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少女なる兵器 Act.1〈旧版〉  作者: 深瀬凪波
第三次龍鬼戦争
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第六十九話 雪熱の暴風 ②

 時間は少し戻り、白波が机を破壊した頃とほぼ同時刻。療養室のベッドで眠っていた少女は、朦朧とする意識の中、目を覚ました。

 反射的に体を起こそうとするも、それと同時に体に走ったのは、これまでに感じたことのない痛みだった。その痛みは肋からきており、腹筋が機能していない。

 何がどうしてこうなったのか、少女は一切覚えていない。唯一分かることとすれば、自分は療養室で眠っていたことと、胸の奥がざわつく感覚だった。

 少女は唯一動かせる左腕を動かし、被せられていた布団を捲った。視線を体に向けると、患者衣を着せられていた。そして、動かせた左腕には、包帯が巻きつけられているのが確認できる。

 突然、少女の頭に激痛が走った。頭痛なんて比ではない。それよりも、もっと酷い痛みだ。その激痛により、体を捩ってしまったため、肋からくる痛みが少女を襲った。

 少女はしばらく苦しみ、体を覆っていた痛みから解放された。体は汗で濡れ、異常なほど気持ち悪い。

 だが、その体を這う汗の感覚が、少女の記憶を蘇らせた。包帯を染めた鮮血と、その下に隠れた傷は、厄災とも言える敵と交戦し、負ったもの。

 そして、自分がここにいるのは、姉が命を懸けて戦ってくれたためだった。


 その時、療養室の扉が開いた。その音に気づいた少女は、扉の方に目を向ける。そこに立っていたのは、松葉杖をついた、七人いる姉の一人と、鎮守府の医療機関とも言える女だった。

 二人は目を覚ました少女を見て、驚愕していた。長い間、生死の間を彷徨っていた彼女が、ようやく目を覚ましたのだ。

 特に、少女の姉は、口元を押さえて涙を流した。もう、妹が二度と帰ってこないのではないかと不安で、毎日のようにここに来ては、眠ったままの妹の手を握っていた。その時に込めた祈りが、叶った気がした。

 だが、目覚めたばかりの妹が放った言葉が、周囲の空気を変えてしまった。


 「風龍姉は……風龍姉はどうなりましたか……」


 一つの問い。その問いが、二人の表情を変える。部屋に満ちる空気が静まり返り、自らの心臓の鼓動すら聞こえてくる。

 医師である氷龍は、この事実をどう伝えればよいか分からなかった。この事実を告げることが、最善の選択だとは思えない。下手をすれば、精神的な病を患う可能性もある。

 そんな迷っている氷龍を横目に、少女の姉は松葉杖を突き、少女の元へと歩いていく。そして、近場に置かれている折りたたみ椅子を広げ、その上に座った。


 「雪龍、あなたには話さなければならない。だから、覚悟して聞いて」

 「水龍姉、それって……」


 少女の姉は、鋭い眼差しで言った。その言葉は、少女の心に深く突き刺さった。嫌な予感がするも、きっと気の所為だと自らに言い聞かせ、平常心を保とうとした。

 だが、姉が言い放った現実は、あまりにも無情だった。


 「神風の風の字……いえ、風龍姉さんは―――」

 「……っ!!」


 姉が言い放った言葉に、少女は絶句しながら胸を押さえる。嫌な予感は的中してしまい、姉の言葉を嘘だと思いたい。だが、姉は嘘をつかない人柄だ。もし、仮に嘘だったとしても、このような嘘は言わないと分かる。紛れもなく、これが現実だった。

 少女の目から、涙が流れる。涙は重力に沿って落ち、少女の耳と髪、療養室の枕を濡らした。

 知らなくていいことも世の中には存在する。しかし、それを永遠に隠し続けることができるかと言えば、それは至難の業だろう。

 大切な者の死は、残された者にに深い影を落とさせる。それが悲しみであり、試練であることに気づくことは少ないだろう。気づかない内に、その試練を乗り越えてしまうからだ。

