少女なる兵器 第55話「新年の春」
1月1日。水無月京華は、朝から霧の門を連続行使していた。
というのも、暁翠の頼みで、兵器達を旧大龍帝国に集めてほしいと言うことであった。
理由は宴会的な何かを開くそうだが、暁翠だけでは人手が足りず、京華にも白羽の矢が立ったのだ。
午前9時24分。京華は頼まれていた兵器を、旧大龍帝国本土に送り届けた。
京華は疲労困憊であった。一度にここまで術を行使するのは、戦闘の時以外そうそう無い。しかし、最も疲労を大きくした原因は、霧の門であるた為だ。霧の門は、攻撃用の術よりも、より多くの力を必要とする。
京華は近くの岩に凭れ掛かると、そのまま深いため息をついてその場に座り込んだ。
すると、京華と同じ役割を終えた京花が、京華に水が入ったペットボトルを差し出した。
京華はそれを受け取ると、中の水を口にした。すると、水からは少し塩っぱい味がした。
「京花。もしかしてだけど、中に何か入れた?」
「塩を300gほど入れておいたわ」
「何入れてるのよ!? 私じゃ無かったら、今頃吹いてるわよ!!」
京華は溜息をつくと、再び水に口をつけた。相変わらず塩っぱいが、塩には霊力を回復させるための術が掛けられていた為、飲まない訳にはいかなかった。
それからしばらくすると、旧飛行場が建てられている台地の下の、岩のひさしの下で宴会の準備が整っていた。
ひさしの下には、既に多くの兵器が集まっており、後は暁翠の合図で宴会が始められる状態であった。
京華はそれを、岩の裏側から見ていた。別に出ても良いのだが、あの中に入れる勇気が無かった。過去に鎮守府で全員と関わってはいるが、それはあくまでも仕事であったからだ。プライベートの京華は、一部の者を除いては人と関わることに消極的であった。
京華が岩の裏で溜息をついたと同時に、京華の背後から声が掛けられた。
「何してるのよ? 私が知ってるあんたは、もっと上手く振る舞えているわよ」
振り向くと、そこには翔和が立っていた。
「師匠。私はそんな龍族じゃないんですよ。本当は、ただの臆病者です」
「臆病者ねぇ……あんたが龍族になった頃は、死ぬ覚悟で私の稽古を受けてたじゃない」
「それは……そうですけど…………」
京華は躊躇ったままだった。やはり、自分に対する覚悟が足りていないのだ。
翔和は溜息をつくと、京華の隣に腰を下ろした。そして、懐から数枚の写真を取り出し、京華に見せながら言った。
「これは、あんたが私の稽古で始めて攻撃を避けた時の写真。こっちは、あんたが滝行をしている時の写真」
京華は翔和が見せてくる、写真の意味が分からなかった。そんなことよりも、この写真はどのタイミングで撮られていたのかが不思議でたまらなかった。
翔和は写真を見せ終わると、それを懐に入れて言った。
「何が言いたいかって言うと、この時のあんたは努力を惜しまなかったってことよ」
京華はハッとした。確かにそうだった。今まででの自分は、今後を生きるために努力を欠かさなかった。
京華は翔和に一礼すると、岩の裏から出て行った。
それと同じタイミングで、暁翠が開始の合図を出した。今回は去音ができます司会を務め、淡々と言葉が並べられた。
そして、宴会が始まった。
京華は白波達が座っている場所にお邪魔すると、緊張しながら周りを見渡した。
それを見た去音は、呆れた声を出しながら京華に言った。
「貴女のコミュ障も中々ね。そんなんじゃ、いつまで経っても人前に出られないわよ」
「もう300年も生きてるんですよ。最低限の会話はできます」
京華の言葉に、去音はより深く溜息をついた。
するの突然、白波が去音の背中を勢いよく叩いて言った。
「まだ若いんだから、今の内に積極性を持ったほうが良いわよ。数万年も経てば、勝手にコミュニケーション能力が磨かれてるから」
