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少女なる兵器 Act.1〈旧版〉  作者: 深瀬凪波
第三次龍鬼戦争
79/109

第61話 戦力補充 (Complete Story)

 1度は終結した戦争。

 それは平和のとどまりを知らない。

 彼女達は再び武器を手に取り動き出す。

 本来ならもっと平和を噛み締めたかった。

 それすら叶わぬことに疑問を抱くも戦う以外の道は残されていない。

 だから課された責務を全うするしかなかった。

 時は再び動き出す。



        ◆少女なる兵器◆



 水月と暁翠の結婚式が執り行われた日、突如として式場だった鎮守府が爆撃を受けた。

 回収した敵機の残骸からは吸血鬼の血が検出された。

 これは吸血鬼の殲滅が完了していないことを示し、龍族と人間によって結ばれた防衛契約に反した。

 結果、龍族と兵器は再び鎮守府に戻ることとなった。

 兵器の中には人間界で大きな信頼を得た者や結婚の約束をした者も少なくはなかった。

 仕事仲間や婚約者達は彼女達を止めようとした。

 だが、彼女達は『必ず生きて帰ってくる』と口を揃えて答える。

 自分の定めを受け入れる姿勢に彼らは何も言い返す事はなく『行ってらっしゃい』と言葉をかけて彼女達を送り出した。

 中でも頭1つ飛び抜けていたのが夜桜だった。

 彼女は人間界で人気のアイドルとして活動しており、数万人のファンを抱えていた。

 その関係か、会見時には多くのファンから悲しみの声が届けられた。

 夜桜自身はかなり引いていたが、アイドルとしての笑顔でファンを安心させていた。


 水月と暁翠が結婚してから2日後。

 水月は鎮守府に戻ってから使用する荷物をキャリーバッグに詰め終えた。

 その隣では白蛇が寂しそうな目でこちらを見ている。


 「大丈夫です。元帥と共に帰ってきます」


 水月はそう言いながら白蛇の顎を撫でる。

 白蛇は気持ちよさそうに目を細めると、水月の腕に巻きついた。そのまま水月の首元に巻きつき頬を擦り寄せる。


 「水月、そろそろ出るぞ」


 外から暁翠の声が聞こえる。

 水月は白蛇を壁の上に固定されている社に上げるとキャリーバッグを持って玄関を出る。

 暁翠は家の鍵を閉じた。

 そして水月と並んで歩き出す。


 「戻ったらまた忙しくなるな」

 「そうですね。それ以前に命の危険がありますが」

 「そうだな……犠牲者を増やさないためにもあれの開発を進めなければな…………」


 家の敷地の道を歩く道中、2人は鎮守府に戻った後のことについて話し合った。

 まずは軽めの掃除を終わらせなければならなく、それが終われば各自持ち込んだものを整理しなければならない。それに加え食材の買い出しもあるため初日から大仕事となっている。


