表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女なる兵器 Act.1〈旧版〉  作者: 深瀬凪波
第二次龍鬼戦争
23/109

第五話 本質と絆 (完全版+α)

 この世とは不条理である。『勝てば官軍負ければ賊軍』という言葉があるが、それは事実に過ぎない。戦勝国が敗戦国を差別し、迫害し、搾取するのが現実である。

 歴史が証明するこの出来事は、国際平和や国際協調が謳われるこの世界において、未だなお、その爪痕を隠そうとしていない。それを証明するのは、領土も、国民も、生きる権利すら奪われた国家だった。

 ベトナムの森林地帯は薄暗く、とにかく足場が悪い。そこに蔓延るのは、数日前に突如として現れたのは、吸血鬼だ。

 それを排除するべく出撃した二人の自走砲は、足場の悪さから、前進できずにいた。それに加え、相手は機動力が高く、下手をすれば背後すら取られてしまう状況下だ。

 いっそのこと、森に榴弾を撃ち込んでしまおうとも考えたが、現地の住民や兵士に何を言われるか分からないので、その案は、早々に頓挫した。

 一時的に撤退することも視野に入れたが、背後にはベトナム兵士が、督戦隊のように、こちらに銃口を向けている。後退は、死を意味するようだ。

 しかし、このままでは、いつまで経っても前線を突破することはできないだろう。


 「ねえ、響月。何か前線を突破できそうな案はない?」

 「あったらとっくに実行してます。それよりも、震月の榴弾砲でどうにかなりませんか?」

 「できたらやってるわよ」


 二人の女は、互いに木の後ろに隠れ、この状況を突破する案を考えていた。しかしながら、探せど探せど、打開の案は出てこない。時間だけが過ぎるだけだ。

 そんな中、少し後方にいるベトナム兵士が、二人に向かって声を飛ばしてきた。


 「Ngươi định trốn ở đó bao lâu nữa? Nhanh lên, đẩy tiền tuyến về phía trước.」

 訳:いつまでそこに隠れているつもりだ? 急いで前線を押し進めろ


 ベトナム語で話される言葉は、震月にとって馴染みのないもの。故に、何を言っているのか分からない。


 「響月、何を言っているか分かる?」

 「「隠れてないで、早く前線を上げろ」って言ってる」


 響月の訳を得て、震月は状況を把握した。だが、そうは言われても、現状、この状況を打開できる策は見つかっていない。しかし、これ以上の膠着は、ベトナム兵士にとって都合が悪い。どうしょうもなかった。

 ふと、震月はベトナム兵士のベルトに目を向けた。そこに装備されているのは、双眼鏡や水筒、そして、手榴弾だ。


 「響月、彼らに伝えて。ありったけの手榴弾をこっちに寄越せって」

 「え、ええ……分かったわ」


 響月は、ベトナム兵士たちに聞こえるよう、大きな声で手榴弾を渡すよう伝えた。意外なことに、彼らは素直に手榴弾を渡してくれた。

 震月は、匍匐前進でやってきた兵士から手榴弾を受け取ると、狂気的な笑みを浮かべ、吸血鬼が潜む方角を見た。


 「響月、私が手榴弾を使って敵を撹乱する。その間に、敵を撃ち抜いて」

 「それってどういう……」

 「さあ、始めるわよ!!」


 震月は響月の言葉を無視して、木の陰から飛び出した。その手には、安全装置の抜かれた手榴弾が握られている。

 旧大龍帝国の自走砲が出てきたことを確認した吸血鬼は、これを逃すまいと、一斉に砲弾を放つ。

 放たれた砲弾の内、数発は震月の肉を抉るも、震月は体勢一つ崩さず、手榴弾を発砲煙の場所へ放り投げた。それは、紛れもない、反撃の合図だった―――




 いつもと変わらない日々。それは、仕事をこなし、時に戦闘を生き延び、空いた時間を自由に使うこと。その空いた時間こそが、鎮守府に住む者達にとって、至福の一時なのだ。

 日々、鍛錬怠らない者。

 装備の改良に熱中する者。

 休息を取る者。

 全て有意義なものであり、今後の鍛錬や趣味にも使えるこの時間は、彼女達にとっては重要なものだ。特に、日頃から出撃回数の少ない陸軍の者達は、鎮守府内に設置されたトレーニングジムや射撃場を利用し、身体の強化や武器の扱い方の上達を図っている。

