第六十九話 雪熱の暴風 ③
時刻は昼頃。太陽が照らしつける太平洋は、今日も穏やかな波を立てている。その上を航行するのは、日本を砲撃するべく送り出された艦隊だ。
現在最強の戦艦である、Red Star級戦艦のみで構成されたこの艦隊は、運良く発見されることなく、日本近海へ進出することができた。それが指す意味は、アライアンスが弱っている証拠だった。
艦隊の旗艦を務めるのは、つい最近、戦線に復帰したばかりのRed Star10だった。
「9姉、おかしいと思いませんか? ここまで、やつらの攻撃が一切ありません」
「何、心配するとはない。やつらは神風の風を失って傷心中だ。その隙をついて、人間を大量に殺すだけだ」
Red Star9の放つ言葉には、明確な殺意が込められていた。口角を上げ、これでもかと目を開くその容姿は、不気味そのものだった。
それは、Red Star9の後ろに続く姉達もそうだった。殺意を孕んだ瞳と、人間の絶望する表情を思い浮かべ、上がった口角。この艦隊自体が、殺意の塊だった。
しかし、Red Star10が再び前を見た時だった。少し離れた場所で、何かが光った気がした。太陽の光を反射した波かとも考えたが、法則性がそれではない。
Red Star10は手を挙げ、敵襲の合図を出した。それと同時に、後ろに続く五人の姉は艤装を戦闘状態にし、鞘からカンダを引き抜いた。そのまま、旗艦を務める妹の前に立ち、迎撃態勢を整える。
だが、少しして目に映った光景に、艦隊は言葉を失った。こちらに突っ込んでくるのは、一人の駆逐艦。白灰色の服は一部赤に染まり、それが返り血であると、すぐに分かった。そして、敵の来る方角からして、その血の主すら分かった。
「あいつ、Red12級を殺したのか」
「これは、また厄介ですね……」
艦隊に向かって突き進んでくるのは、白銀髪の少女。それは、神風の風の字の忘れ形見の一人、雪龍だ。殺意をむき出しにしたまま突撃する姿は、まさに異様。戦略戦術を重視する風龍型としては、考えられない光景だった。
そして、雪龍が主砲の有効命中射程圏内に入った瞬間、艦隊は一斉に砲撃を行った。大口径砲の放つ砲弾は列を成し、雪龍へ向け、飛翔する。
だが、砲弾が着弾する瞬間、雪龍は全てを予測していたかのように、砲弾と砲弾の間を潜り抜け、被弾せずに突撃を続けた。
主砲の次弾装填が間に合わないと判断した艦隊は、手に持ったカンダを構えた。そして、雪龍を迎え撃つべく、鶴翼の陣へ移行した。
その次の瞬間、雪龍は、右前方にいたRed Star3の懐を侵略するべく飛び込んできた。Red Star3は攻撃の隙を与えさせまいと、横薙ぎを繰り出した。
それと同時に、雪龍は姿勢を低くし、横薙ぎを躱してみせた。それどころか、前のめりになった際の勢いを利用し、絶対命中の距離に踏み込んだ。
Red Star3は攻撃を躱せないと分かっても、致命傷を避けるべく、半歩後ろに引いた。
だが、無常にも、雪龍の繰り出した袈裟斬りは、Red Star3の腹を深く斬ってしまった。それは、命に届くものであり、生還が不可能であることは明白だった。
しかし、Red Star3は笑っていた。雪龍は既に罠にはまったと確信したからだ。鶴翼の陣は、本来は陸戦用の陣形で、大多数の敵を迎え撃つべく存在している。
だが、今回は違う。仮に自身が殺されたとしても、斜め後ろに待機している姉妹が、不意をついて攻撃してくれる。そして、相手は駆逐艦だ。旧吸血共和帝国を象徴する艦隊決戦型量産戦艦が駆逐艦に負けることはないと。
その時を待っていたかのように、背後についていたRed Star7が飛び出し、雪龍に対して袈裟斬りを繰り出す。それは、死角からの攻撃。躱せるはずがない。
しかし、Red Star7の目に映った光景は、予想とは全く違うものだった。眼前にあるのは、自ら振るったカンダが、姉の胸を斬り裂いた光景。標的である雪龍は、その後ろに立っていた。
致命傷を二度も受けたRed Star3は、薄れゆく意識の中、起こったことを的確に分析していた。
(あの短時間で横に飛び、さらには私を盾にするとは……認め……られな……い……)
Red Star3の瞳から光が消えた。それと同時に、Red Star7は、姉が死に逝く光景を見ていることしかできなかった。
しかし、現実は絶望の時間を与えてくれない。雪龍は既に背後に回り込んでおり、袈裟斬りを繰り出そうとしていた。
だが、艦隊が取っているのは、鶴翼の陣だ。Red Star7の後には、まだ、Red Star9がいた。姉を殺されてはたまらないと、その無防備な背中へ、カンダを振り下ろそうとした。
しかし、次の瞬間、雪龍は視界の前から消えていた。代わりに映るのは、雪龍を攻撃するべく、回転しながら横薙ぎを放つ姉の姿。
