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少女なる兵器 Act.1〈旧版〉  作者: 深瀬凪波
第三次龍鬼戦争
88/109

第六十八話 終を迎えし風 (完全版+α)

 風が吹き荒れ、波が大きく蠢く紅い海上。その空間は、叫び声をも拒絶するほどの静寂に包まれている。

 そこに立つのは『神風の風の字』の異名を持つ女。そして『紅い流星』と呼称された、厄災とも言える敵。

 勝負の行方は既に決まっていたのかもしれない。かつて、紅い流星を海野藻屑に変えた『死の花園』ですら、海野藻屑になるかもしれなかったのだから。

 ―――鎮守府でけたたましく鳴り響くのは、緊急事態を知らせる警報機のものだった。鎮守府のあらゆるところに設置されたそれは、日常を過ごすアライアンスの戦士達を戦場へと引き戻す。

 廊下からは、足音が鳴り止むことを知らない。海軍の者は緊急招集を受けた後、鎮守府の主から下された指令を遂行するべく、第三射出カタパルトへと走っていく。

 この事態を引き起こしたのは、一人の少女だった。一月前、重傷を負って療養生活に入ったにも関わらず、鎮守府に入ってきた一つの情報を聞き、海原へ飛び出した。その先に待ち受けるものが、厄災と知りながら。


 執務室は薄暗く、温度を感じることはできない。そこに立つ男は、執務室の机の前を右往左往しながら、後ろで組んだ手をひっきりなしに動かしている。

 男は慌てているのだ。無許可で鎮守府を飛び出した少女がどこにいるか分からない上、艦隊も今すぐには動かせない。それどころか、ほとんどが大破の損害を負った艦隊が、もうすぐ帰投する。

 絶えず動き続ける思考は、熱せられたなどという表現では済まない。変わらない現状を変えようとしては、膠着状態が続くばかりだ。

 ふと、男は壁に掛けられた固定電話が目に入った。その電話は、日本がまだ文明開化の時代に入ったばかりの頃、使われていたものに酷似している。しかし、これこそが状況を打開できるかもしれない解決策だった。

 だが、男はそれを使うか躊躇う。言葉に表せないそれは、男の信念を曲げなければできないことだ。

 それでも、彼女、神風の風の字を失うことには代え難い。

 男は電話に手を伸ばし、受話器を手に取った。


 「俺だ。すまないが―――」




 「―――お前を助けることはできない」

 「お気遣いどうも。だけど、私は死ぬ覚悟でここにいる。舐めてると火傷するわよ」


 紅が支配する空間に、二つの人影が伸びる。

 一方は鹿の骸骨に人間の体、男の声色をしている。だが、漆黒ローブで覆われたそれは、本当に人間の体であるのか分からない。元より頭部が鹿の骸骨なのだから、人間の体ではないのだろう。

 もう一方はアライアンスの戦士。消炭色のセーラー服を身に纏うその姿は、この戦場とは懸け離れた世界を彷彿とさせる。少女が背負う艤装はそれを消去しようとするが、その努力も虚しく、骸骨の想像する世界を消せなかった。

 少女は短刀を強く握り、骸骨へ向かって絶対零度の視線を送る。効果はなくとも、骸骨の形をした死を目の前にして、警戒せずにはいられなかった。

 骸骨は少女を見つめる。若干十六、十七の肉体の少女から感じるものは、目を疑うほどの覇気。普通は見えないものだが、骸骨にはその大きさがはっきり分かる。

 だからこそ、少女と話したくなるのは必然的だった。


 「神風の風の字よ、なぜ単独でこの場に現れた?」

 「その名の通り、神風を起こしに来たのよ」

 「嘘を言うな。貴様ほどの者が、何も考えずにここに来たとは思えん。見るに、貴様を動かしたのはあの小娘の命であろう?」


 骸骨は、少女の目的を見抜いていた。単独行動の理由を隠すのには、理由がなかったため、見抜かれて当たり前だろう。

 少女は骸骨をじっと見つめている。眼前に立つそれは、いつ襲い掛かってくるのか分からない。先ほど骸骨の形をした死と表現されたように、勝てる見込みは零に近い。

 そんな少女を気にすることなく、骸骨は話を続ける。


 「そういえば貴様、第一次龍鬼戦争の中、後期を知らないようだな」

 「ええ、そうね。私は津波で沈んでしまったから」


 少女の言葉にを聞き、骸骨は沈黙した。元より情報収集の過程で手に入れたものではあるが、本人からの言葉ほど重みのあるものはない。もし、少女が生きながらえていたのなら、自身をも超える存在となっていたのかもしれない。

 しかし、それは骸骨の叶わぬ望みであった。少女の兵器時代に興味が湧いただけであり、それ以外の理由はない。

 だが、骸骨は少女の内心を読み取っていた。彼女がこの場にやってきたことを踏まえると、理由も説明することができた。

 その内心を確証した骸骨は、少女に一つの提案をする。


 「神風の風の字よ、貴様も吸血鬼になれ。さすれば、お前の大切な者は奪わせはしない。我が約束する」


 骸骨はそう言い、胸に拳の親指の関節を突き立てた。これは、吸血鬼固有の誓いを示す行為だ。これを破りし者は、その場で死ぬと言い伝えられ、実際に死んだ者もいるそうだ。

 少女は沈黙した。骸骨の行動と言動は、信頼に値すると見て良いだろう。もしこれを受け入れれば、姉妹の命は保証され、見たくもない血の海を見なくて済むことになる。

 だが、神風の風の字はそれを受け入れない。これまでに数え切れないほどの敵を殺し、多くの仲間を失った。ましてや、自分とその姉妹だけが助かることは、背負った二つ名が許さなかった。