 家の市街地を出てしばらく歩くと鎮守府の門前にたどり着いた。

 2人は迷うこと無く鎮守府の敷地内に足を踏み入れた。

 靴がコンクリートの地面とぶつかる音が響く。

 横に見える鎮守府本部の周りには見慣れた鋼材が置きっぱなしにされている。

 その奥には兵舎があり、ここからでも壁が少しだけ見ることができる。

 鎮守府には実家にいるような安心感があった。

 ふと耳を澄ませると背後から足音が聞こえてきた。

 振り向くとそこには紫月とその夫である克二が立っていた。

 克二は暁翠を見るなり頭を下げる。

 紫月は気にせず鎮守府の敷地内に足を踏み入れると克二の方を向く。


 「もう……行ってしまうのか…………」

 「はい、これからは生きて帰れる保証はありません。もし貴方宛に私の名前が書いた封筒が届いた時は……覚悟して開いてください」


 克二は愛する妻の軍役に悲しみの表情を浮かべる。

 もしかすると彼女はこの戦争で死んでしまうかもしれない。

 仕事仲間として、信頼できる者同士として、愛する妻として彼女を失いたくないのだ。

 克二は紫月を抱きしめた。

 紫月は左腕を使って克二の背中を軽く叩く。


 「大丈夫です。貴方の子を産むまで死ねませんよ」

 「だけど……やっと幸せになれたのに……こんな理不尽があっていいわけない…………」


 克二の目からは波が打溢れ出ていた。

 それを見ていた水月は紫月に抱きしめられた克二に近づく。


 「克二さん、安心してください。紫月はこう見えてしぶといんです。簡単に愛する人を置いてはいきません」

 「水月さん、それは褒め言葉ですか? それとも貶しているんですか? そこのところしっかりと説明願います」

 「褒め言葉よ。私が貴女を貶すと思う?」

 「ありえない話ではないので怖いです。いつもは表情に出るので分かるのですが……ぐぬぬ…………」


 水月と紫月の会話を聞いた克二は涙を流しながら笑った。

 鎮守府で支えてくれる仲間がいる限り紫月は大丈夫だと確信を持つことができたからだ。

 克二は紫月を離すと一方白に下がって水月に頭を下げた。


 「水月さん、紫月を……僕の妻のことをよろしくお願いします」


 克二は覚悟を決めた。

 愛する妻が生きて帰ってくると信じて。


 「はい、お任せください」


 水月はただ一言返した。

 暁翠はその姿を後ろから見守っていた。

 それと同時に全員の命を預かった責任感がのしかかってきた。

 再び鎮守府を治めるものとして立つことができるかどうか、暁翠は心の何処かで不安に感じていた。

 だが、その本心を最愛の妻に打ち明けることはない。

 仲間思いの彼女がこの本心を知ってしまえば必ず負担を軽減しようと動く。

 それは本心よりも強く望まないことだ。

 自身のことは最終的にどうなったとしても構わない。

 それでも妻や共に同じ道を歩む仲間の笑顔を絶やしたくはなかった。


 その後も外に出ていた兵器が続々と鎮守府の地に足を踏み入れた。

 単独で帰って来る者が多かったが、何人かは仕事仲間や友人、婚約者が見送りに着ていた。

 そして、全員が鎮守府の地に足を踏み入れた事が確認され、日没とともに鎮守府の門は閉ざされた。




 陸、空、海。

 360度見渡す限り深紅が支配する中、吸血鬼は我が物顔でその場を徘徊する。

 中には異質な空気を放つ者も少なくはなく、約1年前のあの時とは比べ物にならない。

 これらを統べる彼女は多くの吸血鬼の中心に立っていた。

 その場に存在する吸血鬼は彼女に視線を送る。


 「良いか、これは人間を守ると言う間違った選択を取った旧大龍帝国の失敗作を全て破棄するための戦争だ!! どんな手を使ってでも構わない!! 奴らを塵すら残さないスクラップに変えてしまえ!!」


 彼女の言葉に周りの吸血鬼は歓喜の声を上げる。

 元より旧大龍帝国に恨みを募らせた者も多い。

 人間を殺しながら憎き旧大龍帝国の兵器を破壊することができる。あわよくば死を懇願する絶望すら与えることができるのだ。これほどの喜びは他にないだろう。

 周りの吸血鬼が歓喜の声を上げる中、その中の1人は彼女の前まで歩き膝まづく。


 「我が君よ、失礼ながら意見を申させていただきたく」

 「許可する。言ってみろ」

 「感謝いたします。我が君は、我々に憎き旧大龍帝の生き残り破壊するためならば手段を問わないとおっしゃいましたが、何故そこまでして旧大龍帝国の生き残りの破壊を優先されるのですか?」