雪龍は見計らっていた。陣形の長所と短所を理解した上で、この戦略に出ていた。仲間同士で殺し合う攻撃は、想像を絶するものだ。
結果として、Red Star姉妹は同士討ちにより、その生涯に幕を下ろした。
雪龍は海面に伏せるRed Star級戦艦を見ながら、嘲るように笑った。旧吸血共和帝国最強を謳った戦艦が、このような単純な戦術で簡単に死んだのだ。
そして、残された姉妹は、眼前の白銀髪の少女を見て、絶句していた。ただが駆逐艦一隻ごときと軽視した油断が、この現実を生んだ。
やがて、白銀髪の少女はゆっくりと振り向いた。殺意に満ちた狂気の目が、眼前の恐怖する敵を凝視し、未来の予想図を構築する。
「さあ、死にましょう。そうすれば、これ以上、大切な者を奪わせなくて済む!!」
雪龍はそう言い、敵艦隊へ向け、短刀を突き出した。血に濡れた短刀は、太陽の光を反射し、不気味なほどに光っている。
艦隊の眼前に映るのは、太陽が照らしているのにも関わらず、影のような暗さを身に纏う、白銀髪の少女。神風の風の字を継ぎし者。
そして白銀髪の少女は、残存する敵を惨殺するべく、その足を踏み出した―――
―――突如として鳴り響いた爆発音。それと同時に抉られる、白銀髪の少女の体。
何が起こったのか、対峙していた艦隊ですら分からない光景が示すのは、どこからか飛翔した砲弾が、少女の脇腹を貫いたことのみだ。
少女は体勢を崩し、海面に伏せる。それと同時に広がるのは、少女の鮮血。海水に溶け込んだそれは、紅く澄んだ色をしていた。
眼前の光景に、艦隊は困惑していた。何が起こったのか分からず、少女の息の根を止めることを忘れていた。
「お前ら、駆逐艦ごときにやられてるんじゃねえよ!!」
突如として響いた怒声。艦隊は声のする方向を向き、そこに立つ存在に驚愕した。そこに立つのは、現在の姉妹序列の中で、最高位に位置する者、Red Star2だった。
Red Star2は、妹達の前に倒れ、苦しんでいる少女を見下ろす。腹の傷は深く、臓器を抉っている。戦闘を継続することは不可能だろう。
しかし、それでもなお、少女は立ち上がろうとする。眼前にいる敵を前にして、何もせずにはいられなかった。
だが、その行動は、この状況下では不正解だった。
Red Star2は指を鳴らし、自身の艤装の砲口前と、少女の脚付近に、黒い霧が出現させた。そして、少女を見ながら憫笑した。
少女の背中に悪寒が走った。出現した霧は色が違うだけで、見覚えのあるものだった。予想が正しければ、この先に待つ未来は―――
―――再び鳴り響いた砲撃音と、脚を貫かれる痛み。その場に響いたのは、少女の苦痛に満ちた叫び声だった。肉を、骨を貫かれた痛みは、想像を絶した。
Red Star2は、苦しむ少女の姿に憫笑した。このような雑魚が、一度に三人の妹を葬ったと考えることはできない。重なり合った現実の格差が、そう思わせた。
少女は、脚を切り落としたくなるほどの痛みの中、突如として現れた新手の敵が、何をしたのかを理解した。
「盗んだな……転移霧の技術を……!!」
少女の言葉に、Red Star2はほくそ笑んだ。どうやら、少女の予想は当たっていたらしい。仲間が使う技術が、まさか、このような形で牙を向くなど、思ってもいなかった。
Red Star2は、海面に倒れ込む少女に近づき、その髪を鷲掴みにした。そして、自らの顔の前まで、少女を掴み上げた。
「お前、雪龍だったな。よくもまあ、大切な妹を血の海に沈めてくれたな。この責任、どう取ってくれるんだい?」
Red Star2は、眼前の少女に強い殺気を浴びせる。既に戦闘能力を失った少女は、何もできない。それでもなお、アライアンスに属する者としての意志は、揺らぐことはなかった。
「責任なんて取りはしない。これが、私の姉を奪った報いの一端だ!!」
少女の放った言葉は、姉を奪われた憎悪を孕み、敵艦隊全員の耳に入った。だが、それは敵も同じだった。つい先ほど、少女の奇襲により、三人の姉妹を失った。
Red Star2は、少女に軽蔑に目を向ける。そして、少女を海面に投げ捨てた。
少女は海面わ転がり、体中を海水に濡らした。立つ力は残されておらず、ただ、死を待つのみとなってしまった。
そんな少女に、Red Star2は合計八門の砲を向けた。
「お前はその程度の存在だ。自分の置かれた状況下すら理解できない無能だな」
その言葉と同時に、Red Star2は徹甲弾を放った。それは、動けなくなった少女の命を刈り取ろうとするもの。定めをなぞるかのように、一直線に、少女に向かって飛翔する。
少女は目を瞑った。ここで終わるのだと悟ったからだ。怒りに身を任せ、実力、性能で勝っている敵に挑んだことが、破滅の道を選ばせたのだ。
己の愚行を後悔しながら、少女は、放たれた砲弾が、自身の身を貫くのを待った―――