 たとえ、吸血鬼になったとしたとしても、アライアンスは裏切り者として少女の排除に動くだろう。それを実行するのは大切な仲間、または姉妹かもしれない。

 だからこそ、言葉の意味を理解した上での回答だった。


 「私は吸血鬼にならない。必ずここで、お前を殺す」

 「…………そうか」


 骸骨は感情なく言った。いや、実際には悲しみの感情が声に孕まれている。しかし、骸骨であるがゆえの表情による表現ができないため、そう見えるだけだ。

 目の前に立つ少女は、自身の背負った者を第一に考え、ここで死ぬ選択をした。無数の命を救う方法はどのような形であれ、尊重に値するものだ。それが、今回の選択に過ぎなかっただけだった。


 次の瞬間、骸骨の纏う空気が変わった。先ほどまでの悲しみではなく、纏ったのは凄まじい殺気。空気を歪め、少女の心臓に食らいつくような殺気が周囲に満ちた。

 少女は短刀を強く握り、戦闘体勢を取る。その構えには一切の隙がなく、洗練されたものだった。

 刹那、鈍い金属音が周囲に染み渡る。波は荒れ、一瞬のみのベールを作り出した。

 それらを創り出したのは、神風の風の字と、紅い流星が刃を交えたことで発生した衝撃波だ。ポム色の二つ結びの髪と漆黒のローブが激しく揺らすそれは、強風の中にいるよいう表現よりもやや強いものだ。

 しかし、恐れられた歴史の具現化が、このような単純な攻撃をするだろうか。いや、するはずがない。そう言っている次の瞬間には、両者は激しい斬り合いに持ち込んだ。斬撃の閃光と火花が周囲を照らし、血しぶきを巻き上げる。

 だが、血しぶきが舞っていたのは両者ではなく、神風の風の字のみだった。神風の風の字の斬撃は凄まじいものだが、僅かに紅い流星の方が早く手数も多い。そこが差を生み、神風の風の字を押していく。

