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少女なる兵器 Act.1〈旧版〉  作者: 深瀬凪波
第三次龍鬼戦争
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第六十八話 終を迎えし風 ①

 「―――お前を助けることはできない」

 「お気遣いどうも。だけど、私は死ぬ覚悟でここにいる。舐めてると火傷するわよ」


 紅が支配する空間に、二つの人影が伸びる。

 一方は鹿の骸骨に人間の体、男の声色をしている。だが、漆黒ローブで覆われたそれは、本当に人間の体であるのか分からない。元より頭部が鹿の骸骨なのだから、人間の体ではないのだろう。

 もう一方はアライアンスの戦士。消炭色のセーラー服を身に纏うその姿は、この戦場とは懸け離れた世界を彷彿とさせる。少女が背負う艤装はそれを消去しようとするが、その努力も虚しく、骸骨の想像する世界を消せなかった。

 少女は短刀を強く握り、骸骨へ向かって絶対零度の視線を送る。効果はなくとも、骸骨の形をした死を目の前にして、警戒せずにはいられなかった。

 骸骨は少女を見つめる。若干十六、十七の肉体の少女から感じるものは、目を疑うほどの覇気。普通は見えないものだが、骸骨にはその大きさがはっきり分かる。

 だからこそ、少女と話したくなるのは必然的だった。


 「神風の風の字よ、なぜ単独でこの場に現れた?」

 「その名の通り、神風を起こしに来たのよ」

 「嘘を言うな。貴様ほどの者が、何も考えずにここに来たとは思えん。見るに、貴様を動かしたのはあの小娘の命であろう?」


 骸骨は、少女の目的を見抜いていた。単独行動の理由を隠すのには、理由がなかったため、見抜かれて当たり前だろう。

 少女は骸骨をじっと見つめている。眼前に立つそれは、いつ襲い掛かってくるのか分からない。先ほど骸骨の形をした死と表現されたように、勝てる見込みは零に近い。

 そんな少女を気にすることなく、骸骨は話を続ける。


 「そういえば貴様、第一次龍鬼戦争の中、後期を知らないようだな」

 「ええ、そうね。私は津波で沈んでしまったから」


 少女の言葉にを聞き、骸骨は沈黙した。元より情報収集の過程で手に入れたものではあるが、本人からの言葉ほど重みのあるものはない。もし、少女が生きながらえていたのなら、自身をも超える存在となっていたのかもしれない。

 しかし、それは骸骨の叶わぬ望みであった。少女の兵器時代に興味が湧いただけであり、それ以外の理由はない。

 だが、骸骨は少女の内心を読み取っていた。彼女がこの場にやってきたことを踏まえると、理由も説明することができた。

 その内心を確証した骸骨は、少女に一つの提案をする。


 「神風の風の字よ、貴様も吸血鬼になれ。さすれば、お前の大切な者は奪わせはしない。我が約束する」


 骸骨はそう言い、胸に拳の親指の関節を突き立てた。これは、吸血鬼固有の誓いを示す行為だ。これを破りし者は、その場で死ぬと言い伝えられ、実際に死んだ者もいるそうだ。

 少女は沈黙した。骸骨の行動と言動は、信頼に値すると見て良いだろう。もしこれを受け入れれば、姉妹の命は保証され、見たくもない血の海を見なくて済むことになる。

 だが、神風の風の字はそれを受け入れない。これまでに数え切れないほどの敵を殺し、多くの仲間を失った。ましてや、自分とその姉妹だけが助かることは、背負った二つ名が許さなかった。

 たとえ、吸血鬼になったとしたとしても、アライアンスは裏切り者として少女の排除に動くだろう。それを実行するのは大切な仲間、または姉妹かもしれない。

 だからこそ、言葉の意味を理解した上での回答だった。


 「私は吸血鬼にならない。必ずここで、お前を殺す」

 「…………そうか」


 骸骨は感情なく言った。いや、実際には悲しみの感情が声に孕まれている。しかし、骸骨であるがゆえの表情による表現ができないため、そう見えるだけだ。

 目の前に立つ少女は、自身の背負った者を第一に考え、ここで死ぬ選択をした。無数の命を救う方法はどのような形であれ、尊重に値するものだ。それが、今回の選択に過ぎなかっただけだった。