 いつもは従順な吸血鬼だが、今回ばかりは主である彼女の言葉の意図を聞かずにはいられなかった。

 旧大龍帝国の生き残りを始末するならば人間を殺しきってからでも遅くはないはずだ。

 だが、彼女は旧大龍帝国の生き残りの破壊を優先している。

 そこまでして拘る理由が分からなかった。


 「お前が何かしらの戦果を上げた時に話そう。今はその時ではない」

 「承知いたしました」


 彼女は交換条件を提示し、その吸血鬼を下がらせた。

 彼女が意地でも旧大龍帝国を目の敵にする理由は誰も知らない。

 知る者は今は記憶を失っているもう1人の自分以外存在しないのだ。




 鎮守府での活動が再開してから3日が経過した。

 1度は離れた身であったが、鎮守府自体が住み慣れた空間であるため生活にこれといった支障は起こらなかった。

 唯一の問題があるとすればやはり食費だ。

 戦闘に使う資源は国際連合が負担することになったため出費が減ったものの、全員を養うための食費は1日だけでも数万円を消費している計算になる。

 この資料を見た水月は食費を少しでも抑えるために自身の食べる量を減らそうとするも、暁翠が注意したため行うことができなかった。

 だからといって再び暁翠が借金まみれになるのを指をくわえてみているわけにはいかない。

 水月は考えるよりも先に行動に出た。


 「で、私を頼ってきたと?」

 「はい…………」


 水月が頼ったのは去音の運営する去音金融だ。

 姉の紫桜が勤務していることもあり、社長である去音とは何度か交流があった。

 だが、去音は現在も生きるれっきとした龍族だ。

 それに加え、彼女は現在生き残る龍族の頂点に立つ者だ。案が反対されればその地点で追い返されることは目に見えている。

 これは賭けだったのだ。


 「良いわよ。今回は返済はしなくて良いわ」

 「よろしいのですか? それでは金融としての商売が成り立たないのでは?」

 「大丈夫。これでも蓄えは多いのよ。それに、貴女の姉の紫桜はそれ以上の働きをしてくれからその借り分の返済だと思って」


 去音の予想外の回答に水月は内心飛び上がりそうなほど喜んだ。

 これで暁翠が借金をしなくて済むと考えると少し肩の荷が下りたような気がした。

 去音は誰も気が付かないよう小さく微笑むと契約書類を机の上に出した。

 去音と水月の署名により契約が成立した。

 鎮守府は食糧難ならぬ食費難から脱することができたのだ。


 鎮守府に戻った水月は執務室で書類仕事を行っている暁翠に契約のことを伝えた。

 すると暁翠は顎を外して驚いた。

 あまりの驚きに表情が驚愕のみとなっている。

 水月は暁翠の前で手を振った。

 だが、相変わらず暁翠は顎を外して驚いている。

 水月はどうにかでかきないかと考える。

 こうなってしまった時の暁翠は情報の理解能力が著しく低下する。新婚生活で過ごした家でも1回経験したことがあるのでその時のことを思い出す。

 水月は硬直した暁翠の後ろに回り込み、後ろから暁翠の肩に覆い被さった。

 

