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少女なる兵器 Act.1〈旧版〉  作者: 深瀬凪波
第三次龍鬼戦争
85/109

少女なる兵器 第67話「絶望の淵」

 いつものように、一方的に終わるはずだった。

 だが、目の前に広がるのは燃えたぎる破壊された艤装と、息絶えた姉妹達のみ。

 風龍は己の腕の中で息絶えた雷龍を腕に抱え、涙を流しながら叫んだ。


 「どうして……どうして……くそったれがぁぁぁぁぁぁ!!」


 叫び声は、自らの魂すら震えるほどのものだった。


 数時間前、風龍達はいつものように鎮守府内での生活をしていた。書類仕事を終えると身の回りの掃除を行い、それが終われば艤装と短刀の手入れをし、時間が余れば姉妹で集まって会話をしていた。

 その頃、風龍は雷龍と電龍を呼び出し、お茶を飲みながら会話を楽しんでいた。


 「それで、雷龍姉さんが書類を1枚失くしてしまいまして……でも、よく見ると机の引き出しの中に入ってたっていうオチですね…………」

 「本当に恥ずかしい話よ。なんであの時引き出しにしまったのかすら覚えてないもの」

 「身の回りくらいしっかりしなさい。身の回りの事をできてからこそ、日常生活があると言っても過言ではないわ」


 いつものように、ただ淡々とした変わりのない会話。だが、風龍はそれだけで嬉しかった。可愛い妹達が目の前にいて、なんとも無いような会話を楽しめることだけで良かった。

 すると、突然部屋の扉が叩かれた。誰かと思い出てみると、そこには氷月が立っていた。

 氷月は風龍を見て言った。


 「雷龍……電龍……いるかしら? 新艤装……完成した…………」


 風龍は振り返り、2人を手招きした。そして、2人を氷月に引き渡すと、部屋の片付けを始めようと戻ろうとした。

 だが、それは雷龍によって引き止められた。


 「姉さん。せっかくだから新しい艤装を見てよ」

 「仕方ないわね……少しだけよ」


 雷龍の願いを、風龍は軽く受け入れた。その時の雷龍はとても笑顔だった。


 工廠に着くと、机の上には新艤装が用意されていた。流月の説明を受けた2人は、言われた通りに艤装を装着した。

 装着した艤装は、これまでとは違い攻撃力と防御力の向上が図られ、攻守共に高水準の品物になっていた。


 「凄いわね……機動性をあまり落とさず、それでいて攻守共に優れている……よくこんな装備を作れたわね」

 「まあね……軍資金……出たから…………」


 氷月は素っ気なく答えた。だが、軍資金が降りなければこの艤装が完成しなかったのは目に見えている。そして、その軍資金の源は去音だ。氷月は去音に感謝した。

 だが、そんな時間は簡単に破壊された。ブザー音が鳴り響き、警報ランプが赤く光った。敵襲だった。間を置かずにアナウンスが流れた。


 『緊急事態だ。偵察に出ていた偵察機 彩花が、大規模な敵水雷戦隊を捉えた。瀬戸内海で暴れ回り、既に民間漁船が数席沈められた報告が上がっている。出撃可能な艦艇は直ちにS-24エリアへ集結せよ!!』


 アナウンスを聞いた3人は、氷月をその場に残し走って行った。氷月は何か言おうとしたが、その時には3人の姿を見失ってしまっていた。


 S-24エリアに到着すると、その場には古龍、紫龍、嵐龍、火龍、日龍、空龍、水龍、霜龍、雪龍、秋龍、疾龍、笵龍、雲龍、弊龍、鷲龍、瘋龍、亰龍の17人が集まっていた。何よりも不思議だったのが、風龍姉妹全員が総出で出撃することだった。