 しかし、神風の風の字はこの戦況を冷静に見ていた。このまま接近戦を続ければ、失血死することを理解しているからだ。この状況を脱するには、冷静になる必要がある。

 紅い流星の速度と手数は凄まじいものだが、その動きにはどこか必ず隙がある。それを発見するのに、時間は掛からなかった。

 次の瞬間、神風の風の字は手榴弾を取り出し、紅い流星に向かって投擲する。しかし、その手榴弾には安全装置がかかったままであり、起爆しようがない。

 だが、紅い流星の脳内に警報が鳴り響く。何かは分からない。だが、本能のような何かが手榴弾を危険だと言っているのだ。

 すると、神風の風の字は後方に飛び、斬り合いから脱した。宙に浮いている間に主砲を手に持ち、紅い流星に迫った手榴弾向けて弾丸を撃ち出す。

 これが神風の風の字の狙いだったと、理解した紅い流星は後方に飛び、手榴弾の破片からなるべく逃れるように動く。

 その次の瞬間、神風の風の字が発砲した弾丸は一直線に突き進み、手榴弾に命中した。それにより発生した爆発は破片を撒き散らし、周囲の生命を傷つける。

 紅い流星は至近距離の被弾こそ避けたものの、飛び散った破片によってローブに切れ目が入った。神風の風の字も破片を受け、頬から血が流れ出している。


 「見事であるな。我に勝てぬと知っての戦術か」

 「戦場とは常に変化するもの。お前も知っているはずよ」

 「そうだ、まさにそうだ。その変化の流れを生み出す技術はこれまでに類を見ないほど素晴らしい」


 紅い流星は神風の風の字の戦術を褒め、興奮気味に声を荒らげた。表情こそ変わらないものの、その奥には尊敬の眼差しが垣間見える。

 神風の風の字は、目の前の怪物が自身に興味を持っていることに心底驚いた。普通、祖国を滅ぼした敵を憎しむことはあっても、尊敬することはほぼないだろう。

 しかし、目の前怪物には明確な意思が確認できる。意味の分からない事態に、神風の風の字は表情一つ変えずに思考を巡らせる。

 だが、紅い流星は神風の風の字の瞳の奥を見ていた。僅かな動きこそが、何を考えているか理解するための最適解だからだ。


 「貴様、我の称賛の言葉に疑問を抱いているな? そんなに不思議なものなのか?」

 「ええ、憎しみの言葉以外は吐かれたことはない」

 「そうか、まあそうであろうな」


 神風の風の字は、思考を読まれたことに対する驚きを隠しつつ、怪物との会話を進める。話が通じる点、目の前の吸血鬼は何か違うのかもしれない。


 「我は龍彩と殺し合えればそれで良い。むしろ、それ以外の殺しは極力避けたいものだ」

 「…………その言葉に偽りはないか?」

 「ああ、我が君の命令がない限り、我は無駄な殺しはしない。実際、先も我が君の命令により動いただけだ」


 紅い流星の言葉に、神風の風の字は疑いの目を向ける。会話が通じるとはいえ、眼前の怪物が敵であることに変わりはない。それゆえ嘘をついている可能性を抹消しきれない。

 だが、それとは別に信用に値するものがあるのも事実だ。ここまで正々と答えられることや、敵を尊敬する言動から見て、絶対に信じれないとは言い切れない。


 「分かった。お前の言葉を信じるわ」

 「ほう、我が嘘を言っている可能性を考慮してその決断を出すか。貴様は頭の回転が非常に良いらしいな」


 紅い流星はそう言うと、再び得物を構える。朱く光るそれは苦無のようで、持ち手にはハングル文字のような何かが刻まれている。それは、命を奪うためだけに生まれたもののようだ。

 神風の風の字は瞬時に短刀を構え、凄まじい速度で突撃を始めた。波を薙ぎ払うその圧力は、周囲の空気の流れを変化させる。

 次の瞬間、両者は再び刃を交える。周囲の空気の流れが乱れ、火花が散る。

 紅い流星は再び斬り合いに持ち込もうとするも、今回はそうはいかなかった。気がついた時既に、神風の風の字の姿がどこにもなかったのだ。

 紅い流星は背後に殺気を感じ取る。何が起こったのかは明白で、紛れもない真実のみがそこにあった。

 刹那、紅い流星の背中に刃が走る。人間では反応できないそれは、漆黒のローブを大きく斬り裂いた。直前に全身を入れたことで損害こそないが、相手の力量を垣間見る結果となった。

 紅い流星は振り向き、手に持った得物を振り下ろす。一瞬にも満たないそれは、神風の風の字が受け止める。


 「貴様、徨龍剣術の使い手か!!」


 骸骨の放つ言葉は、徨龍剣術の使い手に届くことはない。仕留めようが仕留められまいが、敵から一瞬視線を切ることのできるこの剣術は、白銀の戦艦から継承したものだ。

 継承者は師より奥の手として隠し通せと言われていたが、ここで使わざるを得なかった。あの瞬間、紅い流星は死の煙を身に纏おうとしていた。その意味は、死の花園から伝えられた言葉を聞いた者のみ知る。

 やがて、紅い流星は斬撃戦に持ち込ませる。神風の風の字は押され始め、再び鮮血が舞いあがるのを視認する。

 だが、神風の風の字はこの状況を好機と見た。それどころか、この状況こそが必要な場面だと理解した。


 「よくもまあ、無防備でいれるわね! お前はもうすぐ海の藻屑になる!!」

 「ほう、それは楽しみだ」

 「空に注意しなさい。頭を失いたくなかったらね!!」


 両者は言葉を交わしながら斬撃を続けている。決して余裕があるわけではない。だが、命を賭けた戦いだからこそ言葉が出るものなのだろう。己の生きた証明をするように、命の消耗戦を繰り広げるのだ。

 そして、神風の風の字は既に引き出しを開けていた。弾幕のように吐き出される斬撃の中、背負った艤装は水面下で動いていた。万が一のためにと、開発を依頼した新型の爆雷『R No.333(リアルナンバー333)』は、海水と同色の塗装が施されている。視界の中の見えない場所から起爆されるそれは、機雷と同じものだった。

 次の瞬間、神風の風の字は後方に飛び、斬撃戦から抜け出した。


 「じゃあね。二度と妹達に手を出さないでちょうだい」


 その言葉と同時に構えたのは、12.7センチ連装砲G型改三。それは、強力な榴弾に対応するべく開発された、旧大龍帝国最後の小口径主砲の量産型。

 無論、紅い流星は鹵獲されたそれを見たことがある。海中で起爆する時限信管榴弾の威力は、潜水艦に損傷を与えることすらできる。

 それらが脳内に巡った時、紅い流星は神風の風の字狙いを理解した。視線、砲口の向き、殺気を孕んだ穏やかな目。それら全てが結ぶものは、火薬の爆発と水しぶきだった―――




 時は少し遡り、青海原を瞳に宿す鎮守府に、Brad5-1(ブラッド5-1)から奇襲攻撃を受けた遠征艦隊が帰投した。その状態は酷い有様で、護衛対象だった夜月を除く全員が重傷を負っていた。

 中でも、雪龍の負った傷は見るに堪えなかった。頭部と左腕を除く全ての部位に袈裟に斬られた深傷が見られる。頭部からの出血は爆発によるもので、おそらくは手榴弾を至近距離で受けた可能性がある。それに加え、雪龍は意識を失っている。命を繋いでいるのが不思議なくらいだ。