 そんな鎮守府であるが、休めない者が一人だけ存在している。その者は、常に机と向き合い、山のように積み上げられた書類の一枚一枚に対し、無言で万年筆を走らせている。

 それを見る鎮守府者の者は、誰もが呆れ顔をするが、その原因は、日本政府にあると理解している。しかしながら、休息も取らないその姿は、明らかに異常だ。

 そして、今日もまた一人、執務室を訪れる女が、その光景を目の当たりにした。

 女の名は紫龍。神龍姉妹の末っ子。名前の『紫』が指すように、髪は滅紫色の美しい長髪だ。いつもなら就寝している時間帯である彼女だが、今回は長期休暇を取っているため、どの時間に起きていようが問題はなかった。

 そんな紫龍の視線上にあるのは、書類の山に埋もれる、鎮守府の主の姿だ。書類の隙間から見える表情は、無を示していた。

 しかし、紫龍がここに来たことには理由がある。しかも、それは鎮守府にとって問題のあることだ。提督がどんなに忙しいとはいえ、要件は伝えなければならない。


 「提督、お忙しいところすいません。お伝えしなければならないことがありまして」

 「そのまま続けてくれ。見ての通り、手が離せない」


 眼前の提督の忙しさは異常だが、なんとか喋るほどの余力はあるらしい。これならば大丈夫だと、紫龍は少しながら安心できた。


 「では、報告します。鎮守府の食料が不足しています。年の瀬も迫ってまいりましたので、買い出しに行くべきかと」


 紫龍の報告に、鎮守府の主は万年筆を走らせる手を止める。その頭の中では、思考回路が目まぐるしい速さで巡っていた。

 というのも、いつもならば鎮守府の主が買い出しに出向いているのだが、現在、積み上げられた書類の山を片づけるべく、手が離せない状態だ。

 しかし、ここで買い出しに行かなければ、下手をすれば年末年始を乗り切ることができないと考えられる。鎮守府全体約百名を養わなければならないのだから、その量は凄まじいものになる。

 そんな時、突如として執務室の扉が叩かれた。鎮守府の主は入出許可を出すも、その扉は開かれない。

 何かあると思い、直接扉を開けると、そこには書類の山があった。いや、正確には書類の山ではない。書類の山を抱えた一人の女が、執務室前で立っていた。

 鎮守府の主は書類の一部を抱えると、それを近くの机に置いた。女が抱えていた書類残りの書類も、女が同じ場所に置いた。

 ふと、紫龍は書類を運んできた女の姿を見て、目を丸くした。


 「白龍姉さん、どうして起きていらっしゃるのですか?」


 紫龍の目に映る女。それは、一つ上の姉である白龍だった。その髪は白長髪であり、その身長と若さは想像しにくいものだ。


 「私も休暇を取ったのよ。あなたが休暇を取ったって聞いたからね」


 姉の回答に、紫龍は深い溜息をつく。姉が過保護であることは薄々感じてはいたが、ここまできてしまうと、もはやうっとおしく感じる。

 溜息をつく妹を他所に、白龍は鎮守府の主に向き合う。


 「それで、買い出しですね。それなら、紀龍姉妹か斬龍姉妹に任せてはどうですか?」


 白龍は、鎮守府の主の悩みを把握していた。その上で出された提案に、鎮守府の主は、深く悩み込んだ。

 事実、白龍の言った選択肢以外の答えが見つからないのだ。陸軍は人数不足、陸海共同軍は大半が人間不信の状況の中、残すは海軍のみとなる。その海軍でさえ、風龍姉妹や海龍姉妹は人間を恨み、神龍姉妹は就寝している状況だ。

 しかし、紀龍姉妹や斬龍姉妹とて人間への恨みが無いわけではない。比較的恨みが少ないだけで、手綱を手放しさえすれば、殺戮劇を繰り広げかねない状況だ。

 だが、そう考えている内に、鎮守府の主は一つの妙案を思いついた。その時の鎮守府の主の顔は、白龍には気持ち悪く見えていた―――




 場所は変わり、第二兵舎へと移る。二日前にも説明したが、ここは駆逐艦の居住区画である。よって、ここに入る者は、渡り廊下を経由し、第二兵舎以降の兵舎に用がある者か、ここに住む駆逐艦以外は基本的にあり得ない。