 そして、再びアナウンスが流れた。


 『集まってもらってすまない。今回の作戦は遊撃とし、各自で敵の殲滅を行え。誰1人として死ぬな!!』


 その放送が終わると、各自は艤装を装着した。そして、敵大艦隊が暴れる瀬戸内海へと出撃した。


 出撃してから数十分後、早速敵艦隊を発見した。構成はRed2級駆逐艦6隻で、風龍達からすれば障害にもならない艦隊だった。

 風龍と嵐龍が先陣を切り、敵艦隊に短刀で斬り掛かった。

 敵艦隊は砲撃を行うも、2人はそれを軽々と躱した。そして勢いをつけたまま、その短刀を深く突き刺し、斜め上に向かって切り上げた。

 初手で旗艦を含む2隻を失った敵艦隊の陣形は崩れ、各々が別の者を攻撃し始めた。だが、その砲弾が彼女たちを掠めることはない。敵艦隊は抵抗も虚しく壊滅した。

 敵艦隊を壊滅させた風龍達は一度その場で止まり、数秒で作戦を立て始めた。


 「この調子じゃいつまで経っても終わらないわね……4組に分かれるのはどう?」

 「良いのではないですか? 軽巡洋艦、又は重巡洋艦を旗艦とし、残りを数隻駆逐艦で構成すればはある程度戦力を保ちつつ行動できます」

 「ならそれで良いと思います」


 話し合いの結果、弊龍、鷲龍、瘋龍、亰龍を各別働隊の旗艦とし、後ろに数隻の駆逐艦がついていくことで話が決まった。そして、各部隊は動き出した。

 だが、風龍は部隊を分けると提案したことを永遠に後悔することとなった。


 視点は弊龍の率いる艦隊に移る。この艦隊は、弊龍、笵龍、雲龍、雷龍、電龍の5人で構成されていた。

 分隊に分かれて早々、弊龍は水上電探で敵艦隊を捕捉していた。反応からして水雷戦隊と言ったところだろう。


 「敵水雷戦隊を捕捉。戦闘用意」


 弊龍がそう言う、4人は片手に主砲を構え、もう片手には短刀を握った。そして艦隊は速度を上げ、突撃を開始した。

 敵水雷戦隊はこの事を想定していなかったようで、無防備な態勢で旗艦の首を跳ねられてしまった。指揮の崩れた敵艦隊はなすすべなく、後続の笵龍達により壊滅させられた。


 「状況終了。被害報告」

 「損害無し。おわり」


 被害報告の共有を即座に終えた艦隊は、瀬戸内海の沖へと進み始めた。


 それから数十分後、想定外の事態が発生した。弊龍の電探が敵艦隊を捕らえたものの、先程の敵艦隊とは様子が違うった。敵艦隊の移動速度が少し遅く、反応も先程と違ってやや大きめのものだった。これが重巡洋艦級の艦艇なら良かったのだが、重巡洋艦にしては船体の大きさが違いすぎる。かと言って、初期の戦艦にも該当しない大きさであった。それこそ、龍珱型よりも少し大きめの船体だったのだから。

 弊龍はここで何かが引っかかっていた。明らかに戦艦級の艦艇が混ざった艦隊であるのにも関わらず、進路は紀伊水道へと向かっている。速度も遅く、奇襲攻撃を仕掛ければ確実に仕留めきれると確信できるほどだった。そして、弊龍はここで1つの結論を出した。

 それと同時だった。水平線の上空で何かが光った。


 「回避行動!! 急げ!!」


 弊龍は後続の笵龍達に指示を出した。だが、反応が少し遅かった。砲弾の雨が降り注ぎ、辺り一帯に水飛沫が舞い上がった。

 そして、ここで悲劇が起こった。砲弾の内1発が、笵龍の脳天を貫いたのだ。笵龍は糸が切れたようにその場倒れた。即死だった。

 それを見た4人は絶句した。あまりにも一瞬の出来事だったこたもあり、頭の処理が追いついていなかった。だが、無理やりにでも処理をせざるえなかった。弊龍確信を得た。


 「Red Star級戦艦…………」


 反応のあった敵艦隊は、Red Star級戦艦のみで構成された艦隊だったのだ。後進で紀伊水道へ進み、弊龍達が射程圏内に入るのを伺っていたのだ。

 そして、電探の反応に動きが出た。この時を待っていたと言わんばかりに、敵艦隊は弊龍達の元へ前進を始めたのだ。


 「戦闘準備!! 敵、Red Star級戦艦6!! 油断するな!!」

 「「了解!!」」


 弊龍は3人に指示を出し、Red Star級戦艦と戦うことを選択した。そして艦隊は前進を始めた。


 それから僅か1分足らずで、両艦隊は衝突し合った。弊龍は旗艦であるRed StarⅡに渾身の一刀を打ち込むも、それは強固な艤装により防がれてしまった。Red StarⅡは笑みを浮かべると、防御に使った艤装とは反対側の艤装を使い、弊龍に対し発砲した。