 鎮守府に控えていた医療班は、艦隊の命を繋ぐために治療に取り掛かった。しかし、その速度は非常に遅い。

 本来ならば救える命と救えない命を選別する必要がある。しかし、鎮守府の全医療を統括する氷龍は、全員を生かすことに賭けた。

 幸いにも、雪龍を除く艦隊の傷は即座に治療可能なもので、定期的に医療講習を受けていた者が数人掛かりならば治療が可能である傷だった。

 懸念点は感染症だが、今はそのようなことを言っている場合ではない。目の前のストレッチャーに横たわるのは、今まさに生死を彷徨っている状態にある少女だ。

 氷龍は少女の命を繋ぐため、手術室に向けて移動を始める。この未来がどうなるかなど分からない。だが、これ以上仲間を奪わせない信念と執着が、氷龍の体を動かしていた。


 一方で、執務室では黒電話越しの論争が起こっていた。鎮守府の主が必死に訴える風龍の救出協力の要請は、相手にことごとく取り下げられてしまう。

 その相手とは、現アライアンス最高権力者である龍造去音だ。彼女は頑なに暁翠の要請を受け入れようとはしなかった。それどころか、風龍を見捨てるよう促していた。

 その言葉に対する鎮守府の主の返答は怒りの言葉で、今にも去音を殺すことも厭わないほどだ。


 『去音、いい加減にしないか!! お前だって分かっているだろ。残された者が背負うものを!!』

 『何を言っているの? ここで彼女が死んでも、損失はいくらでも補填できる。その見込すら立てないほど、あなたの脳は馬鹿になったのかしら?』


 去音との論争を続ける内に、鎮守府の主の頭の水は沸騰の一斗を辿った。放たれる言葉の一つ一つが蛇足で、家族とも言える存在を道具と同じ扱いをする言動に、殺気が抑えられない。

 だが、去音はあふれ出る殺気さえも利用している。それはより、鎮守府の主の怒りを底上げする。


 『お前、よくもそんなことが言えるものだな。お前のその言葉が何を生むか、分かっているのか!!』

 『分かりたくもないわね。あなた達は下層の存在。その立場を理解した上で、今から仕事をしなさい。じゃあね』


 去音はそう言うと、鎮守府と金融屋を繋ぐ電話を切った。

 鎮守府の主は受話器を握り、その場に立ち尽くした。無音の執務室に響くのは、糸が切れたような音のみだった。

 次の瞬間、鎮守府の主からこれまでに類を見ない殺気が溢れ出た。あまりの圧力に空気が歪み、提督帽が浮き上がっている。

 それだけには留まらず、圧力は強くなるばかりであり、周囲のガラスを全て破壊する。窓や小物の入れ物、棚まで幅広く、無差別に、執務室を変化させる。

 そして、気づいた時には轟音とともに、机に拳がねじ込まれていた。机には亀裂が入り、半ば崩壊しかけている。

 鎮守府の主は冬でもないのに白い息を上げ、服越しに隆起させた血管をあらわにする。目は揺らいでおり、焦点が合っていない。何も発さず、ただ破壊した机に視線を落とすだけだ。


 その時、突如として執務室に赤黒い霧のようなものが出現する。見た目は本当に霧のようではあるが、それは砂粒のような粗い粒の塊で構成されているようだ。

 このようなものを扱うのは、旧大龍帝国の生き残りに他ない。それも、高位の術式を扱える者だ。

 やがて、術者は赤黒い粒子の中から姿を現す。その姿は、去音と対立した際に幾度も見た顔だ。何を言おうその顔は、この世の生々しい現実を見てきた顔立ちをしている。


 「遅くなった。さあ、始めようではない……か……」


 術者は眼前の光景に言葉を失う。そこに映るのは、拳を机に突き立てたまま動かない不器用な男の姿だ。何があったのかは想像がつくが、あえてそれを言おうとは思わない。

 男の背中は重く、暗いものだ。もしその背に手を触れれば、男は周囲の命を狩り尽くすほどの怒りを放出するだろう。

 その男にできることと言えば、冷徹な言葉をかけることだけだった。


 「落ち着け、阿呆が。今は怒りに支配される時ではない」

 「分かっている。だがな薬屋、去音の言葉は命を冒涜する行為だ。許せるはずがない」


 薬屋と呼ばれた術者は、男の怒りを孕む声を黙って聞いた。男の言っていることは正しく、薬屋もそれに同意している。

 だが、男が今求めているのは、大切な仲間のいのちの安全であった。もしそれが叶わなければ、この先の未来で亀裂が生まれることは目に見えている。だから、薬屋は水晶を取り出し、そこに力の断片を注ぎ込む。

 男の望むことを叶えるために必要な過程を進める空間は、沈黙と薄暗い靄に包まれている。決して執務室に靄が発生したわけではない。外の空が、暗雲に包まれ始めていた―――




 ―――水しぶきが舞う空間で、神風の風の字は危機感を覚えていた。紅い流星に不意を突いた一撃を与えたとはいえ、この程度の攻撃で沈むのであるならば、敵は艦名だけで呼ばれていることだろう。

 無論、神風の風の字の予想は的中し、紅い流星は水しぶきの中から黒い影を覗かせた。紅く光るその瞳の輪郭は、強者としての威厳を見せつけている。

 そして、水しぶきが晴れた時、両者は再び睨み合った。


 「先ほどの攻撃、見事であった。我でも気づくことができなかったのだ、誇りを持って散るがよい」

 「そんなこと言ってて大丈夫? お前の正体、今こそこの目で確認したわよ」


 神風の風の字の視線は、紅い流星の胸元をはっきりと捉えている。その視線の先に映るのは、僅かに見える紅い光だ。

 複数の爆雷が爆発したことにより、体を覆っていた漆黒のローブの一部が裂けたようだ。その隙間から見える紅く光る何かは、紅い流星の心臓部を意味しているのだろう。

 元より、紅い流星はこれまで刃を交えたどのような敵とも違う。ましてや、これまでの敵に骸骨の敵は存在しなかった。それが突如、骸骨となって現れたとするならば、何かしらの仕掛けがあると考えるのは自然なことだろう。