 だが、今日は例外が発生しており、第二兵舎には陸海共同軍の者がいた。その者は、数日前、この鎮守府の新戦力として迎え入れられた者だ。


 「―――なので、結局のところは速度重視なだけですよ」

 「やっぱり機動力よね……私には到底真似できないわ……」


 陸海共同軍の新戦力もとい、水月は、第二兵舎に住む雪龍の部屋を訪れていた。というのも、二日前、演習で完全敗北したため、戦い方の改善点などを教えてもらおうと、雪龍の元を訪れていたわけだ。


 「そんなことはありせん。冥月さんだって、私の四分の一くらいの速度なら出せるようになりましたし」

 「それ、艤装に改良を加えたからじゃなくて?」

 「半分正解です」


 水月と話す雪龍は、前回とは違い、とても穏やかな表情をしている。その様子は、どこにでもいる年頃の女の子のようだ。

 その様子を見守るのは、風龍型の長女である風龍だ。普段は厳格な風龍だが、姉妹の前ではたびたび微笑むことがある。今回も同じで、雪龍が楽しそうに会話しているのを、微笑みながら見ていた。


 「だけど、そんな速度を出して、艤装は大丈夫なの? 所詮は鉄だから、あの速度を出すには負荷が大きいと思うわ」

 「それなら、風龍姉に聞いてください。艤装の扱い方は、この鎮守府で随一ですので」


 雪龍はそう言い、壁に背をつけていた姉に目を向ける。同じように、水月も風龍を見た。

 風龍は一瞬戸惑うも、一瞬微笑み、雪龍の机に置かれている鉛筆と紙を手に取った。そして、紙に何かを描き始めながら、説明を始めた。


 「確かに、艤装は鉄の塊です。回路も人間の使うものと、何ら変わりはありません。ですが、仕組みを模式図に表すとするならば、こうなります」


 風龍は言い終わると同時に、何かを描いた紙を水月に見せた。そこに描かれていたのは、足に取り付ける艤装の模式図だった。理解しやすいそれは、水月の疑問を納得へと変えた。


 「確かにこうすれば、負荷は最小限に留まるわね……」

 「そうですね。ですが、プロペラシャフトの摩耗だけはどうにもならないので、緊急時以外は使用するなと、提督から言われているんですがね」


 風龍はそう言い、横目で妹の顔を見た。雪龍は何かをごまかすように、顔を明後日の方向に向ける。

 それを見た風龍は、少しだけ笑った。


 「まあ、今回は提督から、水月さんの心を折るよう指示が出ていたので、仕方がないと言えば仕方ないのですがね」

 「それは聞いてないわよ」

 「提督が言うわけないじゃないですか」


 三人が交わす会話は、戦略的な技術力を共有すると同時に、純粋に、一部ふざけた馬鹿話のような楽しさも存在している。この時間がどれほど大切なのか、当の本人達は気にしない限り気づかないだろう。だが、それはそれで良いのかもしれない。


 そんなこんなしている内に、水月が雪龍の部屋を訪れてから、三十分以上が経過していた。水月はそろそろ部屋に戻ろうと、二人に礼を言い、雪龍の部屋を去ろうとした。

 だが、それと同時に、部屋の扉が叩かれた。この時間に誰かという疑問を持ちつつ、部屋の主である雪龍は、その扉を開けた。

 扉を開け、目に入ったのは、二人の妹の姿だった。 


 「雷龍、電龍、どうしたの?」

 「水月さんがここにいると聞きましたので」

 「提督から手紙をお預かりしています」


 雷龍、電龍と呼ばれた雪龍の妹達は、水月を探し、ここまで来たようだ。それも、鎮守府の主の要件だった。

 雪龍は二人を部屋に入れ、中にいる水月に、手紙を渡させた。それを受け取った水月は、その内容に目を通した。

 しかし、次の瞬間、水月が見せたのは溜息だった。何があったのかと思い、風龍が横から内容を覗き見る。そして、水月が溜息をついた理由を理解した。


 「なるほどね。それは溜息もつきたくなるわ」


 風龍はそう言いなら、頭を掻いた。その裏に隠された思いは分からないが、水月の考えを一定理解している風龍が言うのなら、それは水月にとって、何か都合の悪いことなのだろうと、三人の妹は理解した―――