 だが、時には乗り越えられない者がいることも、事実に過ぎなかった。療養室に伸びる二つの黒い影は、知らない間に寝食を続けていた―――




 雪龍が目覚め、半月が過ぎた。この間、鎮守府の状況は大きく動いていた。

 良かった事と言えば、霊花の助力もあり、雪龍の怪我がほぼ完治したことだ。絶えずリハビリを行った甲斐もあり、重傷を負う前とほぼ同じ動きができるようになった。

 また、それよりも前に発生した、敵艦隊による大規模な鎮守府への侵攻で重傷を負った者も同様、霊花の力を借りたことにより、順序、前線に復帰しつつあった。

 だが、一方で、新たな重症者が出たことも確かだった。雪龍が目覚めてから数日後、ブラジルで偵察任務を任された霧月が奇襲攻撃を受け、数日前まで生死を彷徨っていた。

 また、太平洋で情報収集の任務を与えられた潜水艦の被害も拡大していた。それも、敵駆逐艦からの攻撃ではなく、敵潜水艦の攻撃によるものだった。駆逐艦の爆雷による攻撃ならば、この被害の大きさは容認できる。しかし、敵潜水艦の魚雷による攻撃となれば話が変わってしまう。

 この地点で考えられたのが、既に処された裏切り者の藍龍が脱走時、Delta.38(デルタ38)誘導魚雷を盗み、敵に譲渡した可能性だった。そして、もう一つ考えられたのが、今もなお意識を失い、生死の狭間を彷徨い続けている諌龍とほぼ同じ、または上回る技術者が存在しているか。その真偽は、吸血鬼のみぞ知る。


 そんな中、執務室では普段と変わらない光景が広がっていた。鎮守府の主が書類仕事を行い、片付いた書類を妻が選別する。

 第三次龍鬼戦争が始まってから続くこの光景は、鎮守府だと見慣れたものとなった。というのも、第三次龍鬼戦争に突入してから、仕事量が極端に増加している。その大半が、負傷者の医療費や報告書などを占めていることは、誰も口にしない暗黙の了解だ。

 しかし、そのような書類ばかり目にしていたからだろうか、鎮守府の主はついに言葉を零した。


 「辛いな……仲間を失うのは……」


 その言葉に、鎮守府の主の妻が反応した。仕分けていた書類をその場に置き、立ち上がる。そのままゆっくりも後ろに回り込むと、肩の上から優しく夫を抱きしめた。


 「私もです。皆、簡単に死なないのは分かっていますが、敵の技量と性能によっては……」


 妻はそこで言葉を詰まらせた。現実を受け入れようとするのには、抵抗があった。龍桜姉妹すら、近代化して間もなく、敵の性能と物量に押され、その命を落とした。

 それからも同じようなことが続いた。敵は高性能の復帰しに物を言わせ、アライアンスを滅ぼしにきている。それも、人間を守りながら戦わなければならない不利な点を突いて。

 ふと、鎮守府の主は、妻の手が震えていることに気づいた。隠し通していたつもりだったらしいが、妻の心の内側には恐怖が生まれていようだ。それは、仲間を失う恐怖だ。

 鎮守府の主は、妻の手を優しく握った。


 「大丈夫だ。これ以上、こんなことには……」


 鎮守府の主が、妻を安心させようとした時、突如として、壁に固定された緊急用の電話の着信音が鳴り響いた。この場合、大抵は他国からの救援要請がたるため、鎮守府の主は、素早く受話器を手に取った。


 『こちら、アライアンス……』

 『こちら緋龍。提督、緊急の連絡です!!』


 受話器の先から聞こえてきたのは、緋龍の声だった。その声色からして、事態は深刻らしい。


 『何があった? 簡潔に頼む』

 『瀬戸内海に敵打撃部隊が侵入、及び、雪龍が単独でそれの殲滅に向かいました!!』


 緋龍の報告に、鎮守府の主は、思わず受話器を手放してしまった。その声は水月にも聞こえており、あまりの衝撃に、両手で口を押さえていた。

 鎮守府の主が手放してしまった受話器は、コードで本体とつながっていたため、床に衝突する直前で止まった。それは、床まで僅か、数ミリの距離だった―――

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