 しかし、紅い流星はそんなことを意に返さない。それどころか不気味に笑い、神風の風の字をより強いまなざしで見つめる。


 「そんなことを知ってどうする? 貴様が死ぬことに変わりないのだぞ」

 「誰がこんな場面で死ぬのよ。私は神風の風の字、自然災害以外で命を落とすことはない」


 なんと言えば良いのか表しようがない。決して油断しているわけではない。それでもなお、両者は本気を出していないように見える。

 だが、それと同時に未来を見据えるその瞳は、明確な光を宿していた。

 そして、神風の風の字は前に踏み込み、紅い流星を斬るべく動き出した。この先の未来は二つの道がある。または第三の未来があるのかもしれない。それでも今は、賭けに出るしかない。

 紅い流星は両手を広げ、脇腹付近に赤黒い靄が出現させる。それは、神風の風の字が徨龍剣術を使用した際にも見た死の具現化。その未来は予想していた。

 次の瞬間、赤黒い靄の中から数本の閃光が伸びる。それは尾を引きながら、神風の風の字をこの世から消す軌道を進む。

 神風の風の字は予想していた未来を回避するべく、持ち前の機動力で迫りくる死に対応する。その分速度は失われるため、大きな隙を生んでしまう。そして、それを紅い流星が見逃すはずがない。即座に追撃の閃光を放つ。

 神風の風の字は明確な殺意を孕んだ閃光を避けるべく、回避を行おうとする。だが、ここで己の冒した無謀とも言える判断が牙を剥いた。

 腹に走ったのは、何かが裂ける痛みと生暖かい液体の滴る感覚。鉄錆の匂いを発するそれは、自身に制約を課した忌々しいものだ。それは同時に、体の動きを一瞬だが封じた。それが刺すことは、殺意を孕んだ閃光を躱すことが困難であることだ。

 神風の風の字は必死に体を捻る。損傷を最低限に留めるためには、軋む体を必死に動かすしかなかった。

 しかし、その努力も虚しく閃光は体に突き刺さり爆発を起こす。左肩に命中したそれは、多連装噴進砲を完全に破壊し、腕を斬り落としたくなるほどの痺れを残した。


 「対艦誘導弾……その攻撃は本当に厄介ね……」

 「なんとでも言うがよい。我の真骨頂はこれなのだ」


 神風の風の字は左肩を押さえながら言い、紅い流星は赤黒い靄を発生させながら言う。手のひらで踊らされる感覚は途絶えず、心理戦が続く。

 だが、その結果は神風の風の字の劣勢に傾きつつある。腹の傷が開いた今、眼前の死に打ち勝つことはほぼ不可能に近くなった。

 それでもなお、神風の風の字は戦うことをやめない。残っている右肩の多連装噴進砲から、対艦弾頭の噴進弾を数発発射する。閃光とまではいかないが、それは十分な速度を持っていた。

 しかし、紅い流星はそれさえも軽々と躱してしまう。攻撃を受けずに一方的に神風の風の字を追い詰めるその姿は、まさに怪物と言っても過言では無いだろう。

 紅い流星はそれらを躱すと同時に、神風の風の字の懐を侵略する。それはまさに電光石火。先ほどよりも速くなった速度に、神風の風の字は僅かな遅れを取る。

 次の瞬間、再び火花が散る。紅い流星の攻撃を神風の風の字は受け止めるが、それは本当に紙一重のところであった。今でさえ、若干紅い流星に押されかけている。

 だが、この間合いは神風の風の字にとって好都合だった。瞬時に紅い流星を押し返すと、再び距離を確保するべく後方に飛ぶ。

 その刹那の間に、神風の風の字は罠を仕掛けた。海中に投下したそれは、紅い流星の目がとらえることはできなかった。それはあまりにも致命的で、神風の風の字は手の中で踊らせる状況に持ち込もうとしている。