 鎮守府第三兵舎は、不気味なほど静まり帰っている。元より空き部屋が多く、主となる者を待っている状況なのだ。

 しかし、今現在、第三兵舎では数人の者が生活しているのも事実だ。ここに住む者は、合計して七人。その内二人は部屋にいるが、残りの五人は部屋を空けていた。


 場所は変わり、鎮守府本部の地下に移る。地下施設には様々なものがあり、鎮守府に住む者は、この場を頻繁に利用している。その用途は、運動、研究、装備改修などと、充実したものだ。

 その中の一室には、簡易的な道場が存在している。弓道を行える広さは無いものの、柔道や空手、剣道を行うには十分な広さが確保されている。

 そこにいるのは、木刀を持った五人の女だ。彼女達が行うものは、紛れもない剣道だが、なぜか道着は着用せず、ビキニアーマーと日本古来の鎧が組み合わさったような戦闘着を着用している。

 そこで繰り広げられるのは、一対一の二組で行われる試合であり、目にも留まらない技の繰り出し合いだ。木刀の衝突する鈍い音が鳴り響き、僅かながらも風圧が生まれている。

 残った一人は、正座をしながら、その光景を正確に、眼球に焼きつけている。万物をも見通すその瞳の持ち主は、斬龍だ。彼女は、目の前で繰り広げられる妹達の試合を見て、その力量を認識しているのだ。


 やがて、試合が終わると、斬龍は立ち上がった。そして、整列した四人の妹の前に立ち、言い放った。


 「はっきり言って、遅すぎる。再び生を得てからのこの間、あなた達は何を学んでいたの?」


 姉の言葉に、四人の妹は顔をしかめた。ここまでの酷評は初めてのことであり、心にくるものがあった。

 だが、反論を言おうとは、決して誰も考えなかった。姉の言っていることは事実であり、このままでは、今後、主戦力の座を引き継ぐ者達に追いつけないと分かっていた。

 言葉を深く受け止めている妹達に、斬龍は詰め寄った。そして、妹の内の一人の服の襟を掴み、自身に引き寄せた。


 「時に慚龍、あなたは現状をどう見ているの? 簡潔に答えなさい」


 慚龍と呼ばれた、斬龍の妹の内の一人は、姉の絶対零度の視線に睨まれた。獲物を狙う鷹の眼のような視線に、一瞬、背筋が震える。

 だが、慚龍は刹那の間に呼吸を整え、答えを導き出す。


 「人間に差別され、殺されるかもしれない中、敵の主力が整いつつあり、いつ死んでもおかしくはない状況です」

 「……そう。分かったわ」


 答えを聞いた斬龍は、妹の服の襟から手を離した。そして、再び元の位置に戻り、妹達の瞳の色を確認する。その瞳の色は、共通したものだった。

 それを確認した斬龍は、再び絶対零度の瞳に戻る。だが、その口から放たれる言葉は、全くと言っていいほど違った。


 「これにて、本日の鍛錬を終了する。確実、後始末はしっかり行うように」

 「「了解しました」」


 斬龍が告げたのは、今日の鍛錬の終了を告げる言葉だ。四人の妹は、姉の言葉に従い、木刀を近くの刀掛けに戻し、道場を後にした。

 一人残った斬龍は、扉とは真反対の方向を向き、素振りを始めた。道場は冷たいものの、素振りの繰り返しは、斬龍の体温を徐々に上げていく。

 やがて、その額には汗が現れる。こうなるまでに、どれほどの時間が経ったのか、斬龍は考えることはない。一切の思考を放棄した脳には、眼前のことにしか意識がないのだ。


 それからしばらくした頃、突如として道場の扉が開かれた。斬龍はその音を聞き、我に返った。

 振り向くと、そこには見知った者の顔があった。


 「疾龍、どうかしたの?」


 斬龍の視線の先にいたものは、風龍姉妹の十女である疾龍だ。彼女は道場の扉から顔を覗かせている。

 だが、よく見てみると、彼女の手には封筒が握られている。その封筒は提督からの頼み事ぎ書かれていると理解している斬龍は、それを受け取るべく疾龍の元へ向かって歩き出そうとした。

