少女なる兵器 第56話「モデルの環境」
紫月が克二に告白されてから、数日後の1月16日。水月は家でのんびりしていた。本を読み、お茶を飲み、少しうたた寝したりもした。
そして時刻が正午を過ぎた頃、暁翠が家に帰ってきた。
水月は暁翠を出迎えると、暁翠が背負っていた買い物袋を受け取った。
暁翠は買い物袋を渡すと、靴を脱ぎながら水月に話始めた。
「水月。少し気になる事があるんだが、一先ずこれを見てくれ」
そう言って、暁翠は自身の隣に置いてある雑誌を指した。
水月は雑誌を開き、中のページをパラパラとめくる。しかし、とあるページで水月はページをめくるのを辞めた。
なんと、そのページには響月がモデルとして写っていたのだ。しかも、最近若者世代で人気の衣服を来ていた。
水月は目を擦ると、改めてその雑誌を見た。しかし、結果は変わらない。
水月は雑誌を閉じると、暁翠に聞いた。
「元帥。どうして響月が?」
「俺も理由を知りたいよ。一先ず、響月の自宅に連絡をする」
それから数分後、暁翠は響月の自宅に電話をかけが、響月は留守だったようで、留守番電話のメッセージだけを残し、電話を切った。
暁翠は居間の座布団に座ると、頭を悩ませた。暁翠自身、響月がモデルの仕事をしているとは聞いたことが無かった。それは水月も同じで、水月も何が何だか分からない状態になっていた。だが、1つだけ合致する意見があった。
ー響月のスタイルだったら、モデルなんて余裕でできるなー
それから数時間後、暁翠達の自宅に折り返しの電話がかかってきた。
水月が電話に出ると、件の雑誌について聞いた。
水月の質問に、響月は電話越しに苦笑しながら答えた。
「事実よ。戦争が終わって始めの頃、元帥に生活資金を貰いに来た事があったでしょう? それは、あの時の私が有名じゃなかったからよ。今はこうして、雑誌に載せてもらえるようになったから、ある程度の収入は安定してるけどね」
水月は、苦笑しながらも納得していた。確かに、響月は生活資金を貰いに来た事があった。しかしそれが、このような事情だったとは思わなかった。
聞きたいことを聞けた水月は、少しだけ響月と雑談をした後、電話を切った。
電話を終えた響月は、黒いライダースーツを着用し、買い物用のリュックを持つと、家を出た。
響月はマンションの駐輪場に向うと、いつも愛用しているバイクを運び出し、買い物へ向かった。
いつものように、バイクで道路を走る響月だが、水月に聞かれた言葉が頭から離れなかった。
『どうして、モデルになろうと思ったの?』
なりたかったと言うよりは、あの頃はなるしかなかったのだ。職が見つからず、途方に暮れていたところをスカウトマンからの勧誘で面接に参加し、見事合格する事ができた。
しかし、そこからが苦行の始まりだった。最初の頃は雑用ばかりやらされ、給料もそこまで多くなかった。マンションの部屋の家賃を払うことだけで精一杯だった響月は、暁翠の生活支援に頼るしか無かった。
それから数ヶ月して、響月に転機が訪れた。撮影予定の日、モデルを担当していた社員が体調不良により休まざるを得ない状況となった。そこで、偶然フリーだった響月に声が掛かった。会社側も焦っていたらしく、誰でも良かったらしい。そして、響月は衣装を着て写真撮影を行った。
それから1ヶ月後。社長から響月に声が掛かった。
響月は雑用を任されるのかと思っていたが、それは違った。なんと、響月の撮影予定の話だった。
詳しいことを聞くと、衣装を着た響月が掲載されていたページが好評だったらしく、これが響月の仕事に大きな影響を与えた。
それから、響月は撮影に呼び出されるようになった。仕事量が増えるのは大変だったが、生活の事を思えば何とでもなった。
そんな事を思い出している内に、響月は行きつけのスーパーマーケットに着いた。