 次の瞬間、骸骨の纏う空気が変わった。先ほどまでの悲しみではなく、纏ったのは凄まじい殺気。空気を歪め、少女の心臓に食らいつくような殺気が周囲に満ちた。

 少女は短刀を強く握り、戦闘体勢を取る。その構えには一切の隙がなく、洗練されたものだった。

 刹那、鈍い金属音が周囲に染み渡る。波は荒れ、一瞬のみのベールを作り出した。

 それらを創り出したのは、神風の風の字と、紅い流星が刃を交えたことで発生した衝撃波だ。ポム色の二つ結びの髪と漆黒のローブが激しく揺らすそれは、強風の中にいるよいう表現よりもやや強いものだ。

 しかし、恐れられた歴史の具現化が、このような単純な攻撃をするだろうか。いや、するはずがない。そう言っている次の瞬間には、両者は激しい斬り合いに持ち込んだ。斬撃の閃光と火花が周囲を照らし、血しぶきを巻き上げる。

 だが、血しぶきが舞っていたのは両者ではなく、神風の風の字のみだった。神風の風の字の斬撃は凄まじいものだが、僅かに紅い流星の方が早く手数も多い。そこが差を生み、神風の風の字を押していく。

 しかし、神風の風の字はこの戦況を冷静に見ていた。このまま接近戦を続ければ、失血死することを理解しているからだ。この状況を脱するには、冷静になる必要がある。

 紅い流星の速度と手数は凄まじいものだが、その動きにはどこか必ず隙がある。それを発見するのに、時間は掛からなかった。

 次の瞬間、神風の風の字は手榴弾を取り出し、紅い流星に向かって投擲する。しかし、その手榴弾には安全装置がかかったままであり、起爆しようがない。

 だが、紅い流星の脳内に警報が鳴り響く。何かは分からない。だが、本能のような何かが手榴弾を危険だと言っているのだ。

 すると、神風の風の字は後方に飛び、斬り合いから脱した。宙に浮いている間に主砲を手に持ち、紅い流星に迫った手榴弾向けて弾丸を撃ち出す。

 これが神風の風の字の狙いだったと、理解した紅い流星は後方に飛び、手榴弾の破片からなるべく逃れるように動く。

 その次の瞬間、神風の風の字が発砲した弾丸は一直線に突き進み、手榴弾に命中した。それにより発生した爆発は破片を撒き散らし、周囲の生命を傷つける。

 紅い流星は至近距離の被弾こそ避けたものの、飛び散った破片によってローブに切れ目が入った。神風の風の字も破片を受け、頬から血が流れ出している。


 「見事であるな。我に勝てぬと知っての戦術か」

 「戦場とは常に変化するもの。お前も知っているはずよ」

 「そうだ、まさにそうだ。その変化の流れを生み出す技術はこれまでに類を見ないほど素晴らしい」


 紅い流星は神風の風の字の戦術を褒め、興奮気味に声を荒らげた。表情こそ変わらないものの、その奥には尊敬の眼差しが垣間見える。

 神風の風の字は、目の前の怪物が自身に興味を持っていることに心底驚いた。普通、祖国を滅ぼした敵を憎しむことはあっても、尊敬することはほぼないだろう。

 しかし、目の前怪物には明確な意思が確認できる。意味の分からない事態に、神風の風の字は表情一つ変えずに思考を巡らせる。

 だが、紅い流星は神風の風の字の瞳の奥を見ていた。僅かな動きこそが、何を考えているか理解するための最適解だからだ。


 「貴様、我の称賛の言葉に疑問を抱いているな? そんなに不思議なものなのか?」

 「ええ、憎しみの言葉以外は吐かれたことはない」

 「そうか、まあそうであろうな」


 神風の風の字は、思考を読まれたことに対する驚きを隠しつつ、怪物との会話を進める。話が通じる点、目の前の吸血鬼は何か違うのかもしれない。


 「我は龍彩と殺し合えればそれで良い。むしろ、それ以外の殺しは極力避けたいものだ」

 「…………その言葉に偽りはないか?」

 「ああ、我が君の命令がない限り、我は無駄な殺しはしない。実際、先も我が君の命令により動いただけだ」