 しかし、直前で疾龍が斬龍を止めた。


 「斬龍さん、確かに封筒は提督の頼み事ですが、せめて汗を拭いてから受け取ってください」


 疾龍の言葉で、斬龍は始めて、自分が滝のような汗をかいていることに気づいた。服の大部分が濡れており、気づいてから気持ち悪く感じるほどだ。


 「ごめんなさい。すぐに拭いてくるわ」


 斬龍は近くに置いてあったタオルを手に取り、肌が露出している部分の汗を全て拭き取った。そして、改めて疾龍から封筒を受け取り、中には入っている紙に記された内容に目を通す。

 しかし、斬龍の表情は芳しいものでは無かった。その手に入る力は僅かに強くなり、紙の一部を折る音が響く。


 「斬龍さん……?」

 「大丈夫よ。それより、そろそろ昼食の時間でしょ? 風龍達が食べ終わる前に早く行ってらっしゃい」


 斬龍を心配する疾龍だったが、斬龍の言葉に促され、その場を去った。だが、心の中では斬龍のあの表情が、とても気になっていた。

 あの表情は、斬龍が怒りを孕む時、仲間の前だけで見せる表情だったのだから―――




 時刻は正午を過ぎ、少し経過した頃のこと。鎮守府門前では、水月を含めた七人の女が待機していた。その内の四人は、斬龍の妹達だった。残りの二人は、陸軍所属の軽戦車であり、水月とは一度関わりがある者達だった。

 だが、水月は二人の名前を思い出せないようで、数ある記憶の断片から、二人の名前を探し出そうとしていた。

 しかし、ついに二人の名前を思い出すことは無く、水月は諦めて名前を聞くことにした。


 「やっぱり思い出せませんか。私は岩月ですよ」

 「私は慙月です。まあ、思い出せなくても当然ですね。私達、存在感が薄いので」

 「決してそんなことはないわよ。あなた達の汎用性が高すぎて、記憶が混乱しているだけだから」


 岩月、慙月と名乗った二人の軽戦車に、水月は謝罪した。

 しかし、これは仕方のないことなのかもしれない。彼女達は兵器時代、車体の汎用性の高さに目をつけられ、自走砲や自走対空砲、挙句の果てには兵員輸送車にまで改造され、製造されていたのだ。

 水月も、輸送任務に従事していた時は、何度か陸軍所属の戦車を別の大陸まで運んだことがあった。その中に含まれていたのが、二人だったのだ。様々改造車を輸送している内に、水月自身も、彼女達の元を忘れてしまっていた。

 だからこそ、今、再会できたにも関わらず、名前を覚えていなかったことを、心から反省していた。


 「お気になさらずに。何かと作戦を共にした寄月ですら覚えていなかったので」

 「あれは刺さりましたね。全三万二千六回の作戦の内、一万八千七十の作戦で会ったのに覚えられていないとは」

 「それは……災難だったわね……」


 二人の言葉に、水月は申し訳なさそうにしながら、視線を足元に落とした。触れてはいけないところに触れてしまったと思い、罪悪感が這い上がってきたからだ。

 もっとも、二人はこれと言っていいほど何も気にしていなかったが、その事実を水月が知る由はない。

 三人が会話をしている間、斬龍の四人の妹は周囲を見渡していた。未だに姉の姿が見えず、時刻は予定の五分前に迫ってきていたからだ。

 しかし、しばらくもしない内に、四人の内の一人が、鎮守府本部から姿を現す姉の確認した。

 斬龍は七人の元まで歩くと、海軍の敬礼を取った。七人も同じように敬礼を返し、斬龍と共に手を下ろした。

 手を下ろしたところで、水月は斬龍と目が合った。初めて見る斬龍の瞳は、絶対零度の視線だった。気を抜いてしまえば、本当に凍りついてしまいそうなほどだ。

 そして、斬龍がその口を開いた。

 