 「急にどうした?」

 「元帥が硬直した時の対処法です。1年間も近くで甘えさせていただいたので元帥の扱いで右に出るものはいないと自負できます」


 水月の行動と言葉に暁翠は苦笑する。

 最愛の妻に自身を把握されたと思うと複雑な気持ちだ。

 逆に水月からするとそんな最愛の夫がとても愛おしい。

 今の関係がちょうど良いのだと実感できるのだから。


 突如として背後で何か音がした。

 2人が振り返ると、そこにはとても穏やかな笑顔を浮かべた紫桜が顔をのぞかせていた。

 いや、実際にはその表情は笑顔ではなく怒りの感情を表している。

 水月は慌てて窓を開け、姉を執務室の中に入れる。

 紫桜は執務室に入るなり暁翠に詰め寄る。


 「司令官、随分と妹と仲がよろしいようですね。ですが、時間と場所くらいわきまえたらどうですか?」


 紫桜は暁翠の顎を掴みながら言った。

 その後ろでは水月があたふたしている。

 事実として先ほどの行動をとったのは水月だ。

 それが暁翠に飛び火してしまった。


 「わ、分かった……次からは気をつける…………」

 「素直でよろしいですね。次は……水月、貴女の番よ」


 暁翠を掴む手を離した紫桜はあたふたしている水月に視線を送る。

 その目は獲物を見る狼のような鋭さをしている。

 水月は姉の威圧感に後退りする。

 だが、紫桜はそれを逃さず軍服の襟の後ろを掴む。


 「司令官、妹をお借りします。拒否権はありません」

 「分かった……だが、程々にしてやってくれ」

 「私に命令できる立場とお思いで?」

 「何でもない……好きにしろ…………」

 「では遠慮なく」


 威圧感で暁翠を圧倒した紫桜は水月を引きずって執務室を後にした。

 水月は必死に暁翠に助けを求めたが、暁翠は手を合わせて謝ることしかできなかった。


 水月は紫桜の自室まで連れてこられた。

 紫桜は水月をベッドの上に座らせ、自身もその隣に座る。

 水月は冷や汗が止まらなかった。

 今までも暁翠との距離関係で何度か威圧されることはあったが、ここまで威圧されたのは初めてだ。

 しかも水月はもう結婚している。ここまで威圧される理由が分からなかった。


 「水月、貴女はこの1年間であの男とどこまで進んだの?」

 「どこまでと言われましても……元帥が甘えて良いと言ってくださったので日常的に甘えていただけです」


 水月は一部のことを除いて暁翠に甘えていたことを伝えた。

 これならあの行動にも説明がつき、紫桜も納得すると考えたからだ。


 「その顔、他に何か隠してるでしょ? 早く言いなさい」


 水月の心は紫桜に見透かされていた。

 水月は隠し通そうと思考を巡らせるが姉の圧力がそれを許さない。

 諦めた水月は全てを話した。


 「なるほど……あの男とそこまで進展があったのね…………」


 水月は内心震えていた。

 これを話してしまったからには自身も夫も無事では済まないと感じていたのだ。

 事実として紫桜は姉妹に対しては超がつくほど過保護であるのだ。


 「一線を越えてないなら良いわ。だけど、気を抜かないようにね。結婚して3年は周りのことに対する危機感が低くなる。私達は戦場に出る身だから基本的に大丈夫だと思うけど、どんなに優れた兵士でも結婚によって似たようなことは起こり得ることよ」


 紫桜の目は真剣そのものだった。その瞳の奥に映るものは過去の光景と妹を大切に思う本心だ。


 「分かったわ。気をつける」


 妹の返事に紫桜は妹の頭を優しく撫でる。

 話を終えた水月は姉の部屋を後にした。


 水月は執務室に戻ると、司令官に事の顛末を説明した。

 暁翠は納得していたが何処か呆れていた。

 一方で水月も机に積まれた山のような資料を見て呆れていた。

 

