程度の存在だ。自分の置かれた状況下すら理解できない無能だな」
その言葉と同時に、Red Star2は徹甲弾を放った。それは、動けなくなった少女の命を刈り取ろうとするもの。定めをなぞるかのように、一直線に、少女に向かって飛翔する。
少女は目を瞑った。ここで終わるのだと悟ったからだ。怒りに身を任せ、実力、性能で勝っている敵に挑んだことが、破滅の道を選ばせたのだ。
己の愚行を後悔しながら、少女は、放たれた砲弾が、自身の身を貫くのを待った―――
―――運命とは、常にどうなるか分からない。刹那にも満たない時間が、待ち受ける未来を大きく変えることがある。
今回は、偶然良い方向に転がっただけ。本来なら、少女はこの場で死んでいただろう。敵の見せた僅かな間が、運命を変えた。
飛翔した砲弾は、全て空中で四散した。それを成したのは、誘導弾でも、機銃の弾丸でもない。一刀の刀だった。その刀を扱う者は、敵艦隊にとって、宿敵そのものだった。
刀を振るった者は、少女を守るようにして立った。そして、海面に倒れる少女に横目を向け、言った。
「雪龍、少し無理をしすぎよ。すぐに鎮守府に連れて帰るから、絶対に死なないように」
雪龍の前に現れたのは、待機命令を受けていたはずの龍城だった。どうしてこの海域に現れたのかは謎だが、雪龍にとって、龍城の存在は安心できる要素だった。
一方、Red Star2は憎悪の炎を燃やした。眼前にいるのは、自らの姉を殺した張本人であり、これまでに数多くの仲間を殺した戦艦なのだ。
「現れたか、龍城!! 今日こそ、今日こそ貴様を殺して海の藻屑にしてやる!!」
Red Star2は、憎悪の炎を孕む声を上げた。それと同時に、龍城に向けて砲口を向けた。しかし、次弾装填までには、残り十秒ほど必要で、即座に反撃することができなかった。
しかし、それを分かっていた三人の妹の中、二人が、Red Star2の背後から飛び出し、龍城へ襲い掛かった。
「よくもまあ、そんな正義を語れるものだ!!」
「この場で殺してやる!!」
Red Star6は、同時に飛び出したRed Star8よりも早く、龍城に向かって横薙ぎを繰り出す。しかし、龍城はそれを当たり前のように受け流した。
だが、そこからRed Star8追撃が飛ぶ。一切の隙を与えない攻撃は、見事なものだった。しかし、龍城は全て見切っていた。この状況下での選択は限られ、敵の動きは予想がつきやすい。
次の刹那、龍城はRed Star8の攻撃を受け流すと同時に、一直線に並んだ二人の腹を、電光石火の横薙ぎで、横一文字に斬り裂いた。
だが、なぜか、その傷口は浅かった。死を覚悟していた二人は、生き残ったことに疑問を抱きつつ、後ろに飛んで龍城から距離を取った。
Red Star2は、龍城の瞳の奥を見た。殺意は感じられず、戦う意思も無いらしい。それが不思議でならなくて、Red Star2な問いを投げた。
「何の真似だ? 気味が悪い」
「ここで殺し合う必要は無い。そう判断しただけよ」
龍城の言葉を聞いたRed Star2は、憎悪の炎が燃え滾るのを感じた。しかし、それと同時に、龍城の言葉の奥底に隠れた意味を理解した。
「貴様、その事実を知ったのか?」
「ええ、今は亡き神風の数の字が残してくれた、私たちへの情報よ」
「今さら知ってどうする。この戦争は行くところまで行くしかない。もう、後戻りはできないんだよ」
Red Star2の言葉に、龍城は何も返せない。知った事実とはいえ、ここまで犠牲者が出た以上、講和を望むの不可能な話だろう。
そして、この戦場には消えかけた命がある。守らなければならない者が、背後で痛みに苦しんでいる。
ならば、取るべき行動は一つのみだった。
「Red Star2、あなたとは一度話をしたい。だけど、それはまた今度にしましょうか」
その言葉と同時に、龍城は発煙筒を取り出した。既に安全装置が解除されており、起動まで時間が無かった。
それを見たRed Star2は、艤装の全ての砲門から砲弾を放った。それは、龍城目掛けて一直線に飛翔する。しかし、龍城は余裕の表情を見せていた。
そして、砲弾が龍城の眼前に迫った時、突如として、砲弾は爆発した。龍城の前に出現したのは、現在、陸海共同軍のみに配備された、特殊盾展開装置板から生み出される、レーザーの盾だった。
Red Star2は衝撃を受けた。まさか、敵の近代化がここまで進んでいるなど、考えもしなかった。
そして、その次の瞬間には、発煙筒は作動していた。周囲を煙幕が包み、視界を奪う。
残存する者は、煙幕に、機銃弾を撃ち込んだ。逃走しようとする敵を殺せる、僅かな希望にかけて。
やがて、煙幕は晴れた。その時、二人の姿はどこにもなかった。その場に残されたのは、生き残った四人と、骸になった三人だった。
Red Star2は、実妹に向け、撤退命令を出した。海面に浮かぶ姉妹を回収させ、上空に向け、信号弾を放つ。
青い煙が弧を描くように、空へ向けて飛び上がった。それは、作戦失敗を示すものであり、後方に控えた空母機動部隊にも撤退を促す合図だった。