「私は白波さん達みたいに、なれるかどうかすら怪しいですよ。数万年と数百年では、根本的な数が違います」
「たった100倍の違いじゃない?」
京華は心の中で溜息をつくと、生き残っている龍族でまともな白蓮に、目でモールス信号を送ろうとした。しかし、泊は酒に酔って、そのまま寝てしまっていた。
京華は白蓮が酒に弱いことを思い出すと、頭を悩ませた。
それから数分後。京華は首脳陣のペースに流されてしまっていた。更には酒が回っている事もあり、話はより複雑怪奇なものへ発展していた。
すると、暁翠が水月を連れてこちらに歩いてきた。
京華は暁翠達に、瞬きをしてモールス信号を送った。
それに気が付いた暁翠は、酒が回っている3人を説得し、京華を連れ出した。
それからしばらく歩き、宴会が行われている所の反対側のひさしへとやってきた。ここから見る景色はあまり変わらないが、ここは誰も寄り付かない為、静かな時間が過ごせた。
京華は岩に腰を下ろすと、暁翠に礼の言葉を述べた。
「暁翠さん。本当に助かりました」
「なに、良いって事よ。それよりも、あまり無理はするなよ。断りたければ、はっきりと断ってしまえ」
暁翠の言葉を聞いた京華は、苦笑した。そして、陥没桜の太い樹の幹を見つめた。何千万年も存在するこの巨大櫻は、大龍帝国の運命を見てきた。言わば、物言わぬ歴史の証人なのだ。
京華は立ち上がると、水月の隣にやって来た。
水月は不思議そうな目で、京華を見つめた。相変わらず、京華の美貌は誰が見ても見惚れてしまうものだ。
京華は水月を見ると、なんとも言えないような笑みを浮かべて笑った。
一方その頃、宴会が行われている席の中の一角では、龍珱姉妹が会話をしていた。いや、手話をしていた。
『紫月とは別の部署だったけど、今居る部署はとても良い所よ。部長がよくサポートしてくれるから、私でも楽に仕事ができてるわ』
『それなら良かったです。中々会えなかったので、心配していました』
龍珱の耳が聞こえなくなった後、龍玲と龍鶴は手話を猛勉強した。そして、龍珱と手話での会話ができるようになったのだ。
龍珱は当初、手話を扱えなかったが、元は耳が聞こえていた事もあったので、表を見せながら少しづつ手話を習得していった。
結果的に、3人はこれまでとほぼ変わらない会話を行えるようになった。
そんな3人が話している中、その席に近づいてくる者が居た。
「少し失礼します」
「どうしましたか、紫月さん?」
紫月はお辞儀をしながら、龍鶴の隣に座った。片腕だけの生活にも慣れたようで、バランスを崩すようなことはしなかった。
紫月はお茶を飲みながら、龍珱に手話で話しかけた。
『どうですか? そちらの部署は?』
『親切な人ばかりよ。いつも気を使ってもらってるから、申し訳ないくらいに』
龍珱は苦笑の表情を浮かべながら、手話で紫月に言葉を返した。
紫月は寂しそうな目で龍珱を見たが、直に微笑みを浮かべて、手話で言葉を伝える。
『そうですか。なら良かったです。では、私はここで』
そう送ると、紫月は立ち上がり去って行った。
龍玲と龍鶴は遠ざかる紫月の背中を見て、何か感じることがあった。
しかし、龍珱は全てが分かっていた。紫月が浮かべた表情からして、周りに親切な人が少ないのだろう。
それからしばらくして、宴会が終わる時間となった。去音が締めの言葉を述べると、暁翠から解散の宣言が出された。
各自が暁翠達の作る霧の門を通り、自宅へ戻る中、龍珱は紫月を呼び出し、その場に残っていた。
龍珱は真剣な表情で、紫月を見つめる。そして、手話で言葉を送った。
『紫月。貴女、色々と抱え込み過ぎてるわよ。目の奥を見れば分かる。部署の環境が酷いんでしょう?』
紫月は何も返そうとしなかった。龍珱の言っている事は、全て図星だったのだ。