 「元帥……また余計な仕事を渡されたんですか?」

 「いや、これは新しく鎮守府に所属した者の資料だ」


 司令官の言葉に水月は耳を疑った。

 水月は資料の一部を手に取り内容を確認する。

 そこには本日付けで鎮守府に所属した者の名前と過去の記録が記されていた。

 だが、この過去の記録は水月にとって知らないことだった。

 通常、過去の記録は戦闘詳報やファイルに挟まれて保存される仕組みになっている。

 たとえ戦火の炎によって焼失したとしても複製品を各地に散りばめているため失う可能性はとても低い。

 そこに加え、現在の旧大龍帝国本土は1度も地下室から資料が持ち出された記録がないものの、これらの情報は複製され必ず艦内に持ち込まれる。

 これらの点を踏まえると水月が資料中の者を知らないのはおかしいのだ。


 「元帥……これはどういうことですか…………」

 「お前が知らなくて当然だ。こいつらは寄月より前に存在していた、又は途中で解体処分されたからな。一部は記録自体を抹消している」


 司令官の言葉に水月は納得できた。

 だが、心が曇り空となる。

 前2つの理由は理解できるが、記録自体を抹消するという当時の旧大龍帝国の行為に怒りを覚えた。

 都合が悪くなればそれを嘘で塗りつぶしたり元から無かったものとする。これは関わった者への侮辱行為なのだ。


 「落ち着け。そうしている間に新しく着任した者に見られているぞ」


 司令官の言葉に水月は耳を疑った。

 この執務室には自身と司令官の2人しかいないはずだ。

 紫桜に問い詰められている時間に執務室に入ったとしても執務室内に隠れる場所はあまりない。隠れられて机の下だ。

 視界でとらえることができなかった水月は耳を研ぎ澄ませた。

僅かな空気の流れる音さえも聞き逃さないよう集中する。

 そして見つけた。


 「窓の外ですよね」


 水月は司令官に向かって言った。

 司令官は沈黙している。

 その表情からこれが正解なのかは分からない。

 水月は鋭い目で司令官の瞳の奥を見つめた。


 「正解だ。もう出てきて良いぞ」


 司令官は水月に拍手を送り、窓の外に向かって言った。

 すると、窓枠から1人の女が顔を覗かせた。

 司令官は窓を開け、その彼女を中に入れた。

 窓から執務室に足を踏み入れた彼女は水月と似たような軍服を着ている。

 秋の落ち葉の色をそのまま写したような長髪は窓から降り注ぐ光を受けて美しく輝いている。


 「空母型超戦車/紫月型超戦車2号車 Y-1497 屠月と申します。姉がいつもお世話になっています」


 彼女は屠月と名乗った。しかも、紫月の妹だと言うのだ。

 紫月は水月に自身に姉妹がいないと言っていたが、それは嘘だった。


 「屠月は建造途中で解体が言い渡されたんだ。完成前に紫月が沈没したこともあったからか、当時の上の連中は屠月を不必要だと判断したんだと」

 「はい、元帥の仰る通りです」


 屠月は司令官の推測を簡単に認めた。

 彼女がそういうのであればこれは事実なのだろう。

 水月はなんだか頭が痛くなってくるのを感じた。さまざまなことが連続して起こっているのもあるが、何よりも自分の無知に呆れが出ていた。


 「まあ、なんだ。屠月は今から自室に戻るんだろ? 新規と水月の顔つなぎをお願いしても良いか?」

 「はい、謹んでお受けいたします。ところで、姉さんにはいつ会わせてくださるのですか?」

 「今夜だ」

 「分かりました。では、行ってまいります」


 司令官の機転により屠月は水月を新しく着任した者達の元へ連れて行くため執水月と共に務室を後にした。

 静かになった執務室で司令官は資料を見て頭を悩ませた。

 資料には他国で発生した吸血鬼の攻撃によるものとされる被害報告が記載されている。

 だが、問題は被害の内容ではない。

 炎が家屋を包む中、その中に軍服姿の赤色の長髪をした女を見たと言う目撃証言がいくつも上がっているのだ。


 「気のせいだと思いたいが……念には念を入れなければならないな」


 暁翠は引き出しから紙を取り出し文字を書き始める。

 文字を書き終えた紙を封筒に入れ、宛先人の名前と自身の名前を記載する。

 最後に霧の門の中に封筒を放り込みやるべきことは完了した。

 これがどのような結果となって返ってくるのかは分からない。

 だが、万が一の可能性と想定外に備えるためこの手紙は必須になっていたのだった。




 屠月に連れられた水月は海軍の者の自室がある第1兵舎に訪れていた。

 2階には駆逐艦、軽巡洋艦わ重巡洋艦の3種類の艦種が居住している。

 こんなところに新しく着任した者がいるのかと考えていると、目の前を歩いていた屠月が突然歩くのを止めた。


 「どうしたの?」

 「ここですよ。新しく着任した者がいる部屋は」


 水月は屠月の回答に耳を疑った。

 ここはかなり前から空き部屋のはずだ。

 斬龍に教えられた記憶があるから間違いはない。

 だが、信じられないことに部屋の前に名前の刻まれた板が新設されていた。