 再び、神風の風の字は斬り合いから撤退し、安全圏へと避難する。

 それを視認した紅い流星は、神風の風の字を追撃するべす瞬時に動く。

 だが、それと同時に目に入ったのは、神風の風の字が握る何かしらの起動スイッチ。それは既に押され、何かが動き出していことが分かった。


 ―――海中から姿を現したものは、金属で造られた無数の鎖。その先端には鉤爪が取り付けられ、対象を捕獲するためには最適な作りをしていた。

 神風の風の字の狙いはこれだった。例え効果はなくとも、ほんの一瞬だけでも、紅い流星の動きを封じるための時間が欲しかった。

 鎖は狙い通り、紅い流星を四方八方から拘束し、互いに絡み合う。その効果によって、紅い流星は動きを封じられた。

 立て続けに神風の風の字は発煙筒を放り投げる。それは紅い流星の視界を覆い、一瞬の内に白の世界作り出す。

 紅い流星は身を捩り、鎖の強度を確認する。どうやら粗悪品の鉄が使われているらしく、本気を出せば破壊できないことはない。だが、それは今ではない。

 次の瞬間、神風の風の字が視界に映る。一瞬の内に斬撃を入れ、紅い流星のローブが裂ける。それは身に届かずとも、核を覆う体には確実に負荷をかけている。

 そして、その攻撃は何度も繰り返された。鎖が斬撃の邪魔をする中、何度も、何度も、これでもかというほど斬撃は撃ち込まれた。

 しかし、攻撃に集中する内に神風の風の字は忘れていた。目の前の敵が死という強大な存在であるとを。


 神風の風の字が再び煙幕に突っ込み、次の斬撃を繰り出そうとした瞬間、鉄の破壊される音が響いた。それは、紛れもない粗悪品のものが発する音だ。

 そして、煙幕の中から紅い流星が飛び出す。神風の風の字は短刀を振り上げたばかりで体勢が悪い。それに対し、紅い流星は神風の風の字の懐を取っている。

 この状況下において、神風の風の字が紅い流星の攻撃を躱す手段は存在しなかった。何が起きたのかすら認識できないまま、その腹を横一文字に斬り裂かれてしまった。

 その一瞬の内に、紅い流星は回し蹴りを繰り出す。それは神風の風の字の脇腹に命中する。神風の風の字は自身の肋の骨が砕ける音を聞き、そのまま吹き飛ばされた。

 幸いなことに、直前で受け身を取っていたため、神風の風の字は体勢を立て直し、水面に着地する。だが、視界に映る現実はそれを許さない。

 眼前に映ったのは、既に懐を侵略した紅い流星だった。この距離からして回避は間に合わない。かと言って、紅い流星が致命傷を負わせられる距離でもない。

 その僅かな時間の中、神風の風の字は答えを導き出す。


 導き出された答えは、自身の左腕を犠牲にすることだった。その結果、繰り出された斬撃は左腕を深く斬り裂いた。痛いなどでは済まないその傷口からは、滝のように血が流れ落ちる。

 しかし、これによって紅い流星の動きが僅かに止まった。この瞬間こそが、千載一遇の好機だった。

 神風の風の字は短刀による横薙ぎを繰り出した。しかし、紅い流星はそれを軽々と躱してしまう。

 だが、その横薙ぎは紅い流星を後退さる。その隙を利用し、神風の風の字は蹴りを繰り出し、紅い流星をさらに後方へ吹き飛ばした。

 しかし、究極の選択は全く戦果を上げなかった。先ほどの傷は骨まで届き、筋肉の神経が切断されている。それは手た、に持っていた主砲を手放してしまうほどで、左腕が二度と使えないことを意味していた。

 それに加え、出血多量と古傷が開いたことによる行動の制限は、神風の風の字を苦しめている。いつもなら受けない傷でさえ、今は受けてしまっている。


 「くそったれ。二度と妹達を抱きしめられないじゃない」

 「する必要もない。貴様はこの場でただの肉となる」


 両者が言葉を交わす。殺意こそ明確なものの、ここまできてしまえば勝負は決まっているようなものだった。神風の風の字が重傷を負ったのに対し、紅い流星は軽傷どころかほぼ無傷の状態を維持していた。

 そのような絶望的な状況下で、神風の風の字は迫りくる死をまっすぐな瞳で見ている。それは、どちらが狩る側なのかをも錯覚させるほどだ。

 死が迫る中、神風の風の字は紅い流星目掛け、唯一の獲物である短刀を投擲した。悲しいことに、血を流しすぎた少女の体から繰り出される一撃を、死は軽々と躱す。

 死はゆっくりと近づいてくる。重々しい空気が周囲を支配し、気を抜けば今にも呑み込まれてしまいそうなほどだ。それは、少女の僅か数メートルの距離まで迫っていた。

 しかし、神風の風の字は諦めてはいない。この刹那の時間に頭に思い浮かんだ策を実行する。スカートに巻きついていた鉄製のベルトを解き、迫りくる死に鞭とほぼ同じ一撃を与える。

 何が狙いなのか、死はそれを躱すことなく額で受けた。その一撃は骸骨の頭部に亀裂を入れるも、死の重圧を消し去るには足りない。

 ベルトを振るったことで生まれた僅かな隙を突き、死は少女の命を奪う一撃を突き刺す。それは肉を抉り、臓器にも損傷を与えた。

 少女は死の手から逃れるべく、後方に飛ぼうとする。だが、今刺された傷のせいか古傷のせいか、体の動きが一瞬止まってしまう。

 死はそれを見逃さず、疎かになりつつある少女の意識の外を攻撃する。そこで繰り出されたのは目突きだ。片方だろうと視力を失えば、攻撃する隙が大きくなることを骸骨は知っていた。

 少女はその動きに反応し、眼球を守るべく間に手を入れようとする。同時に目を閉じようともするが、血を流しすぎたせいか判断能力が鈍り、手を動かしてから僅かに時間が掛かってしまった。

 無論、その僅かな隙が戦場では生死を分ける。その判断の遅れが導いたのは、左眼球の喪失だった。眼球は完全に潰され、残った空洞からは血が溢れ出す。そこに走る痛みは、この世のものではないように思えた。