いつもの用に買い出しをしていると、偶然、寄月に出会った。
「久しぶりね、響月。元気にしてた?」
「ええ。寄月こそ、元気にしてた?」
「勿論。それよりも、気づいたら貴女が売れっ子になってるなんてね」
寄月は羨ましそうに、響月に声をかけた。しかし、響月は首を横に振った。響月自身、いつ仕事が無くなるか分からないことを理解していたからだ。
首を横に振った響月は、寄月に言葉をかけた。
「そんなことより、貴女も凄いんじゃない? 全戦全勝のボクサーになってるんでしょ?」
「ええ、今の所はね」
寄月は、ボクサーとしての道を歩んでいた。今の所、負け無しの最強格に君臨している。何年もボクサーをしている人達にとっては、寄月は羨まれる存在なのだろう。
響月は言葉を続けた。
「でも、プロには敵わないんじゃないの?」
「余裕。この前打ち負かしたばっかりよ」
寄月の言葉に、響月は苦笑した。寄月の話曰く、相手は何十年もボクサー活動をしていたそうだ。大会での優勝実績もあり、一般人にもある程度知られている者であった。
しかしながら、結果として寄月は、そのボクサーをたった1回で打ち負かしたのだ。彼からしたら、屈辱でしかないだろう。
その後、寄月とある程度の世間話を終えた響月は、会計を済ませ、バイクでとある場所へと向かった。
しばらくバイクを走らせると、目的地のアパートが見えてきた。
響月は近くの駐輪場にバイクを停めると、アパートの一室へと向かった。
扉の前につくと、響月はインターホンを鳴らした。
すると、中から岩月と慙月が出てきた。
「待ってたわよ。さあ、中に入ってちょうだい」
岩月の言葉に従い、響月はアパートの中へと入った。
アパートの中はそこそこ広く、2人で生活しても支障がないスペースが確保できていた。
響月はリビングに通されると、2人と話し始めた。
「それで、どうすれば夜間の任務が継続できるかだったわね?」
「ええ、そうよ。夜間の監視勤務だから、なるべく寝ないようにしなければいけないの」
岩月と慙月は、働き先のショッピングモールで、夜間の監視係を請け負っていた。その為、日中に寝るようにしているのだが、日光が眩しいため中々眠れず、監視に支障をきたしている状況だった。そこで、夜間の監視を得意としている響月にアドバイスを貰おうと考えたのだ。
響月は少し考えた後、2人に言葉を放つ。
「まず、夜間の監視は睡魔との戦いよ。気付け薬を飲む事を推奨するわ。それが嫌なら、日中に寝る努力をすることね。カーテンの上に、分厚い布をかぶせる対策も有効かもしれないわよ」
岩月と慙月は顔を見合わせるとら言いづらそうにしながら響月に言った。
「その……既に両方試してまして……」
「全く効果がありませんでした……」
2人の言葉に、響月は肩を落とした。自分が知っている方法となれば、それくらいしか思いつかなかったからだ。
しかし、響月はふと思いつく事があった。響月は立ち上がると、2人に言った。
「少し、電話を借りるわよ」
そして、響月はとある家に電話をかけた。電話は早く繋がり、相手とすぐに話をすることができた。
そして話が終わり、響月は電話を切った。響月は振り向くと、2人に言った。
「少し出かけるわよ」
それから数十分後、3人は鎮守府の近くの商店街まで来ていた。岩月と慙月は、何も知らないまま響月に連れられてきていた。響月は、疑問を抱く2人に、「待っていれば分かるわよ」とだけ言った。
しばらくすると、見覚えのある者がこちらに向かって歩いてきていた。
岩月と慙月は、響月の言っていた事の意味が、なんとなく理解できた。彼女であるなら、様々な方面に接点があるからだ。
響月は、その者に頭を下げながら言った。
「水月さん。急な呼び出しすいません」
