少女なる兵器 第59話「不穏な空気」
「ここがWashingtonD.C.か……日本とは大違いだな」
「ええ、本当に。私が見た大型高層ビルが立ち並ぶ都市は、東京か横浜です」
水月は暁翠に連れられて、WashingtonD.C.へ訪れていた。
その後ろには龍造と海月が控えている。
何故、WashingtonD.C.へ来たのか。それは、数日前に遡る事となる。
ー1週間前ー
水月はいつものように、暁翠の隣でゆったりとした時間を過ごしていた。もう少し詳しく言うと、暁翠に甘えていた。暁翠に膝枕をしてもらい、心地よくうたた寝をしていた。
すると突然、暁翠のポケットに閉まってあった端末が鳴った。水月はびっくりして飛び起き、暁翠は電話に出た。
電話が終わると、暁翠は深刻な表情をしながら水月に言った。
「水月。龍造と海月を呼んでくれ。急遽、WashingtonD.C.へ行くことになった」
その結果、今に至る。何があったのかは詳しく知らされていないが、暁翠の表情からして深刻な事であるのは理解できた。
WashingtonD.C.に到着して数時間後、4人はホワイトハウスに訪れた。水月、龍造、海月の3人は驚愕していた。まさか、ホワイトハウスへ訪れる事になるとは思ってもいなかった。
門の前には警備員が立っており、暁翠は英語で事情を説明した。事情を聞いた警備員は、本部に連絡を取った。
しばらくすると、警備員が身分証明書の提出を求めた。4人はそれぞれのマイナンバーカードを見せ、中に入ることができた。
それから数分後、4人は応接室に通された。応接室は造りが凝っていて、王城にでも入ったような感覚だった。
それと同時に、2人の男が応接室に入って来た。片方は青いスーツを身に纏った中年男性で、もう片方は軍服を身に纏った青年だった。暁翠は青いスーツを身に纏った男と握手をしながら英語で言った。
「お久しぶりです。ケビン大統領」
「こちらこそ。急に呼び出して済まなかった」
暁翠の言葉を聞いた3人は、すぐに頭を下げた。まさか、大統領が直々に来るなどとは思ってもいなかった。
3人を見たケビン大統領は、優しい声で言った。
「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。今回は重要な話だから、そこだけ聞いてくれれば」
その言葉で、3人は頭を上げた。
そして、6人は椅子に座り会話を始めた。
「まず、電話で伝えさせてもらった通り、アメリカ国内で1枚の写真が撮影された。今回は、これの鑑定と今後の対応について考えなければいけない。ライト。写真をお出ししてくれ」
「はい」
ケビン大統領の言葉で、ケビン軍曹が1枚の写真を暁翠に差し出した。暁翠はその写真を見て、眉間をシワ寄らせた。この表情からして、ただ事では無いことが伺える。
すると、暁翠はその写真を水月に渡し、見るように言った。
水月が写真を見ると、写真に写り込んでいたものに言葉を失った。一部しか写っていない為、本物かどうかの確証は無い。だが、ここに写っているものには見覚えがあった。そのせいか、水月は言葉をこぼした。
「吸血鬼…………」
その言葉に、隣に座っていた龍造と海月が反応した。水月は2人に写真を見せた。龍造も海月も同じような反応をし、口元を押さえながらぶつぶつと話し始めた。
「おかしい……あの時、確かに全滅させたはず……なのにどうしてこんな所に……」
「でも、何処かに隠れ潜んでたのだ可能せも否定できない……次は何処に本拠地が…………」
フタリがブツブツ話している間に、水月は写真を回収し、暁翠に渡した。
すると、ケビン大統領が話し始めた。
「何か詳しいことは分かりそうかね?」