 その痛みを知ってもなお、死は少女に生きている苦しみを植え付ける。先ほどまで少女の腹に突き刺していた得物を抜くと、少女の意識がいっていないであろう膝にそれを突き刺した。

 少女の悲鳴が静けさを保つ海に響く。痛みを我慢することも、抵抗することもできない。これほど苦しく、屈辱的なことがあっただろうか。記憶を掘り返しても、その言葉に引っ掛かる記憶は存在しない。

 死は少女の眼球に突き刺していた指を引き抜くと、瞬時に少女の首を鷲掴みにする。そのまま力無き少女を宙に上げ、強く首を絞める。


 「これで貴様は何もできまい。最後の選択肢を与えよう。吸血鬼になるか、龍として死ぬか。ここで選べ」

 「……っ!!」


 薄れゆく意識の中、少女は必死に頭を回していた。この場で死ぬことは、決してできない。元より死ぬ覚悟ではいたが、残してしまう妹達のことを考えると、死ぬことはできなかった。

 そんな中、少女は思念を伝え、肩に取り付けられた多連装噴進砲の俯角を僅かに下げる。偶然だったが、骸骨の頭蓋骨を狙うことができた。そして、残弾はまだ残っている。生きるためにやるべきことは、一つだけだった。

 少女は骸骨目掛け、噴進砲の砲弾を出し惜しみなく撃ち出した。狙い通り、骸骨は少女の首を絞める手を離した。その隙を使い、少女は煙幕を放とうとする。

 だが、それよりも早く死の閃光が飛んだ。少女は反応できず、閃光の直撃を受けてしまった。体は吹き飛ばされ、少し水面を転がったところでやっと止まった。

 少女は体の感覚が無くなりつつあるのを感じた。顔が腕に乗っているにも関わらず、その重さと痛みを感じることができない。それどころか、腕が若干冷たい気さえもする。

 視界は霞み、周囲が少しづつ黒くなりつつあるのが分かる。さっきまで考えていたことすら忘れてしまい、意識がありとあらゆるところに点在している。

 しかし、少女は立ち上がる。明確な理由はどこにもない。ただ、己が背負った名に恥じぬようにと、自然と体が反応していただけだった。


 「驚いたものだ。その傷でまだ立ち上がるか」


 煙の中から、骸骨の形をした死が現れる。目の前に映る神風の風の字の姿は、足元のおぼつかない一人の少女のようだ。焦点が合っておらず、体のあらゆるところが震えている。

 少女は眼前の骸骨が何を言っているのか分からない。風が肌を触る感覚、波の音すらも感じることができない体は、既に限界を超えていた。

 それでもなお、背負った重石が少女を動かす。


 「私は、神風の風の字……誰にも負けない。自然災害以外では、絶対に、沈まない……」


 弱々しくも重みのある言葉。己の絶対的な自信と大切なものを守るための言葉は、骸骨の心に何かを投影させた。その正体は分からず、ただ気に留めるだけであった。

 そして、眼前の少女は死の選択を取った。ならば、その選択が導く終を与えなければならない。

 骸骨の形をした死は、得物を空高く振り上げた。


 「神風の風の字よ。貴様の勇姿、見事であった―――」


 ―――せめてもの情の言葉。それは、これから死に逝く戦死へ向けた鎮魂歌の代わりだった。

 血しぶきの雨が舞い、自然へと帰る。それは、一輪の花が枯れゆくための必要な過程だった。

 少女は赤黒い空を見ながら、自身の意識が消えゆくのを感じ取る。感覚のない体を動かし、胸である場所に手を当ててみる。その手を視界に移すと映るものは、大量の血だった。

 少女は全てを悟り、その顔に笑みを浮かべた。


 「はは……これが、限界まで足掻いた人生の……結末か……」


 言葉は震えていた。既に視界の大半が暗く、目の前すらまともに見えていない状態だった。

 脳裏にはこれまでの記憶が駆け抜ける。世に言う走馬灯と呼ばれるものなのだろうそれには、あやふやになりつつあった兵器時代から、今この瞬間までの記憶が駆け巡る。

 己の生涯を振り返った少女は、心の奥に眠る靄を感じ取る。後悔はどこにも見当たらない―――はずだった。今もなお、残してしまう妹達のことを考えると、涙せずにはいられなかった。

 もし、姉妹全員で生き残ることができたのなら、いつものように笑って過ごせたのかもしれない。

 しかし、それは二度と叶わない夢。全ては記憶の中に溶け消えてゆく。


 (提督、皆……先に逝く……次会う時は、また、笑って過ごせるれば……いい……な……)