 「姉妹一同、水月さんの今後の活躍と身の安全を願い、敬礼!!」


 斬龍の言葉によって、斬龍姉妹は揃って海軍の敬礼をした。その瞳の先には、水月が立っていた。

 その光景に、水月は困惑した。まさか、初対面で敬礼をされるなど、思ってもいなかった。

 しかし、一方で、これが斬龍姉妹の本質なのだと理解した。上下関係を重んじており、一切の偽り無く、心に決めたことを貫き通す、誠実な者達なのだと。

 だからこそ、水月はその意志に応えるべく、ふさわしい行動をとった。


 「あなた達の意志、しっかりと受け取りました。その意志に恥じないよう努めます」


 水月は海軍の敬礼を取り、斬龍姉妹に言葉を返した。

 それを見た斬龍は、一瞬、驚いた表情をするも、すぐに厳格な表情に戻し、姉妹と共に手を下ろした。

 それを見た水月も手を下ろし、改めて斬龍達と向き合った。その時、斬龍の表情は穏やかなものだった。


 「では、出発する前に、私達姉妹の紹介をさせてください」


 斬龍の言葉に、水月は黙って頷いた。

 そして、斬龍は話し始めた。


 「では、改めまして、私が長女の斬龍です」

 「次女の嶄龍です」

 「三女の慚龍です」

 「四女の蔽龍です」

 「五女の憖龍です」


 斬龍姉妹は、打ち合わせでもしていたかのように、流れるように名前を口にした。その口調は、厳格でありながら、どこか穏やかなものだった。


 「改めまして、水月です。今後ともよろしくお願いね」


 水月の言葉に、斬龍姉妹は微笑んだ。双方、これまで一度も、任務を共にしたことのなかったため、完全に寛解性が打ち解けたわけではない。だが、最初の一歩は、大きく前進した。

 しかし、和やかな空気が流れていたそこに、水を差すかのように声が聞こえてきた。


 「ごめんなさい。もう、予定時刻を一分ほど過ぎているのだけれど……そろそろ出発して大丈夫かしら?」


 六人は慌てて、声のする方向を見た。すると、そこには、軍用貨物自動車の窓から顔を覗かせる、紀龍の姿があった。そして、本来の目的であった買い出しを思い出し、呆れ顔の岩月と慙月と共に、貨物自動車の荷台へ乗り込んだ。

 貨物自動車は鈍いエンジン音を上げ、鎮守府の敷地内から出た。そして、目的地である街へと向かった―――




 やがて、一行は街に着いた。街には高層建造物が立ち並び、人通りが多くなった。鎮守府から車で五分以内に到着するこの街は、この周辺では経済の中心になっているのかもしれない。

 だが、やはり感じるのが、街ゆく人間からの冷たい視線だ。貨物自動車には、旧大龍帝国の所属を示す龍の紋様が刻まれているため、目立ってしまうのは仕方ないだろう。

 しかし、人間の冷たい瞳には、明確な憎悪の炎が宿っている。事情を知らない水月にとって、その瞳は恐ろしく感じた。

 それは、しばらくもしない内に、人気のない駐車場に入ったことで、一時的に無くなったものの、生きた心地がしないような気がした。


 「やっぱり、そういう反応になりますよね」


 水月の表情を見ていた蔽龍が苦笑しながら言った。だが、その表情とは裏腹に、言葉には重圧感が孕まれていた。

 しかし、そんな蔽龍の言葉の詮索をする暇もなく、斬龍が今回の任務の全体を再確認し始めた。


 「改めて、発令された任務の内容を確認する。嶄龍、言ってみなさい」

 「不足した鎮守府の食料の買い出しです」

 「そうよ。そして、水月さんの役割は……」

 「斬龍達の監視役。万が一に備えての」


 水月の言葉に、斬龍姉妹は揃って頷いた。

 鎮守府の主から水月に下された司令は、斬龍姉妹を監視すること、及び、有事の際、斬龍姉妹を制止することだ。

 鎮守府の主が述べたように、斬龍姉妹は人間への憎悪が、鎮守府に住む者の中でも強い部類に入る。中でも、斬龍、慚龍は核爆弾によって沈められた過去があり、万が一、過去について触れられれば、人間を殺しかねない。それでなくとも、全員が人間を憎んでいるのだから、危険極まりないことに変わりはない。