「いいえ、これだけでは何も判断できません。ですが、このような物に伝がある者がいます。不法入国になってしまいますが、今すぐお呼びしましょうか?」
「構わないよ。一刻でも早くこの事態について対策を取らないといけないから」
ケビン大統領の言質を取った暁翠は、手が入るほどの霧の門を作り、中に一切れの紙を入れた。
それから数秒後、突如として別の霧の門が出現した。しかしそれ以上に、中から漂うとてつもないオーラに水月は身震いした。
そして、霧の門からその正体が現れた。性別は女性、複雑に編まれた三つ編みの黒い髪、赤と黒が特徴的な和と中華が混合したような衣服、白波よりも濃い朱い瞳。初対面の者からすれば、恐怖を煽るような姿だ。そこにオーラも相まって、更に恐怖を引き立てる。
その女性は暁翠を睨みつけながら、キセルを首元に突きつけた。
「立場を弁えろと言ったはずじゃぞ、暁翠。次は無いと言ったはずじゃぞ…………と、言いたい所じゃが、今回は見過ごせない件じゃ。特別に許してやろう」
「すまないな。だが、引き籠もりのお前を引きずり出すにはこれが手っ取り早いと思った」
その言葉に、その女性は舌打ちをした。見た感じ、仲が悪いことは伝わってきた。
すると突然、その女性は水月を見た。水月は反射的に鳥肌が立った。まるで、蛇に睨まれた蛙のようだ。そして、その女性は水月の目の前に来ると、水月の頬を触りながら言った。
「お主が暁翠の嫁か……中々に骨のあるやつじゃのう。決して折れず、弄れず、主従関係を重んじる……お主は良き女じゃ」
「廷羅。俺の嫁に気安く触るな。殺すぞ」
「別に良いではないか。これほど良い女は見たことが無い。後で貸してくれ」
暁翠と廷羅に挟まれた水月は、どうすればよいか分からず困惑していた。
そこへ、ケビン大統領が口を挟んだ。
「喧嘩してる所申し訳ないのだが、本題に移ってはくれないか?」
その言葉で、2人は本題へ戻った。
廷羅は写真を受け取り、机の上に置いた。そして、赤い粉を使い、魔法陣のようなものを描き始めた。そして、机の四隅にお札を置き、両手を前に広げ、詠唱を始めた。
「我は定義する。写し絵に残る残滓はそこにあり、粒子を得て空に現れる。時を巻き戻し、時の流れを我が瞳に映したまえ」
廷羅が詠唱を終えると、写真の周りに撒かれていた赤い粉が宙に浮かび、写真の直上で渦を巻いた。
すると、渦の中に写真の風景が浮かび上がった。赤い粉で現されているため、詳しいことまでは分からない。だが、何かがぞろぞろと歩いてゆくのだけは分かる。そして、カメラが捉えた場面の瞬間、写真の風景は動きを止めた。
そして、廷羅が話し始めた。
「これが全てじゃな。あっしが見る限り、吸血鬼はまだ存在しているのじゃろう」
「そ、そうですか…………」
その言葉を聞いケビン大統領は、その場で肩を落とした。
水月達は唖然としていた。仲間が犠牲になり、やっと終わったはずの戦争がまだ終わっていなかったのだから。犠牲になった者達の亡骸に誓った約束を果たすため、自分たちは生き残らなければならない。彼女達が見ることのなかった未来を見て伝えるためにも。
それと同時だった。辺りの空気が急激に変化した。昼間なのに、部屋内が暗くなったように感じた。
廷羅は目を閉じると、空気の流れを感じ取っていた。そして叫んだ。
「今すぐ伏せろ!!」
その言葉に、暁翠以外の全員がその場に伏せた。暁翠は一瞬で結界を張り、自身の身を守る体制に入った。
それと同時に、写真の上で渦を巻いていた赤い粉が爆発した。赤い粉が辺りに飛び散り、空気が更に重くなる。
顔を上げると、その場には複数体のゆらゆらと揺れる黒い塊のような非物体のものがあった。その非物体ののようなものは、突如として白い目と口が開き、不気味な笑みを浮かべた。