 弊龍は即座に回避行動を取り、皮一枚で砲弾を躱してみせた。だが、Red StarⅡが一枚上手だった。Red StarⅡは弊龍の左腕を掴み、合気技で弊龍を水面に叩きつけた。Red StarⅡは即座に弊龍の首を掴み、そのまま宙に持ち上げた。

 Red StarⅡは不気味な笑みを浮かべながら言った。


 「やっと……やっと憎き龍を殺せる!! この時をどれほど待ち望んだか!!」


 そう言いながら、Red StarⅡは弊龍の首を絞め上げた。首を絞められた弊龍は頭に血が上らず、激しい吐き気に襲われた。視界も少しずつぼやけてきていた。

 だが、弊龍もやすやすと殺されるわけにはいかない。徐々に抜けていく力を手に集中させ、握っていた龍残刀をRed StarⅡに振り下ろした。

 だが、Red StarⅡはまたもや艤装で斬撃を防いだ。それどころか、弊龍の龍残刀を奪い取った。

 弊龍は攻撃手段を失ってしまった。首を絞められているため、主砲を発砲するためのトリガーとなる言葉を発することができず、龍残刀はRed StarⅡに奪い取られた。

 Red StarⅡは弊龍を見ながら言った。


 「こんな玩具で私を殺せると思った? 残念だけど、私は斬龍型なんて呼んでないのよ!!」


 Red StarⅡは、弊龍を水面に叩きつけた。そして、弊龍から奪い取った龍残刀を使い、弊龍の両足を切断した。


 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 弊龍は悲鳴を上げた。その悲鳴は、海すら大きく揺るがすほどのものだった。

 だが、Red StarⅡはそんな事を気にせず笑いながら弊龍の体を斬り刻んでいった。左手の指、右手の指、左腕、右腕、両耳と、瞬時に切り刻む場所を選び、弊龍が発する絶望の悲鳴を楽しんでいた。

 そして、弊龍が息も絶え絶えになった頃、Red StarⅡは弊龍を見て言った。


 「もっと素敵な断末魔を聞けると思ったのに……とても残念でならない…………でもこれでおしまい」


 何もできなくなった弊龍に対し、Red StarⅡは龍残刀を弊龍の胸に深く突き刺した。

 弊龍は永遠に動かなくなった。

 辺りには、己の作り出した血溜まりだけが残った。


 一方で、雲龍達はRed Star級戦艦に包囲されていた。

 雲龍は腹を深く抉られ、プロペラシャフトが破壊されてしまい、動けなくなっていた。

 雷龍と電龍は動くことはできたが、足の艤装に深刻なダメージを受けていた。プロペラシャフトが回るかどうか怪しく、事実上固定砲台のような立ち位置に立たされた。

 それに対し、Red Star級戦艦5隻は損害を受けておらず、戦力差は圧倒的だった。


 「雷龍、電龍……逃げて……この傷じゃ私は助からない……だから早く…………」


 雲龍は2人に逃げるよう言った。だが、2人は首を横に振った。逃げようにも逃げられないのだ。

 その次の瞬間、2人はRed Star級戦艦に斬り掛かった。

 ほぼ賭けだった。だが、これに生存の希望を見つける他なかったのだ。

 一瞬の内にRed StarⅣの懐に潜り込んだ2人は、短刀をRed StarⅣの腹に突き刺した。

 RedStarⅣは僅かながら防御が遅れ、2人の攻撃を諸に食らってしまった。

 それと同時に、Red StarⅣが雷龍の腕を掴んだ。そして、主砲を至近距離で電龍に発砲した。

 砲弾は電龍の脇腹を貫通し、隣にいた雷龍の太腿に突き刺さった。

 電龍は力なくその場に崩れた。

 それを隣で見た雷龍は、怒りに任せて突き刺した短刀を斜め上に斬り上げた。

 Red StarⅣの腹部は大きく斬り裂かれた。

 直後、雷龍は一瞬の内にRedStarⅣの背後に回った。そして、手にした短刀でRedStarⅣの背中を大きく斬り裂いた。致命傷だった。

 だが、Red StarⅣの意識はまだ途切れていなかった。致命傷を受けたにも関わらず、機敏な動きをしてみせた。そのまま勢いに任せ、艤装で雷龍を吹き飛ばした。

 雷龍は水面を転がり、Red StarⅤの目の前で止まった。


 「Ⅴ!! そいつを殺…………」


 Red StarⅣが電龍を殺せと言おうとするも、その時既に、Red StarⅣは絶命していた。後頭部に短刀が刺さっていた。雲龍が隙を見て短刀を投擲したのだ。

 だが直後、雲龍はRed StarⅢの砲撃で命を落とした。

 RedStarⅤは、電龍に主砲を向けて言った。

 