 水月がそんなことを考えている内に、話は進んでいた。


 「そして、岩月と慙月はここより離れた八百屋と肉屋へ買い出しに。人間に絡まれたら、即座に戻ってきなさい。私が水月さんと共に向かう」

 「「了解しました」」


 そして、斬龍は全ての内容確認を終えた。そして、貨物自動車の裏窓から顔を覗かせる紀龍に、目を合わせる。


 「それじゃ、くれぐれも人間を斬らないようにね」

 「ええ、なるべく気をつけるわ」


 二人の交わした言葉を合図に、荷台に座っていた八人は荷台から飛び降り、与えられた任務を完遂するため、目的地へ向けて走り出した。

 斬龍姉妹の瞳は、覚悟を決めたものだった。作戦とは別の、精神的な部分を突くこの作戦は、戦闘で敵を斬り捨てることよりも難易度が高い。

 しかし、それを制止するために、水月がついている。だからこそ、水月は、背負った役割がどれほど重いのかを、肌で感じていた―――




 目的の店が存在している商店街に入った一行は、即座に二手に分かれた。人に紛れ、移動する彼女達の動きは、まさに忍びのようなものだった。

 水月は斬龍姉妹の動きについていくのに必死で、かつ、人間に目立たないようにするため、なるべく自然な動きをするよう心がけていた。

 だが、まだ魂が体に定着していないからか、それとも、度々向けられる冷たい視線から受ける重圧感からか、動きがもたつくことがあった。それが、さらに人間の視線を集め、より目立ってしまう。

 すると、それを見かねたのか、憖龍が水月の隣につき、その手を引き姉達の行く方へ誘導を始めた。


 「ごめんなさい。私のせいで……」


 監視役のためにここに立つ水月は、対象の補助を受け、申し訳ないと感じ、謝罪の言葉を口にした。

 だが、憖龍はそんなことは一切思っておらず、首を横に振った。


 「気にしないでください。それよりも、ここまで人間に絡まれないことが奇跡ですよ。いつもなら……」


 憖龍はそこまで言いかけ、直前で言葉を飲み込んだ。

 水月は、斬龍姉妹と人間の間に、何か負の過去があると察し、追求しようとはしなかった。それよりも、先ほどよりも纏う空気を重くした憖龍を心配し、同時に、申し訳ないとも思った。


 走行している内に、斬龍姉妹と水月は、目的地であった鮮魚店へと到着した。その前に立つ中年男性は、斬龍姉妹を見るなり、笑顔で近づいてきた。


 「やっと来たか。暁翠さんから連絡を貰ってね、既に準備はしてあるよ」

 「店主、お気遣い感謝します。こちら、代金です」


 斬龍が店主と呼んだ男は、差し出された封筒を受け取り、中からお金を取り出し、代金を確認する。紙と鉛筆、電卓を使い、何度も、何度も計算を繰り返していた。

 そして、確認を終えた店主は鉛筆を机に置き、斬龍へ向かってグッドサインを出した。

 それを見た斬龍は、下げていた手を軽く上げ、用意されていた八箱の段ボール箱を持ち上げさせる。そして、嶄龍の肩に手を置き、真剣な表情で話し始めた。


 「嶄龍、水月さんを連れて、先に戻っていて。少しだけ、店主と話さなければならないことがある」

 「了解しました。ですが、人間に絡まれないよう、最短で帰ってきてくださいね」


 嶄龍は姉の指揮を引き継ぎ、妹達を連れ、帰路についた。斬龍の話を聞いていた水月も、これに納得し、嶄龍達と共に、先に帰路についた。

 それを見送った斬龍は、再び、鮮魚店の店主と向き合った。鮮魚店の店主は苦笑しており、斬龍に悲しい目を向けていた。


 「何をいまさら。私達にとっては、ほぼ当たり前のことですよ」

 「だけども、こんなできた娘が、俺達人間の我欲のために傷つくなんて、俺は見てられねえよ」


 鮮魚店の店主の言葉は、斬龍達の境遇を憐れんでのものだった。それは、ただただ単純なもので、それ以外の理由は存在していなかった。

 だが、斬龍やその姉妹にとって、差別や暴力は日常茶飯事なのだ。本来、これが日常茶飯事であってはならないのだが、これが現状と分かっているところ、考えるだけ時間の無駄のように感じられる。


 「……そうですか、心配してくれる人がいるだけ、私は嬉しいと感じますよ」


 斬龍の苦笑しながらの言葉。それに、店主は悲しみを覚える。返す言葉も見つからず、ただただ、苦笑する斬龍を見ることしかできない。

 斬龍は、その視線に隠れた想いに気づいている。しかしながら、斬龍はあえてその想いに応えようとはしない。応えれば応えようとするだけ、それは水泡に帰すと、分かっているからだ―――