―――運命とは、常にどうなるか分からない。刹那にも満たない時間が、待ち受ける未来を大きく変えることがある。
今回は、偶然良い方向に転がっただけ。本来なら、少女はこの場で死んでいただろう。敵の見せた僅かな間が、運命を変えた。
飛翔した砲弾は、全て空中で四散した。それを成したのは、誘導弾でも、機銃の弾丸でもない。一刀の刀だった。その刀を扱う者は、敵艦隊にとって、宿敵そのものだった。
刀を振るった者は、少女を守るようにして立った。そして、海面に倒れる少女に横目を向け、言った。
「雪龍、少し無理をしすぎよ。すぐに鎮守府に連れて帰るから、絶対に死なないように」
雪龍の前に現れたのは、待機命令を受けていたはずの龍城だった。どうしてこの海域に現れたのかは謎だが、雪龍にとって、龍城の存在は安心できる要素だった。
一方、Red Star2は憎悪の炎を燃やした。眼前にいるのは、自らの姉を殺した張本人であり、これまでに数多くの仲間を殺した戦艦なのだ。
「現れたか、龍城!! 今日こそ、今日こそ貴様を殺して海の藻屑にしてやる!!」
Red Star2は、憎悪の炎を孕む声を上げた。それと同時に、龍城に向けて砲口を向けた。しかし、次弾装填までには、残り十秒ほど必要で、即座に反撃することができなかった。
しかし、それを分かっていた三人の妹の中、二人が、Red Star2の背後から飛び出し、龍城へ襲い掛かった。
「よくもまあ、そんな正義を語れるものだ!!」
「この場で殺してやる!!」
Red Star6は、同時に飛び出したRed Star8よりも早く、龍城に向かって横薙ぎを繰り出す。しかし、龍城はそれを当たり前のように受け流した。
だが、そこからRed Star8追撃が飛ぶ。一切の隙を与えない攻撃は、見事なものだった。しかし、龍城は全て見切っていた。この状況下での選択は限られ、敵の動きは予想がつきやすい。
次の刹那、龍城はRed Star8の攻撃を受け流すと同時に、一直線に並んだ二人の腹を、電光石火の横薙ぎで、横一文字に斬り裂いた。
だが、なぜか、その傷口は浅かった。死を覚悟していた二人は、生き残ったことに疑問を抱きつつ、後ろに飛んで龍城から距離を取った。
Red Star2は、龍城の瞳の奥を見た。殺意は感じられず、戦う意思も無いらしい。それが不思議でならなくて、Red Star2な問いを投げた。
「何の真似だ? 気味が悪い」
「ここで殺し合う必要は無い。そう判断しただけよ」
龍城の言葉を聞いたRed Star2は、憎悪の炎が燃え滾るのを感じた。しかし、それと同時に、龍城の言葉の奥底に隠れた意味を理解した。
「貴様、その事実を知ったのか?」
「ええ、今は亡き神風の数の字が残してくれた、私たちへの情報よ」
「今さら知ってどうする。この戦争は行くところまで行くしかない。もう、後戻りはできないんだよ」
Red Star2の言葉に、龍城は何も返せない。知った事実とはいえ、ここまで犠牲者が出た以上、講和を望むの不可能な話だろう。
そして、この戦場には消えかけた命がある。守らなければならない者が、背後で痛みに苦しんでいる。
ならば、取るべき行動は一つのみだった。
「Red Star2、あなたとは一度話をしたい。だけど、それはまた今度にしましょうか」
その言葉と同時に、龍城は発煙筒を取り出した。既に安全装置が解除されており、起動まで時間が無かった。
それを見たRed Star2は、艤装の全ての砲門から砲弾を放った。それは、龍城目掛けて一直線に飛翔する。しかし、龍城は余裕の表情を見せていた。
そして、砲弾が龍城の眼前に迫った時、突如として、砲弾は爆発した。龍城の前に出現したのは、現在、陸海共同軍のみに配備された、特殊盾展開装置板から生み出される、レーザーの盾だった。
Red Star2は衝撃を受けた。まさか、敵の近代化がここまで進んでいるなど、考えもしなかった。
そして、その次の瞬間には、発煙筒は作動していた。周囲を煙幕が包み、視界を奪う。
残存する者は、煙幕に、機銃弾を撃ち込んだ。逃走しようとする敵を殺せる、僅かな希望にかけて。
やがて、煙幕は晴れた。その時、二人の姿はどこにもなかった。その場に残されたのは、生き残った四人と、骸になった三人だった。
Red Star2は、実妹に向け、撤退命令を出した。海面に浮かぶ姉妹を回収させ、上空に向け、信号弾を放つ。
青い煙が弧を描くように、空へ向けて飛び上がった。それは、作戦失敗を示すものであり、後方に控えた空母機動部隊にも撤退を促す合図だった。
それと同時に、近くに黒い霧が出現した。戦いを終えた戦艦は、自らの帰るべき場所に帰るため、その中に足を踏み入れる。沈黙を守り、その場を去る。その瞳には、何が映っていたのか、誰も知る由はない―――