 少女の最期は孤独だった。看取った者は近くにいたが、それは殺さなければならない敵で、少女の命を奪った死でもあった。ゆえに、少女は孤独だと判断できた。

 だが、少女にとってその事実はどうでもいいこと。願うのは残してしまう妹達の幸せと、いつか仲間に訪れるであろう平穏だった。

 数々の戦場を駆け、自然災害によって一度はその生に終わりを告げた駆逐艦。人に成ってからは、僅かな幸せを噛み締めながら生きていた。

 神風の風の字―――風龍は、迫りくる死との交戦の末、二度目の生涯に幕を下ろした。


 少女を看取った骸骨は、目の前に転がる亡骸を見下ろした。だが、その目は何かが違う。軽蔑するわけでも、勝利をかみしめるわけでもなかった。


 「ああ、何とも嘆かわしい。これほどの者が、なぜ死なねばならぬのだ。―――さえ無ければ、伸び伸びと生きられたであろうに」


 風は骸骨の声を包み、発せられた言葉の一部を掻き消す。それは少女の抵抗のように思え、その場にいるだけで胸が抉られるような感覚を覚える。

 骸骨は少女の亡骸の前に膝をつき、開いたままの目をゆっくりと閉じさせた。そのまま自身のローブを手に持ち、一部を破ると、その切れ端で可能な範囲、少女を赤く染める血を拭いた。

 少しして、少女の亡骸から見える範囲での血が消えた。服に染みついた血は取れなかったが、これ以上少女が血に塗れぬようにと、能力で傷口を塞いだ。

 最後に、どこからか取り出した白のカーネーションを少女の胸元に置き、手を握らせた。

 骸骨は再び立ち上がり、紅く染まる空を見上げる。空は分厚い雲に覆われ、日の光が見えることはない。雲の向こう側には、きっと素晴らしい景色が広がっているのであろう。

 だが、骸骨はその景色を思い浮かべるだけで、見る努力はしようと思わない。その決意は、見えない何かを背負った背中が語りかけている。

 そよ風が吹く中、骸骨の身体は黒い霧に包まれていく。その霧は風に流されることなく、ゆっくりと骸骨を侵食していった。

 そして霧が消えた時、骸骨はその場にいなかった。

 紅が支配する空間には、そよ風が吹き続けている。少女の手に握られたカーネーションは、僅かに揺れていた―――




 ―――紅が支配する空間に、白い霧が発生する。そこから姿を現したのは、アライアンスから送り出された戦士達だ。

 廷羅の協力により風龍のおおよその位置を割り出したことにより、戦士達はこの海域に赴いた。

 だが、目の前に広がる光景は現実味を帯びていない。このような空間に風龍が訪れるはずがない思った。冷静な彼女ならば、絶対にそうするだろう。

 しかし、紅い流星と恐れられる厄災がいる以上、時は一刻を争う。彼女が奪われてしまう前に探し出す必要があった。

 空から、海上から、海中から。即席で投入された者達は死に物狂いで捜索を行う。その時の表情は、切羽詰まったものだった。


 ―――そして、彼女達は見つけてしまう。波に揺られながら海上に横たわる風龍の姿を。

 横たわる風龍からは、一切の体温を感じられない。それどころか、手には一輪のカーネーションが握られている。仮に風龍がカーネーションを持っていたとして、このような死に方をするだろうか。

 捜索隊は風龍に近づく。中でも、秋龍と霜龍の足取りは早かった。眼前に広がる光景を拒絶しながら、横たわる姉の体を起こした。

 だが、そこで得られたものは姉の死という現実だけだった。現実味を帯びないそれを信じられない。姉が死ぬことなど、自然災害以外ではないはずだ。


 「風龍姉さん、起きてください……鎮守府に……私達と」

 「約束はどうなったんですか!! 絶対に置いていかないって……言ったじゃないですか!!」


 感じられない体温、服に付着した血の量からして風龍が死んでいるのは分かる。それでもなお、叫ばずにはいられなかった。

 捜索隊に参加していた龍城は、泣き崩れる二人の姿を見て拳を握りしめた。表情こそ変わらないが、その瞳には激しい怒りを孕んでいる。

 その背後に立つ女は、風龍の亡骸をじっと見つめた。動揺するわけでもなく、ただただ見つめているだけである。そして、彼女の体には傷跡こそ見られるもの、血液は服に付着してたもの以外が拭き取られていることを理解した。紅い流星は風龍を丁重に弔ったらしい。

 この現実が変わることは永遠にない。たった一人の死が、アライアンスに大きな揺さぶりをかけた。

 神風の風の字と謳われた少女は、その目を固く閉じた―――

《旧大龍帝国 首脳陣》

(第一陣戦術統括部門/去音金融社長/旧大龍帝国政会主任)

・旧大龍帝国元三代首脳 龍造去音


(薬品調合部門/旧大龍帝国政会副主任)

・旧大龍帝国元七代首脳 龍造廷羅


(軍備管理部門/鎮守府元帥)

・旧大龍帝国元十三代首脳 龍造暁翠


《旧大龍帝国 海軍》

(風龍型駆逐艦)

・一番艦 DF-001 風龍

・七番艦 DF-007 霜龍

・九番艦 DF-009 秋龍


《旧吸血共和帝国 海軍》

(Brad5級ミサイル重巡洋艦)

・一番艦 RB-01 Brad5-1


【裏設定㉞】

Brad5-1の存在自体は構想時から存在しており、ミサイル巡洋艦としての存在も確定していた。そんなBrad5-1が使用する得物である『刺突刀』と呼称されるものは苦無のように投擲することもできれば、短刀のように扱うことも、毒を含ませることも可能である。これを扱えたのはBrad5-1のみであり、アライアンスの戦士達が知らないだけで、その脅威はあまりにも大きいものだった。

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