 紅い流星の言葉に、神風の風の字は疑いの目を向ける。会話が通じるとはいえ、眼前の怪物が敵であることに変わりはない。それゆえ嘘をついている可能性を抹消しきれない。

 だが、それとは別に信用に値するものがあるのも事実だ。ここまで正々と答えられることや、敵を尊敬する言動から見て、絶対に信じれないとは言い切れない。


 「分かった。お前の言葉を信じるわ」

 「ほう、我が嘘を言っている可能性を考慮してその決断を出すか。貴様は頭の回転が非常に良いらしいな」


 紅い流星はそう言うと、再び得物を構える。朱く光るそれは苦無のようで、持ち手にはハングル文字のような何かが刻まれている。それは、命を奪うためだけに生まれたもののようだ。

 神風の風の字は瞬時に短刀を構え、凄まじい速度で突撃を始めた。波を薙ぎ払うその圧力は、周囲の空気の流れを変化させる。

 次の瞬間、両者は再び刃を交える。周囲の空気の流れが乱れ、火花が散る。

 紅い流星は再び斬り合いに持ち込もうとするも、今回はそうはいかなかった。気がついた時既に、神風の風の字の姿がどこにもなかったのだ。

 紅い流星は背後に殺気を感じ取る。何が起こったのかは明白で、紛れもない真実のみがそこにあった。

 刹那、紅い流星の背中に刃が走る。人間では反応できないそれは、漆黒のローブを大きく斬り裂いた。直前に全身を入れたことで損害こそないが、相手の力量を垣間見る結果となった。

 紅い流星は振り向き、手に持った得物を振り下ろす。一瞬にも満たないそれは、神風の風の字が受け止める。


 「貴様、徨龍剣術の使い手か!!」


 骸骨の放つ言葉は、徨龍剣術の使い手に届くことはない。仕留めようが仕留められまいが、敵から一瞬視線を切ることのできるこの剣術は、白銀の戦艦から継承したものだ。

 継承者は師より奥の手として隠し通せと言われていたが、ここで使わざるを得なかった。あの瞬間、紅い流星は死の煙を身に纏おうとしていた。その意味は、死の花園から伝えられた言葉を聞いた者のみ知る。

 やがて、紅い流星は斬撃戦に持ち込ませる。神風の風の字は押され始め、再び鮮血が舞いあがるのを視認する。

 だが、神風の風の字はこの状況を好機と見た。それどころか、この状況こそが必要な場面だと理解した。


 「よくもまあ、無防備でいれるわね! お前はもうすぐ海の藻屑になる!!」

 「ほう、それは楽しみだ」

 「空に注意しなさい。頭を失いたくなかったらね!!」


 両者は言葉を交わしながら斬撃を続けている。決して余裕があるわけではない。だが、命を賭けた戦いだからこそ言葉が出るものなのだろう。己の生きた証明をするように、命の消耗戦を繰り広げるのだ。

 そして、神風の風の字は既に引き出しを開けていた。弾幕のように吐き出される斬撃の中、背負った艤装は水面下で動いていた。万が一のためにと、開発を依頼した新型の爆雷『R No.333(リアルナンバー333)』は、海水と同色の塗装が施されている。視界の中の見えない場所から起爆されるそれは、機雷と同じものだった。

 次の瞬間、神風の風の字は後方に飛び、斬撃戦から抜け出した。


 「じゃあね。二度と妹達に手を出さないでちょうだい」


 その言葉と同時に構えたのは、12.7センチ連装砲G型改三。それは、強力な榴弾に対応するべく開発された、旧大龍帝国最後の小口径主砲の量産型。

 無論、紅い流星は鹵獲されたそれを見たことがある。海中で起爆する時限信管榴弾の威力は、潜水艦に損傷を与えることすらできる。

 それらが脳内に巡った時、紅い流星は神風の風の字狙いを理解した。視線、砲口の向き、殺気を孕んだ穏やかな目。それら全てが結ぶものは、火薬の爆発と水しぶきだった―――

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