 「駆逐艦にしてはよく粘った。それだけは褒めてやろう。だが、ここで終わりだ」


 そして、Red StarⅤは雷龍に砲撃を8発撃ち込んだ。

 動かなくなった雷龍を見たRedStarⅤは、姉妹に撤退するよう言い、移動を開始した。

 だが、それは思わぬ形で止められた。

 突如として、Red StarⅤは強い殺気を感じだった。咄嗟の判断で前方に防御態勢を取った。

 次の瞬間、強い斬撃がRed StarⅤに撃ち込まれた。斬撃を撃ち込んだのは、返り血で染まった鷲龍だった。

 RedStarⅤは怒り混じりの声を上げた。


 「貴様……どうやってそんな速度を!!」

 「そんな事より、背後の心配をしたら?」


 鷲龍の言葉の直後、RedStarⅤは背後から大きく斬り裂かれた。背後には、いつのまにか瘋龍が立っていた。

 瘋龍の一撃により防御態勢を崩してしまったRed StarⅤは、そのまま鷲龍の斬撃により絶命した。

 たった一瞬の出来事に、Red StarⅢ、Red StarⅥ、Red StarⅦは唖然とした。

 鷲龍と瘋龍の強い殺気を当てられ、3人は動けなくなり、蛇に睨まれた蛙のような状態となった。

 すると、RedStarⅡから無線が入った。


 『もう十分だ。全員撤退しろ』


 その無線を受け取った3人は、懐に手を入れた。

 直後、黒い霧が3人を包んだ。その霧が消えた後、その場に3人の姿はなかった。


 「姉様……逃げられてしまいました…………」

 「どのみち、先のブーストでプロペラシャフトが焼けていたから動けなくなっていたわよ。だけど…………」


 鷲龍はそう言い、正面を向いた。視線の先には雷龍を抱える重傷を負った風龍の姿があった。


 「雷龍……お願いだから死なないで……」

 「姉さん……ゴフッ……姉さん達は……いつも……優しく……してくれて…………」

 「喋っては駄目!! 血が噴き出す!!」


 風龍はそう言うが、風龍自身は分かっていた。雷龍が助からない事を。それでもなお、持ってきていた包帯を取り出し、雷龍の止血を行おうとした。

 だが、雷龍はそれを拒んで言った。


 「姉さん……お願い……もう……このまま…………」

 「……分かったわ」


 雷龍の思いを汲み取った風龍は、そのまま雷龍を抱きしめた。目から涙が流れ落ちるのが分かった。

 雷龍は穏やかな顔で風龍の背中を軽く叩いた。


 「ありがとう…姉さん…………」


 そう言い残すと、雷龍の目から光が消えた。

 雷龍の体温が少しずつ下がっていくのが分かった。

 風龍は叫んだ。

 

 「どうして……どうして……くそったれがぁぁぁぁぁぁ!!」


 そして、戦いは幕を閉じた。

 Red Star級戦艦9隻を除く敵艦隊の殲滅には成功したが、アライアンス側は、弊龍、笵龍、雲龍、雷龍、電龍の5隻を失った。古龍は右腕を失う重体を負い、風龍に至っては治療が遅ければ失血死をするほどだった。