龍珱は手話を続けた。
『何かあるなら、私達を頼って。それができないなら、今すぐ退職届を提出した方が良いわよ』
龍珱がそこまで言うと、紫月は動かさなかった手を動かし始め、手話で言葉を伝えた。
『それはできません。そこには、私を気づかってくれる唯一無二の人がいます。いつも優しくしてくれて、残業がある時はいつも手伝ってくれます。何よりも、私の陰口を叩いた人には怒ってくれます。ですから、私は部署を離れるわけにはいきません。その人の為にも』
その手話を見た龍珱は、驚いた表情をしていた。しかし、すぐその表情は笑いに変わり、紫月を困惑させた。
紫月が困惑する中、龍珱は紫月に手話で伝えた。
『それなら大丈夫そうね。でも、無理はし過ぎ無いようにね』
そう伝えると、龍珱はその場を立ち去ろうとした。しかし、龍珱は紫月とすれ違いざまに、耳元で言った。
「その人、聞いた感じだと紫月の事が好きなんじゃない? 少なくとも、私が見てきた人間に、そこまで誰かに尽くす人間は見たことがないからね」
そして、龍珱は霧の門を通って去って行った。
紫月は、心に何か不思議な感情ができていた。その感情がなんなのかは、紫月はすぐに理解した。
そんな紫月を他所に、暁翠は紫月に肩を掴むと、紫月に圧をかけながら話しかけた。
「紫月。その男を連れて来い。少し話したいことがある」
「え!? いや、その……はい……分かりました」
紫月は暁翠の威圧に後押しされ、克二を呼ぶこととなってしまった。
それから6日後の仕事終わり、紫月は克二を連れ、暁翠の家の前に来ていた。
扉を叩くと、水月が出迎えてくれ、そのまま居間に通された。
居間の座布団に座っている暁翠は、いつもとは違う威圧感を放っていた。
紫月と克二は用意されていた座布団に座ると、水月が用意してくれたお茶を口にした。その水月は暁翠の横に座り、真剣な表情でこちらを見ていた。
紫月と克二が暁翠に向き合うと、暁翠は固く閉ざしていた口を開いた。
「克二さん。率直に聞きますが、貴方は紫月の事をどう思っていますか?」
暁翠の問に、克二は少しの沈黙の後、答えた。
「紫月さんは、とても良い人だと思います。いつも仲間思いで、悪い点は指摘して、改善点を教えてくれます。紫月さんのような方は、世界中を探しても中々見つからないと思います」
「そうか……だが、それだけじゃ無いだろ? ここに呼ばれたって事は、薄々分かっているはずだ」
暁翠の言葉に、克二は何も言わなかった。
紫月は克二を見ると、心配そうな表情をした。
克二は紫月の表情を横目で見ると、深く深呼吸をして紫月に向き合った。そして、紫月が予想もしてなかった言葉を放った。
「紫月さん。私と付き合ってくれませんか?」
「え? ええ!?」
克二の言葉に、紫月は驚いた。それと同時に、顔を赤らめながら自身を否定し始めた。
「わわわ私なんて、本当にクズで、どうしようもなくて、片腕もない出来損ないですよ!!」
「そんな事はありません。紫月さんは自身が思っているよりも、ずっと綺麗な人です」
紫月はあたふたしながら、水月の方を見た。
水月は苦笑しながら、紫月に言った。
「紫月。こういうのは、自分の気持に素直になった方が良いわよ」
水月の言葉を聞いた紫月はとうとう観念したようで、克二に真剣に向き合い、言葉を放った。
「その……私で良ければですが、今後ともよろしくお願いします」
「はい。紫月さんを幸せにできるように頑張ります!」
「まだ結婚しませんってば!!」
2人の会話を見ていた水月は、自然と笑みを浮かべていた。水月の中の紫月は、自己肯定感がとても低かった。だが、その影は徐々に薄れつつある。克二が紫月の隣にいるなら大丈夫だと、水月は心の底から安心した。