 よく見ると、自身の3歩後ろにある隣の部屋も名前に刻まれた板が新設されていた。

 理解が追いついていない水月をよそに、屠月は部屋の扉を叩いた。

 すると、中から顔の知らない女が出てきた。


 「屠月、どうかしたの?」

 「元帥から水月さんの顔つなぎを頼まれちゃって。だから連れてきた」


 部屋から出てきた彼女は屠月の目線の方向を見る。

 そこに立つのは水月だ。

 彼女は水月を見るなり海軍の敬礼をとった。


 「鷲龍型軽巡洋艦1番艦 鷲龍と申します。有名な『刃の月影』にお会いできたことを光栄に思います」


 鷲龍の発言に水月は首を傾げた。

 有名なのはまだ分かるとして、異名など持っていた記憶はない。それどころか、刀を使ったことのない自身にとって『刃』の文字が入っているのは違和感を感じざるえなかった。


 「えっと……こちらこそ始めまして。屠月が紹介してくれた通り私は水月よ。これからよろしくね」

 「はい。では少々お待ちください。妹を連れてまいりますので」


 鷲龍は礼をすると左隣の部屋の扉前まで歩いた。そして扉を叩いた。

 中からは鷲龍と同じ服を着た女が出てきた。

 鷲龍は彼女に呼び出した理由を伝える。


 「お初にお目にかかります。私、鷲龍型軽巡洋艦2番艦 瘋龍と申します。以後お見知り置きを」


 彼女は海軍の敬礼をしながら言った。

 水月は鷲龍のときと同じ軽い挨拶をするが、内心は唖然としていた。

 彼女達は斬龍達と似たような風格を放っているも、戦闘力に大きな違いがあるのは周りの空気が示していた。

 もしも仮に刀を使うとすると、その技術力は龍造に匹敵するかもしれない。

 軽巡洋艦だからと侮ることはできなかった。


 「そういえば、龍旭達は何処に行ったか知らない?」

 「それでしたら…………」


 屠月の問に鷲龍が答えようとした時、突如として上の階から何かが連続して落下したような音がした。

 隣に立つ瘋龍は呆れたような表情をしながら額を抑える。


 「これは……また元帥からお叱りを受けるわね…………」

 「ええ、そのようですね。とにかく向かいましょう」


 水月は状況を何も理解していないが、3人と共に3階へ向かった。


 3階に着くと、4人は航空母艦の居住部屋がある廊下を進む。

 奥のとある1室の前には戦艦らしき人影が多く確認できる。

 1番分かりやすいかったのは手前に立っている龍城だ。白銀の長髪はどこから見ても目立つ。

 3人は部屋の前に着くと彼女達を避けて部屋の中の様子を伺おうとする。

 だが、部屋の構造上、中を確認することができない。

 水月は中の状況を確認できないと判断し、近くにいた龍城の肩を叩いた。


 「龍城、何があったの?」

 「新しく就役した3人の軽航空母艦の内2人が部屋の中で艦載機を発艦。艦載機が机に衝突したそうです。現在は龍翔と龍彩が説教を行っています」

 「な、成程……とんだ事故ね…………」


 龍城の話は常軌を逸していた。

 部屋の中で艦載機を飛ばす神経が分からないし、3人中2人が艦載機を飛ばしたとなると部屋の中の惨状が目に浮かぶ。


 かれこれ30分が経過した。

 様子を見に来ていた戦艦達は龍城を除いて立ち去り、説教は未だに終わる気配がない。

 5人は説教が終わるまで律儀に部屋の外で待機していた。

 だが、やることがないためはっきり言って時間の無駄だと考えていた。

 日ごろあまり睡眠を取っていなかったのか龍城は壁にもたれながら眠りかけている。屠月に至っては既に寝ていた。

 水月はあまりの説教の長さにどうしようか考えていた。


 「あの……どうかされましたか?」


 右側から声が聞こえた。

 右側を向くとそこには何人もの女が立っていた。

 見慣れない顔であることから彼女達も新しく着任した兵器なのだろう。

 彼女達は水月達の前まで歩いてくる。


 「屠月、起きて」


 水月は左隣で寝ている屠月の肩を叩いた。

 屠月は眠そうに目を覚ますと目の前にいる彼女達を見て状況を理解した。


 「龍挽達が部屋の中で艦載機を発艦させたそうで先輩方が説教に」

 「成程……そんなことが」


 彼女達は今の状況を完全に理解したようだった。

 屠月はまだ説教は終わらないかと言わんばかりの顔で中を覗こうとする。

 だが、やはり部屋の構造上、中の様子を見ることが難しい。

 諦めて彼女達の方を向いたところで屠月は本来の目的を思い出した。


 「忘れてました。水月さん、彼女達は陸軍の戦車です。寄月より前に存在していた戦車で、彼女達は『前陸軍』と総称されることが多いです」


 屠月の言葉に目の前の彼女達はきょとんとした表情でこちらを見つめる。

 水月は説明するよりもこちらから話しかけたほうが良いと考えた。


 「陸海共同軍所属、戦艦型超戦車/紫桜型超戦車3号車 X-1146 水月です。貴女達の名前は?」


 水月の言葉で彼女達は即座に陸軍の敬礼を取る。

 どの所属であっても立場が上の者に対して自己紹介の時は敬礼をするのは変わらないようだ。