 だが、何よりも大きな損害は心の傷だった。身内を失った風龍姉妹や斬龍姉妹、そして鎮守府に所属する全員が心に深い傷を負った。


 あの日から1ヶ月近くが経過した。鎮守府全体としては、あの日の損失から立ち直りつつあるが、未だに影というものは存在していた。

 風龍は未だに療養を続けていた。傷口は塞がったが、戦闘で行うような激しい動きはできない。

 それと同時に、工廠ではとある物が完成していた。


 「仕上がりはどう?」

 「ええ……これならいつも以上に戦える」


 古龍は義手を装着していた。義手と言うよりも、ロボットアームの方が相応しいのかもしれない。

 そこに暁翠がやって来た。


 「Gravity arm……完成したのか」

 「ええ。しかもこれの凄さはそれだけじゃないですよ」


 流月はそう言うと、古龍に目で合図を送った。

 古龍はGravity armに自身の意志を集中させた。すると、Gravity armのアーム部分の内側に、水色の線が出現した。

 それを確認した流月は、手に持っていたレンチを古龍に向かって投げた。

 古龍はアームの水色の線をレンチの放物線上に出した。そして、その水色の線でレンチを受け止めたのだ。


 「しかし重力装置か。何処でそんなものを?」

 「去音さんに借りてた本で読みました。扱えるかは古龍の努力次第と言ったところです」


 暁翠は頷くと、改めて古龍のGravity armを見た。黒鉄龍鋼材で作られたGravity armは禍々しくもあり、美しくもあった。


 するのそこに紫月がやって来た。

 紫月は暁翠に言った。


 「元帥……そろそろ手術の時間が…………」

 「そうだったな。遠征艦隊に抜錨命令だけ出したら直ぐに向かう」


 そう言うと、暁翠は霧の門を展開して放送室に向かった。

 紫月は古龍のGravity armをもう一度見ると、何も言わず去って行った。


 それから数時間後、時刻は4時を過ぎた。紫月の手術は終わり、義手が取り付けられた。こちらも義手と言うよりかは、ロボットアームに近いのかもしれない。だが、Gravity armよりかは繊細な動きができ、元の腕とほぼ変わらない動きができるようになった。

 体を起こした紫月は取り付けられた義手を見ると、試しに義手の指を動かした。

 義手の指は、腕を失う前とほぼ変わらない繊細な動きを見せた。違和感はあるものの、腕が復活しただけで満足だった。


 「元帥。ありがとうございます」

 「礼には及ばん。むしろ開発期間が長引いてしまって申し訳なかった」


 紫月は暁翠に礼を述べ、暁翠は紫月に義手の開発期間の遅れを謝罪した。

 2人は手術室を出ると、隣の療養室へと向かおうとした。


 「提督!!」


 突如として背後から声が聞こえた。振り返ると、龍鶴が深刻そうな表情を浮かべ、こちらに走ってきていた。

 龍鶴は暁翠の前で止まると、暁翠の言葉を待たず事を伝えた。


 「提督……数時間前に出撃した第33臨時遠征艦隊のがBrad5-Ⅰと遭遇、そのまま戦闘状態に突入したとの打電が入りました!!」

 「なに!? 至急増援を!!」


 暁翠は慌てた表情で執務室へ向かおうとしたするも、龍鶴がそれに待ったをかけた。


 「待ってください!! 問題はまだあります」

 「なんだ?」

 「風龍が……風龍が新型艤装と開発中の展開型霧弾を持ち出して単独出撃しました…………」

 「なん……だと…………」


 暁翠の顔から血の気が引くのが分かった。風龍はまだ傷口が繋がった状態で、戦闘を行えない状態にあった。そんな風龍が相手にしなければならないのは、旧吸血共和帝国海軍最高戦力の一角であるBrad5-Ⅰなのだ。


 一方その頃、南西諸島方面では…………


 「ハァ……ハァ……どうしてお前がここに…………」

 「決まっているだろう。お前達を海の藻屑に変えるためだ」


 Brad5-Ⅰと第33臨時遠征艦隊の戦闘状態になっていた。第33臨時遠征艦隊は護衛対象となっていた弥月が前進に爆傷を負い、護衛任務を任された雪龍を風龍型駆逐艦除く4人が戦闘不能状態に陥っていた。