 この世とは、常に無常なものだ。いつ、何が起こるのか分からないからこそ、そう感じるものなのかよしれない。

 岩月と慙月は、人間に絡まれていた。腹の立つことに、その人間は、二人のことを見下していた。

 しかし、二人は黙ってそれを無視し、食材の詰められた箱を運んでいた。

 だが、その行動は、男の気に触った。


 「お前ら、こっちが下手に出ていれば黙りやがって! 何とか言ったらどうだ!」


 男は怒声を上げ、二人の前に立ち塞がった。怒声の内容は、言動と行動が、全く逆のもので、聞いただけで耳が腐りそうに思えた。

 だが、周囲に数多くの人間がいる中で、逃げ道はどこにもない。貨物自動車の元に帰るためには、男をどうにかする必要があった。


 「そこをどいてくれませんか? あなた方に構っている暇はありません」

 「こんなことをしている間に、別のことができると思いますよ。賢い判断をなさってください」


 二人は、男に時間を有効に使うように言った。事実、このようなことをしている間に、他のことに時間を使うことが有効だろう。

 だが、男はこれを侮辱と受け取ったのか、さらに声を荒らげ、怒声を浴びせてきた。


 「人間様に逆らうな!! その気になれば、いつだってお前達のことを殺せる!! お前らはただ、奴隷のようにお俺達を守る肉壁になればいいんだよ!!」


 男が放った言葉は、反吐が出るほど酷いものだった。感じる側は、反吐が出ると言う言葉のみでは抑えきれないものだろう。

 しかし、この言葉は、二人が切れないようにしていた、大切な何かを切ってしまった。


 「その言葉、見逃せませんね。どう育ったら、そんな言葉が出てくるんですか?」

 「戦争犯罪だの何だの言って、結局は戦勝国が敗戦国を差別し、迫害し、搾取するんですね」

 「大体、あなた方が、私達に指図する立場はありますか? 本当の理由も知らないくせに」


 二人の口からは、内に秘めていた、怒りの感情が流れ出した。それは、崩壊したダムから、溜められた大量の水が溢れ出るように、一時的ながら、継続的なものだった。

 それは、男を後退りさせるほどだった。詰め寄る二人の無表情な顔と、威圧感に押されていた。

 そうこうしている内に、男の前にいた二人の女は、いつの間にか視界から消えていた。そこに残るのは、男にとって変わらない、商店街の光景。

 あの女達が何を語りかけていたのか、男には分からない。だが、あの表情は、嘘をついているようには思えない。

 女達の行方は、簡単に予想がつく。しかし、女達が放った言葉が、事実なのか、それとも虚構なのか、その真偽を知ることは、決して無いだろう。

 国際社会が、旧大龍帝国の真相を発信しない限り―――

【登場人物】

《旧大龍帝国 首脳陣》

(軍備管理部門/鎮守府元帥)

・旧大龍帝国元十三代首脳 龍造暁翠


《旧大龍帝国 海軍》

(紀龍型重巡洋艦)

・一番艦 CS1-B01 紀龍


(斬龍型軽巡洋艦)

・一番艦 CS2-001 斬龍

・二番艦 CS2-002 嶄龍

・三番艦 CS2-003 慚龍

・四番艦 CS2-004 蔽龍

・五番艦 CS2-005 憖龍


(風龍型駆逐艦)

・一番艦 DF-001 風龍

・八番艦 DF-008 雪龍

・十番艦 DF-010 疾龍

・十三番艦 DF-013 雷龍

・十四番艦 DF-014 電龍


(神龍型駆逐艦)

・一番艦 DN-009 白龍

・四番艦 DN-010 紫龍


《旧大龍帝国 陸軍》

(軽戦車)

・CK-63汎用軽戦車 岩月

・LK-36汎用軽戦車 慙月


《旧大龍帝国陸海共同軍》

(戦艦型超戦車/紫桜型超戦車)

・三号車 X-1146 水月


【小ネタ③】

《少女なる兵器》では、様々な言語が使用され、今回では『ベトナム語』が使用された。その数話前では『英語』が使用されているが、様々な言語が使用される意味には、後の『龍独語』という旧大龍帝国の言語を導入するためである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