 「大龍帝国陸軍所属、A-36駆逐戦車Ⅶ型 掠月です」

 「同所属、B-2/37型巡航戦車 禄月です」

 「同所属、B-3/37型巡航戦車Ⅱ型 絨月です」

 「同所属、DT-1軽戦車C型 鐸月です」

 「同所属、P4A2中戦車(57)W 幣月です」

 「同所属、P4A3中戦車(57)W 佩月です」

 「同所属、IK-1S重戦車B型 智月です」

 「同所属、IK-2重戦車(zlk-88) 慶月です」

 「「名を轟かせられた『刃の月影』様にお会いできたこと、心より感謝申し上げます」」


 彼女達の自己紹介と熱意に水月は圧倒されかけた。

 自分達よりもの圧倒的に性能が足らず技量も現在の戦況についていくことすら困難な彼女達であるが、その熱意と信念は自身達を軽く凌駕するものであった。

 隣で寝かけていた龍城は完全に目を覚まし、彼女達の言葉を深く受け止めていた。

 そんな中、屠月は辺りを見回していた。

 誰かを探しているような仕草に彼女達は首を傾げる。


 「丁月達は何処にいるの?」

 「丁月さんなら本部にいるはずです。乙月さんと丙月さんはそれぞれの自室にいるかと」


 屠月の問に禄月答えた。

 屠月は黙って頷くと水月の方を向く。


 「彼女達はどうですか?」


 屠月は水月だけに聞こえる小声で話しかけた。

 水月はなんのことかと一瞬戸惑ったがすぐに質問の意図を理解した。


 「皆意気込みが良いわね。今の陸軍より気合が入ってる」


 水月の言葉を聞いた屠月は微笑ましそうに笑った。

 目の前の彼女達は会話が聞こえていなかったためどうして屠月が笑っているのか理解できていなかった。


 それから5分ほどして、説教は終わりを告げた。

 龍翔と龍彩が部屋から出てくると4人は中に入った。

 部屋の中は散らかった書物と壊れた艦載機が転がっており、3人の女が片付けに追われていた。


 「また妹達がやらかしたの?」

 「ええ、何度か注意はしているのだけどね……歴戦の航空母艦に怒られてこっちも恥ずかしいわよ」


 屠月の言葉に1人の女が言葉を返した。

 屠月の言葉と彼女の反応からして彼女が長女のようだ。


 「で、本題はなに? まさか説教されているところを聞きに来たわけじゃないでしょうね?」

 「違うわよ。元帥から水月さんとの顔つなぎを頼まれたから来たのよ」


 屠月の言葉に彼女は黙って頷いた。

 彼女は水月の前に歩いてくると海軍の敬礼を取った。


 「大龍帝国海軍所属、龍挽型航空母艦1番艦 龍挽です。お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません」

 「別に良いわよ。それよりも怪我とかはしてない?」

 「はい、問題ありません。被害は私の書物類のみです」


 水月は龍挽の言葉に苦笑した。

 決して大丈夫ではないはずなのだが、それを問題ないと言ってのける強靭な精神は感心せざるを得なかった。


 「それで、今片付けをしてるのが貴女の姉妹よね?」

 「はい、雑巾がけをしているのが龍鍾、書物を片付けているのが龍禪です。謎に共感性がある愚妹です」

 「「誰が愚妹ですか!!」」

 「このように」


 水月は更に苦笑した。

 まるでショートコントでも見ているような感覚だった。

 だが、目の前で起りそうになっている喧嘩が水月の冷静さを保たせた。

 後ろで待機する3人は顔を見合わせて肩を上下させた。




 鎮守府には地下に道場がある。

 床や壁は硬いクッション製の素材でできており、安全対策が施されていた。

 使用用途は時と場合によって大きく異なるものの、大半は武器の使用訓練や肉体を使う体術の訓練に使われる。

 今日も道場で訓練するものがいた。


 「動きが鈍い。もう少し速さ上げなさい」

 「は、はい!!」


 木製の槍を交える2人は屠月達と共に今日就役した巡洋戦艦の姉妹である。

 彼女達は就役早々に道場で実戦に向けて鍛錬を積もうと必死だった。

 巡洋戦艦は速度が速い分装甲が薄く、今の戦場における環境に適応しづらくある。

 そのため、彼女達は技量でそれらを補おうとしているのだ。


 少しして休憩時間に入ると、2人は壁にもたれかかりその場に座り込んだ。

 消費した水分を補うべく事前に用意していた水筒の水を飲み一息ついた。


 「姉さん、今の戦況、私達は対応することができるのでしょうか?」

 「龍闢、それは今考えても仕方ないことよ。それに結果は努力の積み重ねよ。地道に頑張りましょう」

 「は、はい」


 彼女達は一息つくとまた槍を交える。

 これから実戦を経験するであろう彼女達は新たな戦場の変化に対応していかなければならない。

 どれだけ性能や技量が上回った敵が現れたとしてもそれに食らいつかなければならない。


 『引いて死ぬなら食らいついて生きろ』


 旧大龍帝国の先人が残した言葉を信じて進むのだ。

 

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