 雪龍は血まみれになりながらも、Brad5-Ⅰに斬り掛かった。

 だが、Brad5-Ⅰの方が何枚も上手だった。掠り傷すら受けず、一方的に雪龍に切り傷を与えた。

 雪龍から鮮血が飛び散り、出血により少しずつ動きが鈍くなりつつあった。Brad5-Ⅰの斬撃は衰えることなく、雪龍は勝てないと確信した。

 次の瞬間、雪龍はBrad5-Ⅰから距離を取り、その一瞬の間に所持していた爆雷を投げつけた。

 だが、Brad5-Ⅰはそれを掴み、雪龍に投げ返した。

 爆雷は雪龍の前で爆発し、爆風により雪龍は吹き飛ばされてしまった。

 水面にうつ伏せに倒れた雪龍は、激しく吐血した。


 「肋骨が……折れたか…………」


 雪龍の肋骨は、爆雷の威力により折れてしまっていた。その折れた肋骨は内臓に突き刺さり、雪龍から身動きを奪った。

 Brad5-Ⅰは雪龍に近づいて言った。


 「1つ提案をしようではないか。空母龍彩を差し出せ。そうすれば命だけは助けてやろう」


 Brad5-Ⅰは、龍彩を差し出せば命は助けるとの交換条件を提示した。


 「誰が……そんな条件……飲む……ものですか…………」

 「そうか……ならここで死ぬがよい!!」


 Brad5-Ⅰは、条件を拒否した雪龍に短刀を振り下ろそうとした。

 だがその瞬間、Brad5-Ⅰの顔に2発の砲弾が命中した。

 Brad5-Ⅰは雪龍に振り下ろそうとした短刀を止め、自身の顔に触れた。顔にはヒビが入り、一部が粉となって崩れ落ちた。


 「我に傷をつけたのは貴様か」


 Brad5-Ⅰはそう言うと、雪龍を庇うようにして立った者を見つめた。

 雪龍は痛む体を動かし、その者を見上げて目を丸くした。


 「風龍姉……どうして……ここに…………」

 「そんなことはどうでもいい。嵐龍、雪龍と皆を連れて逃げなさい」


 風龍は雪龍の言葉を無視し、比較的動けそうであった嵐龍に指揮権を託した。

 嵐龍は黙って頷くと雪龍に肩を貸し、風龍をその場に残して撤退を開始した。


 風龍はBrad5-Ⅰの目をじっと見つめた。ゼブラの頭蓋腔のような頭部の顔は見ていて不気味であり、目の中にある真紅の眼球は威圧感を放っていた。

 Brad5-Ⅰは風龍に言った。


 「そうか……貴様が神風の風か…………」

 「Brad5-Ⅰ……旧吸血共和帝国海軍最高戦力が一角……相手にとって不足無し」


 風龍はBrad5-Ⅰを軽く挑発した。

 だが、Brad5-Ⅰはそんな事を気にせずに風龍に言った。


 「神風の風よ、我と共に来ないか? 憎き人間を殺し、我と共に差別なき世界を創ろうではないか!!」


 風龍はBrad5-Ⅰの目を見ながら沈黙した。決して悪い誘いではなかった。約2年前の戦争が終わった時、人間の態度が一片したのは覚えている。今までは存在価値のない塵と言われていたのに、戦争が終われば英雄と言われる始末。中には元から龍族の事を敬っていた者もいたが、それはほんの一握りに過ぎない。そういう意味では、人間たちに憎悪を覚えていた。

 だが、今は違った。就職先のカフェで働いて、客として訪れた人間からも、カフェの店長からも多くの愛情を注いでもらった。今まで触れられなかった人間の一面を知ったからこそ、今更裏切ることはできなかった。だから風龍はこう答えた。


 「確かにその考えは一理ある……けれど、今の私には守らなければならないものがある!!」

 「そうか……非常に残念だ…………」


 Brad5-Ⅰは変わらぬ表情で風龍を見つめると、短刀を構え、ミサイル発射管であろうドス黒い霧を展開した。

 風龍は噴進砲をBrad5に向け、主砲と短刀を構えた。


 「我の名はBradⅤ級ミサイル巡洋艦1番艦 Brad5-Ⅰ!! 旧吸血共和帝国海軍最高傑作にして最高戦力が一角だ!!」

 「風龍型駆逐艦1番艦 風龍……神風の風の字にして最も優れた汎用型駆逐艦!!」

 「「いざ尋常に勝負!!」」


 こうして、当時最新鋭だったミサイル巡洋艦と、神風の風と崇められた汎用型駆逐艦による勝負の火蓋が切られた。

 それと同時刻、鎮守府内では緊急事態として襲撃準備が始まっていた。稼働できる艦艇は即出撃の命令が下され、稼働状態にある海軍の総戦力が導入された。

 またもや同時刻、第33臨時遠征艦隊は出せる最大速度で撤退を行っていた。全員が重傷を負い、雪龍に至っては予断を許さない状態となっていた。

 雪龍は意識が朦朧とする中、考え事をしていた。


 ―風龍姉……完治……まだ先じゃなかったっけ…………―


 一瞬考えたことだったが、意識を保っていることに精一杯な雪龍はそんな事は直ぐに忘れてしまった。だが、雪龍はこの時、現在地の打電を怠った事を深く後悔することになった。

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