それと同時に、黒い非物体は魔法のような何かを放った。
水月達は反射的にその場から飛び退き、暁翠はケビン大統領の庇い、攻撃をまともに食らった。
すると、廷羅は懐から吹き矢と筒を取り出した。そして、一瞬の内に吹き矢を吹いた。
吹き矢は黒い非物体を貫き、黒い非物体を消滅させた。
それからしばらくして、黒い非物体は全て消え去った。ケビン大統領は無事だったものの、ライト軍曹は心臓と肝臓を貫かれ助からなかった。暁翠も背中に傷を負うも、回復の術で傷を完治させた。
そして、暁翠はケビン大統領に謝罪をした。
「申し訳ありません。貴方の命を危険に晒した他、軍曹を守りきれませんでした」
「大丈夫だ。だが、あの黒い物体は何かのかね?」
ケビン大統領の質問に、廷羅が答えた。
「あれは、強い恨みを持った人間の怨念です。強い恨みを抱いたまま、死神に回収されなかった魂は怨念としてこの世を彷徨います。今回は、私の術に引き寄せられてやって来たようです。私の術は、稀にこういう事があるのです」
廷羅の説明に、ケビン大統領は理解が追いついていなかった。廷羅自身も、このような事態になることは想定していなかった。結界を張った上で行ったのだから、怨念が出現する確率は極めて低いはずだった。
その後、廷羅を含めた5人はホワイトハウスを去った。
その日はホテルに泊まり込むことになっており、暁翠達はホテルへ向かおうとした。しかし、廷羅が待ったをかけて言った。
「暁翠よ。お主の嫁を少しばかり拝借するぞ」
「元帥。私のことは心配なさらず、2人と先に行ってください。後で追いつきますので」
喧嘩に発展すると考えた水月は、暁翠が答える前に、暁翠の耳元で囁いた。
すると、暁翠は深い溜息をついて「行って来い」とだけ言うと、龍造と海月を連れて行ってしまった。
水月は廷羅に向き合うと、鋭い眼光で廷羅を睨みつけた。これは反射的なものであり、威嚇するつもりなどは無かった。だが、廷羅のオーラに警戒せずにはいられなかった。
すると、廷羅は人気の無い所へ水月を連れて行くと、隣で話し始めた。
「お主。暁翠の嫁となって後悔は無いのか?」
あまりにも突然の質問に水月は戸惑うも、深呼吸をして廷羅に答えを返した。
「無いですよ。元帥は、こんな私でも純粋に愛してくださっています。あの時、結婚を受け入れて良かったと思っていますよ」
「…………そうか、なら良いのじゃ」
廷羅は寂しそうに言うと、懐から小物入れを取り出した。そして、小物入れの中から紫色に輝く宝珠を取り出し、水月に渡して言った。
「それは、あっしが長年霊力を込め続けた宝珠じゃ。毒龍の力が封じ込まれている故、扱うのは至難の技じゃ。じゃが、お主であれば扱える日が来るじゃろう…………あっしが思う悪いことは9割当たるのじゃ」
そう言うと、廷羅は小物入れを懐に仕舞った。そして、再び話し始めた。
「見ての通り、あっしは暁翠と仲が悪い。昔から意見が合わぬのじゃ。何故かは分からぬがな……本当ならば、暁翠とも仲良くしたいのじゃが、去音の副官を任された故、それが出来ぬのじゃ」
そう言う廷羅の目は、少し寂しそうだった。暁翠と同じ過去を見る目をしていた。その目の奥には、後悔の念があるように見えた。
水月は廷羅に声をかけた。
「仕方ないですよ。ですが、それを抑え込める廷羅さんは凄いと思いますよ。自分の感情を押し殺すなんて、並大抵ではできませんから」
その言葉に、廷羅はクスクスと笑った。そして、「お主は本当によくできた女じゃな」とだけ言い残し、霧の門の中へ消えて行った。
そして、水月は暁翠達が向かったホテルへとあるき出した。手には、廷羅から貰った宝珠が輝いていた。この宝珠がいつ使えるのかは分からない。だが、これは大切にようと、水月は心の底で誓った。