響月が呼んだ者。それは、水月だった。水月なら旧大龍帝国の首脳陣と接点があり、何か分かるかもしれないと、響月は考えていた。
水月は首を横に振ると、響月に用件の確認をする。
「それで、今回は眠気の対策についてね?」
「ええ。そうです」
「なら、この場を離れましょうか。目立つからね」
そう言うと、水月は人混みの中へと歩き出した。3人は、水月の背中を追った。
しばらくすると、4人は人気のない裏路地に入った。そして、水月が改めて説明を始める。
「これから霧の門を解放する。貴女達は先に入ってちょうだい。私は最後に入るから」
水月は言い終わると、霧の門を出現させた。3人が霧の門を潜り、水月が最後に門を潜ると、そのまま門を閉じた。
霧の門を抜けた場所は、去音金融の玄関前であった。水月は3人を社長室まで連れて行くと、ここからは自分たちで交渉するように言い、扉の前で待つことにした。
響月が扉を叩くと、去音が中に入るように言った。
中に入った3人は、去音の座るように言われ、ソファーに腰を掛けた。そして、響月が本題を切り出した。
「去音さん。率直に聞きますが、睡眠妨害の薬はありますか?」
「あるわよ。飲んだら3日は眠れなくする強力なものだけどね」
その言葉に、岩月と慙月は肩を落とした。3日も眠れないとなると、その反動はかなり大きいだろう。体への負担も大きいものと推測された。
2人を見た去音は、呆れながら言った。
「そもそもとしてだけど、夜型なんて簡単になれないわよ。神龍達だって、最初は夜間行動中に居眠りをしてしまった事があるのよ」
「「神龍達がですか!?」」
3人は、去音の言葉に衝撃を受けた。まさか、神龍達が最初は夜に弱かったとは知らなかった。
驚いている3人を他所に、去音は言葉を続けた。
「これはなれるしか無いわよ。薬を使うより、自身の体に刻みつけないといけないからね」
「去音さん……」
「どうしてもって言うのなら、危険生物が潜む森で1週間過ごしてもらうプランもあるのだけれど?」
「「頑張って起きれるようにします!!」」
岩月と慙月は、声を裏返して言った。
それから1週間後、響月は再び、2人のアパートを訪ねた。この前のように、岩月と慙月が扉を開けて出迎えてくれ、響月はリビングへと案内された。
リビングの椅子に座ると、響月は2人に聞いた。
「それで、夜は起きれるようになった?」
「はい。前よりは起きられるようになりました」
「どうしても眠たいときは、互いに通話しながら意識があるかどうかの確認もしています」
2人は得意げに答えた。それを聞いた響月は、心の底から安心していた。なによりも、去音のスパルタ教育は受けずに済みそうなのだから。
それから数時間後、2人の出勤と共に、響月は2人の家を立ち去った。そして、寄月が暮らすアパートへとバイクを走らせた。
寄月が暮らすアパートに着くと、響月はバイクを駐輪場に置き、エレベーターを使って3階へ上がった。そして、73号室のインターホンを鳴らした。
そして、寄月が玄関から出てきた。寄月は響月を家の中に招き入れると、リビングへと案内した。
リビングには具材が入った鍋が置かれており、皿も2人分用意されていた。そして、寄月は響月に言った。
「食べていきなさいよ。その為に貴女を呼んだんだから」
「寄月……ありがとう。遠慮なくご一緒させてもらうわ」
2人は手を洗うと、椅子に座り、鍋の中身を食べ始めた。寄月が作った料理はとても美味しく、響月にとっては幸せだった。
「しっかりと食べなさい。貴女、ここ最近は食事制限をしてたでしょ?」
「ええ。今回は何も気にせずに食べるわ」
そして、2人は楽しい夕飯の時間を過ごした。
その後、響月の体重が少しだけ増え、マネージャーに怒られた事は言うまでもないことだ。