それと同時に、近くに黒い霧が出現した。戦いを終えた戦艦は、自らの帰るべき場所に帰るため、その中に足を踏み入れる。沈黙を守り、その場を去る。その瞳には、何が映っていたのか、誰も知る由はない―――
夕暮れの空が広がる。水平線は穏やかで、夕日の光を受け取り、確認できる全ての世界に届けている。それは鎮守府も例外ではなく、鮮やかに輝く西日を受け、煉瓦造の建物は紅色に染まっている。
その内の一室。で、少女は目を覚ました。前回と違い、今回は何があったのかを鮮明に覚えている。というのも、助けてくれた張本人が、隣で椅子に座っているからだ。
少女は気まずそうに、恩師から目を逸らした。合わせる顔が、どこにも見当たらなかった。
恩師である女は、少女の行動に溜息をついた。そのまま、撫でるかのように少女の顎に手を伸ばし、ゆっくりと少女の顔の向きを変える。
少女は抗おうとはせず、それを受け入れた。気まずいと思いつつも、僅かに揺れる瞳で恩師を直視する。
「雪龍、ひとまずは生きていて良かった。だけど、今回の行動は見逃せないわね」
「はい……すいませんでした……」
少女は消え入りそうな声で、恩師に謝罪した。無論、恩師に謝罪したとて意味はないだろう。この事態を重く見ているのは、鎮守府の主なのだから。
恩師の女は、優しい瞳で少女を見る。表情からして、深く反省していると分かるため、これ以上の責任追及は必要ないと判断できた。
しかし、少女には伝えなければならないことがある。そう、恩師である女が判断したのだ。
「雪龍、あなたの艦長が残した格言を覚えているかしら?」
「いえ、全く覚えていません……」
「あら、『大龍帝国軍部発言』の内容を忘れてしまったの? 人間社会にいた頃はよく読んでいたのに」
「……すいません」
少女は深く頭を下げた。かけられていた毛布を握り、その場にしわを作り出した。記憶のどこにも、それらしいものが見当たらなかった。
恩師の女は苦笑すると、少女の頭を撫でながら言った。
「『怒りは身を滅ぼすが、寄り添えば力となる。自らの生を受け止め、冷静沈着に物事を進めるべし。さすれば、伸ばし損ねた手を掴む者は必ず現れる』」
恩師の女の言葉を聞き、少女は目を見開いた。忘れていた言葉は、兵器時代、地下格納ドックに入るまで側にいてくれた、艦長の言葉。
無意識の内に、頭から消してしまっていたのかもしれない。それが今、恩師の女の顔に艦長の顔が重なり、蘇った。
なぜ、姉が命を捨ててまで自身を生かしたのか。それは、置いていってしまった贖罪でもあり、少女を孤独にさせたくなかった姉の想いだった。
当たり前のように時間が流れていたからか、それすらも忘れてしまっていた。後悔の念と艦長の言葉が重なり、心の奥底に封じ込んだ悲しみが、涙となって現れた。
恩師の女は、少女を優しく抱きしめた。神風の風の字が残したこの命を、今度は自身が守り継ぐ番だと確信した。震える少女の体を優しく包む手は、優しくて穏やかな温もりを孕んでいた―――
《旧大龍帝国 首脳陣》
(第一陣戦統括部門/戦術諜報員)
・旧大龍帝国元一代首脳 龍造白波
(第一陣戦術統括部門/戦術諜報員)
・旧大龍帝国元二代首脳 龍造翔和
(第一陣戦術統括部門/去音金融社長/旧大龍帝国政会主任)
・旧大龍帝国元三代首脳 龍造去音
(第二陣戦術統括部門/戦術諜報員)
・旧大龍帝国元五代首脳 龍造白蓮
(薬品調合部門/旧大龍帝国政会副主任)
・旧大龍帝国元七代首脳 龍造廷羅
(軍備管理部門/鎮守府元帥)
・旧大龍帝国元十三代首脳 龍造暁翠
(第二陣戦術統括部門/慶楼神社管理巫女)
・旧大龍帝国元十五代首脳 龍造霊花
(第一陣諜報部門/慶楼神社管理巫女護衛)
・旧大龍帝国元海軍元帥 龍造京花
(第一陣諜報部門/鎮守府元帥補佐)
・旧大日本帝国国家元帥 水無月京華
《旧大龍帝国 海軍》
(龍城型戦艦)
・一番艦 XB1-001 龍城
(紀龍型重巡洋艦)
・一番艦 CS1-B01 紀龍
(風龍型駆逐艦)
・三番艦 DF-003 火龍
・六番艦 DF-006 水龍
・八番艦 DF-008 雪龍
(海龍型潜水艦)
・二十番艦 Kz-020 緋龍
《旧吸血共和帝国 海軍》
(Red Star級戦艦)
・二番艦 RB-02 Red Star2
・三番艦 RB-03 Red Star3
・六番艦 RB-06 Red Star6
・八番艦 RB-08 Red Star8
・九番艦 RB-09 Red Star9
・十番艦 RB-10 Red Star10
【小ネタ㉟】
Red Star級戦艦の名前の由来は、『深瀬凪波』が小学生だった頃の勘違いから生まれている。当時、火星のことを英表記でFire Starだと思っていた作者は、中学生になって初めて火星の本当の英表記を知った。そして、このFire Starの名を変更したものが、Red Starの名前に由来した。結果的に敵戦艦の名付けをする手間は簡略化できたが、このことは作者にとっての黒歴史である。




